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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

あきる野市「森山古墳群3号墳」(再訪)

あきる野市「森山古墳群3号墳」1

 今回は、あきる野市草花に所在する「森山古墳群」の第3回目。
 「森山古墳群3号墳」を紹介しようと思います。。。



 この古墳については、4年ほど前にくら様という方からコメントをいただいていまして、鳥居が新しいものに建て替えられていることをお聞きしていました。
 それもあって、もう一度ゆっくりと森山古墳群を散策したいなとも考えていたのですが、その後のコロナの影響等もあり、なかなか再訪することができませんでした。



 今回は、「あきる野の古墳時代と瀬戸岡古墳群」という市民カレッジ公開講座の受講が目的であきる野市を訪れましたが、森山古墳群の再訪のため、早めに家を出て午前中にあきる野市を訪れました。



 画像は、「森山古墳群3号墳」を南から見たところです。
 鳥居がピッカピカですね。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


あきる野市「森山古墳群3号墳」2

 1号墳と2号墳が多摩川と平井川が合流する台地の突端部にあるのに対して、この3号墳は若干台地の奥に入ったところに所在します。

 現在確認されているのは3基のみですが、かつては相当な数の古墳が存在したのかな?とも感じます。


あきる野市「森山古墳群3号墳」3

 3号墳を北西からみたところ。
 若干の高まりが残されているのがおわかりでしょうか。

 同じ平井川の上流域にある「瀬戸岡古墳群」を構成する古墳にほとんど墳丘らしき高まりが見られないのに対して、森山古墳群に残存する3基すべてに墳丘らしき高まりが見られることは、とても興味深いです。


あきる野市「森山古墳群3号墳」4

 3号墳を南東から見たところ。

『多摩地区所在古墳確認調査報告書』には「東西径約12m、高さは東側の道から約1.5m」と書かれているのですが、「東京都遺跡地図」のインターネット公開版では「径25m、高さ1.5mの積石塚」と記されています。

 残存する墳丘は、「径約12m」が近いのかなという印象です。。。


あきる野市「森山古墳群3号墳」5

 北西から見たところ。
 こちらから見ると、はっきりと墳丘らしき高まりが残されているのがわかります。

 1、2号墳が畑地内にあるのに対して、3号墳の周囲は宅地化が進んでいます。
 なんとか古墳が後世に残るといいなと思います。


あきる野市「森山古墳群3号墳」6

 祠の周辺に見られる河原石。


あきる野市「森山古墳群3号墳」7

 こちらは祠の東側に置かれている巨石。
 これも石材でしょうかね。

 とりあえず今回、森山古墳群を再訪してじっくりと観察できたのは大きな収穫でした。
 また、市民カレッジ公開講座に参加して、瀬戸岡古墳群について深掘りできたのも、充実した時間でした。

 今回、『東京の古墳を探る』を持参して、松崎先生には日付入りでサインをいただきくことができました。\(^o^)/
 ミーハーという勿れ!
 思い出は必要です。。。

<参考文献>
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2024/03/13(水) 20:26:56|
  2. あきる野市/森山古墳群
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あきる野市「森山古墳群2号墳」(再訪)

あきる野市「森山古墳群2号墳」1

 前回に引き続き、あきる野市草花に所在する「森山古墳群」の第二回目。

 今回紹介する「森山古墳群2号墳」は、1号墳と同様に多摩川と平井川が合流する台地の突端部に存在します。
 画像中央に見える木立の場所が、森山2号墳です。

 さっそく見学しましょう!


あきる野市「森山古墳群2号墳」2

 画像は、「森山古墳群 2号墳」を南南西から見たところです。
 11年越しで、ついに近くで古墳を見学することができました!


 多摩地区所在古墳確認調査団により発行された『多摩地区所在古墳確認調査報告書』によると、平成4年度の調査により「径約10m、高さ約1.5mの円墳状の墳丘が畑の中に存在しているが、耕作によって周囲が削られている可能性がある」とあり、また「墳頂部には祠が祀られている」とも書かれています。


あきる野市「森山古墳群2号墳」3

 2号墳を南南東から見たところ。

 墳丘らしき高まりは、畑から拾いめた石なのか石室を構築していた石材なのかはわかりませんが、人頭大の河原石で覆われています。
 11年前の見学の時は、ひょっとしたらこれは墳丘ではなく単なるヤックラなのではないか?という考えもチラリと頭をよぎりましたが、近くで見学してみての印象は、河原石の内部には土の高まりが隠されていて(葺石のように)、表面を河原石が覆っているのかな?と感じました。

 墳丘上に河原石が途切れて土の表面が露出している箇所があって、木が生えているの、わかるでしょうか。。。


あきる野市「森山古墳群2号墳」4

 東南東から見たところ。
 すみません。土地の所有者の方、写っちゃっています。

 ちなみに墳丘の南に建てられている標柱は古墳に関係するものではなく、「生産緑地地区」の標柱です。


あきる野市「森山古墳群2号墳」5

 北西から見たところ。
 墳丘から木が生えているし、やっぱりヤックラではなく盛り土が存在しますよね。


あきる野市「森山古墳群2号墳」6

 2号墳に祀られているのはお稲荷さんなのだそうです。


あきる野市「森山古墳群2号墳」7

 祠を覆う覆屋の中には丸い石が一緒に祀られていました。

 今回、土地の所有者の方に見学の許可をいただいて、近くでゆっくり観察することができました。
 11年越しに願いが叶い、とてもとても感謝しております。

 おそらく1号墳、2号墳ともに古墳で間違いはないのかな?と感じました。


あきる野市「気になる高まり」1

 周辺で、ここは古墳跡じゃないか?と疑い出すとそりゃもうキリがないのですが、周囲には他にも多くの古墳が存在したのではないか、とも感じます。

 今後、調査が進めば色々わかってくるのではないかと思いますし、楽しみですね。。。


あきる野市「気になる高まり」2

<参考文献>
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2024/03/12(火) 18:16:19|
  2. あきる野市/森山古墳群
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あきる野市「森山古墳群1号墳」(再訪)

あきる野市「森山古墳群1号墳」1

 久しぶりに、あきる野市草花に所在する「森山古墳群」を見学しました。
 この古墳を前回見学に訪れたのは2013年1月でしたので、なんと11年ぶりとなります。

 1号墳と2号墳は個人の敷地内にあり、11年前は敷地の外からの見学にとどめ、この『古墳なう』に掲載した写真も遠方から撮影したもののみでした。
  今回は、「あきる野の古墳時代と瀬戸岡古墳群」という市民カレッジ公開講座を受講するためにあきる野市を訪れましたが、なんとか古墳を近くで見学できないか、ということで早めに家を出て午前中にあきる野市を訪れました。


 というわけで、画像は「森山古墳群1号墳」を南南西から見たところです。


あきる野市「森山古墳群1号墳」2

 こちらは北北西から見たところ。

 祠の東側がはっきりと高まりとなって残されている様子がわかります。
 『東京都遺跡地図』のインターネット公開版では、規模は径10m、高さ0.5mの「積石塚」と記載されています。

 受講した講座、「あきる野の古墳時代と瀬戸岡古墳群」によると、瀬戸岡古墳群を構成する古墳のほとんどは墳丘らしき高まりは存在しないか、存在したとしてもわずかなもので、地表下に造られた主体部を覆う石はあくまで石室を覆うための裏込め被覆のための石であり、例えば長野の大室古墳群のような可視化するための墳丘としての積石塚とはまったく別なものであるということです。

 したがって、瀬戸岡の古墳は積石塚ではない!というのが真相であるようですが、この森山古墳群を構成する3基の古墳は、どれも墳丘が存在するように感じられます。
 瀬戸岡古墳群と森山古墳群は同じ平井川流域に所在する古墳群ではありますが、少々状況は異なるようですし、少なくともこの古墳が積石塚であるという説には疑問を感じます。。。
 

あきる野市「森山古墳群1号墳」3

 北北東から見たところ。
 はっきりと高まりが存在しますよね。
 もちろん、これが残存する墳丘ではなく耕作による残土の山である可能性もあるわけですが、このあたりは今後の調査の進展を待たなければなりません。。。

 農作業をされていた土地の所有者の方に声をかけて見学させていただきましたが、感謝です!


あきる野市「森山古墳群1号墳」4

 墳丘上には金比羅宮の祠が祀られています。
 気になるのは祠の土台の河原石ですよね。。。


あきる野市「森山古墳群1号墳」5


 祠の土台のあたりに礫が散在します。
 『多摩地区所在古墳確認調査報告書』にも「祠の周辺に人頭大の円礫と長さ60~80cm程の長い石が露出している」と書かれていますが、やはり石材ではないかな?と感じます。


あきる野市「森山古墳群1号墳」6

 昔は、南側の崖の下から上がって、この石段を登って金刀比羅神社をお参りできたんじゃないかと思います。
 この古墳は、多摩川と平井川の合流する台地の突端部にあり、とても良い景観でした。。。


あきる野市「森山神社」1

 森山古墳群の見学にくるなら森山神社も参拝しなくちゃね!というわけで、こちらも11年ぶりの参拝です。
 古墳群がある台地延辺部からは一段下がった多西橋のたもとにあり、江戸時代は森山明神社と呼ばれていたそうです。

 明治2年(1869に草花神社と合社になったものの、大正初期に再び分離して、この地区の鎮守となりました。

 祭神は伊弉那岐命です。


あきる野市「森山神社」2

 古墳群の近くに神社があると古墳と結び付けたくなってしまいますが、境内には古墳らしき痕跡はなし。笑。
 ちなみに、画像の右奥のコンクリートの崖の上が1号墳と2号墳の所在地です。


あきる野市「森山神社」3

 境内社である水神宮の碑。


あきる野市「森山神社」4

 平井川です。
 この川の流域に、森山古墳群のほか「草花古墳群」、「北小宮古墳」、「御堂上古墳群」、「瀬戸岡古墳」など、多くの古墳が存在します。


 次回、「森山古墳群2号墳」に続きます。。。

<参考文献>
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2024/03/11(月) 19:26:15|
  2. あきる野市/森山古墳群
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「森山古墳群 1号墳」

「森山古墳群 1号墳」

 画像は、あきる野市草花にある「森山古墳群 1号墳」を南西から見たところです。あきる野市の遺跡番号66-1番の古墳です。


「森山古墳群 1号墳」

 この古墳は、多摩川と平井川の合流する台地の突端部にあります。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』によると、平成4年度の調査により”高さ50cm程の墳丘が現存”と記載されており、また、”祠の周辺に人頭大の円礫と長さ60~80cm程の長い石が露出している”ともあります。確かに、祠の土台の部分が僅かに盛り上がっているようにも見えるのですが、古墳の所在地が個人の敷地内ということもあり、残念ながら確認は出来ませんでした。
 墳頂部と思われるあたりには祠が祀られています。あきる野市に残されている古墳に祀られている祠はどれも似たような形状であるように思いますが、これも調べてみれば何か理由があるのでしょうか?ちょっと興味を感じる部分です。

 「東京都遺跡地図」のインターネット公開版では”径10m、高さ0.5mの積石塚とされています。

<参考文献>
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』

  1. 2013/01/31(木) 01:37:24|
  2. あきる野市/森山古墳群
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「森山古墳群 2号墳」

「森山古墳群 2号墳」

 画像は、あきる野市草花にある「森山古墳群 2号墳」を南西から見たところです。あきる野市の遺跡番号66-2番の古墳です。

 この古墳は、多摩川と平井川の合流する台地の突端部にあります。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では、平成4年度の調査により”径約10m、高さ約1.5mの円墳状の墳丘が畑の中に存在しているが、耕作によって周囲が削られている可能性がある”とされています。さらには、”墳頂部には祠が祀られている”とも書かれているのですが、平成4年の調査当時の写真を見ると祠の南東部あたりに墳丘があるようにも見えます。現地で確認したところでは盛土は存在せず、祠だけが残されているようにも見えましたが、敷地内で見学した訳ではないので、この辺りはよくわかりませんでした。

<参考文献>
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』

  1. 2013/01/28(月) 02:08:25|
  2. あきる野市/森山古墳群
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「森山古墳群 3号墳」

「森山古墳群 3号墳」

 画像は、あきる野市草花にある「森山古墳群 3号墳」を南から見たところです。あきる野市の遺跡番号66-3番の古墳です。


「森山古墳群 3号墳」

 この古墳は、多摩川と平井川の合流する台地の突端部にあり、1号墳と2号墳よりは若干台地の中に所在します。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では”東西径約12m、高さは東側の道から約1.5m”とされているのですが、「東京都遺跡地図」のインターネット公開版では”径25m、高さ1.5mの積石塚とされています。
 墳丘の南側に祠が祀られていて、北側の墳丘上には住宅が建てられているようです。近くで見るとあまり高さを感じませんが、遠巻きに見ると墳丘の面影が見えるように思います。

  この古墳群の周辺を散策すると、祠が祀られている古墳らしきわずかな高まりも見られます。ひょっとしたら、まだ未発見の古墳がこれから発見される可能性もあるのかもしれませんね。

<参考文献>
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』

  1. 2013/01/25(金) 23:27:00|
  2. あきる野市/森山古墳群
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