fc2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

小山市「和尚塚古墳」

047 和尚塚古墳1

 画像は、小山市大本に所在する「和尚塚古墳」です。
 小山市の遺跡番号47番に登録されており、「姫小塚古墳」や「大本観音堂古墳」、「鳴虫堂塚古墳」とともに「大本古墳群」に属する1基です。
 『小山市遺跡分布図・地名表』では、墳形は前方後円墳であるとされており、規模は「後円17m、くびれ11m、高1.5m」と書かれているのですが、実際に現地で見学した印象は「円墳かな?」という状況で、前方後円墳らしき形状は確認できません。



047 和尚塚古墳2

 北西から見たところ。
 う~ん。悩ましい雑草を刈ってしまいたい。。。笑。

 ちなみにこの周辺には5基とも10基ともいわれる古墳が存在していたとされていますが、残念ながらその後の土地改良や開墾などにより消滅してしまったようです。
 昭和16年(1941)の『紀元二千六百年記念古墳調査』の豊田村の項には全部で23基の古墳が記載されていますので、かつてはかなりの数の古墳が存在したようです。


047 和尚塚古墳3

 古墳の前には説明板が設置されているのですが、古墳についての記述はなく、「ナムジゾウの習俗」について記載されているようです。


047 和尚塚古墳4

 墳丘上の様子です。
 多くの石塔が建てられており、古墳は庚申塚とも呼ばれているようです。

 ここまで取り上げた、大本古墳群に残存する4基がすべて墓地古墳であるのが、とっても興味深いですね。。。

<参考文献>
小山市教育委員会『小山市遺跡分布図・地名表』
小山市『小山市史 史料編・原始 古代』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/30(金) 23:44:33|
  2. 小山市・野木町の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

小山市「鳴虫堂塚古墳」

045 鳴虫堂塚古墳1

 画像は、小山市大本に所在する「鳴虫堂塚古墳」です。
 小山市の遺跡番号45番に登録されており、「姫小塚古墳」や「大本観音堂古墳」とともに「大本古墳群」に属する古墳です。

 『小山市遺跡分布図・地名表』によると、墳形は前方後円墳であるということなのですが、規模は「径25m、高2m」とのみ書かれており、「ん?円墳なのかな?それとも前方部が削平されて後円部のみの規模が描かれているのかな?」と、よくわからない感じです。

 少なくともここまで取り上げた3基の古墳の中では、比較的古墳らしさが残されている1基かも。。。


045 鳴虫堂塚古墳2

 ちょっと角度を変えて、南東から見た鳴虫堂塚古墳です。

 現在残されている墳形や周囲の道路の形状からすると、画像の右奥が前方部、左手前が後円部という前方後円墳かな、と。つまりは、前方部が墓地として改変されていて、残りが良いのが後円部かな?と感じましたが、真相はわかりません。


045 鳴虫堂塚古墳3

 ちょっと角度を変えて、南東から見たところ。
 右手前が前方部、左奥が後円部じゃないかなーという私の妄想です。。。

 大本古墳群は、前回取り上げた「姫小塚古墳」が最も北にあり、南に向かって「大本観音堂古墳」、「鳴虫堂塚古墳」、「和尚塚古墳」がほぼ直線的に並んでおり、さらに南に「篠塚稲荷神社古墳」が所在します。

 ちなみにここまでの3基の古墳はすべて墓地古墳ですよね。


045 鳴虫堂塚古墳4

 後円部と思しき高まりの様子。

 次回、庚申塚である「和尚塚古墳」に続きます。。。

<参考文献>
小山市教育委員会『小山市遺跡分布図・地名表』
小山市『小山市史 史料編・原始 古代』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/27(火) 23:58:11|
  2. 小山市・野木町の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

