FC2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「町田市№259遺跡」

「町田市№259遺跡」

 「町田市№259遺跡」は、町田市小野路町に所在する遺跡です。

 この遺跡については、昭和63年(1988)発行の『東京都遺跡地図』、平成8年(1996)発行の『東京都遺跡地図』、またネットで公開されている最新の『東京都遺跡地図情報インターネット提供サービス』ともに、「遺跡の概要」の欄に「丘陵斜面 包蔵地・古墳?」と書かれています。
 ただし、平成7年(1995)に発行された『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では、「多摩地区所在の塚」の項で取り上げられており、墳丘は「消滅」と記されています。

 画像の坂道を上がった丘陵頂部の周辺が、№259遺跡です。
 古墳らしき塚の所在地は不明で消滅に至った経緯も不明と、まったく詳細がわからないのですが、何か痕跡は残されていないものでしょうか。。。


「町田市№259遺跡」

 道路を登りきったあたりに、さらに丘陵頂部へ登る小道があったので、登ってみました。
 古墳、あるかな?


「町田市№259遺跡」

 丘陵頂部の様子。
 ものすごい藪になっていたので、突入はしませんでした。

 所在地は「丘陵斜面」ということですので、この藪の中ではないのかな、と思いますが、東側の切り通しとなっている道路により削られていたとしたら、もはや跡形もないかもしれませんね。


「町田市№259遺跡」

 さらに西側には怪しげな高まりが!
 人工的に築造された塚ではなく、大木の存在による高まりなのかもしれませんが、古墳の残骸であるようにも思えます。むむむ。わからない。。。


「町田市№259遺跡」

 塚の横には祠が置かれていました。
 かつて塚上に祀られていたものが、地震か何かで倒れちゃったのかな?
 結局、この塚以外に、古墳ではないかと疑いたくなる地形は確認できず、東京都遺跡地図で「古墳?」とされている塚の痕跡は確認できませんでした。
 それにしてもこの地域は急な坂ばっかりで、この頃は小さな折り畳み自転車で走っていたので足はパンパン、気持ちは折れまくって、もうグダグダです。

<参考文献>
多摩考古学研究会「東京都町田市けぞう谷遺跡出土遺物について」『多摩考古15』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2019/10/27(日) 23:42:32|
  2. 町田市/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「木曽一里塚」

「木曽一里塚」

 画像は、町田市木曽西4丁目に所在する「木曽一里塚」を南東からみたところです。
 野津田町所在の「小野路の一里塚」とともに、町田市内に残る2基のうちの1基で、昭和44年(1969)には町田市の史跡として指定されています。

 現地には町田市教育委員会により説明板が設置されており、次のように書かれています。

町田市指定史跡
 木曽一里塚
所在地 町田市木曽西四丁目一四番
指 定 一九六九年(昭和四十四年)九月二日
 徳川家康は秀忠に命じて慶長九年(一六〇四)に、
日本橋を基点に東海道、東山道、北陸道に一里塚
を築かせ全国に普及させた。その後、付属の街道
である脇往還なども整備された。一里塚は旅行者
の目印として一里(約四キロメートル)の間隔で
道の両側に築かれた塚で、木陰で休憩がとれるよ
うに、榎や松が植えられた。
 町田市内には、木曽町、小野路町に一里塚が残
っている。元和三年(一六一七)に徳川家康の遺櫃
が駿河の久能山から日光東照宮へ移されたとき、
東海道の平塚から、厚木、座間、木曽、小野路、
府中と通過した。この道は、後に御尊櫃御成道
(ごそんびつおなりみち)と呼ばれた。一八世紀に
なると関東各地から相模国大山阿夫利神社へ参詣
する大山講が盛んになり、この道も大山道として
利用され、木曽と小野路は宿場町として栄えた。
木曽の一里塚も小野路と同じく道の両側にあった
が、現在は西側のものだけが残り、塚の上には武
蔵御嶽山の大口真神の小祠がある。
           二〇一一年二月設置
              町田市教育委員会




「木曽一里塚」

 塚上には「一里塚」の石碑が建てられています。。。


「木曽一里塚」

 塚の上には御岳の小祠があり、毎年四月には代参の二人が御岳講に出かけているそうです。以前は東側にも塚があったといわれていますので、一里塚であることは間違いないものと思われますが、御岳塚も兼ねているという、実はなかなか変わり種の塚なのかもしれません。

<参考文献>
忠生村村誌編さん委員会『忠生村誌』
現地説明板


人気ブログランキングへ

  1. 2019/10/24(木) 01:38:59|
  2. 町田市/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「野盗塚(経塚・武藤塚)」

「野盗塚(経塚・武藤塚)」

 「野盗塚」は、町田市中町1丁目に所在したといわれる塚です。
 残念ながら、塚は開発により削平されて消滅しており、『東京都遺跡地図』にも未登録となっているようですが、塚にまつわる多くの伝承が残されているようです。

 画像は、この野盗塚の跡地周辺を西からみたところです。


「野盗塚(経塚・武藤塚)」

 野盗塚は、少なくとも昭和40年代までは痕跡が残されていたようです。
 町田市原町田6丁目の「日蓮宗浄運寺」の境内には、この塚のものであるという「武藤塚」と刻まれた石碑が移されており、町田市教育委員会による説明板が設置されています。この説明板には、在りし日の野盗塚の姿を見ることができます。
 この写真は昭和43年(1968)のものとされているようですが、この時点でかなり小さくなっているようにも見えます。


「野盗塚(経塚・武藤塚)」

 浄運寺境内の、「武藤塚」の石碑です。
 説明板には次のように書かれています。

野 盗 塚 物 語
 これは武藤家が名主の時のはなしである。
 ある日、武士の一隊が武藤家を訪ね、御用長持ちを預かってくれるよう申し入れ、家の中に置いて立ち去った。その夜半頃、下女が勝手にいた時、長持ちの蓋がギギーッと持ち上がった。下女が主人にこのことをはなすと、大石を運ばせ、長持ちの上に置かせたので、隠れていた武士はなすこともなく、翌日、空しく長持ちは運び出された。しかし武藤家では、いつか必ず復讐に来ると思い、警備を厳重にしていた。
 はたして数日の後に、五、六名の武士がのりこんできて主人に面会を求め、いかめしい様子で金子の借用を申し入れた・・・・ものかげで待ちかまえていた家人や村役人、剣術指南の侍が、槍、刀を振るって突き入った。
 野盗達もおおいに防ぎ戦ったが、逃げ出した。ところが路地や家の角は、大石をゆわえつけた梯子でふさがれていた。そこへ竹槍を持った村人達も駆けつけ、戦いに加わった。
 戦いはしばらく続いたが、野盗達は枕を並べて倒されてしまった。野盗塚(武藤塚ともいう)は、この武士達の亡骸を葬い、塚を築いて供養したものであるという。この塚は以前は中町一丁目(旧町田警察署のあったところ)にあった。
 (町田の民話と伝承 第一集・町田市文化財保護審議会編から)
一九九八年三月 町田市教育委員会



 前回紹介した「太刀山古墳」から北方300mほどに位置するこの野盗塚は、古墳ではなかったか?と妄想したくなるところですが、学術的な調査が行われることなく開発により消滅。残念ながら塚の性格等の真相はわかりません。。。

<参考文献> 
町田市文化財保護審議会編『町田の民話と伝承 第一集』
現地説明板


人気ブログランキングへ

  1. 2019/08/21(水) 01:33:38|
  2. 町田市/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「太刀山古墳」

「太刀山古墳」

 JR横浜線と小田急小田原線が交差する、町田市原町田6丁目には、なんと!前方後円墳が存在したという伝承が残されているようです。『東京都遺跡地図』にも登録されていない、言い伝えにのみ残る古墳です。

 立地的には境川左岸の台地上縁辺部にあたり、確かに古墳が築造されてもおかしくないようにも感じられますが、今では駅前の繁華街として大勢の人で賑わっており、古墳の痕跡は全く残されていません。

 平成19年(2007)に町田法人会より発行された『町田法人会報』には、この古墳について次のように書かれています。

「小田急線町田駅の東側交叉路「太刀山古墳跡」切通し風景」
三橋園民
解 説/町田駅東側に隣接している交叉路(マクドナルド・マルカワジーンズ・銀行)上にあるマンホールの鉄蓋は、この稽の手前、犬のいるところに当たる。
ほんの八十年前には、赤土の切通しがある雑木林だった 。昔から「太刀山(たちやま)と呼ばれ、子供達には兵隊ごっこをする格好の丘でもあった。戦後(昭和30年頃)開発 で切通しが崩されたとき、交叉路に大穴が聞いたと、文化財委員会に知らせがあった。駆けつけたが既に大穴はブルドーザーで跡形も無く壊され、出土したらしい金環も持ち去られていた。この時点で「太刀山」1500年のロマンは、あえなく潰えた。



「太刀山古墳」
出典:国土地理院ウェブサイト(https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1183432&isDetail=true)

 画像は、国土地理院ウェブサイトより公開されている、昭和22年に米軍により撮影された太刀山古墳周辺の空中写真です。わかりやすいように跡地周辺を切り取っています。画像の中央に前方後円墳らしき形状を見ることが出来ます。
 ざっと、40m前後の小形の前方後円墳というところでしょうか。前方後方墳のようにも感じられますが、この画像だけではなんとも判断できません。
 『町田法人会報』の、「大穴が開いた」という表現からして、やはり横穴式石室の存在を想像してしまいますし、金環が出土したということですので、どうやら「太刀山」が古墳であった可能性は高そうですが、ブルドーザーで跡形も無く壊されたということで、当然ながら報告書の類は存在せず、詳細はわかりませんでした。

 町田駅周辺の繁華街に前方後円墳が存在したとは、もはや誰も想像ができませんね。。。

<参考文献> 
社団法人 町田法人会『町田法人会報 91』


人気ブログランキングへ

  1. 2019/08/17(土) 22:22:12|
  2. 町田市/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー


 今回は、町田市三輪緑山に所在する「西谷戸横穴墓群」の探訪の記録です。『東京都遺跡地図』には、町田市の遺跡番号449番の遺跡として登録されている横穴墓群です。

 さて、この横穴墓群については、『古墳なう』の平成25年(2013)05月15日の回で一度取り上げました。見学した時期がちょうど再整備が行われている最中という状況で、横穴内部には土嚢が積まれていました。
 その後、整備が終わってどんな状況になっているのか、ずっと気になっていましたが、昨年の冬、ようやく見学に訪れることができました。
 今回は、あらためて西谷戸横穴墓群を振り返ってみようと思います。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 画像は、最初に見学に訪れた時の西谷戸横穴墓群です。
 右から4、5、6、7号墓です。
 横穴はすべて開口している状況でしたが、すでに敷地はフェンスで囲まれていて、内部を覗くことはできませんでした。
 町田市のホームページでは、横穴内部の写真が公開されているようです。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 当時、町田市教育委員会により設置されていた説明板です。

 西谷戸横穴墓群
 西谷戸横穴墓群は、昭和58、59年に発掘
調査が行われ、9基の横穴墓が、3つのグ
ループを形成して存在していることが明ら
かになりました。
 横穴墓とは、古墳時代後期(6〜7世紀)
に多くつくられた古墳の一種で、本州に広
く分布しています。通常、群れをなしてつ
くられることが多く、各地域における有力
者の一族の墓と考えられています。西谷戸
横穴墓群もそうしたものの一つでしょう。
 なお、9基のうち、5基の横穴墓から、人
骨・直刀・鉄鏃・ガラス玉などが出土してい
ます。
           町田市教育委員会



「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 これは前回紹介した画像ですが、あらためて大きなサイズで。
 右から1、2、3号墓。左にチラリと見えるのが8号墓です。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 これは、3号墓を間近で見たところ。
 土嚢が積まれていますね。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 当時、こんな説明板も設置されていました。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 西谷戸横穴墓群の最新の画像です。
 右から1、2、3、8、9、4、5、6、7号墓です。
 すべての横穴は塞がれており、もはや玄室内部を見ることはできないようですが、以前と比べてすごい存在感ですね。(笑)


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 右から1、2、3号墓です。
 この3基は完全に塞がれているようです。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 右から8、9号墓。
 この2基も完全に塞がれています。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 右から4、5、6、7号墓。
 3つの支群が、それそれ違った方法で埋め戻されているのが、とても興味深いところですが、この4基は小さな扉が設けられていて、内部を見学できるのではないかと思われます。将来、見学会でも行われれば公開されるのでしょうか。。。


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 説明板も、新しいものが設置されていました。

東京都指定史跡 西谷戸横穴墓群
所 在:東京都町田市三輪緑山一丁目25-8
指定日:1992年3月30日

 西谷戸横穴墓群は、三輪土地区画整理事業に伴って1983~1984年に発掘
調査が行われ、9基の横穴墓が確認されました。横穴墓とは、崖面に横穴をあけて
埋葬施設とした古墳時代における墓であり、多くは群集してつくられます。
 本横穴墓群は、群集して分布するという横穴墓特有の景観が良好に残っており、
1992年、東京都史跡に指定されました。
 7世紀前半から後半にかけてつくられたと推定される西谷戸横穴墓群は、この
地域において開発を主導した人々の墓と推定されます。特に5号墓から出土した
7世紀初頭に製作されたと推定される金銅製圭頭大刀は、被葬者の社会的地位を
表す威信財として注目されます。また、5号墓の壁面には、横穴墓が使われた
当時に描かれたと推定される人物、船、波状文、三角文の線刻画が確認され、当時
の葬送概念を理解する手がかりが残されています。
 2016年、史跡を保護するために整備工事を実施し、1~3号墓は埋め戻し、
4~7号墓には銅製の扉付密閉施設を設置、8,9墓墳は吹付コンクリートによる
被膜で遺構を保護しています。
                            2016年10月設置
                            町田市教育委員会


 町田市や川崎市域で開口する横穴墓はどこも崩壊が進んでいるようですし、こうして保護する必要がある状況は理解できますが、内部を見学できなくなってしまうのはもどかしいですね。(笑)


「西谷戸横穴墓群 その2」ー東京都指定史跡ー

 庚申塔も健在です。
 お堂が傾いているのもずっとこんな感じです。
 いずれ綺麗に建て替えられたらいいですね。

<参考文献>
町田市教育委員会『発掘された町田の遺跡』
現地説明版


人気ブログランキングへ

  1. 2019/07/27(土) 23:28:35|
  2. 町田市/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
次のページ

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (4)
足立区/その他の古墳・塚 (9)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (10)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (2)
北区/飛鳥山古墳群 (8)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (13)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (5)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (16)
豊島区の古墳・塚 (3)
文京区の古墳・塚 (8)
杉並区の古墳・塚 (18)
中野区の古墳・塚 (17)
新宿区の古墳・塚 (19)
千代田区の古墳・塚 (7)
目黒区の古墳・塚 (9)
渋谷区の古墳・塚 (19)
港区の古墳・塚 (8)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (15)
大田区/田園調布古墳群 (34)
大田区/鵜の木・久が原古墳群 (8)
大田区/その他の古墳・塚 (52)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (9)
世田谷区/大蔵古墳群 (0)
世田谷区/砧中学校古墳群 (2)
世田谷区/喜多見古墳群 (13)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (18)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (7)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (34)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (13)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (29)
狛江市/その他の古墳・塚 (1)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (14)
府中市/高倉古墳群 (32)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (15)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (9)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (8)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (12)
町田市/能ケ谷香山古墳群 (0)
町田市/その他の古墳・塚 (20)
八王子市の古墳・塚 (33)
昭島市/浄土古墳群 (1)
昭島市/その他の古墳・塚 (2)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (5)
小金井市•国分寺市の塚 (0)
東村山市•東大和市の塚 (9)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (47)
横浜市の古墳・塚 (0)
相模原市の古墳・塚 (7)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
壬生町•上三川町 (5)
長野県の古墳 (6)
群馬県の古墳 (8)
茨城県の古墳 (5)
埼玉県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
未分類 (8)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR