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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「塚原古墳群 8号墳」

「塚原古墳群 8号墳」

 画像は、多摩市和田の塚原古墳群8号墳の跡地周辺のようすです。
『東京都遺跡地図』には多摩市の遺跡番号208-8番として登録されている古墳です。

 この古墳は、昭和60年に多摩市遺跡調査会により発掘調査が行われています。幅2.4m~2.8m、深さ80~140cmの陸橋部を有する周溝が検出されており、墳丘径約14mの円墳であることがわかっています。主体部は調査時にすでに消滅しており、内容は不明とされていますが、周溝内からは土師器が出土しており、古墳は6世紀第Ⅳ四半期に築造されたと考えられているようです。

 墳丘は発掘調査時に一部残存していたようですが、現在は消滅。送電線の鉄塔の場所が8号墳の所在地で、古墳らしき痕跡は見られないようです。

<参考文献> 
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳時代 ー国府以前の様相ー』


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  1. 2018/09/28(金) 02:40:54|
  2. 多摩市/和田古墳群
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「塚原古墳群 7号墳」

「塚原古墳群 7号墳」

 画像は、多摩市和田に所在する「塚原古墳群7号墳」の跡地周辺のようすです。正確な地点ではなく、だいたいこの辺り、という場所です。『東京都遺跡地図』には「塚原古墳群」が多摩市の遺跡番号208番の遺跡として、また3号墳が208-7番の古墳として登録されています。

 この7号墳は、昭和59年に多摩市遺跡調査会・多摩市教育委員会により行われた調査により存在が確認された古墳です。発掘調査時に大形の礫が集中して検出されたことから古墳であるとされたようですが、これらの礫は原位置を保つものではなく、この礫が集中する場所から南西に約2mの地点から検出された小石室状の土坑がこの7号墳ではないかとも考えられているようです。 この古墳も、2号墳や3号墳と同様に野猿街道の整備工事により消滅、すでに地中にも痕跡は残されていないのかもしれません。。。

<参考文献> 
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳時代 ー国府以前の様相ー』


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  1. 2018/09/25(火) 08:43:51|
  2. 多摩市/和田古墳群
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「塚原古墳群 6号墳」

「塚原古墳群 6号墳」

 画像は、多摩市和田所在の塚原古墳群6号墳の跡地周辺のようすです。
 『東京都遺跡地図』には208-6番として登録されている古墳です。

 この6号墳は、昭和初期あたりまでは半壊という状況ながらも墳丘が残されていたといわれ、昭和60年に行われた多摩市計画道路事業1・3・1号線関連遺跡調査会による発掘調査の際にも、南北12m、東西5m、高さ1mの高まりが残存していたようです。マウンドの周囲からは、幅1.6m、深さ35〜45cmの周溝が検出されていますが、確認された周溝が一部であったことから、陸橋部の存在は不明とされています。古墳は、径約18mの円墳であると推定されています。主体部は河原石による複室構造の胴張りの横穴式石室で、石室内からは大刀1点、刀子1点、金環2点などが出土しています。

 現在は野猿街道の整備工事により地中の周溝も含めて消滅しており、古墳の痕跡は何も残されていないようです。。。残念。。。

<参考文献> 
多摩市計画道路事業1・3・1号線関連遺跡調査会『和田・百草遺跡群』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』


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  1. 2018/09/21(金) 08:03:27|
  2. 多摩市/和田古墳群
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「塚原古墳群 5号墳」

「塚原古墳群 5号墳」

 画像は、多摩市和田の塚原古墳群5号墳の跡地周辺のようすです。『東京都遺跡地図』には208-5番として登録されている古墳です。

 この古墳は、昭和62年と同63年に多摩市遺跡調査会により発掘調査が行われています。幅1.75m〜2m、深さ55〜80cmの陸橋部を有する周溝が検出されており、墳丘径約14mの円墳であることがわかっています。主体部は河原石による袖無型の横穴式石室で、石室内からは大刀3点、短刀1点、刀子4点、鉄鏃70点等が出土しており、石室外からも土師器や須恵器など多くの遺物が出土しています。
 古墳群の東側はすでに宅地化が進んでおり、古墳の痕跡は見ることができません。墳丘をみることができる古墳は、個人の邸宅内に残された1号墳1基のみということになるようです。。。

<参考文献> 
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳時代 ー国府以前の様相ー』


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  1. 2018/09/16(日) 00:15:11|
  2. 多摩市/和田古墳群
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「塚原古墳群 4号墳」

「塚原古墳群 4号墳」

 画像は、多摩市和田の塚原古墳群4号墳の跡地周辺を北西からみたところです。
 この古墳は、古くは昭和38年、大谷勉、佐々木蔵之助両氏により発掘調査が行われ、その後昭和63年から平成元年にかけて多摩市遺跡調査会により再度、発掘調査が行われています。
 古墳は、陸橋部を有する周溝が検出されており、墳丘径約14mの円墳であることがわかっています。河原石による復室構造の横穴式石室が確認されており、石室内からは大刀、短刀、刀子、鉄鏃など多くの遺物が出土しています。
 この古墳も、調査時には墳丘の一部が残存したようですが、残念ながら現在は消滅。ただし、埋葬施設は現在も畑地の地下に残されているようです。
 宅地化されずに残されている場所なので、墳丘も残しておけばよかったのに…と多少悔しい気持ちになりましたが、しかたがないですね。笑。。。

<参考文献> 
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳時代 ー国府以前の様相ー』


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  1. 2018/09/13(木) 22:47:40|
  2. 多摩市/和田古墳群
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「塚原古墳群 3号墳」