小山市「大本観音堂古墳」

044 大本観音堂古墳1

 画像は、小山市大本に所在する「大本観音堂古墳」です。

 前回取り上げた「姫小塚古墳」とともに「大本古墳群」に属する1基で、思川西岸2kmほどの台地南端に立地します。
 昭和53年発行の『小山市遺跡分布図・地名表』には、この古墳は前方後円墳であると記載されていますが、すでに前方部は削平されており、径25m、高さ2mの後円部のみが残存するという状況です。
 埴輪編が採集されているようなので古墳であることは間違いないのかもしれませんが、残された後円部も墓地化が進んで改変が著しい状況です。

 何も知らずに訪れた人で、ここが古墳であると気がつく人は皆無ですな、こりゃ。。。


044 大本観音堂古墳2

 南東から見た大本観音堂古墳。

 ちなみに古い空中写真を探してみましたが、前方後円墳であると断定できるような写真は見つけることはできませんでした。


044 大本観音堂古墳3

 墳丘上の様子。

<参考文献>
小山市教育委員会『小山市遺跡分布図・地名表』
小山市『小山市史 史料編・原始 古代』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/26(月) 21:55:40|
  2. 小山市・野木町の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

小山市「姫小塚古墳」

042 姫小塚古墳1

 画像は、小山市大本に所在する「姫小塚古墳」です。
 小山市の遺跡番号42番に登録されている古墳で、径14m、高さ2mの円墳であるとされています。

 この古墳は戦後間もない頃に発掘されており、石室が露出したといわれています。

 地元の古老によると、石室は河原石を使用した小口積みの横穴式石室であったといわれ、その際に出土した直刀や耳飾りなどが地元の豊田中学校に寄贈されたそうですが、残念ながらその所在はわからなくなっているようです。


042 姫小塚古墳2

 昭和53年に発行された『小山市遺跡分布図・地名表』には「マウンドに葺石が若干残っている」と書かれているのですが、私が見学した時期には、すでに墳丘の周囲はコンクリートの塀によって仕切られ、墳丘上は平らに削平されて墓地として使用されていました。

 塚が土のまま残されているとなんとか古墳らしき景観が保たれる気がするのですが、周囲を塀で囲まれてしまうと一気に古墳らしさはなくなり、墓地にしか見えなくなってしまうという、典型的なパターンですよね。


 小山市の古墳はかれこれ10年以上前から廻ってはいたのですが、この『古墳なう』の中では一度も取り上げていなかったばかりか、カテゴリーすら作っていなかったことに気がついて、今さらながら自分でもびっくりです。。。((((;´・ω・`)))

 今回からいくつか、小山市の古墳を取り上げようと思っています。

<参考文献>
小山市教育委員会『小山市遺跡分布図・地名表』
小山市『小山市史 史料編・原始 古代』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/24(土) 19:13:34|
  2. 小山市・野木町の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

栃木市「八蛇古墳」

5672-1 八蛇古墳1

 画像は、栃木市久保田町にある「八蛇 (やつさび) 神社」です。


 この神社の主祭神は大物主命、天照大御神、彦火火出見命です。

 仁明天皇の御宇 (833~850) 、当郷は凶作が続き、五穀は熟しませんでした。
 郷民は憂え歎き、大和国城上郡大神社及び当郡総社大神社に祈願したところ、霊験著しく五穀が成就した頃から村民は大神社を崇敬し、嘉祥3年(850)、大神社の神に天照大御神、彦火火出見命を合祀して八蛇山に奉斎し、八蛇神社と号して村の鎮守としたといわれます。

 さっそく参拝して、古墳を見学しましょう。


5672-1 八蛇古墳2

 神社の土台となっているのが八蛇古墳です。

 栃木県の遺跡番号5672-1番に登録されている古墳で、『栃木市遺跡分布地図』に記載の規模は径18m、高さ1.9mの円墳とされています。

 ちなみに、「八蛇山」というのが気になって調べてみたのですが、これはどうやら八蛇古墳のことではなく現在の宮田町の東方にあったそうで、後に現在地に遷座したそうです。

 八蛇山がどこの場所にあたるのかよくわかっていないのですが、宮田町の東というと小山市の「大本古墳群」が所在する地域であり、とても気になります。
 (というか、この八蛇古墳も大本古墳群に含まれるのではないかという気もするのですが、残存する大本古墳群の5基は小山市内にあり、八蛇古墳のみが栃木市に所在するという状況が、難しくなっているのですかね。。。)


