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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

益子町「小宅古墳20号墳(山守塚古墳)」

益子町「小宅古墳群20号墳(山守塚古墳)」1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第8回目。
 「小宅古墳群20号墳」を取り上げようと思います。

 別名「山守塚」とも呼ばれるこの古墳は削平されており、現在は存在しない古墳です。

 昭和60年(1985)にこの一帯がゴルフ場として開発されることになり、その際に記録保存のための益子町教育委員会による発掘調査が行われ、その後消滅しました。

 小宅古墳群は、前方後円墳が6基も含まれる大規模な古墳群ですが、規模の大きな古墳は少なく、円墳は10mから30mほどの小円墳がほとんどです。

 しかし、この20号墳はかなり大きな円墳で、しかも古墳が密集する場所からは少々離れた丘陵頂部に単独で築造されているあたりはとても興味深く、消滅してしまったことは残念に感じます。


 ゴルフ場はすでになくなって、周囲の広大な敷地には太陽光パネルが設置されていました。
 ひょっとしてなにか痕跡が残されていないかと期待して訪れましたが、古墳の跡地はフェンスで覆われているために遠方から観察するしかなく、現状を把握することはできませんが、跡地は山林となっているようです。


 この20号墳は、径約44m、高さ5m、周囲を取り巻く周溝の幅は約5mと、周溝を含めると径約54mと栃木県内屈指の円墳です。
 埋葬施設は切石積の横穴式石室ですが、徹底的に破壊されたうえに大半の切石は持ち去られていたようです。

 益子町より発行された『益子町史 第一巻 考古資料編』』には、「石室の破壊と盗掘はまだ被葬者が忘れ去られていない段階で行われたと思われる」と書かれいます。
 同書に掲載されている発掘当時の写真を見ると、破壊された石室の切石が周溝に放り出されて散らばっていて、つまりは周溝が造られてから間もない時期に石室が破壊されたということになります。
 どんな被葬者が埋葬されていて、どんな理由で石室が破壊されたのか、興味は尽きません。。。




<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/24(水) 20:18:21|
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益子町「小宅古墳18号墳」と「同19号墳」

益子町「小宅古墳群18号墳」2

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第7回目。
 「小宅古墳群18号墳」と「同19号墳」の2基を取り上げようと思います。

 まず最初の画像は、18号墳を西から見たところです。
 この古墳は亀岡八幡宮という神社に近い位置にあり、墳頂部には祠が祀られています。
 「18 (号墳) 」という看板が建てられていますのですぐに見つかりますし、看板があるということは整備が行われたゾーンの範囲内ということになりますが、時期によっては雑草が多く、少々荒れた印象もあるかも。。。


 

益子町「小宅古墳群18号墳」1

 同じく18号墳を南側から見上げてみたところです。
 やはり丘陵斜面に造られた古墳は見上げてみないとね!

 『益子町史 第一巻 考古資料編』の記載の規模は、径約20m、高さ約2mです。




益子町「小宅古墳群18号墳」3

 18号墳を南東から見たところ。




益子町「小宅古墳群18号墳」4

 18号墳の墳頂部に祀られた祠の様子。

 神様が祀られているのだし、古墳が崩されずに残されてよかったね!と思いきや、、、




益子町「小宅古墳群18号墳」5

 ちょっと画像ではわかりにくいかもしれませんが、墳頂部から南側にかけて激しく盗掘が行われていて、ベッコリと大きな窪みができています。
 ちょっと衝撃的な光景。。。((((;゚Д゚)))))))

 祠があっても盗掘しちゃうんだ?とちょっとびっくりですが、ひょっとしたら盗掘が行われた後に祠が祀られたのかもしれないし、仕方がないのでしょうかね。。。




「小宅古墳群19号墳」2

 小宅古墳群中唯一、いまいちよくわからなかったのが19号墳でした。。。

 小宅古墳群は1/500の実測図が発行されているのですが、掲載されているのは、当時の小宅古墳群とされた18号墳までで、19号墳の位置は記されていません。

 ただし、『益子町史 第一巻 考古資料編』には「南側は民家により削平」と書かれており、分布図に位置が掲載されています。
 過去の空中写真で確認すると、現在の駐車場のあたりに民家らしき建物があり、その東側にはお庭があるように見えます。
 
 この『益子町史 第一巻 考古資料編』と『益子町遺跡地図』の分布図、またGoogleマップや過去の空中写真とを見比べると、民家により19号墳が削平されたというよりは、民家の敷地を平らに整地する際に削られてしまったということで、古墳の所在地はおそらく、現在の招魂社の敷地の北東側あたりではないか?と推測しました。


 画像は現在の招魂社の様子です。
 推測が間違っていなければ、画像に見える招魂社の背後あたりが所在地となるはず。。。




「小宅古墳群19号墳」3

 これは今年の春に撮影した招魂社の画像です。
 丘陵斜面が平らに整地されており、招魂社の背後は崖状に切り立っています。
 推測が正しければ、その崖の上に19号墳の残存部分が存在するはずですが、写真は撮り忘れました(いったい何しにいったんだ)。。。(。´・(ェ)・)

 とりあえず。
 また近くに行く時はあると思うので、その際には19号墳の写真を撮ってこようと思っていますが、それがまたいずれ。。。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/22(月) 19:39:21|
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益子町「小宅古墳群14号墳」〜「小宅古墳群17号墳」

益子町「小宅古墳群14号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第6回目。
 「小宅古墳群14号墳」から「同17号墳」までの4基の古墳を取り上げようと思います。

 最初の画像は、前方後円墳である14号墳を北から見たところです。
 画像左の高まりが後円部、右が前方部という状況です。

 前回までに紹介してきた前方後円墳はどの古墳も形状が明瞭に残されている印象でしたが、この14号墳はなだらかなわずかな高まりが残されているのみです。
 古墳の前に建てられている看板には「古墳には登らないで下さい」と書かれているのですが、「登るもクソも、こりゃ古墳というよりほとんどただの地面だぜ」とかブツブツ言いながらも登りませんでした。。。笑。



 『益子町史 第一巻 考古資料編』に記載の規模は、「全長約36m、後円部径約20m、同高約2m、前方部幅約15m、同高1.5m」と書かれていますが、「変形が著しいため計測値は推定。」とも書かれています。
 



益子町「小宅古墳群14号墳」2

 もう少し離れてみてみるとこんな感じ。
 右が前方部、左が後円部という状況です。

 どこからが墳丘なのかはっきりとはわかりませんよね。。。

 公園化される以前は桑畑であったようなので、その時期にだんだんと削られてしまったのか、それとも元々低墳丘な古墳だったのかはわかりませんが、残されてよかったですね。。。




益子町「小宅古墳群14号墳」3

 逆に南から見てみました。
 左が前方部、右が後円部という状況です。
 やはりよくわかりませんね。。。




益子町「小宅古墳群14号墳」4

 手前が前方部で、奥が後円部。

 これだけの古墳群なのだし、いずれは実態を解明するための学術的な調査が行われるといいなと思います。




益子町「小宅古墳群15号墳」1

 こちらは「小宅古墳群15号墳」を南東から見たところです。
 14号墳の西に隣接する古墳で、径約30m、高さ約2.5mの円墳です。

 この古墳も14号墳同様に若干の高まりが残るという状況で、形状がはっきりしませんね。。。




益子町「小宅古墳群15号墳」2

 15号墳を北東から見たところ。




益子町「小宅古墳群16号墳」

 ここは、「小宅古墳群16号墳」の跡地とされる周辺です。
 残念ながら削平されてしまった古墳ですね。。。

 町史が発行された時期にはまだ破壊された石室の石材が残されていたようなのですが、公園化された際に片付けられてしまったのか、見つけることはできませんでした。。。



 
益子町「小宅古墳群17号墳」

 ここが17号墳の跡地の様子。
 やはり削平されてしまった古墳ですが、こちらは若干の地膨れが残されていて、跡地を特定することができました。

 埋葬施設が横穴式石室であれば、基底部が残されている可能性も感じますが、発掘調査が行われていないことから詳細は不明です。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/21(日) 19:41:06|
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益子町「小宅古墳群12号墳」と「小宅古墳群13号墳」

益子町「小宅古墳群12号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第5回目。
 「小宅古墳群12号墳」と「同13号墳」という2基の前方後円墳を取り上げようと思います。

 最初の画像は、12号墳を東から見たところです。
 右奥が前方部、左手前が後円部となります。




益子町「小宅古墳群12号墳」2

 こちらは、同じ角度から真夏に撮影した1枚!
 墳丘の形状を見たければ、やはり冬の見学がお勧めですが、緑豊かな真夏の古墳もなかなかに美しいです。

 この古墳は、1号墳とともに、『益子町史』の編纂に伴う測量調査が行われており、規模は全長約43m、後円部径は約21m、高さ3m、前方部幅約21m、高さ3.2mであることがわかっています。
 立地や規模は多少異なるものの、同町に所在する「天王塚古墳 (荒久台古墳群1号墳) 」に酷似しているそうです。




益子町「小宅古墳群12号墳」3

 こちらも12号墳で、左手前が前方部、右奥が後円部です。
 この古墳は、後円部東側には周溝を持たないのだそうで、これは古墳築造の際に自然地形をうまく利用したためであると考えられます。
 また、墳丘表面に葺石はなく、埴輪も今の所は確認されていないようです。



 
益子町「小宅古墳群12号墳」4

 12号墳を南から見たところ。
 左奥が前方部、右手前が後円部です。

 かつて16号墳が破壊された際に石室が露出していることから、小宅古墳群は古墳時代後期に断続的に築造されていたと想定されています。
 現状はこの12号墳と1号墳の測量調査が行われたのみで、学術的な調査は行われていないようですが、今後の調査の進展が楽しみな古墳群です。。。
 



益子町「小宅古墳群13号墳」1

 こちらは「小宅古墳群13号墳」を南東から見たところです。
 左奥が前方部、右手前が後円部となります。

 規模は全長約36m、後円部径は約22m、高さ2.5m、前方部幅約18m、高さ2.5mであることがわかっています。




益子町「小宅古墳群13号墳」2

 後円部上から前方部を見たところ。




益子町「小宅古墳群13号墳」3

 前方部から後円部を見たところ。
 この古墳は、特に墳丘上に登るな!みたいなことは書いていなかったので登ってみましたが、




益子町「小宅古墳群13号墳」4

 後円部には盗掘抗があり、大きな窪みとなっていました。
 痛々しいです。。。

 今回紹介した12号墳と13号墳は、前方部が発達した形状をしているのが特徴かも。。。
 また、尾根上に連なるように存在する古墳からは少々離れた位置に、それぞれが単独で存在するのも印象的でした。
 
<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/19(金) 19:57:02|
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益子町「小宅古墳群10号墳」と「小宅古墳群11号墳」

益子町「小宅古墳群10号墳」2

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第4回目。
 「小宅古墳群10号墳」と「同11号墳」の2基の古墳を取り上げようと思います。

 最初の画像は10号墳です。

 規模は直径約26m、高さ約3.5mと比較的大きな円墳です。




益子町「小宅古墳群10号墳」1

 同じく10号墳の夏バージョン。

 季節が真夏であったため墳丘上には草が生い茂っていますが、この古墳の場所あたりまでは整備されているので、深い藪というわけではなかったです。
 良好に残されている古墳ですね。。。




益子町「小宅古墳群10号墳」3

 ふたたび冬の10号墳を角度を変えて。。。




益子町「小宅古墳群11号墳」4

 周溝も良好に残されているように感じますが、さらに周溝の部分までキレイに草が刈ってあるので、はっきりと痕跡を感じることができます。

 小宅古墳群は、1号墳と12号墳の墳丘測量調査が行われている以外は、学術的な調査は行われていないようです。
 したがって、古墳の詳細はわからない部分も多いのですが、今後の調査の進展が楽しみな古墳群で葉あります。。。




益子町「小宅古墳群11号墳」1

 こちらは「小宅古墳群11号墳」です。
 10号墳の西方の台地の縁にある円墳で、径約18m、高さ約2mを測ります。

 こちらは真夏に訪れるとすごいヤブで、夏は見学を断念しました。
 というか、そこまでの散策でヘロヘロに疲れ果ててしまっていたしね。笑。




益子町「小宅古墳群11号墳」2

 11号墳を角度を変えて。




益子町「小宅古墳群11号墳」3

 11号墳の墳頂部の様子です。

 整備されていないゾーンにも散策路というか遊歩道のような道があるので、比較的見学しやすい古墳群ではあると思いますが、この11号墳だけは道から外れた場所にあるので、なかなかの藪でした。笑。

 小宅古墳群、まだまだ次回に続きます。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/18(木) 21:31:01|
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益子町「小宅古墳群7号墳」〜「小宅古墳群9号墳」

益子町「小宅古墳群7号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第三回目。
 「小宅古墳群7号墳」から「同9号墳」までの3基の古墳を取り上げようと思います。

 最初の画像は7号墳です。

 この7号墳より西側は、まだ整備が行われていないゾーンで山林内となりますが、遊歩道があるような里山ですのでそれほど深い藪ではありませんし、冬ならゆっくりと見学できます。




益子町「小宅古墳群7号墳」2

 墳丘は山道により、また盗掘により頂部にベッコリと窪みができていて、変形が著しい状況です。
 『益子町史 第一巻 考古資料編』による規模は径約13m、高さは約1.5m、円墳とされています。




益子町「小宅古墳群8号墳」

 こちらは「小宅古墳群8号墳」です。

 ご覧の通り、径約4m、高さ0.7mというかなり小さな高まりが存在しますがこれは古墳ではないことがわかっており、8号墳は欠番となっているのです。
 現地にはまだ「8」と書かれた立て札が建てられています。




益子町「小宅古墳群9号墳」1

 こちらが「小宅古墳群9号墳」です。

 古墳群中、6基存在する前方後円墳農地の1基で、規模は全長約36m、後円部径約17m、同高約2.5m、前方部幅約21m、同高さ約3.5mです。




益子町「小宅古墳群9号墳」2

 右手前が前方部、左奥が後円部という状況です。
 最初に訪れた日は気温が40℃近くまで上がった日で、とにかく暑くて朦朧となりました。笑。

 このあたりまで来ると、山林内となるので直射日光は避けられますが、まとわりついてくる蚊がすごいし、蜘蛛の巣も顔に張り付いてモチベーションはガタ落ちです。。。(つω-`。)




益子町「小宅古墳群9号墳」3

 前方部の先端には「9」号墳の立て札が建てられています。




益子町「小宅古墳群9号墳」4

 こちらは冬の9号墳。
 墳丘の形状がはっきりと確認できますね。。。




益子町「小宅古墳群9号墳」5

 後円部から前方部を見たところ。
 なかなか良好に残されているのかな?と思いましたが、、、




益子町「小宅古墳群9号墳」6

 前方部から後円部を見たところ。
 画像ではちょっとわかりにくいのですが、後円部南側はベッコリと大きな窪みができていて、盗掘痕が生々しいです。。。




益子町「小宅古墳群9号墳」7

 後円部の盗掘痕の様子。
 かなりな大穴が空いていてちょっと引きます。

 小宅古墳群、次回へ続きます。
 
<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/17(水) 01:47:07|
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益子町「小宅古墳群3号墳」〜「小宅古墳群6号墳」

益子町「小宅古墳群3号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第二回目。
 「小宅古墳群3号墳」から「同6号墳」までの4基を取り上げようと思います。

 最初の画像は3号墳。
 真冬バージョンですね。。。笑。

 前回紹介した1号墳と2号墳の西側に4基が近接して築造されており、整備されているゾーンのもっとも西側にあります。
 なので、これより西側にある古墳はすべて山林内、つまりは藪の中ということになりますな。。。笑。




益子町「小宅古墳群3号墳」2

 同じく3号墳を見上げたところ。
 規模は径約16m、高さ約1.5mの円墳で、墳頂部から南側にかけて盗掘痕がざっくりと窪みになっています。
 
 崩されてはいるものの、無謀な復元をせずに現状保存されているのは好感が持てます。。。

 ちなみに墳丘右手前の部分は、盗掘のために掘られた残土が流された結果の形状ですよね。
 ある意味、盗掘痕も含めて古墳ですよね。。。




益子町「小宅古墳群3号墳」3

 同じく3号墳。
 こちらは真夏の写真です。。。




益子町「小宅古墳群4号墳」1

 「小宅古墳群4号墳」です。
 規模は径約16m、高さ約1.5mの円墳で、3号墳とまったく同じ大きさということになります。。。
 



益子町「小宅古墳群4号墳」2

 同じく4号墳。

 「××号墳」の番号のついた立て札が設置されていて、わかりやすいです。
 各古墳の説明文があれば、もっと良かったよね。。。




益子町「小宅古墳群4号墳」3

 4号墳も、盗掘の跡が見られます。。。




益子町「小宅古墳群5号墳」1

 こちらは「小宅古墳群5号墳」です。
 規模は径約16m、高さ約1.5mと、小円墳です。



 
益子町「小宅古墳群5号墳」2

 やはり墳丘上には盗掘痕が見られます。
 明治期以降に古墳の盗掘が流行したような時期が何度かあったそうですが、結果、ほとんどの古墳が盗掘を受けていますよね。
 完存する古墳のなんと少ないことか。。。




益子町「小宅古墳群5号墳」3

 同じく5号墳です。




益子町「小宅古墳群6号墳」1

 こちらは「小宅古墳群6号墳」です。
 規模は径約14m、高さ約1.5mの円墳です。




益子町「小宅古墳群6号墳」2

 こちらは6号墳の真夏の光景です。
 今見ると、なにかキャラクターみたいなのが建てられているのですが、暑すぎて朦朧としていてあまり注意を払いませんでした。
 なんだったんだろう。。。




益子町「小宅古墳群6号墳」3

 同じく6号墳です。




益子町「小宅古墳群 遠景

 整備されているゾーンの遠景。
 左から3号墳→6号墳→4号墳→5号墳。

 う〜ん、いい眺めだ。



「小宅古墳群3〜5号墳」

 こちらは真夏。
 左から3号墳→4号墳→5号墳という感じ。多分。

 こうして後から写真で見るとさ。
 真夏もいい感じだよね。
 緑が豊かで、太陽が反射してキラキラしてて。




「小宅古墳群 ましこ世間遺産」

 この「ましこ世間遺産」というのはすごくいいなあと思っているのですが、古墳もたくさん選んで整備が進むといいなあなんて思っています。




「小宅古墳群 写真台」

 「写真撮影スポット」とかありました。

 一応、これに登って撮影してみたりもしましたが、後から考えると誰か被写体を登らせて撮影するためのものだったのかもしれないけど、私の古墳巡りは基本的には一人だしねえ。。。。

 小宅古墳群、次回に続きます。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
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  1. 2024/04/15(月) 23:28:58|
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益子町「小宅古墳群1号墳」と「同2号墳」

益子町「小宅古墳群1号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第一回。
 「小宅古墳群1号墳」と「同2号墳」と取り上げようと思います。

 この古墳群は、小貝川の支流である小宅川の右岸の丘陵上の平坦面と南向き緩斜面に立地しています。
 かつては1号墳から18号墳までが栃木県指定史跡の「小宅古墳群」と呼称され、これに続く青田地区の古墳群は「青田古墳群」と命名されていましたが、益子町史編纂を機に「小宅古墳群」と総称されるようになりました。

 谷を挟んだ東方には「西坪古墳群」が、さらに東方には「日向古墳群」が所在しており、幅200m〜300mの帯状に総数52基に及ぶ古墳が分布しています。


 画像は、「小宅古墳群1号墳」を南東から見たところです。




益子町「小宅古墳群1号墳」2

 同じく、「小宅古墳群1号墳」を南東から見たところです。
 1枚目の画像は真冬のもので、2枚目の画像は真夏の画像です。

 この古墳群は古墳公園として整備されているので、真夏でも蜘蛛の巣が顔に張り付いたりスズメバチに襲われたりはしないだろうと甘く見て、もっとも暑い8月上旬に訪れました。
 しかし、整備されているということはかつて森林だった頃の樹木は伐採されていて直射日光が当たるわけで、それはもうバテバテになりました。

 しかも1号墳〜6号墳、12、14、15号墳以外は藪の中にあり、バテバテになったまま森の中に突入しましたが、すごい数の蚊に襲い掛かられてあえなく退散。その後、真冬に出直しました。

 整備されている古墳を見学するだけでも十分だとは思いますが、私の性分としてどうしてもすべての古墳を写真に納めたくなってしまいます。。。(。-`ω´-)ンー




益子町「小宅古墳群1号墳」3

 こちらは、南西から見た真冬の1号墳です。

 全長約33m、後円部径約19m、同高約3m、前方部幅約15m、同高約2mという前方後円墳です。
 右奥が前方部、左手前が後円部という状況です。
 墳丘は、かなり良好に残されていますね。。。




益子町「小宅古墳群1号墳」4

 こちらは同じく1号墳を北西から見たところ。
 この古墳からは、須惠器大甕胴部の破片が出土しています。




益子町「小宅古墳群1号墳」5

 北西から見た1号墳。




益子町「小宅古墳群1号墳」6

 整備されているゾーンでは、画像のような感じで「××号墳」の番号が付いた立て札が建てられています。
 墳丘には登らないで!と書かれていたので、墳丘上の画像はありません。。。。゚(゚´Д`゚)゚。



益子町「小宅古墳群2号墳」1

 こちらは「小宅古墳群2号墳」です。
 径約22m、高さ約2mという円墳で、1号墳の南東に隣接します。



益子町「小宅古墳群2号墳」2

 こちらは真夏の2号墳。
 画像で見るとまあまあ涼しそうにも感じるかもしれませんが、実際には灼熱でした。笑。



益子町「小宅古墳群1〜2号墳」

 南西から見たところ。
 左が1号墳で、右が2号墳という状況です。

 小宅古墳群、次回に続きます!

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/14(日) 22:34:21|
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真岡市「神宮寺塚古墳 」ー真岡市指定史跡ー (再訪)

真岡市354「神宮寺塚古墳 (森ノ木古墳群) 」ー真岡市指定史跡ー11

 今回も、「桜と古墳」をテーマにするその2。
 以前に一度紹介した古墳ではありますが、今回は再訪ということで、真岡市根本に所在する「森ノ木古墳群」の1基、神宮寺塚古墳 と桜の写真です。(o‘∀‘o)*:◦♪


 ここに桜が植えられているのは以前の見学の際に理解はしていたので、小宅古墳群の桜の見学の際にはこちらにも立ち寄ろうと考えていました。

 小宅古墳群の桜が六分咲きという印象だったのに対して、こちらはほとんど満開でした!




真岡市354「神宮寺塚古墳 (森ノ木古墳群) 」ー真岡市指定史跡ー12

 この桜は、この神宮寺塚古墳の北にあったといわれる無名古墳のお宅のおじいちゃんが植えたんだということをお聞きできました。
 だから、たぶん昭和の頃ですよね。




真岡市354「神宮寺塚古墳 (森ノ木古墳群) 」ー真岡市指定史跡ー13

 う〜む。素晴らしい。
 下手すりゃ古墳よりも桜の方がでかいぜ!




真岡市354「神宮寺塚古墳 (森ノ木古墳群) 」ー真岡市指定史跡ー14

 北西から見たところ。

 逆光で桜を撮ると「満開に咲いた感」がなくなるということに今回気がつきました。
 いや、それは単に私の撮影技術の問題かもしれないけれど。。。




真岡市354「神宮寺塚古墳 (森ノ木古墳群) 」ー真岡市指定史跡ー15

 墳丘上の様子。




真岡市「森ノ木古墳群の石材らしき巨石」1

 おまけ。

 今回の調査でわかったことを書いておこうと思います。
 すぐ忘れちゃうし。

 画像は、神宮寺塚古墳の北方にあったといわれる無名古墳の敷地の片隅に置かれた巨石です。

 高い確率で古墳の石材でしょ、と感じていましたが、この巨石に関する記述は郷土史本等にはどこにも見当たらないし、今回の再訪の際に地元の人に聞いてみよう!と考えていました。

 それで、土地の所有者の方や、周辺で作業していた方にお聞きしてみたりしたのですが、何にもわからず。

 わかったのは、神宮寺塚古墳の桜はおじいちゃんが植えたんだ、ということだけでした。




真岡市「森ノ木古墳群の石材らしき巨石」2

 こ〜んな。
 絶対これ、天井石か何かでしょ。。。

 田舎で、古墳群のある周辺で石材らしき巨石や石碑を見かけるのは珍しくはないけど、この石は宅地の角にポーンと投げ出してある感じだし、目立ったんですよね。。。




真岡市「森ノ木古墳群の石材らしき巨石」3

 というわけで、この巨石について何かわかったら、その時にまたあらためて記事にすることにします。

 続きはまた明日。



  1. 2024/04/13(土) 23:33:02|
  2. 真岡市・益子町
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益子町「小宅古墳群」その1

「桜と小宅古墳群」2024041001

 今週は、益子町小宅にある「小宅古墳群」の見学に行きました。

 一日だけポッカリと午前中が空いた日があって、うまい具合に雲ひとつない晴天に恵まれたので、そりゃあ行くよね。(*^_^*)


 小宅古墳群は全35基の古墳により構成されており、そのうち前方後円墳が6基、円墳29基からなる大規模な古墳群です。11基は削平されてしまいましたが、24基が今も残存しており、このうち17基が栃木県の文化財として指定されています。

 また、ここは桜の名所としても知られています。
 「亀岡八幡宮 里山を守る会」により里山整備が行われていて、毎年3月下旬から4月上旬にかけてソメイヨシノや彼岸桜、山桜など約20種類の桜と菜の花が古墳群を取り巻く丘の上一面に咲き誇り、景勝地となっています。

 桜の時期に見学に行こう!と以前より考えていましたが、ようやく今年実現しました。



 画像は、「亀岡八幡宮」の一の鳥居です。大震災までは巨大な石鳥居があったそうです。。。
 小宅古墳群の真っ只中にある神社で、まずは神社の参拝です。

 


「桜と小宅古墳群」2024041002

 一の鳥居をくぐる段階で、周囲には小宅古墳群の情報満載です。
 鳥居の右には「小宅古墳群」の立て看板と、、、




「桜と小宅古墳群」2024041003

 左側には、昭和四十九年十一月十六日に建設された「史跡 小宅古墳群」の石碑が建てられています。

 ちなみに、この一の鳥居と二の鳥居の横にそれぞれ駐車場があり、さらに、坂を登ると境内の横にも駐車場があります。 また、古墳だけが見たいという方には、この西側の丘陵の麓にも駐車場があるので、車で訪れても安心です。。。\(^o^)/




「桜と小宅古墳群」2024041004

 こちらは、栃木県教育委員会と益子町教育委員会により設置された説明版です。
 かなり色褪せていますが、目を凝らして頑張れば読めます!(いや!この写真じゃ無理だろ)




「桜と小宅古墳群」2024041005

 長い参道を歩きます。

 私は、なぜか最初は真夏に来てしまったんですよね。。。
 8月上旬の雲ひとつない炎天下で、史跡公園として整備されたが故に森林が伐採されて木陰がない丘の上を歩いてめぐり、その時点で汗びっしょりでフラフラ。
 その後、未整備のゾーンの藪の中に突入したところで蜘蛛の巣が顔面にメリメリ張り付き、蚊に刺されまくったところでギブアップしました。(´・_・`)

 それで、2度目は真冬に訪れて未整備のゾーンを散策したわけですが、やっぱりここは桜の時期に来なくちゃね!と、ずっと時期を待っていました。




「桜と小宅古墳群」2024041006

 二の鳥居です。




「桜と小宅古墳群」2024041007

 三の鳥居。

 私は写真を撮るために歩きましたが、この鳥居の前は駐車場となっており、ここまで車で来ることができます。
 現代の夏は暑いですからね。
 体力に自信のない方は無理をせず。。。




「桜と小宅古墳群」2024041008

 境内の様子です。

 主祭神は譽田別命、配神は息長足姫命・玉依姫神で、境内社として皇大神宮・伊門神社・藤森稲荷神社・古峯神社・招魂社が祀られています。
 



「桜と小宅古墳群」2024041010-1

 境内には多数の亀像が奉納されています。
 康平年間に、源義家が奥州へ向かう途中、この地での戦勝祈願の際に沼の上に大龜が出現し、義家公は吉兆の前兆と思われる不思議な体験をしたそうです。。。

 境内にはたくさんの亀の石像が奉納されています。




「桜と小宅古墳群」2024041009

 亀の石像に鳥居が。。。



「桜と小宅古墳群」2024041010-2

「桜と小宅古墳群」2024041010-3

「桜と小宅古墳群」2024041012

 境内にも小宅古墳群の石製の案内図が設置されていて、かなり古墳には力が入れられているな、という印象。



「桜と小宅古墳群」2024041011

 こちらは説明板です。

 小宅古墳群(県指定史跡)
 小貝川の支流である小宅川右岸の段丘平坦面及び南緩斜面上に造られた総数35基、前方後円墳6基、円墳29基(内11基は削平)からなる大規模な古墳群です。6世紀後半、この地域の開発に成功した有力者によって築造され、墳丘長は30〜40mと小さいですが6基の前方後円墳が造られたことが特徴です。また、芹沼石(凝灰岩)を用いた精巧な横穴式石室の埋葬施設も特徴のひとつです。
 小宅古墳群は小貝川流域だけでなく、古代東国における古墳時代後期(6世紀)からの地域史を語る古墳群の一つと考えられます。





「桜と小宅古墳群」20240410113JPG

 境内からそのまま古墳群へ向かうことができます。




「桜と小宅古墳群」20240410114

 桜。

 中央に見える高まりは、前方後円墳である14号墳の後円部です。
 訪れたのがちょっと早かったのか垂れ桜は6分咲きという感じでしたが、それでも十分に綺麗で、平日にもかかわらず大瀬の人が訪れていました。




「桜と小宅古墳群」20240410115

 同じく、前方後円墳である14号墳と桜。
 右手前が前方部、左奥が後円部という状況ですな。。。




「桜と小宅古墳群」20240410116

 同じく14号墳。
 左が前方部、右が後円部です。
 前方部の高さがあまりないので、円墳に見えてしまいますね。。。




「桜と小宅古墳群」20240410117


 こちらは円墳である15号墳と桜。
 同じ場所にあっても、桜の種類によって開花の状況が違うのがまた印象的でした。。。




「桜と小宅古墳群」20240410118

 対岸には、密集する3〜6号墳の4基の円墳が見えます。
 素晴らしき光景。。。




「桜と小宅古墳群」20240410119

 ここにも古墳群の案内板が設置されていました。




「桜と小宅古墳群」20240410120

 こちらは「小宅古墳群1号墳」と桜です。
 良好に残存する前方後円墳ですね。。。




「桜と小宅古墳群」20240410121

 左から、3〜6〜4〜5号墳という状況。
 近接して古墳が造られている様子がわかると思います。。。




「桜と小宅古墳群」20240410122

 左から6〜4〜5号墳。
 このへんまで来ると桜は見えなくなりますな。。。




「桜と小宅古墳群」20240410123

 こちらは前方後円墳である「小宅12号墳」と桜。




「桜と小宅古墳群」20240410124

 古墳群のある丘陵の麓の駐車場。

 ひょっとしたらこの週末あたりはイベントか何かやっているのかもしれないけど、詳細不明。

 明日の日曜日は天気は良さそうだし、桜も満開になっているだろうし、お花見の名所としてもとってもお勧め。
 実際、古墳を見に来ているような酔狂な人は私以外には1人もいなかったし。。。((((;゚Д゚)))))))

 ただし、土日に車で行くとかなり混むんだろうなあ。。。
 平日でもね、けっこう人、多かったです。




「桜と小宅古墳群」20240410125

 丘の下の駐車場と桜。




img20240413_22253494.jpg

 御朱印をいただきました。

 今回は貴重な桜バージョン!
 御朱印には通常バージョンのほか「古墳」のバージョンも存在するのですが、それはまたいずれ。。。


  1. 2024/04/12(金) 21:31:16|
  2. 真岡市・益子町
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