「塚原古墳群 3号墳」

 画像は、多摩市和田に所在する「塚原古墳群3号墳」の跡地周辺のようすです。正確な地点ではなく、だいたいこの辺り、という場所です。『東京都遺跡地図』には「塚原古墳群」が多摩市の遺跡番号208番の遺跡として、また3号墳が208-3番の古墳として登録されています。

 3号墳は、昭和59年に多摩市遺跡調査会・多摩市教育委員会により、また昭和59・60年多摩市計画道路事業1・3・1号線関連遺跡調査会により発掘調査が行われています。主体部は発掘当時すでに消滅しており詳細は不明ですが、内側の周溝が陸橋部を有するという、二重の周溝が検出されており、墳丘径約10mの円墳であることがわかっています。築造は6世紀中葉と推定されているようです。


「塚原古墳群 3号墳」

 切り通しとなった野猿街道から、塚原古墳群が所在する台地を見上げたところです。
 2号墳、3号墳、7号墳は、この台地の上のちょうど道路の淵あたりに存在したものと思われますが、3基ともに野猿街道の整備により台地ごと削り取られてしまったようです。地上には、古墳痕跡を見ることはできないようです(ていうか地上がもうない)。

<参考文献> 
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳時代 ー国府以前の様相ー』


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  1. 2018/09/10(月) 00:26:11|
  2. 多摩市/和田古墳群
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「塚原古墳群 2号墳」

「塚原古墳群 2号墳」

 前回に引き続き、多摩市和田に所在する「塚原(つかっぱら)古墳群」中の、今回は2号墳を紹介します。

 2号墳は、昭和59年に多摩市遺跡調査会・多摩市教育委員会により、また昭和59・60年多摩市計画道路事業1・3・1号線関連遺跡調査会により調査が行われています。主体部は消滅しており詳細は不明ですが、陸橋部を有する周溝が検出されており、墳丘径約19mの円墳であることがわかっています。幅2.4~2.8m、深さ80~140cmの周溝からは土師器甕が出土しているようです。

 画像は2号墳の跡地周辺のようすです。正確な地点ではなく、だいたいこの辺り、という場所です。発掘調査時には墳丘は一部残存していたようなのですが、画像の奥は野猿街道の切り通しとなっており、この街道の整備工事により、残念ながら古墳は消滅、墳丘を見ることはできないようです。

<参考文献> 
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳時代 ー国府以前の様相ー』


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  1. 2018/09/06(木) 23:05:31|
  2. 多摩市/和田古墳群
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「塚原古墳群 1号墳」

「塚原古墳群 1号墳」

 さて、今回は、多摩市和田に所在する「塚原(つかっぱら)古墳群1号墳」を紹介しようと思います。
 「塚原古墳群」は、これまでに11基の古墳が確認されています。京王線聖蹟桜ヶ丘駅の南東、多摩市和田から百草にかけて存在する古墳群は、総称として「和田古墳群」と呼ばれており、「塚原古墳群」はこのうちの一支群と捉えられているようです。かつてはかなり多くの古墳が存在する群集墳であったといわれ、古くは江戸時代の地誌類に記述を見ることができます。
 『新編武蔵風土記稿』には「塚原 村の中ほどなり、元禄の此までは塚の数四五十もありしが、年をおふて陸田をおこし、今はわずかに十四五のこれり、いづれも塚のわたり三間許、この塚ある故に小名に呼べりと伝」とあり、『武蔵名勝図会』には「塚原 上和田村の小名となれり。関戸の南の隣邑なり。この塚原というところは古塚数ケ所ありて、山谷にあり。大なる塚もなく、いまは十四、五ケ所なり。もとは四、五十ケ所ありて大抵列をなせりと云。或は元弘の合戦のとき、鎌倉の軍勢の屯したる旗塚なるべしとも云。前条にいえる塚も、同じ頃の旗塚なるべし。」と書かれています。
 これらの記述から、元禄の頃には40~50基ほど存在したという塚が、江戸時代後期にはすでに14基から15基ほどになってしまっていたことがわかります。また、関戸合戦の伝承が残されている点も、興味深いところです。この多くの塚が存在したことが、塚原(つかっぱら)の地名の起こりにもなっているようです。
 その後、開発や耕作により多くの古墳は姿を消し、幻の古墳群とされていましたが、昭和58年以降の調査により多くの古墳の存在が確認されています。『東京都遺跡地図』には、多摩市の遺跡番号208番の遺跡として登録されており、現在公開されている『東京都遺跡地図情報インターネット提供サービス』には9号墳まで登録されていますが、現在は発掘調査により、10号墳や11号墳の存在も確認されているようです。


「塚原古墳群 1号墳」

 画像は、「塚原古墳群1号墳」を南から見たところです。昭和51年度に多摩市埋蔵文化財包蔵地分布調査団により「多摩市No.208遺跡(塚)」として登録されていたもので、塚原古墳群中唯一墳丘の残る古墳が個人宅内に保存されています。
 径約10m、高さ約2mの円墳と考えられており、墳丘上には羨道の門柱石と考えられる石材が露出している様子を見ることができます。主体部は横穴式石室と推定されています。
 土地の所有者が遺跡に理解のある方なのか、古墳は敷地内に良い状況で保存されているようです。塚原古墳群唯一の残存古墳が今後も引き継がれていくことを祈るばかりです。。。

<参考文献> 
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳時代 ー国府以前の様相ー』
多摩地域史研究会『多摩川流域の古墳』


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  1. 2018/09/05(水) 01:26:26|
  2. 多摩市/和田古墳群
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