5672-1 八蛇古墳3

 古墳を南東から見たところです。
 墳丘の北東は社務所に、墳頂部は社殿により削られているようです。



IMG_9816.jpg

 余談ですが、いちじくをいただきました。
 いただいてみて気がついたのですが、私はいちじくを自分で購入して自分で剥いて食べたことがありません。
 多分、生まれて初めて自分で剥いて食べました。笑。
 (結婚もせずず〜っと都会の一人暮らしだったので、いつの間にか野菜や果物をあまり買わなくなってしまっていたのですよね。。。)

 ちなみに地元に帰ってからは果物が美味しくて、この2週間は梨や桃にハマって食べていました。笑。

 いちじく、とってもとっても美味しかったです。

 こんなに美味しいなんて知らなかったのですが、今度は自分で買って食べてみようと思っています。

 どうでもいいお話でした。。。

<参考文献>
栃木市教育委員会事務局 文化課『栃木市遺跡分布地図』
栃木県神社庁『栃木県神社誌』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/21(水) 23:07:19|
  2. 栃木市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

栃木市「山王古墳」

8459-1 山王古墳1

 今回は、栃木市大平町西水代に所在する「山王古墳」の探訪の記録です。

 栃木県の遺跡番号8459-1番に登録されている古墳で、田んぼの中に島のように浮かぶ、木立の場所が古墳です。
 永野川右岸の台地縁辺部に立地しています。


8459-1 山王古墳2

 南から見たところ。

 周囲で行われている耕作により方形を呈するかのように見えますが、円墳であるとされています。
 『栃木市遺跡分布地図』に記載の規模は、径9m、高さ1.2mです。


8459-1 山王古墳3

 墳丘の東側に石段が設けられていて、参道となっています。


8459-1 山王古墳4

 墳丘上の様子。
 祠が祀られています。

<参考文献>
栃木市教育委員会事務局 文化課『栃木市遺跡分布地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/15(木) 22:31:04|
  2. 栃木市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

栃木市「オトカ塚古墳」 ー栃木市指定史跡ー

8400-1「オトカ塚古墳 」1

 今回は、栃木市大平町富田に所在する「オトカ塚古墳」の探訪の記録です。

 昭和58年5月に墳丘の実測調査が、同年7月に周湟の確認調査が行われています。
 古墳は後円部を西、前方部を東にとる前方後円墳で、規模は全長54.4m、後円部の直径約27.2m、後円部の高さ約4.1m、前方部の長さは約27.2m、前方部端の幅は約8m、高さ約2mであることがわかっています。

 後円部に対して前方部は低く、段築成は認められないようです。
 後円部の裾部で埴輪列が確認されていますが、葺石は認められないようです。

 画像は、古墳を南から見たところで、右が前方部、左が後円部という状況です。

 昭和58年3月25日には栃木市の史跡として指定されている古墳なのですが、墳丘上には篠竹がびっしりと生い茂って深い藪となっており、残念ながら墳丘自体を見学することはできませんが、ぼんやりと前方後円墳らしき形状を見ることはできます。


8400-1「オトカ塚古墳 」2

 画像は北西から見たところです。
 右手前が後円部、左奥が前方部となります。

 主体部は竪穴系の埋葬施設が想定されており、出土埴輪の観察から6世紀の初め頃の築造と推定されています。


8400-1「オトカ塚古墳 」3

 古墳の周囲はフェンスで覆われており、墳丘に立ち入ることはできません。

 栃木市の指定史跡なのだし、どこかに説明板があるのではないか?とも思いましたが、どこにあるのか良くわからず、ひょっとしたらないのかもしれないし、あまり無理に深追いはせずに帰宅しました。笑。

 以前は墳丘に入れたそうなのですけどね。。。


8400-1「オトカ塚古墳 」4

 史跡公園みたいな感じで整備できればいいかも、と思いますが、なかなか難しいのでしょうね。
 ちょっと残念な印象でした。。。

<参考文献>
栃木市教育委員会事務局 文化課『栃木市遺跡分布地図』
大平町教育委員会『オトカ塚古墳周湟調査報告書』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/11(日) 23:26:26|
  2. 栃木市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

