古墳なう

ご〜ご〜ひでりんの古墳探訪記

「日野市№19遺跡(吹上古墳)」

「日野市№19遺跡」

 「日野市№19遺跡」は、日野市 東豊田2丁目に所在する、『東京都遺跡地図』には日野市の遺跡番号19番に登録されている古墳です。
 この古墳の存在する「豊田寺坂遺跡」は昭和51年(1976)1月から2月にかけて発掘調査が行われています。古墳は調査区のほぼ中央から発見されており、墳丘は完全に削平されて遺存していなかったものの、周溝が検出されたことにより存在が確認されています。規模は、内径12m、外径18mを測る円墳で、主体部は攪乱による破壊で痕跡がなく、詳細不明とされていますが、周溝内からは坏が2点出土しています。

 画像は、豊田寺坂遺跡の所在地を南東から見たところです。中央の切り通しとなった道路を上がった、右上に見える台地上が豊田寺坂遺跡で、古墳が検出された場所となるようです。現在は集合住宅となり、残念ながら古墳の痕跡を見ることはできませんでした。。。

<参考文献>
日野市遺跡調査会・日野市教育委員会『豊田寺坂遺跡』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


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  1. 2016/04/21(木) 09:35:26|
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「日野市№45遺跡(平山古墳)」

「日野市№45遺跡(平山古墳)」

 「平山古墳群」は浅川沿岸に分布する古墳群で、多摩川との合流点より約5kmほど上流の平山橋北岸周辺の段丘上に位置しています。平山遺跡第2・4・9次調査により平山橋北西側の調査が行われ、これまでに6基の古墳が検出されています。

 昭和29年(1954)に西郊文化研究会より発行された『西郊文化 第10号』には、この平山古墳群の1基と見られる古墳の発掘時のようすについて書かれています。

 中央線豊田駅、又は京王線平山駅を下車し多摩川に至ると、千鳥ケ淵と呼ばれる地点がある。ここには積石塚が数基あるが殆ど知られていない。数年前この一基が発掘され、遺物は直刀十七本、鉄鏃約三〇〇本、刀子若干、馬具、装飾品として勾玉が発見された。石は多摩川の直径二十?位の河原石を用いたもので、内部構造は竪穴式石室が南北に軸をとっている。当地方では数少ない特殊な部類に属する。この例は、近くには神奈川、埼玉両県に存在しわが国からは、十数ケ所より発見されているが、一方大陸に多く存在しており、この影響を受けたものと思われる。

 当時、地名から「平山古墳」と仮称されたこの古墳は八王子在住の某氏と有志により昭和24年(1949)に発掘が行なわれたとされていますが、報告書が未発表であるために正確な所在地は不明で、『西郊文化 第10号』に書かれている以外の詳細はわかりません。平成7年(1995)に多摩地区所在古墳確認調査団より発行された『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では、日野市東平山3丁目に残存する遺跡番号45番の古墳をこの「平山古墳」としながらも「平山古墳群のいずれかは不明」であると記しています。

 画像はその「日野市№45遺跡(仮称平山古墳)」を北から見たところです。


「日野市№45遺跡(平山古墳)」

 その後の発掘調査により確認された6基の円墳により形成される「平山古墳群」の中で、墳丘が残されていたのは2号墳1基のみであったとされていますが、この2号墳からは多くの遺物が出土していることから、平山古墳が2号墳である可能性は低いように思われます。やはり、画像の「№45遺跡」が平山古墳であったのか、それとも当時、2号墳以外の5基の古墳の中に墳丘の残されていた古墳が存在したのか、まったく未知なる古墳が存在したのか真相はわかりませんが、№45遺跡が平山古墳であった可能性は十分に考えられるところかもしれません。


「日野市№45遺跡(平山古墳)」

 この古墳は平成5年度の多摩地区所在古墳確認調査により把握されており、『多摩地区所在古墳確認調査報告書』には「大部分は削平されているが、4×2mの範囲で高さ0.5m程の高まりが残存しており、高まりの上には祠が祀られている。」と書かれています。この状況は、現在も大きな変化はないようです。画像は残存する現在の墳頂部のようすですが、小さな祠が祀られており、周囲には石室を構築したと思われる河原石を見ることができます。

 小さな祠ですが、通りがかりのお婆さんが拝んでいく姿も見られました。地元の人々に大切にされているようです。

<参考文献>
今井隆敬「八王子近郊の考古学資料」『西郊文化 第10号』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


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  1. 2016/04/20(水) 00:25:25|
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「上人塚」(日野市指定史跡)

「上人塚」(日野市指定史跡)

 画像は、日野市日野台3丁目にある「上人塚」を東から見たところです。

 「上人塚」は、多摩川と浅川に挟まれた日野台地の中央に所在します。昭和36年(1961)に日野市の史跡に指定されており、日野自動車株式会社の構内に整備されて残されています。企業の敷地内にあるため無断で立ち入る事は出来ませんが、年に一度、東京文化財ウィークに合わせて行われる「塚つかウォーク」で一般に公開されており、見学することが出来ます。

 塚は平成19年に発掘調査されており、4つの時期に築造された塚であることが判明しています。
 最初の「古塚」は15×13m、高さ2.5mのやや方形をしており、黒色土で堅く叩き締められて構築されています。塚の表面から中世のカワラケが出土していることから、中世に構築された塚であると考えられています。次の「旧塚」は一辺20m、高さ2.8mの方形をしており、黒色土で構築された表面からは近世の陶磁器が出土しています。塚の裾部には溝が巡っていたそうです。次の「新塚」は直径27m、高さ3.5mの半球上をしており、黒色土で構築されています。東側に土坑、道が検出されており、近現代の出土遺物が検出されています。最も新しい「現塚」は中心がやや西側にずれた直径約35mのマウンド状をしており、ローム土で構築されています。調査前には樹齢約50年ほどの樹木が繁茂し、中心に榎の大木があったそうです。


「上人塚」(日野市指定史跡)

 敷地内には日野市教育委員会による説明板が立てられており、次のように書かれていました。


日野市指定史跡
しょうにんづか
上  人  塚
              昭和三十六年十月一日指定

 元禄年間の文書に「請人塚」という記述があることから、
江戸時代には存在していたと考えられる。
 塚の由来については、美濃(現在の岐阜県)から移り住
み、日野用水を開削するなど日野発展の基礎を作った佐藤
隼人を称えるため、隼人の業績を記した書を埋納したもの
という説がある。また、かつてこの一帯が荒れ野であった
時に、狸や狐が上人に化けて甲州道中を行く人をたぶらか
したため、「上人塚」の名が付いたという説もある。
 平成一八年(2006)から行われた発掘調査の結果、こ
の塚の基部には黒土を突き固めた一辺一五メートル余りの
方形の中世の塚があり、その上に江戸時代の円形の塚がか
ぶさっていることが明らかになった。塚の性格は不明だが、
祭祀を行った場所か、土地の境界を示す標識として築かれ
たものと推測される。
                  日野市教育委員会


<参考文献>
東京考古談話会『東京の遺跡 NO.93 日野台地の上人塚と富士塚~ランドマークとしての黒塚~』
日野史談会『日野の歴史と文化 第17号』
現地説明版

  1. 2013/12/14(土) 08:59:39|
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「首塚」

「首塚」

 画像は、日野市日野台3丁目にある「首塚」を北西から見たところです。

 この塚は、以前「七ツ塚古墳群」に向う途中で見かけて写真に収めていたものの詳細はわからず、東京文化財ウィークに合わせて行われる「塚つかウォーク」に参加した際に、「首塚」という名称を初めて知りました。

 この周辺はかつては日野原(ひのっぱら)と呼ばれており、昭和10年頃までは広い原だったそうです。『日野の歴史と文化 第17号』にはこの地の言い伝えとして、次のように書かれていました。

 昔一人の遊行僧が、旅から旅へ説教をしながら来たところ、日野原があまりにも荒れ果てていたので、これはこの地を治めている者の力が足りないのだといいふらした。これを聞いた役人が怒ってその坊さんの首を一刀のもとに切り落としてしまった。ところがその坊さんは首を切られてもなお代官所へ向って歩き出したがまもなく倒れて死んだという。役人や村人は坊さんのたたりをおそれて坊さんの遺骸を埋めて塚を作り、首塚としてねんごろに葬った。それが首塚であるという。(日野史談会『日野の歴史と文化 第17号』2ページ)


「首塚」

 この周辺の工場建設の際に敷地のあちこちから人間の頭骨が出てきたそうで、その後人夫たちにも怪我人や病人が出てきたので、それらの首を集めて埋葬して「首塚稲荷」として祀ったそうです。一説には、北條氏照落城の頃の古戦場であったのではないかとも考えられているそうです。今でもこの地域の工事関係者はこの塚に手をつけたがらないと聞きましたが、祟りの言い伝えは現代も生き残っているのかもしれませんね。
 元々は塚の上に祠が建てられていたかと思いますが、先の大地震で倒壊してしまったのか、祠は塚から下ろされて置かれています。。。

<参考文献>
日野史談会『日野の歴史と文化 第17号』

  1. 2013/12/12(木) 01:51:32|
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「加賀塚(竹間加賀入道の墓)」(日野市指定史跡)

「加賀塚(竹間加賀入道の墓)」(日野市指定史跡)

 画像は、日野市栄町にある「加賀塚(竹間加賀入道の墓)」を南西から見たところです。日野市の遺跡番号44番の塚です。

 敷地内に設置された日野市教育委員会による説明板には次のように書かれていました。


   市指定史跡
    加賀塚(竹間加賀入道の墓)
 竹間加賀入道は、小田原北条氏に仕え、日野本宿に住み、日野に知
行地を有した武士である。また鉢形城(埼玉県)の守備にあたったと
も伝えられ、その名は、佐藤家の古文書(北条氏照印判状)にもみ
られる。
 豊臣秀吉が関東に兵を進め、北条氏と交戦状態に入った天正18年
(1590)2月8日鉢形城から帰り、この地で切腹したという。八王子
城が豊臣勢の攻撃で落城する4ヶ月前のことである。

   昭和60年3月              日野市教育委員会




 東京文化財ウィークに合わせて行われる「塚つかウォーク」にて見学しましたが、加賀塚は「加賀塚公園」として整備されて公園内に保存されているので、いつでも見学することが出来ます。
 塚の規模は広さ3m四方、高さ50cmとされていますが、公園として整地されたためか平坦に見えます。塚には榎が自生しており、昭和15 年(1940 年)に加賀入道の子孫により立てられた供養墓碑と、古くからある高さ50cmほどの自然石の2基があります。昭和36年10月1日に日野市指定史跡に指定されています。

<参考文献>
日野市教育委員会『日野市の文化財 第1集』
現地説明版

  1. 2013/12/11(水) 01:46:10|
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