画像は、志木市本町2丁目に所在する「敷島神社」です。
この神社は、引又地区(現本町)の住民が、江戸後期から地区独自の鎮守として信仰していた村山稲荷と水神社を、もともとこの地にあった浅間社に合祀して、明治41年に創建されています。
今回紹介するのは、この神社の境内に所在する富士塚、「田子山富士塚」です。

敷島神社社殿と境内の様子です。
社殿の北西側に富士塚が所在します。

画像が「田子山富士塚」です。
この富士塚は、「田子山塚」と呼ばれる古墳ではないかといわれてきた塚の上に高さ約10mの土を盛り、明治5年に完成したという富士塚です。
学術的な調査は行われていないようなので、もともとの田子山塚が果たして古墳であったかどうかはなんともいえませんが、志木市内には調査により古墳であると断定された塚は存在しないようですし、そういう意味でも貴重な存在です。
そして今年!
令和2年3月16日にこの「志木の田子山富士塚」が、国の重要有形民俗文化財に指定されたそうです。ハ(^▽^*) パチパチ♪
ちなみに画像は国指定の直後、そして新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言の直前!
3月21日に現地を訪れて撮影したものです!

南西から見た田子山富士塚です。
うーん、素晴らしき光景。笑。
田子山富士築造の発起人は、引又宿で醤油醸造業を営んでいたという高須庄吉です。後に富士講の先達となった人物ですが、この高須庄吉がある日に田子山塚に登った際に発見した、泥にまみれた暦応3年(1340)の十瀧房承海の逆修板碑を発見したことが築造のきっかけであるとといわれています。
富士塚の規模は、高さ約9m、麓の円周約125m、長径約30m、短径約25mという大きな富士塚です。
石造遺物の数と種類、細工が他の富士塚と比較しても並はずれて優れており、「富士塚」として県指定第1号、志木市内における県指定文化財としても第1号であったそうです。

実はなーんにも考えずにただ思い立って訪れてしまって、閉山日であったことから富士塚に登拝することができませんでした。
御朱印も、「木花開耶姫命」の田子山富士塚の御朱印と「敷島神社」の御朱印と2種類があるそうなのですが、御朱印もいただけずという体たらくです。
なんとかもう一度、参拝に訪れたいと思っていますが、いつになることやら。。。

志木市立郷土資料館では、令和2年10月21日から11月23日まで、国重要有形民俗文化財指定記念として特別展「志木の田子山富士塚」が開催されています。
早速見学に立ち寄りました!

特別展の様子です。
実はなーんにも考えずにただ思い立ったまま富士塚を訪れてしまって、閉山日であったことから富士塚に登拝することができませんでした。
御朱印も、「木花開耶姫命」の田子山富士塚の御朱印と「敷島神社」の御朱印と2種類があるそうなのですが、御朱印もいただけずという体たらくです。
なんとかもう一度、入山可能日に参拝に訪れたいと思っていますが、いつになることやら。。。
<参考文献>
田子山富士塚保存会『特別展 国重要有形民俗文化財指定記念 志木の田子山富士塚』
田子山富士塚保存会『志木の田子山富士塚』
現地説明板
- 2020/10/28(水) 23:16:29|
- 埼玉県の古墳・塚
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| コメント:4
こんばんは!
いい時期にご訪問されましたね。桜がきれいです。
ここは、登山できる日が決まっているので外れるとガッカリですよね。
特別展知りませんでしたぁ!早速行ってみよう。
情報ありがとうございました。
- 2020/11/02(月) 00:00:00 |
- URL |
- torikera #frK3hhYY
- [ 編集 ]
torikera様、こんばんは!
田子山富士保存会のHPで入山日を確認できるのですが、不覚にも見落としていました。笑。
郷土資料館と富士塚は距離が近いので、セットで訪れるのがいいと思います。
- 2020/11/02(月) 20:46:22 |
- URL |
- ご〜ご〜ひでりん #G67hs.TE
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