栃木市「鶴巻1号墳」

8563-1 鶴巻1号墳1

 画像は、栃木市岩舟町和泉の「鶴巻神社」です。

 この神社の祭神は天児屋根命(あめのこやねのみこと)です。
 佐野家より預っていた藤原家の家宝である鶴巻の鎧を返還する際、使者・何某五郎が村を通行すると、雷鳴轟き宝物の鎧が龍に奪われてしまいますが、馬上の五郎は刀を抜き鎧を龍から奪還。ここに五郎は僧となり、鎧を祀って鶴巻神社を勧請したといわれています。
 主祭神である藤原氏の遠祖天児屋根命は、国土安全・災難厄除け・出世開運の神として篤く崇敬されています。

 この神社の境内に「鶴巻1号墳」と呼ばれる古墳が存在します。

 早速まずは参拝しましょう!


8563-1 鶴巻1号墳2

 社殿は墳丘上に建てられており、墳頂部がざっくりと抉られている様子がわかります。

 『栃木市遺跡分布地図』によると、規模は直径17m、高さ2mでm墳形は円墳であるようです。
 社殿により中央と南西部が削平されています。



8563-1 鶴巻1号墳3

 少々角度を変えて。

 この神社の存在により古墳が残された可能性は高いと思われますが、こうなってしまうと主体部が残存する可能性は低いのかな、と。。。


8563-1 鶴巻1号墳4

 社殿の背後の様子。
 古墳らしき光景です。。。
 
<参考文献>
栃木市教育委員会事務局 文化課『栃木市遺跡分布地図』
栃木県神社庁『栃木県神社誌』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/09(金) 20:01:59|
  2. 栃木市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

栃木市「宿南浦1号墳」

8565-1 宿南浦1号墳1

 画像は、栃木市岩舟町和泉にある「稲荷神社」です。

 この神社の祭神は稲倉魂命(うかのみたまのみこと)で、創建年代は不詳とされています。
 御祭神である稲倉魂命は五穀豊穣の神として崇められており、また国家安泰・家内安全・学業成就・合格祈願等のご神徳をもつ菅原道真公を配祀します。
 神域に建立された本殿・幣殿・拝殿は、共に氏子の浄財によって奉納されたものです。

 この神社の境内には「宿南浦1号墳」と呼ばれる古墳が存在するはずです。

 早速見学しましょう。


8565-1 宿南浦1号墳2

 稲荷神社境内の様子です。
 社殿の土台が高まりとなって残されており、これが古墳であるようです。

 やはり、墳丘の法面が削られて石垣になってしまうと、一気に古墳らしさが失われてしまいますよね。
 『栃木市遺跡分布地図』によると、規模は直径16.5m、高さ1.5mで、墳形は円墳とされています。


8565-1 宿南浦1号墳3

 墳丘上に二の鳥居があり、その奥に社殿が建てられています。
 『栃木市遺跡分布地図』によると、稲荷神社社殿により墳丘は削平されているものの、南側の裾部が残存している、という状況であるようです。


8565-1 宿南浦1号墳4

 それにしても、これまでに見学した栃木市内の古墳の半分ほどは自転車で巡っていました。
 思い出すと、よくそんなことをやっていたなとホント、信じられません。

 今は車を所有したことにより一気に足腰が弱ってしまった気がするので、もう無理かも。。。


8565-1 宿南浦1号墳5

 墳丘上の様子です。

<参考文献>
栃木市教育委員会事務局 文化課『栃木市遺跡分布地図』
栃木県神社庁『栃木県神社誌』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/08(木) 23:59:11|
  2. 栃木市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

栃木市「赤塚山1号墳」

8572-1 赤塚山1号墳1

 画像は、栃木市岩舟町静和に所在する「赤塚山1号墳」です。

 栃木県の遺跡番号8572-1番に登録されている古墳で、昭和16年の『紀元 二千六百年記念古墳調査』には「静和5号墳」として記載されていた古墳です。

 画像の林の中に古墳は残存しています。
 藪に突入してみました。


8572-1 赤塚山1号墳2

 『栃木市遺跡分布地図』には規模、「直径25m、高さ4m(復元値)」と記載されています。
 同書によると、墳丘の東西両側が削平されているということですが、墳丘は深い竹藪の中にあるため、全貌を写真に収めることは難しい状況でした。。。



 それにしても。
 J-WAVEの「GROOVE LINE」が終わってしまうことを昨日知りました。
 9月いっぱいで放送終了するらしいです。。。

 この番組を聴き始めたのは30代の頃なので、結構長いお付き合いです。
 40代ではラジオをあまり聴けなかったのですが、ここ数年はふたたび良く聞いていました。

 2年半ほど前に宇都宮に引っ越したわけなのですが、自宅で作業の日はラジコで聴いていますので問題ないのですが、車のラジオでJ-WAVEを聴くには電波状態はギリギリという感じで、宇都宮を含む栃木県南部では多少音声が乱れながらもなんとか聴けましたが、北部では少々厳しくなります。
 最近は週に2〜3日、夕方4時半に仕事が終わって車に乗りこむ日があり、ちょうどGROOVE LINEが始まるわけなんですよね。
 帰宅までの楽しい時間。。。
 ナビゲーターのピストン西沢さんの人間臭さやテンポの良いトークが大好きだったし、共感もしました。

 これから夕方にどの番組を聴いていいのやら、さっぱりわからないよ。。。

 ああ、、、あの至福の時間が失われてしまうなんて、、、

<参考文献>
栃木市教育委員会事務局 文化課『栃木市遺跡分布地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2022/09/07(水) 18:47:16|
  2. 栃木市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
次のページ

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (10)
足立区/その他の古墳・塚 (19)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (9)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (10)
北区/飛鳥山古墳群 (9)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (28)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (6)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (21)
豊島区の古墳・塚 (4)
文京区の古墳・塚 (10)
杉並区の古墳・塚 (17)
中野区の古墳・塚 (19)
新宿区の古墳・塚 (18)
千代田区の古墳・塚 (8)
目黒区の古墳・塚 (11)
渋谷区の古墳・塚 (22)
港区の古墳・塚 (10)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (16)
大田区/田園調布古墳群 (40)
大田区/鵜の木久が原古墳群 (13)
大田区/その他の古墳・塚 (54)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (10)
世田谷区/大蔵古墳群 (1)
世田谷区/砧中学校古墳群 (3)
世田谷区/喜多見古墳群 (16)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (17)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (8)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (37)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (14)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (33)
狛江市/その他の古墳・塚 (24)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (15)
府中市/高倉古墳群 (33)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (17)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (10)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (7)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (11)
町田市の古墳・塚 (25)
八王子市の古墳・塚 (37)
昭島市の古墳・塚 (12)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (7)
小金井市•国分寺市の塚 (7)
東村山市•東大和市の塚 (10)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (52)
横浜市の古墳・塚 (11)
相模原市の古墳・塚 (15)
那須町・大田原市の古墳・塚 (20)
那珂川町の古墳・塚 (17)
那須烏山市の古墳・塚 (0)
宇都宮市の古墳・塚 (78)
鹿沼市の古墳・塚 (14)
壬生町の古墳・塚 (5)
上三川町の古墳・塚 (17)
下野市の古墳・塚 (6)
真岡市・旧二宮町の古墳・塚 (0)
栃木市の古墳・塚 (38)
小山市・野木町の古墳・塚 (4)
埼玉県の古墳・塚 (108)
千葉県の古墳・塚 (1)
群馬県の古墳・塚 (22)
ぐんま古墳カード (12)
茨城県の古墳・塚 (5)
長野県の古墳・塚 (6)
福島県の古墳・塚 (3)
一里塚 (23)
神社巡りと蕎麦屋探訪 (9)
未分類 (13)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR