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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「西平山古墳群 5号墳」

「西平山古墳群 5号墳」

 「平山遺跡」は、日野台地の南側に南北500m、東西約2kmの範囲で広がっています。この西半部に50×70mの範囲に5基の古墳の存在が確認されており、「西平山古墳群」と呼ばれています。「平山遺跡」の範囲内で視覚的に捉えられる唯一の遺構で、いずれも墳丘は削平されているものの積石塚の主体部の石材が集積された状態で露出しています。

 画像は、日野市西平山にある「西平山古墳群 5号墳」を南西から見たところです。『東京都遺跡地図』には日野市の遺跡番号48-5番に登録されている古墳です。
 この5号墳も未調査であり、古墳の規模や主体部についての詳細はわかりません。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』には、墳丘について「盛土は流失。石室の石積が高まりとして残っている。」とあり、主体部については「未調査。内容不明。30cm大の河原石を下部に、小礫を上部に積んだ石組みは径約4mの円形を呈するが、南側はやや直線的である。残存する高さは約50cmである。」と書かれています。


「西平山古墳群 5号墳」

 今はGoogleマップという便利なツールがありますので、行きたい場所への道のりや地形を事前に確認することができます。日野市内の古墳を検索中に状況の変化を感じたので、よく晴れたお休みの日にゆっくりと再訪してみました。西平山古墳群は敷地の多くがシートで覆われていて消滅の不安を感じたことから訪れてみましたが、古墳が壊されていなかったことには安心しました。
 画像は、西平山古墳群の遠景です。左側に4号墳、中央あたりに3号墳、右側に5号墳が見えます。
 周辺は開発が進み、すぐそばまで区画整理が行われています。この古墳群が消滅してしまわないよう祈ります。。。

<参考文献>
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2016/04/06(水) 01:32:28|
  2. 日野市/西平山古墳群
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「西平山古墳群 4号墳」

「西平山古墳群 4号墳」

 「平山遺跡」は、日野台地の南側に南北500m、東西約2kmの範囲で広がっています。この西半部に50×70mの範囲に5基の古墳の存在が確認されており、「西平山古墳群」と呼ばれています。「平山遺跡」の範囲内で視覚的に捉えられる唯一の遺構で、いずれも墳丘は削平されているものの積石塚の主体部の石材が集積された状態で露出しています。

 画像は、日野市西平山にある「西平山古墳群 4号墳」を南東から見たところです。『東京都遺跡地図』には日野市の遺跡番号48-4番に登録されている古墳です。
 この4号墳も3号墳と同様に未調査であるため詳細はわからないのですが、多摩地区所在古墳確認調査により行われた平成5年度の分布調査で確認されています。この調査結果が掲載されている『多摩地区所在古墳確認調査報告書』には、墳丘について「盛り土は流出。石室の石積が高まりとして残っている。」とあり、主体部については「未調査。石積は南北径約4m、東西径約2.5mの楕円形を呈する。径20cmから30cm前後の河原石が地表に接するところの随所にみられ、その上に小礫が積まれている。」と書かれています。


「西平山古墳群 4号墳」

 別角度から見た4号墳です。3号墳と同様に草ボウボウで、古墳の状況が観察し難いのが残念なところです。いずれは発掘調査が行われるものと思われますが、例えば史跡公園として整備するなどなんとか古墳群ごと保存できないものかと思います。。。


「西平山古墳群 4号墳」

 画像は、シートで覆われる以前の3号墳です。

<参考文献>
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2016/04/05(火) 01:33:52|
  2. 日野市/西平山古墳群
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「西平山古墳群 3号墳」

「西平山古墳群 3号墳」

 「平山遺跡」は、日野台地の南側に南北500m、東西約2kmの範囲で広がっています。この西半部に50×70mの範囲に5基の古墳の存在が確認されており、「西平山古墳群」と呼ばれています。「平山遺跡」の範囲内で視覚的に捉えられる唯一の遺構で、いずれも墳丘は削平されているものの積石塚の主体部の石材が集積された状態で露出しています。

 画像は、日野市西平山にある「西平山古墳群 3号墳」を南東から見たところです。『東京都遺跡地図』には日野市の遺跡番号48-3番に登録されている古墳です。
 この3号墳は未調査であるため詳細はわからないのですが、多摩地区所在古墳確認調査により行われた平成5年度の分布調査で確認されています。この調査結果が掲載されている『多摩地区所在古墳確認調査報告書』には墳丘について「盛り土は流出。石室の石積が高まりとして残っている。」とあり、主体部については「未調査。畑の中に、石室に使用されたと思われる河原石と小礫が楕円形の積石塚状に積まれている。河原石は人頭大からそれ以上のものが多く、それらは主として外側に積まれ、小礫などは内側に多く積まれている。南北の径約7m、東西の径約3m、高さ1mである。」と書かれています。表面観察したところでは、古墳の状況に大きな変化はないようです。


「西平山古墳群 3号墳」

 地元の人にお聞きしたところでは、2〜4号墳を含むこの一帯は相続税の物納により現在は国有地となっているそうです。更地となった一帯は草ボウボウになっていたのですが、最近ボヤ騒ぎなどもあり、現在は草木が生えないようにシートで覆っているそうです。3号墳と4号墳の所在地のみ石積みが露出しているとい状況ですが、これが逆に古墳の部分のみ草ボウボウになっているという状況になってしまっています。覆土は存在せず石積みのみが残されている状況かと思っていましたが、こんなに草が生えてしまうのですね。植物恐るべし。。。


「西平山古墳群 3号墳」

 画像は、シートで覆われる以前の3号墳です。この石積みの内部を見てみたいものです。

<参考文献>
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2016/04/04(月) 02:25:15|
  2. 日野市/西平山古墳群
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「西平山古墳群 2号墳」

「西平山古墳群 2号墳」

 「平山遺跡」は、日野台地の南側に南北500m、東西約2kmの範囲で広がっています。この西半部に50×70mの範囲に5基の古墳の存在が確認されており、「西平山古墳群」と呼ばれています。「平山遺跡」の範囲内で視覚的に捉えられる唯一の遺構で、いずれも墳丘は削平されているものの積石塚の主体部の石材が集積された状態で露出しています。

  「西平山古墳群 2号墳」は日野市西平山3丁目に所在する古墳で、『東京都遺跡地図』には日野市の遺跡番号48-2番の古墳として登録されています。昭和58年(1983)8月~10月に日野市遺跡調査会により行われた平山遺跡13次調査により確認されており、当時すでに墳丘は削平されて存在しなかったものの周溝の3分の1ほどが検出されています。内径約17mの周囲を幅2.8m~3.6mの周溝が巡る円墳であると推定されています。主体部については未調査であるため内容不明ですが、調査当時、石室の塚石みの一部と推定される40~50cmの河原石と小礫が1m程の範囲に存在していたようです。現在は古墳の跡地にシートで覆われており、これらの石材を見ることはできません。覆土内より坏が1点出土しており、この遺物と規模からkの2号墳は6世紀中葉の築造と推定されています。

 画像は西平山2号墳の跡地を北東から見たところです。手前のアスファルトの部分から杭が打たれた奥のあたりが古墳の跡地にあたると思われます。敷地の多くはシートで覆われていて観察することはできませんが、墳丘らしきマウンドは残されていないようです。


「西平山古墳群 2号墳」

 画像は、明治時代の地租改正の時に作られたとされる「字限図」で見る「西平山古墳群」のようすです。古墳群を形成する5基の塚すべてが描かれていますので、恐らくこの時期には2号墳の墳丘も残されていたのではないでしょうか。。。

<参考文献>
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
日野市遺跡調査会『平山遺跡 -第13次調査-』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2016/04/03(日) 12:45:07|
  2. 日野市/西平山古墳群
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「西平山古墳群 1号墳」

「西平山古墳群 1号墳」

 「平山遺跡」は、日野台地の南側に南北500m、東西約2kmの範囲で広がっています。この西半部に50×70mの範囲に5基の古墳の存在が確認されており、「西平山古墳群」と呼ばれています。「平山遺跡」の範囲内で視覚的に捉えられる唯一の遺構で、いずれも墳丘は削平されているものの積石塚の主体部の石材が集積された状態で露出しています。

 画像は、「西平山古墳群 1号墳」を東から見たところです。この古墳はは日野市西平山3丁目に所在する古墳で、『東京都遺跡地図』には日野市の遺跡番号48-1番の古墳として登録されています。昭和58年(1983)8月~10月に日野市遺跡調査会により行われた平山遺跡13次調査により確認されており、古墳が調査区外に半分を留める位置にあるために埋葬施設など古墳の全容は明らかにならなかったものの、発掘調査により周溝の約4分の1が検出されており、内径約17mの周囲に幅1.2m~2.2mの周溝が巡る円墳であると推定されています。墳丘は周囲を削平されており(特に南側は墓地として大きく削られている)6×5mの範囲で高さ1.4mほどの高まりが残存しています。検出された周溝覆土上層より土師器片32点、刀子1点が出土していますが、これらは古墳には伴わないと考えられているようです。古墳はその規模から6世紀中葉以降の築造と推定されています。


「西平山古墳群 1号墳」

 画像は北西から見た西平山1号墳です。東側を道路に、南側を墓地に、また北側を駐車場によって削平されていますが、東京都内において残存する古墳を間近で見学できることは貴重ですから、破壊されずに保存されると良いと思います。周辺は急速に開発が進んでおり、区画整理が行われて宅地化されています。
 

「西平山古墳群 1号墳」
 
 付近を歩くと住宅地の中にこんな祠が残されていたりして古墳跡ではないかと勘ぐってしまったりしますが、詳しいことはわかりませんでした。この周辺にはかつて7基の古墳が存在したともいわれており、まだ畑地の残るこの地域で将来、未確認の古墳が発見される可能性も十分に考えられるのではないでしょうか。。。

<参考文献>
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
日野市遺跡調査会『平山遺跡 −第13次調査−』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2016/04/02(土) 20:25:03|
  2. 日野市/西平山古墳群
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