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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

倉賀野古墳群 その6「安楽寺古墳」―群馬県指定史跡―

「安楽寺古墳」―群馬県指定史跡―

 「倉賀野古墳群」の最終回は「安楽寺古墳」です。
 実は、倉賀野の古墳を散策している当日、偶然にも倉賀野地区の観光?関係の方と出会いました。この日に初めて出会ったという状況にも関わらず、倉賀野の街を案内したいから車に乗れ!ということになったのですね。今あったばかりの知らない人なのに、ウソ?と思いましたが、悪い人じゃあなさそうだし騙されているというわけでもなさそうなので、(すみません。笑)それじゃあとお世話になってしまいまして、倉賀野各地を案内していただき、解説までしていただきました。私にとってのクライマックスは、故山田かまちさんの生家を訪れたあたりなのですが、それはいずれ機会があったら紹介することにして、その最後に立ち寄ったのがこの安楽寺であり、安楽寺古墳です。


「安楽寺古墳」―群馬県指定史跡―

 画像が、群馬県の史跡として指定されている「安楽寺古墳」です。
 墳丘に食い込むように本殿が建てられていてかなり削られているようですが、古墳はそれでも良好に残されているようです。境内に立てられている高崎市教育委員会による説明板には次のように書かれていました。

群馬県指定史跡
安楽寺古墳
 安楽寺古墳は七世紀末頃に築造されたと推定され、径二
〇メートル、高さ四メートルの規模を有する円墳である。
 主体部は横口式石槨と呼ばれる形式で、羨道の奥に石棺
が取り付いたような構造をしている。
 石室内部の壁面には、鎌倉時代の製作と推定される仏像
が奥壁に三体、左右の壁に二体ずつの計七体彫られてい
る。この仏像は、七仏薬師と呼ばれ安楽寺の本尊となって
おり、通常は秘仏とされているが、十二年に一度巳年に開
帳している。

所 在 地 高崎市倉賀野八六七(安楽寺)
指定年月日 昭和五六年五月六日
設置年月日 平成二五年三月二十二日
                  高崎市教育委員会



「安楽寺古墳」―群馬県指定史跡―

 北東から見た、安楽寺古墳の墳丘のようすです。石室は12年に1度だけ開帳されるとのことですが、前回の開帳は平成25年(2013)ということなので、残念ながらしばらくの間は石室を見学できるチャンスはなさそうです。。。


「安楽寺古墳」―群馬県指定史跡―

 墳頂部のようすです。
 右側の石造物の土台の石は石室の石材かな?とも思えますが真相はわかりません。
 この日は、午後には実家に帰省しなければならなかったので、見学したのは倉賀野古墳群の6基の古墳のみでしたが、色々と思い出に残る楽しい古墳探訪でした。(ブログで絶対に書くからと言いつつ時間が経過してしまいました。倉賀野遊歩学担当のW様、大変お世話になり感謝しております。楽しい思い出をありがとうございました。)


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  1. 2018/02/14(水) 21:46:46|
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倉賀野古墳群 その5「小鶴巻古墳(倉賀野町第3号古墳)」

「小鶴巻古墳(倉賀野町第3号古墳)」

 「倉賀野古墳群」の第5弾は「小鶴巻古墳」です。「大鶴巻古墳」に隣接して存在する古墳で、全長約87.5メートルと、大鶴巻古墳よりやや小型の前方後円墳です。画像は、大鶴巻古墳の後円部上から撮影したもので、左側が前方部、建物の背後に隠れていますが右側が後円部です。

 敷地内には小さな説明板がひっそりと建てられています。
 最初に訪れた7~8年前には気がつかなかったのですが、最近建てられ矢野かもしれません。
 この説明板には次のように書かれていました。

小鶴巻古墳
 この古墳は大鶴巻古墳と共に、五世紀後半のものと推定される前方後円墳で、倉賀野古墳群を代表する首長墓の一つでもあります。墳丘全長約87m、後円部径約50m、同高約6m、前方部は前幅約40m、同高約2,5mで、幅20mの周掘を有しています。
 後円部蓋の頂上中心部に、舟形石棺と考えられる凝灰岩製の刳抜式石棺が安置されております。その石棺の蓋の部分の既掘穴(盗掘の穴)から見ると、内部には赤色塗彩がなされているとの報告もありますが、詳細は不明です。
 前方部は現在、共同墓地、畑地となっていますが後円部高と比較して低平です。周掘は宅地化で原型の把握が困難ですが、掘が墳丘を一周していることは確認できます。出土する埴輪片は窟窯焼成で、外面に縦ハケの調整が施されています。


「小鶴巻古墳(倉賀野町第3号古墳)」

 墳丘上のようすです。くびれ部のあたりが墓地として改変されているようです。


「小鶴巻古墳(倉賀野町第3号古墳)」

 北東から、小鶴巻古墳の後円部を見たところです。


「小鶴巻古墳(倉賀野町第3号古墳)」

 後円部からくびれ部、前方部という古墳の形状に合わせて道路がカーブしているようすを確認することができます。
 古墳を追い求めていると、古墳の周囲の道路の形状が気になってしまうのですが、つまりは、古墳の形状に沿って存在した道路だからカーブしているのではないかとか、古墳を道標にしたからこそ折れ曲がっているのではないか、Yの字に分かれているのではないか、とか考えてしまうのですが、そんなのは私だけでしょうかね。笑。

 次回は倉賀野古墳群の最終回、「安楽寺古墳」に続く。。。


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  1. 2018/02/12(月) 01:26:22|
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倉賀野古墳群 その4「大鶴巻古墳(倉賀野町第2号古墳)」―高崎市指定史跡―

「大鶴巻古墳(倉賀野町第2号古墳)」

 「倉賀野古墳群」の第4弾は「大鶴巻古墳」です。
 画像のように、古墳の南西側には「史跡 大鶴巻古墳」と刻まれた石碑と、高崎市教育委員会による説明版が設置されています。この奥に見えるのが大鶴巻古墳で、左側が後円部、右側が前方部です。
 説明板によると、この古墳は、鳥川左岸の段丘上に二段に盛り上げて築造された、全長123メートルの前方後円墳です。後円部の径が直径72m、高さ10.5mであるのに対して、前方部の長さは51m、前方部幅54m、高さ6.5mと、後円部と比較して前方部の幅が狭く、未発達という特徴を持っています。


「大鶴巻古墳(倉賀野町第2号古墳)」

 東から見た大鶴巻古墳のようすです。
 前回紹介した浅間山古墳と同様に、古墳の周囲が畑地として耕作されながらも、盾型に廻る周濠の形状がよく残されているところは見所のひとつかもしれません。この古墳は、後方部と比較して未発達とされている前方部の先端が、ぽこっと飛び出たような形状になっているのはなにか意図があるんでしょうか?(茨城県で、やはり前方部に大きな突起のある前方後円墳を見に行ったことがあるのですが、同じ種類のものなのでしょうか?)


「大鶴巻古墳(倉賀野町第2号古墳)」

 南から見た大鶴巻古墳のようすです。後世に農地として使用されているために多少の墳丘の崩れは感じられますが、なんと美しい大鶴巻古墳の姿でしょうか。。。あらためて感動してしまいます。


「大鶴巻古墳(倉賀野町第2号古墳)」

 墳丘表面には、現在も河原石の葺石を見ることができるようです。。。


「大鶴巻古墳(倉賀野町第2号古墳)」

 後円部上のようすです。主体部は、発掘調査が行われていないために明らかとはなっていませんが、竪穴系の埋葬施設があったと考えられており、墳丘や周掘りの形状や採集された埴輪の特徴から、4世紀末から5世紀初頭にかけて築造されたと推測されているようです。


「大鶴巻古墳(倉賀野町第2号古墳)」

 前方部から後円部を見たところです。耕作の行われている南西側が若干低くなっているようです。
 
 次回、「倉賀野古墳群 その5」に続く。。。


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  1. 2018/02/10(土) 23:23:11|
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倉賀野古墳群 その3「大山古墳(佐野村第52号古墳)」

「大山古墳(佐野村第52号古墳)」

 「倉賀野古墳群」の第3弾は「大山古墳」です。
 個人所有の敷地内にあると思われるこの古墳に市の案内板等は存在しないようなので、詳細はわからないのですが、円墳としては群馬県内最大級の古墳で、径56mほどの規模があるようです。同程度の大きな円墳が、すぐ東側に隣接して存在したようですが、これは削平されて完全に消滅してしまったようです。

 この大山古墳は、7~8年前の真夏に訪れたときは墳丘上がものすごい薮でした。次に来る機会があれば冬にして、古墳に登れたら良いなあと思っていたのですが、(実際に訪れたのは春先でしたが)結局、冬でもものすごい薮でした。笑。
 
 次回、「倉賀野古墳群 その4」に続く。。。


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  1. 2018/02/09(金) 23:39:36|
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倉賀野古墳群 その2「庚申塚古墳(佐野村第62号古墳)」

「庚申塚古墳(佐野村第62号古墳)」

 「倉賀野古墳群」の第2弾は「庚申塚古墳」です。

 昭和34年に発掘調査が行われており、粘土廓や石棺が確認されているようです。骨蔵器や板碑が出土しているようですので、「庚申塚」の名の通り、後世に塚として再利用されていたのかもしれません。
 7~8年前に一度訪れたときは真夏で、墳丘上も草ぼうぼうという状況だったので、次に来る機会があれば冬にしようと思っていました。墳頂部にある石棺を見ることができたら良いなあと思っていましたが、昨年訪れた際には墳丘がシートで覆われてソーラーパネルが設置されており、太陽光発電が行われていました。何年も経ってしまいましたし、仕方がないですね。
 東京都心部ではなかなかお目にかかれないような大きな円墳なのですが、ここらじゃソーラーパネルの台だぜ、と、へなへなと力が抜けてしまいました。笑。

 気を取り直して「倉賀野古墳群 その3」に続く。。。


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  1. 2018/02/08(木) 23:35:14|
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