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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「谷ノ上(やのうえ)横穴墓群」

「谷ノ上(やのうえ)横穴墓群」

 画像は、日野市神明にある「谷ノ上(やのうえ)横穴墓群」を南から見たところです。日野市の遺跡番号10番の古墳です。

 この「谷ノ上横穴墓群」は日野台地上の「神明上遺跡」の東側の傾斜地にあり、昭和47年に4基の横穴墓が調査されています。
 『日野市埋蔵文化財発掘調査輯報 Ⅱ 1986』には下記のように書かれています。


 第1号墓は墓前域に石積み施設を有し、横穴内部の平面形は逆台形を呈する。玄室と羨道は界石によって区別され、アーチ型の天井を有する。副葬品は刀子4点、鉄鏃11点である。第2号墓は横穴内部が全長210m程を測る小型のもので、横穴内部の平面形は逆台形を呈し、界石はなく玄室と羨道の区別はできない。アーチ型の天井を有する。副葬品は出土していない。第3号墓も第2号墓同様小型の玄室を有する。横穴内部の平面形は胴張りの不整楕円形を呈するもので、玄室は羨道から一段高くなっており明確に区別されている。ドーム型の天井を有する。副葬品は出土していない。第4号墓は横穴内部の平面形が逆台形を呈し、玄室と羨道は界石によって区別されている。天井はアーチ型を有する。副葬品は出土していない。第2~第4号墓は墓前域が工事により掘削されており、石積み施設の有無は不明である。
(『日野市埋蔵文化財発掘調査輯報 Ⅱ 1986』26ページ)




「谷ノ上(やのうえ)横穴墓群」「谷ノ上(やのうえ)横穴墓群」「谷ノ上(やのうえ)横穴墓群」

 すぐ南側を走っている国道20号(日野バイパス)からでもはっきりと認識できる大きな看板が立てられていて、石積みによって埋め戻された横穴の位置がわかるようになっています。3基が保存されているようです。歩道からゆっくりと見学できます。


「防空壕」

 この「谷ノ上横穴墓群」の周辺には画像のような穴がぽっかりと開いています。予想外の開口する横穴墓か!と喜んだのもつかの間、お向かいに住むおばあさんとの立ち話によると戦争中に作られた防空壕なのだそうです。
 こんな発見も散策の楽しみのひとつでもあります。。。

<参考文献>
日野市遺跡調査会・日野市教育委員会『日野市埋蔵文化財発掘調査輯報 Ⅱ 1986』

  1. 2013/03/15(金) 00:40:28|
  2. 日野市/その他の古墳・塚
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「坂西横穴墓群」(東京都指定史跡)

「坂西横穴墓群」(東京都指定史跡)

 画像は、日野市大坂上にある「坂西横穴墓群」を南から見たところです。日野市の遺跡番号8番の古墳です。

 この横穴墓は、JR中央線日野駅の南南西約350m、線路敷設工事によって二分された丘陵の北側に位置します。昭和49年11月、道路のとりつけ工事現場において第1号墓の羨門部の封石が発見され、その後、相次いで6基が検出されたことにより、12月から翌50年2月にかけて緊急調査が行われました。現在では第1号、3号、4号墓の3基が保存されていて、昭和53年3月16日に東京都指定史跡となっています。


「坂西横穴墓群」(東京都指定史跡)

 この「坂西横穴墓群」中で最も注目されたのは第1号墓で、羨道の一部より前、後室の側壁、天井部のすべてにわたって厚さ2~3mmの白色粘土が塗布されていました。しかもこれはハケ状の用具で丁寧に塗られていて、ハケ目も明瞭に残っていました。横穴墓においてこの事例はたいへんめずらしいのだそうです。
 また、この第1号墓は副葬品がまったく出土せず、前室と後室の界石の大部分が抜き取られて奥壁の右方にそって積まれていたそうで、後世に盗掘にあっていると考えられます。白色塗布面には戯画や文字が沈刻されていて、戯画には馬や鳥らしきもの、文字は「永仁二年」「永仁?年」「永仁六年三月十二日」と刻まれていたそうです。これは第4号墓も同様に、同じような方法で盗掘されており副葬品も残存せず、奥壁には「永仁」銘が見出されたそうです。
 第1・4号墓が比較的古い形態の横穴墓であり、第1・4号墓の墓前域を切断するように第3・5・6・7号墓が造営されていることから、早い時期に造営されたと思われる第1・4号墓が、同手法により盗掘されて同様の「永仁」銘が見られることは、なかなか面白い事例であると思います。


「坂西横穴墓群」(東京都指定史跡)

 この「坂西横穴墓群」の保存については特に1号墓の保存を重視して、工事の方法を変更して保存したそうで、1号墓にかかる箇所は高架になっており、他の6基は直接道路にかからないことから埋め戻して保存されています。上記の画像の高架の下に1号墓が保存されているようです。


「坂西横穴墓群」(東京都指定史跡)

 1号墓にかかる橋は「横穴橋」と名付けられていました(そのまんまだ)。
 発見されたこの横穴墓は発見当初は「矢の上横穴墓」と呼ばれていましたが、後に小字名をとって「坂西横穴墓」と命名されたそうです。
 現地には東京都教育委員会による説明図と説明板が立てられています。

<参考文献>
雄山閣出版株式会社『武蔵坂西横穴墓群』
現地説明版

  1. 2013/02/22(金) 01:26:34|
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