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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「春林横穴墓群」

「春林横穴墓群」

 愛車、ブロンプトンとの最後のサイクリング。大トリは、相模原市緑区久保沢に所在する「春林横穴墓群」です。相模原市のNo.243遺跡として登録されているこの横穴墓群は、総数100基ほどが埋没していると想定されている大横穴墓群です。
 横穴墓群の所在地には、旧城山町による説明板が設置されており、次のように書かれています。

春林横穴墓群
 このあたりの南斜面に多数の横穴があることは古くか
ら知られていましたが、昭和四十一年(一九六六年)の
墓地造成にともなう調査の結果、七世紀中ごろから奈良
時代にかけて造られた横穴墓であることがわかりました。
 その後の分布調査で、横穴墓は標高一六〇メートルか
ら一七〇メートル付近の赤土の斜面に彫り込まれており、
全体の数はおよそ一〇〇基ほどと予想されています。
 なお、横穴は崩れやすい状態で危険ですので、見学は
控えてください。
 平成十七年三月         城山町教育委員会



「春林横穴墓群」

 開口する横穴は一見すると見当たらない状況ですが、深追いすれば痕跡が見られる横穴はあったかもしれません。見学は控えてくださいという言葉に圧されてしまったのと、どこも深い藪だったことから、あまり深追いはしませんでした。(このあたり、私は意外と押しが弱いのです。。。)
 100基の存在が想定されているということで、まだ多くの横穴が残存するのではないかと考えられますが、いつの日か、「吉見百穴」ばりの穴だらけの斜面を見上げることができたら最高ですよね。
 調査の進展を静かに見守りたいと思います。

 愛車ブロンプトンはその後、幸いにも素敵な貰い手が現れてくれました。
 私のような腹の出たおっさんと違って、ブロンプトンも喜んでいるかもしれません。
 残念!

<参考文献>
現地説明板


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  1. 2019/04/02(火) 00:44:09|
  2. 相模原市の古墳・塚
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「風間南遺跡」

「風間南遺跡」

 相模原市緑区川尻地区には、前回紹介した「川尻八幡神社古墳(扇塚)」の他にもう一基、古墳の可能性が考えられる塚が存在します。画像は、相模原市No.252遺跡として登録されている「風間南遺跡」内に所在する塚です。

 「風間南遺跡」は、境川に突き出す丘陵の尾根裾に位置しており、南端の明観寺とその墓域を除くほぼ全域が畑地として利用されています。その畑地の中に、画像の塚が残されています。
 『津久井町史』には、周辺の傾斜地から古墳時代後期の鬼高式の破片が数点採集されている事例を挙げ、「本遺跡の特徴として、尾根裾の先端部に比高2.5メートル、直径約6メートルの塚が遺存していることを上げられる。古墳としての根拠もないが、同時にそれを打ち消す積極的根拠もない。」と書かれています。


「風間南遺跡」

 西から見た塚の様子です。
 塚の所在地は、「川尻八幡神社古墳(扇塚)」から北に600メートルほどと比較的近い位置にあたります。境川右岸に所在するこの塚は、果たして古墳なのでしょうか。。。

<参考文献>
相模原市教育委員会教育局生涯学習部博物館『津久井町史 通史編 原始・古代・中世』


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  1. 2019/03/31(日) 02:08:45|
  2. 相模原市の古墳・塚
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「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 今回は、相模原市緑区川尻に所在する「川尻八幡神社古墳」の探訪の記録です。

 まず最初の画像は、川尻八幡宮参道口の一の鳥居です。実は、古墳がある神社の境内までは、この一の鳥居からなんと7~800メートルくらい離れています。この日は、偶然にもこの一の鳥居の存在に気がついて、長い参道を通って神社に向かうことができました。


「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 川尻八幡宮の二の鳥居です。
 祭神は応神天皇であるこの神社の創建は、大永5年(1524)と伝えられています。
 江戸時代には、一の鳥居から二の鳥居まで東西に伸びる参道が松の並木となっていたことから並木八幡とも呼ばれ、祭礼の日には相撲興行などが催されて、近郷の人たちでおおいに賑わったといわれています。
 この参道の松は、幕末のペリーの来航の際の東京湾防衛のために造られたお台場の砲台用材として使われたそうです。


「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 拝殿の様子です。
 本殿は、宝暦十年(1760)の再建で、周辺地域で最も古い木造建築です。
 境内には、八坂神社、春日神社、金刀比羅宮、天満宮などが祀られていますが、明治四十二年(1909)の合祀令により統合されたものです。
 古墳はこの画像の右側、拝殿の北側に残されています。


「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 画像が「川尻八幡神社古墳」です。
 墳丘は大部分が削平されており、コンクリート製の柵の内側に石室が露出した状態で公開されています。
 昭和60年(1985)の城山町史編纂に関わる調査によると、埋葬施設は半地下式の横穴式石室で、石室の幅は約1.2メートル、長さは2.5メートル、高さ1.2メートルで、本来はもう一段の石材を積んだものと推定されています。石室の形から、墳丘は直径約10メートルほどの円墳ではなかったかと考えられており、築造は7世紀前半と推定されています。


「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 古墳の前には、「川尻八幡神社古墳(扇塚)」と刻まれた由来碑が建てられており、次のように書かれています。

川尻八幡神社古墳(扇塚)
 この古墳は昭和四年城山町の神藤一松先生が苦
心して発見、掘り出されたものである。河原石を
組合せて石室が作られ、室内から直刀三振、小刀
二口、宝珠型の鍔(つば)一個、鉄製のヤジリ二
〇数本などが出土した。出土品や墓の構造から、
奈良時代(八世紀)の様式の墳墓と推定されてい
る。
 神社の伝説によると「平安時代の初期、舎人(
とねり)親王(天武天皇の皇子)の子孫が奥州に
下向の際、この地で病に倒れ奉戴(ほうたい)し
ていた石清水八幡宮の御分霊をまつった」という
 この墳墓がその墓であろうと伝えられている。
          昭和五十七年十月



「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 石室の様子です。現状は、崩壊を防ぐため砂が入れられているそうですが、さらに落ち葉が積もっていて、石室の状況はよくわかりませんでした。


「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 柵の入り口のあたりに、発掘の際に取り除かれたという天井石が見られます。


「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 出土したとされる直刀や小刀などの遺物は、散逸して所在がわからなくなっているようですが、古墳の前には「川尻八幡宮境内遺跡石室(扇塚)出土の直刀類模型」と題して、この所在不明の直刀や小刀の竹製のレプリカが公開されています。
 行政による説明板ばかりでなく、おそらくは地元の人による手作りの説明板が、好感が持てますよね。


「川尻八幡神社古墳(扇塚)」

 この古墳1基のみならず、群集する複数の古墳の存在も想定されているようですが、神社の境内には古墳らしき高まりは見当たらないようです。敷地内には、かなり以前に切り倒されたらしき大木が何本も倒れていて、幻想的な感じでした。。。

<参考文献>
城山地域史研究会『春林文化 第3号』
津久井郡文化財調査研究会『津久井郡文化財 史跡・埋蔵文化財編』
現地説明板


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  1. 2019/03/30(土) 00:05:07|
  2. 相模原市の古墳・塚
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「めいめい塚」と「妙見塚」

「めいめい塚」

 前回に引き続き、今回も古墳ではなく、相模原市内の塚を取り上げようと思います。
 画像は、相模原市緑区相原5丁目に所在する「めいめい塚」です。
 この場所にはかつて小高く盛り上がった塚が存在したようですが、昭和60年(1985)の整地工事により削平。現在は、周囲の道路よりも約50cmほど高いだけの平坦な土地となり、敷地内には相原八幡宮による「めいめい塚(でいらぼっち)」という説明板が設置されています。


「めいめい塚」

この塚の名称の由来については諸説あるようです。
 永禄12年(1569)、武田信玄と北条氏照の大軍が、旧津久井町と愛川町の境で激戦を展開したという「三増合戦」により、敗れた北条軍の兵が相模川を渡ってここまでたどり着き、「もはやこれから先は集団での行動は難しいので各々(めいめい)がそれぞれの方法で落ち延びて行こう」と話し合って別れた場所である、と伝えられているようです。
 塚には墓石等の石造物が見られないようですし、塚自体も学術的な調査が行われないまま消滅してしまっていますので、真偽のほどはわかりません。

 二つ目は、「めいめい井戸」を掘った際に出た残土を盛り上げたものだろうという説です。
 めいめい井戸とは、昔、筒状井戸を掘る削井技術の未発達だった時代に、井戸の周囲を広く大きく掘ってその穴の内壁に螺旋状の足場をつけ、ぐるぐる回りながら地下水が湧き出る中心の底の部分まで降りて行って、そこで水を汲むという独特な形状の井戸のことです。穴の中がカタツムリ(蝸牛)の殻のようだったことから「めいめいつぶり」を略して「めいめい井戸」となったのではないかということのようです。
 当然ながら、この形状の井戸を掘れば、かなり大量の残土が出たのではないかと考えられますが、現在、この周囲には井戸の痕跡は全く見られないようです。

 画像は、フェンスで囲まれた敷地内の様子です。残念ながら平坦に整地されてしまっていますが、周囲の道路より若干高くなっているあたりは、塚の痕跡なのでしょうか。。。


「めいめい塚」

 説明板でもふれられていますが、この塚には各地に見られる巨人伝説も残されているようです。
 昔、相原にいた力持ちの相撲取りが勝ち抜き相撲を取って、最後まで勝ち抜いたものの、でいらぼっちが最後の相手で、軽々抱え上げられてしまって勝負にならなかったといわれています。
 その後、のっしのっしと歩いて行った「でいらぼっち」の足跡が川尻と相原との間の窪地であり、下駄の歯に詰まっていた泥をはたき落してできたのが、この場所にあったというめいめい塚だといわれています。
 「でいだらぼっち」、「だいだらぼっち」等々、この巨人伝説の主人公が、地域によって様々な名称で呼ばれているあたりは興味深いところですね。「めいめい井戸」も、東京都内では「まいまいず井戸」と呼ばれているようです。


「妙見塚」

 めいめい塚から西に500メートルほどでしょうか?
 相模原市緑区原宿3丁目に所在するのが「妙見塚」です。かつては畑地の中に直径約5メートル、高さ約2メートルほどの塚の上に妙見塚祠が祀られていたそうですが、現在はブロックに囲まれて小さな塚となり、ダイソースーパーアルプス城山店北側の町道筋に祀られています。

<参考文献>
相原公民館 広報部『館報あいはら』
城山町文化財保護委員会『城山町小祠報告書』
現地説明板


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  1. 2019/03/26(火) 23:25:42|
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「富士塚」と「富士塚西方のツカ」

「富士塚(首塚)」

 さて、前回紹介した青山地区の2基の塚を見学した後は、根小屋地区に向かいました。
 画像は、相模原市緑区根小屋に所在する「富士塚」です。
 塚の周囲は農地として使用されていることから、長径20m、短径17m、高さ4mという大きな塚はひときわ目立つ存在です。電車の駅からは多少距離がありますが、JR横浜線橋本駅から三ヶ木行きのバスで30分ほど走った「富士塚前」というバス停の目の前が塚の所在地ですので、比較的見学しやすい塚です。

 この富士塚には多くの伝承が残されており、旧津久井町教育委員会により設置された説明板には次のように書かれていました。

富  士  塚
    津久井町根小屋富士塚一九一八番地

 この塚は土地の人は富士の森とも呼ぶ、新
編相模国風土記稿に「首塚」として「寺領(
功雲寺)南金原ニアリ、天正十八年(一五九
〇)平岩主税(徳川軍の武将)津久井城ヲ攻
落シ、城兵ノ首級ヲ獲テ埋葬セシ所ナリト云
フ、塚ノ上ニ松ト桜ヲ栽ユ」とある。
 天保六年(一八三五)三月八王子千人隊十
人頭、塩野適斎が幕府の命により地誌編纂の
ため、この塚を訪れた時に「首塚」と題し作
詩し筑井県紀行詩集に収められている。

首塚はいづれの年 いづれの世の人と 言うこれ津久井城の臣なりと
首塚何年何世人 言斬新斯津久井城臣
只今ただ桜花のひらくあり せきせきりようりよう春にたえず
只今唯有桜花発 寂々廖々不耐春

 塚上に浅間大神(明治二十三年九月建立、
越後国、浜島勝)、富士浅間大神(明治二十
三年寅六月一日開眼師、岩崎泰健、根小屋卿
中)、妙法金人水神(年代不明)の三基の石
仏がある。江戸期から明治にかけ富士山を神
格化した富士信仰が盛んになり、各地に富士
講がつくられ江戸八百八講と呼ばれる程にな
ったといわれ、富士山に登山できない者のた
めに富士山をまねた富士塚が各地につくられ
た、この塚も浅間大神の石仏があることから
古くは「首塚」と呼ばれていたが、後に富士
塚と呼ばれるようになったと考えられる。
 塚の面積約二八〇平方米、昭和三七年六月
二七日より大蔵省(財務省)の管轄地となる。
  平成三年十二月一日
           津久井町教育委員会


 説明板に書かれている言い伝えからすると、塚の元々の性格は、津久井城落城の際の戦死者を埋葬した「首塚」ということになるようですが、発掘調査が行われたのかどうか調査報告書が見つからなかったので、このあたりの真相はわかりませんでした。。。


「富士塚(首塚)」

 この2枚目の画像は、南から見た富士塚です。塚上に登るための道でマウンドが削られていて、ちょっと変な形に見えますね。(お尻?)


「富士塚(首塚)」

 塚上に登ってみました。
 一番左が近年に建てられたと思われる「富士塚を守る会記念碑」、2番目が明治23年9月建立の「浅間大神」の碑、3番目が明治23年寅6月1日建立の「富士浅間大神」、右が年代不明の「妙法金人水神」です。


「富士塚西方のツカ」

 根小屋地区には、もう一基、小さな塚状のマウンドが存在します。
 遺跡としては登録されていないようですが、『津久井町史』に「富士塚西方のツカ」として掲載されている塚で、同書には「直径3メートル、短径2.5メートルの範囲に、10~30センチの円礫が積まれており、高さは90センチほどである。以前はもう少し大きなものであったようである。」とのみ書かれています。

 この塚はなかなか見つからなくて苦労したのですが、ご近所のご主人にお尋ねしたところ、「あそこかもしれない!」ということで、わざわざ現地まで道案内していただきました。
 ご主人は縄文時代がお好きだそうで、農作業中に畑から出てくる土器片を集めていたそうです。所有する畑から土器片や埴輪片がザクザクと出てくることを想像するとワクワクしますよね。
 楽しい時間をありがとうございました!

<参考文献>
相模原市教育委員会教育局生涯学習部博物館『津久井町史 通史編 原始・古代・中世』
現地説明板


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  1. 2019/03/22(金) 22:52:49|
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