FC2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「駄倉塚古墳(役場前古墳・駄倉1号墳)」

「駄倉塚古墳」

 画像は、狛江市中和泉1丁目にある「駄倉塚古墳」を西から見たところです。『東京都遺跡地図』には44番の古墳として登録されています。小田急線狛江駅から徒歩1分程の距離にあり、駅前古墳としてはJR南武線西府駅の南口前に所在する「御嶽塚古墳」に次ぐ、最寄り駅から近距離にある古墳です。

 この「駄倉塚古墳」は、昭和35年(1960)の分布調査時にはすでに把握されており、『狛江市の古墳(Ⅰ)』に掲載されている、当時の『狛江古墳群地名表』にはNo.98番の円墳として「役場前古墳」として取り上げられています。当時の記録によると規模について「残存部分の墳丘は、東西32m、南北12mで、墳頂部分の比較的平坦な範囲は、東西10m、南北2mである。…墳丘はいちじるしく変形しているものの、直径32m〜35m、高さ4.0m前後の規模を推定できよう。」としており、当時すでに大きく改変されて墳丘は1/3程しか残されていなかったことが書かれています。その後の昭和51年(1976)の調査の際には「駄倉1号墳」と名称を変え、この時点では、「南側は墳端部がいったん削られたのち人家の庭となっており、北側は道路により削られ石垣が積み上げられている。また東西の墳端部も、道路と宅地により削られている。東西径27.5m、南北径9mの長楕円形を示す。1960年当時と比べ大きな変化は見られないが、墳丘は一まわり小さくなったようである。」と書かれています。
 このように、この古墳は墳丘が著しく改変されていて築造時期等の手がかりもない状況で、古墳であるとの確証を得るには至っていなかったようですが、平成5年の発掘調査により周溝が確認され、またこの周溝から円筒埴輪が出土したことにより、間違いなく古墳であると確認されることになります。築造は5世紀後半の、直径40m前後の円墳であると推定されています。


「駄倉塚古墳」

 画像は、墳頂部のようすです。石碑が建てられていました。

 この古墳の墳頂部には何本かの松の木が立っていますが、その中の一番高い松に旗を立てて天気を知らせていたことがあったそうです。赤い旗ならば晴れ、白い旗ならば雨、という具合で、明治30年代から40年代まで続いたそうです。当時、ゲンさんという若い娘さんがいたそうなのですが、このゲンさんが毎日、府中にあった役所まで天気の予報を聞きに行き、その後この駄倉塚に旗を立てていたそうです。
 ゲンさんは大変活発は女性で、当時まだ珍しかった洋装でゲンさんが自転車を走らせる姿は街の評判になったそうで、自転車を走らせるゲンさんの姿を見ようと大勢の人があつまったそうです。きっと良い時代だったのだろうと思います。

 駄倉塚古墳は、周囲をマンションや道路で削平されていてかなり改変されています。狛江古墳群の多くの古墳は開発により消滅していますが、残されたこの古墳は、なんとか後世まで残ってほしいものです。

<参考文献>
狛江市教育委員会『狛江市文化財調査報告書 第16集 狛江市埋蔵文化財調査概報Ⅱ』
狛江市企画広報課『狛江・語りつぐむかし』




  1. 2012/09/28(金) 01:14:16|
  2. 狛江市/狛江古墳群(和泉)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「青柳2号墳」

「青柳2号墳」

 画像は、国立市青柳にある「青柳2号墳」を南東から見たところです。

 円墳と推定されているそうですが、発掘調査等はされていないようなので詳細はわかりません。屋敷墓となっていて改変が著しいのですが、多摩川流域では数少ない円筒埴輪が採取されているそうで、古墳であることは間違いないようです。
 この古墳のすぐ西12mの地点には「青柳1号号墳」が発掘調査されています。後世の撹乱を受けていたものの、河原石積みの横穴式石室と推定される主体部が発掘されたほか、ここでも円筒埴輪や土師器坏が出土しているようです。

 面白いのは、青柳1・2号墳で円筒埴輪が出土しているのに対して、同じ古墳群に存在する四軒在家1~11号墳からは埴輪は採取されていません。古墳が築造された時期や被葬者の違いが推定されているようです。

<参考文献>
くにたち郷土文化館・国立市教育委員会『国立の古墳-四軒在家遺跡の発掘調査-』
国立市教育委員会『青柳古墳』





  1. 2012/09/25(火) 00:14:34|
  2. 国立市/青柳古墳群
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

都筑区 川和富士1

都筑区 池辺富士1
  1. 2012/09/22(土) 22:03:07|
  2. 相模原市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「四軒在家1号墳」

「四軒在家1号墳」

 「四軒在家遺跡」は、国立市南西部にある青柳段丘の縁辺に位置します。平成13(2001)年7月から翌14年3月にかけて行われた区画整理事業に先立つ四軒在家遺跡の第2次発掘調査により、10基もの古墳が一度に発掘されました。これらの古墳は開墾等により墳丘が失われていましたが、周溝の形状からすべてが円墳であることがわかったそうです。また、埋葬施設として多摩川の河原石を積んで造った”河原石積横穴式石室”の一部が破壊されずに残っていて、多数の副葬品が発見されたそうです。
 すべての古墳の墳丘は開墾等により削平されていたものの周溝が検出されていて、古墳時代後期(7世紀前半)に築造された円墳であると考えられています。この10基の古墳のうち最も石室の状態の良い「四軒在家1号墳」が国立市矢川にある四軒在家公園に移築保存されています。画像はその古墳を西から見たところで、国立市の遺跡番号10-3番にあたる古墳です。

 画像の赤い弾性舗装された部分が周溝を表しています。

「四軒在家1号墳」

 石室は、本来は何段もの大きな河原石が積み上げられて天井を覆うように造られていた「横穴式石室」で、玄室が弓状になる「胴張り石室」と呼ばれる構造のものです。四軒在家遺跡のすべての古墳がこの技術が用いられています。この1号墳は残念ながら壁石は3〜4段しか残されていなかったそうで、天井にかけての部分は失われています。


「四軒在家1号墳」

 当時の航空写真を見ると、ひとつの区画に10基の円墳もの周溝が並ぶ光景が壮観で、東京都内でも数少ない貴重な発見であるとあらためて感じます(ちなみにその後、平成16(2004)年にはこの区画に隣接して「四軒在家11号墳」の周溝と石室も発見されています)。

四軒在家01号墳……外周径20~21mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は直刀、刀子、鉄鏃。
四軒在家02号墳……外周径18~19mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は刀子、小玉。
四軒在家03号墳……外周径18~19mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は直刀、刀子、鉄鏃、釘、切子玉、丸玉、小玉。
四軒在家04号墳……外周径21mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は直刀、刀子、鉄鏃、釘、小玉。
四軒在家05号墳……外周径23~24mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は直刀、刀子、鉄鏃、釘、切子玉、丸玉、小玉。
四軒在家06号墳……外周径27mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は直刀、刀子、鉄鏃、釘。
四軒在家07号墳……外周径21~24mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は刀子、鉄鏃、釘、両頭留金具。
四軒在家08号墳……外周径27mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は直刀、刀子、鉄鏃、両頭留金具、勾玉、丸玉。
四軒在家09号墳……外周径17~18mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は直刀、刀子、鉄鏃、釘。
四軒在家10号墳……外周径10~11mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室。
         出土遺物は釘。
四軒在家11号墳……外周径約20mの円墳で、埋葬施設は未確認。 


「四軒在家1号墳」

 JR南武線矢川駅から徒歩15分ほどの、四軒在家公園の北東に「四軒在家1号墳」はあります。史跡公園として整備されており、いつでも見学することが出来ます。また、公園内には国立市教育委員会による説明板が立てられています。

<参考文献>
くにたち郷土文化館・国立市教育委員会『国立の古墳-四軒在家遺跡の発掘調査-』
国立市教育委員会『東京都国立市 市内遺跡緊急調査報告3 平成11〜15年度』
現地説明板

  1. 2012/09/18(火) 02:29:04|
  2. 国立市/青柳古墳群
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「土屋塚古墳」―狛江市指定史跡―

土屋塚古墳

 画像は、狛江市岩戸南1丁目にある「土屋塚古墳」を北西から見たところです。

 この古墳は、円墳に小規模な造出が付設された「造出付円墳」と考えられています。墳端テラスを含む古墳本体の規模は直径35.2mで、墳丘高は4.4mと推定されています。幅10.3m、深さ約2.1mの周溝が検出されていて、周溝を含む最大規模は55.8mとなるそうです。地中レーダー探査によると、墳丘中央からやや北東に埋葬施設の存在が考えられていて、粘土槨である可能性が高いのだそうです。

 周囲は宅地に囲まれてはいますが、墳丘は比較的良好に保存されているようです。個人の敷地内にあり、入口が施錠されているので墳丘に上ることは出来ませんが、墳頂部には祠が祀られているようでした。


土屋塚古墳

 この土屋塚古墳から発掘された円筒埴輪の内面には、指で押圧を加えた痕跡が認められるのだそうです。この圧痕の大きさは、粘土紐一本の幅と一致するそうで、左手で粘土紐を積み上げるのと平行して左手親指のハラで粘土紐を押し潰していったものと考えられています。これは単なる作業の省略ではなく、なんとこの古墳の埴輪工人全員に共有されている”技法”なのだそうで、しかもこの古墳の技法と最も類似性の高いのは、栃木県宇都宮市の塚山古墳群の「塚山古墳」や「塚山西古墳」の円筒埴輪なのだそうです。ただし、下毛野と南武蔵の間に直接の交流があったとは考えにくいらしく、上毛野を基点として関東各地が結びついていたと考えられているようです。まったく考古学というのは奥の深い世界ですよね。


「塚山古墳(塚山古墳群 1号墳)」

追記

 画像はその、宇都宮市西川田7丁目にある「塚山古墳(塚山古墳群 1号墳)」です。実はこの「塚山古墳」というのは私にとって深い縁のある古墳で、実は私の実家に一番近い古墳なのです。初めて間近で見た大きな前方後円墳が、この塚山古墳でした。そんなこともあり、土屋塚古墳を調べていて塚山古墳の名前が出てきたときにはびっくりしました。
 この墳丘の植栽のセンスはいかがなものかとは思いますが(これを復元と呼べるのか?)、ただし墳丘上で前方後円の形状を実感しやすかったりとそれはそれで利点もあったりするわけで、私には日本で一番なじみの深い古墳なのです。いずれは地元の古墳も紹介できたら良いなと思っています。。。

<参考文献>
狛江市教育委員会『土屋塚古墳発掘調査報告書』

  1. 2012/09/11(火) 03:29:54|
  2. 狛江市/狛江古墳群(岩戸)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「武蔵府中熊野神社古墳」(国史跡)

「武蔵府中熊野神社古墳」(国史跡)

 画像は、府中市西府町2丁目にある「武蔵府中熊野神社古墳」を南東から見たところです。

 この武蔵府中熊野神社古墳は、多摩川左岸の立川段丘平坦地、府中崖線から北に約500mの地点に立地する、7世紀後半に築造されたと推定される上円下方墳です。府中崖線の縁辺部に沿って南方約400mに存在する”御嶽塚古墳群”、南東約1,200mに存在する”高倉古墳群”とは立地的に分離していて、2005年に発行された「武蔵府中熊野神社古墳 調査概報」では、”孤高的な存在”と表現されています。全国的にみても、この古墳以外には天文台構内古墳(三鷹市)、石のカラト古墳(奈良市)、清水柳北1号墳(沼津市)、野地久保古墳(福島県白河市)と、全国では5例しかない貴重な古墳なのだそうです。

 この古墳の墳丘は、1段目が約32m四方の正方形で高さ約50cm、2段目が約23m四方の正方形で高さ約2.2m以上、3段目が直径約16m、高さ約2.2m以上の円形を呈する3段築成の古墳です。復元高で、高さ約6メートルを測ります。2段目と3段目には礫を用いた葺石が認められたそうで、きれいに復元されていました。平成17年7月に国史跡に指定されています。


「武蔵府中熊野神社古墳」(国史跡)

 ほんの20年程前までは、中世以降に作られた塚か神社の裏山だと思われていたそうです。平成6(1994)年度に行われた地中レーダー探査により、墳丘内部に何らかの巨大構造物が確認され、また平成8(1996)年度には、明治時代の文献(府中市郷土館編1978)のなかに石室内に入った記録が発見され、古墳と認識されるようになったのだそうです。
 貴重な遺跡が保存されるか破壊されるかは紙一重なのかもしれませんね。


「武蔵府中熊野神社古墳」(国史跡)

 熊野神社本殿・拝殿も府中市指定文化財となっています。府中市教育委員会による説明板には次のように書かれています。


    府中市指定文化財

  有形文化財(建造物)熊野神社本殿・拝殿

                 指定 平成二〇年五月三〇日

 熊野神社本殿の建築年代は、虹梁絵様や彫刻等の構成が簡素であ
ることなどから十八世紀前半と考えられます。本格的に施工された
屋根の柿葺も造営当時の状態を良くとどめており、江戸時代中期の
府中周辺地域における社殿の形態が良好な状態で保存されています。
 また、拝殿の建築年代は、室内の長押上の壁に掛けられた木板、
虹梁上の中備下の墨書及び虹梁絵様から十九世紀前半と推定され
ます。特に向拝部分は、十九世紀の華やかな装飾を今にとどめてい
ます。
 本殿及び拝殿ともに、江戸時代中期から幕末における神社建築の
造形をよく現している、市内でも数少ない貴重な建築物です。

平成二十一年八月
                      府中市教育委員会



国史跡武蔵府中熊野神社古墳展示館国史跡武蔵府中熊野神社古墳展示館(復元石室)

 平成23年(2011年)には、古墳に関する資料を展示する施設として、武蔵府中熊野神社古墳展示館が建てられていて、石室から発見された鞘尻金具のレプリカなどが展示されています。また、現地に保存整備されている古墳の石室は埋め戻されていて中に入ることができないのですが、古墳の石室を原寸大で復元した石室復元展示室が隣接してあり、受付で懐中電灯とヘルメットを借りると実際に中に入って石室の内部の様子を見学することができます。


「武蔵府中熊野神社古墳」(国史跡)「武蔵府中熊野神社古墳」(国史跡)

 最初に訪れた時の古墳の周囲は宅地に囲まれていたような記憶があるのですが、展示館が建てられてからの2度目の訪問では、一部の宅地が更地になっていました(写真左)。3度目の訪問ではその更地が発掘調査されていて、シートの隙間から遺跡が垣間見えていました(写真右)。

<参考文献>
府中市教育委員会/府中市遺跡調査会『武蔵府中熊野神社古墳調査概報』2005
現地説明板

  1. 2012/09/10(月) 23:16:46|
  2. 府中市/武蔵府中熊野神社古墳
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (4)
足立区/その他の古墳・塚 (9)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (10)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (2)
北区/飛鳥山古墳群 (8)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (14)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (5)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (16)
豊島区の古墳・塚 (3)
文京区の古墳・塚 (8)
杉並区の古墳・塚 (18)
中野区の古墳・塚 (17)
新宿区の古墳・塚 (19)
千代田区の古墳・塚 (7)
目黒区の古墳・塚 (9)
渋谷区の古墳・塚 (19)
港区の古墳・塚 (8)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (15)
大田区/田園調布古墳群 (34)
大田区/鵜の木・久が原古墳群 (8)
大田区/その他の古墳・塚 (52)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (9)
世田谷区/大蔵古墳群 (0)
世田谷区/砧中学校古墳群 (2)
世田谷区/喜多見古墳群 (13)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (18)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (7)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (34)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (13)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (29)
狛江市/その他の古墳・塚 (1)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (14)
府中市/高倉古墳群 (32)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (15)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (9)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (8)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (12)
町田市/能ケ谷香山古墳群 (0)
町田市/その他の古墳・塚 (21)
八王子市の古墳・塚 (33)
昭島市の古墳・塚 (12)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (5)
小金井市•国分寺市の塚 (4)
東村山市•東大和市の塚 (9)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (47)
横浜市の古墳・塚 (0)
相模原市の古墳・塚 (7)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
壬生町•上三川町 (5)
長野県の古墳 (6)
群馬県の古墳 (8)
茨城県の古墳 (5)
埼玉県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
未分類 (9)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR