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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「御嶽塚10号墳」

「御嶽塚10号墳」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群」につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 「御嶽塚10号墳」は、区画整理事業のための1282次調査において西府文化センター西側から検出された古墳です。河原石積横穴式石室と周溝の一部が検出されており、規模は内径推定20.4mの、南側に開口部を持つブリッジ付の円墳であると推定されています。大刀5点、短刀1点、鐔3点、銅製の筒金具1点、銅製の筒金具1点、銅製の筒頭1点、銅製の責金具5点、鎺1点、弓金具1点、銅製の耳環4点、鉄鏃16点、刀子3点、鉄釘1点などが出土しています。
 画像は、御嶽塚10号墳の跡地を南から見たところです。T字に交差する道路のあたりに古墳が存在したと思われますが、残念ながら痕跡は何も残されていないようです。。。


「御嶽塚10号墳」

 御嶽塚10号墳から出土した5振りの大刀です。府中市郷土の森博物館で公開されています。


「御嶽塚10号墳」

「御嶽塚10号墳」

 同じく御嶽塚10号墳から出土した刀装具や銅製の耳環、鉄鏃なども公開されています。古墳時代末期の7世紀のものであるとされています。

<参考文献>
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/14(日) 00:23:51|
  2. 府中市/御嶽塚古墳群
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「御嶽塚9号墳」

「御嶽塚9号墳」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群」につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 「御嶽塚9号墳」は、区画整理事業のための1282次調査において西府文化センター西側から検出された古墳です。河原石積横穴式石室と周溝の一部が検出されており、規模は内径推定12.9mの円墳であると推定されています。大刀2点、短刀1点、鎺1点、銅製の鵐目金具、鉄鏃18点のほか、土師器や須恵器などが出土しています。
 画像は、御嶽塚9号墳の跡地を南から見たところです。手前の道路から奥の駐車場にかけて古墳が存在したと思われますが、痕跡は何も残されていないようです。。。

<参考文献>
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/13(土) 20:54:02|
  2. 府中市/御嶽塚古墳群
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「御嶽塚8号墳」

「御嶽塚8号墳」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群」につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 「御嶽塚8号墳」は、区画整理事業のための1282次調査において西府文化センター西側から検出された古墳です。周溝の一部が検出されており、規模は内径推定約16.4mの円墳であると推定されています。遺物は何も出土しなかったようです。
 画像は、御嶽塚8号墳の跡地を東から見たところです。この古墳も、地上に痕跡は残されていないようです。。。

<参考文献>
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/12(金) 02:22:42|
  2. 府中市/御嶽塚古墳群
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「御嶽塚7号墳」

「御嶽塚7号墳」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群」につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 「御嶽塚7号墳」は、区画整理事業のための1282次調査において西府文化センター西側から検出された古墳です。周溝の東側と西側の一部が検出されており、規模は内径推定約15.3mの円墳であると推定されています。平安時代の土師器の甕2点、台石1点、鉄製品1点が出土しています。
 画像の道路の場所が古墳の跡地であるようですが、すでに墳丘は存在せず、何も痕跡は残されていないようです。。。

<参考文献>
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/11(木) 02:36:54|
  2. 府中市/御嶽塚古墳群
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「御嶽塚6号墳 & 20号墳」

「御嶽塚6号墳 & 20号墳」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群」につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 「御嶽塚6号墳」は、御嶽塚の東側に位置する区画整理事業のための1272次調査と1388次調査において周溝が検出された古墳です。規模は内径推定約13.3mの円墳であると推定されており、周溝からは6世紀の土器が出土しています。また、同じ調査区内からは「御嶽塚20号墳」も確認されています。この古墳は周溝は検出されていないため規模は不明で、主体部である河原石積横穴式石室が検出されています。どちらの古墳も集合住宅建設のため消滅しており、痕跡を見ることは出来ません。

 この御嶽塚古墳群は、5号墳である御嶽塚古墳を残してすべての古墳が消滅しており、今日ではその姿を見ることは出来ませんが、昭和初期頃まではいくつかの古墳が残されていたようです。猿渡盛厚著『武蔵府中物語』には、御嶽塚古墳群の1基であると思われる古墳の発掘のようすが書かれています。


 昨年の十一月末に、西府村の学校の、西方近くの畑中から、分梅の中嶋常蔵さんが、里芋をを埋めるために穴を掘つたところが、地下三尺ばかりのところから、直刀の長短約十数本出たので、其の内、直刀貳尺五寸から壱尺五寸以上のものが五本、短刀壱尺壱寸のもの二本を、片町の内藤徳造さんが持参して、社務所へ納められた。分梅の令兄内藤萬平さんの語るところによれば(中嶋常蔵さんと、内藤徳造さんには、私は生憎御目にかかれなかったので、内藤萬平さんを御尋ねして、御聞きしたのである。)発掘した場所は、西府の学校の西方近くの峡上の、俗「かちやはけ」といふところで、中嶋常蔵さん所有の畑である。其の時、出土した刀剣類は、沢山あったが、見物に来たものが貰つていつたのもあるが、残つた分は同所へ埋めてしまつたと話された。
 右の話によつて、直ちに現場へ行つて見たが、畑は穴を埋めて、地均しをして、既に麥を蒔いてあつたから、再び発掘することも出来ないので、此の秋になつて、麥を刈取つた時に、発掘して見るつもりである。この近辺には、御嶽堂塚、正光院塚、など称する、大きな古墳があつて、正光院塚は先年、既に道路普請のため発掘したが、刀剣類が沢山出たそうであるが、その刀剣類は、今日では行方不明である。
 府中から西方、屋敷分、本宿から谷保にかけての峡上には、古墳が殆ど連続的にあつたのだが、今日では、大部分が破壊されてしまつた。(『武蔵府中物語 第八編』9~11ページ)


 この「かちやはけ」に所在したとされる古墳や「正光院塚」と呼ばれた古墳がどこに存在したのか正確な場所は特定できなかったのですが、この周辺にはまだ未発掘の緑地なども残されているようですので、今後新たな古墳が発見される可能性は高いのではないでしょうか。。。

<参考文献>
猿渡盛厚『武蔵府中物語 第八編』
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/10(水) 02:04:55|
  2. 府中市/御嶽塚古墳群
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「御嶽塚5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

「御嶽塚古墳群5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 画像は、府中市西府町1丁目に所在する「御嶽塚(御嶽塚古墳群5号墳)」を東から見たとこです。府中崖線縁辺から北に70mほどの立川段丘上に現存する、平成16年3月31日に府中市の文化財(史跡)として指定されている古墳です。
 この古墳は古くからその存在が知られており、江戸時代後期の地誌類に記述を見ることができます。『新編武蔵風土記稿』の府中領本宿村の項には「分倍河原につづきし地所にて古戦場なりといふ、耳塚頸塚なといへる小塚あり、又村南に堂塚というあり、來由を傳るへず、この所に弘長元年の文字みえし断碑あり、又それより北によりて御嶽塚といふあり、高一丈五尺許なり」とあり、また『武蔵名勝図会』には府中領本宿の条に「御嶽塚」の項があり、「同所の南寄りの畑中にあり。この辺は分倍野へ五、六町へだてれば、この塚あたりは古戦場の地なるべし。合戦後に種々取り集めて築きしところなるべし。御嶽と号するは中古蔵王権現を祭りしゆえに名とす、高さ一丈四、五尺なり」と記されていま す。これらの地誌に書かれている御嶽塚と現在見ることのできる御嶽塚は同一の塚であると考えられており、少なくとも19世紀初頭には御嶽信仰に関係する塚として信仰の対象となっていたことがわかります。また、高さ4mを超える塚であったとも記されており、当時はかなり大きな墳丘が残されていたようです。


「御嶽塚古墳群5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

 画像は、北西から見た御嶽塚です。なだらかな墳丘を見ることができます。

 御嶽塚の最初の調査は昭和47年(1972)の11月から12月にかけて行われ、塚の外周に中世陶器破片を伴う溝が存在することや、塚の南側裾部の中世の地下式横穴と推定される遺構の存在が明らかになっています。その後、平成15年(2003)には武蔵府中関連遺跡第1217次調査として発掘調査が行われ、股份の周溝と考えられる溝が検出されています。この結果、御嶽塚は古墳時代後期に円墳として築造され、後世に墳丘の大半が失われたものの、中世以降に再びマウンドが築かれて、近世に御嶽信仰のための塚として再利用されたと考えられているようです。


「御嶽塚古墳群5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

 画像は御嶽塚の墳丘上のようすです。安山岩で造られた高さ43cmの石祠が祀られています。祠の屋根の部分に「御嶽大権現」、右側に「安政五午年 十一月吉日」、左側に「小野宮 願主 内藤伊助」と、銘文が刻まれています。


「御嶽塚古墳群5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

 この御嶽塚古墳はJR南武線西府駅の南口の目の前に存在するという駅近古墳で、改札を出た駅構内からも窓越しに観察することができます。高い位置から見ると、墳丘が道路により削られて楕円形を呈しているのがわかります。
 ちなみにこの景色が冬になると…


「御嶽塚古墳群5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

 真っ白に染まった雪景色の御嶽塚です。東京都内でこれだけ雪が積もることは滅多にありませんから珍しい光景ですよね。。。


「御嶽塚古墳群5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

 古墳が保存されている公園も古墳の名称から「御嶽塚公園」となっているようです。


「御嶽塚古墳群5号墳(御嶽塚)」-府中市指定文化財(史跡)-

 一番最近見かけた御嶽塚古墳の風景。子供たちが「なんだこれー」とか言って、祠を解体して屋根をどこかに持ち去ろうとしています。市の指定文化財だし、神様が住んでいるところだし、おいおい大丈夫か!とハラハラしましたが、近くにいたお母さんたちが気づいたようです。神様は怒っていたのでしょうか?それとも子供たちと遊んで楽しかったのでしょうか?

<参考文献>
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査団報告書』
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/08(月) 00:57:16|
  2. 府中市/御嶽塚古墳群
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「御嶽塚4号墳」

「御嶽塚4号墳」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 「御嶽塚4号墳」は墳丘がすでに消滅していた古墳で、武蔵国府関連遺跡における1213次の予備調査により存在が確認されています。崖線下の沖積低地を一望できる府中崖線縁辺に所在しており、御嶽塚3号墳のすぐ北側に並ぶように存在します。検出された周溝から規模は推定径16mの円墳で、主体部は検出されていないため不明とされています。
 画像の道路左側が古墳の跡地となりますが、この古墳もやはり痕跡は残されていないようです。。。

<参考文献>
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府の調査 20』
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/07(日) 09:45:11|
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「御嶽塚3号墳」

「御嶽塚3号墳」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 「御嶽塚3号墳」は墳丘がすでに消滅していた古墳で、武蔵国府関連遺跡における1213次調査により存在が確認されています。崖線下の沖積低地を一望できる府中崖線縁辺に所在しており、検出された周溝から内径10.3m~11.3mのやや東西に長い楕円形の周囲に幅0.9m~1.4mの周溝が巡る円墳であることがわかっています。河原石積横穴式石室が検出されており、石室内からは刀子、大刀の切っ先部分や鍔などが出土しています。築造は7世紀前半と推定されているようです。
 府中市内の古墳のほとんどは発掘調査により発見されているため、埋葬施設が検出されても基底部のみが残存するという事例が多く、この3号墳も石室内の大半の石は抜き取られていたようです。東京都内ではなかなか石室を見学できるチャンスはありませんが、せめて調査が終わった跡の現地説明会や見学会がもっと増えると良いですね。。。

<参考文献>
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府の調査 20』
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府関連遺跡調査報告 40』


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  1. 2016/02/06(土) 11:49:38|
  2. 府中市/御嶽塚古墳群
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「御嶽塚1号墳(旧高倉18号墳)」

「御嶽塚1号墳(旧高倉18号墳)」

 御嶽塚古墳群は、JR南武線西府駅南側の府中崖線上に広がる、府中市西端に存在する古墳群です。東西約600m、南北約100mの範囲に分布しており、西端は国立市の「下谷保古墳群につながると考えられています。当初は「高倉古墳群」の一部であるとされていましたが、古墳の分布に違いが見られることや高倉古墳群との間に小規模な開析谷が入り込んでいることから、現在は別々の古墳群とされています。

 画像は、府中市本宿町1丁目に所在する「御嶽塚1号墳」を北西から見たところです。 この古墳は昭和59年(1984)から翌60年にかけて府中市遺跡調査会により行われた調査により確認された古墳で、円墳であると推定される内径は11.6mで、周囲を幅0.4~1.6mの周溝が巡っています。主体部は攪乱されて詳細不明とされていますが河原石積横穴式石室であることが確認されており、築造は古墳時代後期と推定されています。

 多摩地区所在古墳確認調査団より発行された『多摩地区所在古墳確認調査団報告書』によると、この古墳は主体部、墳丘ともに消滅したとされています。調査概要に掲載されている「調査地区位置図」を見ると、どうやら古墳が検出された地点は画像の奥の集合住宅の位置にあたるようなので、やはり古墳は消滅していると思われます。いかにも古墳であるかのような形状の築山が画像手前のマンションの一角に存在しますが、この地点は発掘調査は行われていないのではないかと思われますが、古墳らしきマウンドを保存したものなのか、それとも単にマンションの築山として土を盛っただけのものなのか真相はわかりません。


「御嶽塚1号墳(旧高倉18号墳)」

 画像は、正体不明の築山を近距離から見たところです。思わせぶりな石がいくつか置かれていますが、果たしてこのマウンドは古墳なのでしょうか。。。
 ちなみにこの1号墳の南側からも、周溝ではないかと考えられる円弧を描く溝が4分の1ほど検出されているようですが、古墳であると断定はされないまま現在はマンションの敷地となり消滅しているようです。

 この古墳は調査当時、「高倉古墳群」に属する古墳として「高倉18号墳」の名称が付けられていましたが、近年の西府土地区画整理地区周辺で複数の古墳が確認されたことにより「御嶽塚古墳群」と命名され、高倉18号墳も「御嶽塚1号墳」と名称が変更となっています。これにより高倉18号墳は欠番となっており、また御嶽塚古墳群では2号墳が欠番となっているようです。

<参考文献>
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査団報告書』
府中市教育委員会・府中市遺跡調査会『武蔵国府の調査 20』


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  1. 2016/02/04(木) 02:06:02|
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