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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

さいたま市西区「九頭龍大神(無名称の塚)」

さいたま市西区 02 塚本町・塚1

 画像は、さいたま市西区塚本町に所在する、無名称の塚です。
 荒川が南流する西方約600mほどの、びん沼川に接した低地に所在します。

 「塚本町」という地名の由来がこの塚によるものなのかは不明ですが、周囲には水塚の家も見られる水田地帯です。


さいたま市西区 02 塚本町・塚2

 塚は東西9.1m、南北4.6m、高さ2mの長方形を呈しています。

 塚の東側が一段高くなっており、その頂部には赤松が立ち、塚の西側には「九頭龍大神」と「馬頭観世音」の石碑が立てられています。
 「九頭龍大神」の石碑は、土手が崩壊しないことを願い建てられたものであるそうですが、それが歯や歯茎の堅牢さを願うことにもつながり、歯に御利益があるものとして、石碑の前に歯ブラシが備えられていることもあるそうです。


さいたま市西区 02 塚本町・塚3

 塚上の様子です。

 右側が明治33年(1900)建立の「九頭龍大神」の石碑。左側が昭和13年(1938)建立の「馬頭観世音」の石碑です。
 さいたま市教育委員会により設置された説明板には次のように書かれていました。

九頭龍大神と荒川
 目の前を流れる「びん沼川」は、かつての荒川本流で
す。馬宮付近では蛇行が激しく、北西から流れてきた荒
川は、この地点で急角度に方向を変えて南方へ流れ下っ
ていきます。大きく蛇行した流れは川岸への負担を増幅
し、特に大雨時には水量が桁外れに増え、岸に強く当た
ります。かつては九頭龍大神わきの樹木の根元が水に洗
われるほどでしたが、最後まで崩れることはなかったそ
うです。”くずりゅう様” が村や家々を守ってくれたと信
じられ、のちには ”くずれん様” と呼び、虫歯の神様と
しても信仰されました。
 この九頭龍大神は明治33年(1900)に建立され、水の
適切な恵みを得ようとして祀られた “水の神様” で、長
野県戸隠山の九頭龍神を勧請したものです。新しい現在
の荒川ができてから以降は、家屋の流失を心配するよう
な大洪水は起きていませんが、今も大事にお守りされて
います。
 近年は、新河岸川放水路の水が合流したので水量が増
え、釣りには格好の場所となっており、太公望で賑わい
を見せています。
               さいたま市教育委員会
              生涯学習部文化財保護課




おそらく今回が今年最後の更新ですね。
年明けも引き続き、さいたま市の塚特集かなと考えていますが、いや、気が変わるかも。笑。

喪中につき、勝手ながら新年のご挨拶は差し控えさせていただきます
皆様が健やかなる新年をお迎えになりますよう
心よりお祈り申し上げます

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』
現地説明板


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  1. 2021/12/31(金) 12:49:23|
  2. 埼玉県の古墳・塚
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さいたま市西区「不動塚」

さいたま市西区 03 不動塚1

 画像は、さいたま市西区塚本町に所在する「不動塚」です。
 田んぼの中に浮島のようにポツリと存在する塚で、規模は7.6m×6.0m、高さ0.8mで、方形を呈しています。

 個人的にとても好きな景観なのですが、古墳ではないようですね。。。


さいたま市西区 03 不動塚2

 塚上に祀られている石祠の内部には板碑の断片が多数おさめられているということですが、訪れた日は地面がかなりぬかるんでいて塚までたどり着くことができず、残念ながら見学することはできませんでした。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2021/12/28(火) 23:31:37|
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さいたま市西区「池上家富士浅間塚」ーさいたま市指定史跡ー

さいたま市西区「池上家富士浅間塚」2

 画像は、さいたま市西区中釘に所在する「富士浅間塚」です。
 大宮台地指扇支台上に位置しており、個人の敷地内に所在する浅間塚です。

 富士山をかたどって築かれた塚で、江戸時代前期に築造されたと考えられています。
 正面の南東側には、裾から離れた場所に鳥居が立てられており、その横にはさいたま市教育委員会により説明板が設置されています。

 さっそく塚に登ってみましょう。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」3

 塚には三十三段の石段が築かれています。
 塚の規模は直径約25m、高さ約3.5mで、すり鉢を伏せたような形状を呈しています。

 塚の頂部の覆屋には富士浅間社の祠が祀られており、この浅間社と塚とを合わせて「浅間様」と呼ばれています。
 江戸を中心とした地域で、富士山を信仰の対象とする人々の組織である「富士講」が流行したのは文化文政期(1804~1830)で、この受寄から富士山を模した塚が盛んに造られるようになります。いわゆる「富士塚」と呼ばれるものはこの富士講により造られたものであるわけですが、この浅間様に関する、過去の富士講の存在を示す資料は確認されていないそうです。

 個人所有であるこの浅間様がこんなに大きくて立派なものであるとは知らなかったので、訪れてみてびっくりしました。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」4

 塚の頂部には東西約7m、南北約9mの平坦面が設けられており、富士浅間社の社殿と祭神「木之花開耶姫命」が祠に祀られています。

 毎年7月1日には富士山の山開きに合わせて初山行事が行われ、無事な成長を願う親に抱かれたこの一年間の新生児が初山まいりをし、額や首筋に朱印を押していただくそうです。
 また、塚の石室に妊娠期の女性が拝むと安産になるといわれ、特に塚上の富士浅間社の鈴の白いサラシ紐を腹帯に巻くと、間違いなく安産になるといわれています。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」5

 社殿の東側にある、八幡大菩薩の石祠です。
 安永3年(1774)の建立です。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」6

 社殿の南東側にある、高さ29cm、幅21cm、奥行14cmの小さな石祠です。
 祭神は不明で、右側面に「富士山七合目」と刻まれています。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」7

 明治18年(1895)建立の「稲荷大神」の石碑です。
 北向きに建てられています。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」8

 頂部から見下ろしてみたところ。
 かなり高さがあるのがわかります。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」9

 この富士浅間塚の最も特徴的なのは、ほぼ東側に開く石室を設けられていることです。
 石室の開口部はほとんど埋もれた状態で網が被せられており、石室の入り口上部の三角形の形状がうっすらと見て取れるものの、内部の様子まではよくわかりません。
 地表を 50cmほど掘りくぼめて造られたいわゆる半地下式の石室で、かがんで入れる程度の高さはあるそうです。
 奥室を含めるとおよそ4mの長さがあり、奥には楕円形の部屋が設けられているそうですが、部屋の天井を支えている10本の柱には出生までの月ごとの胎児が浮き彫りになっていて、その上にそれぞれの守り本尊が彫りだされて安産信仰を伴っています。

 その形態や表現状態から、富士山中および裾野に見られる「胎内」と称する溶岩洞穴を模して構築したものと考えられているそうですが、開口部はかなりリアルな表現をとっており、奥室部の天井石には乳頭状の突起が50個ほど見られ、全体が女性の外陰部、腟、子宮といった器官を形取ったものとみなされているそうです。

 ちなみにこの石室内に元和六年(1620)の銘があるそうですが、この時期に築造された塚であるならば、富士講の流行以前に造られた富士塚、ということになるわけで、とても興味深いです。
 また、これだけの施設が富士講によるものではなく、個人の築造によるものであることもとても興味深いです。。。


さいたま市西区「池上家富士浅間塚」1

<参考文献>
大宮市教育委員会『大宮の塚(一) ー池上家富士浅間塚調査報告ー』
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』
さいたま市西区役所コミュニティ課『西区文化財ガイドブック』


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  1. 2021/12/26(日) 23:30:38|
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さいたま市西区「高木の庚申塔(無名塚)」

さいたま市西区「高木の庚申塔(無名塚)」1

 画像は、さいたま市西区高木に所在する「高木の庚申塔」です。

 さいたま市教育委員会より発行された『さいたま市の塚調査報告』には、ここは「塚」として掲載されています。
 塚の北側や西側は宅地となっており、また東側や南側は道路として舗装されているため、パッと見はいわゆる「塚」という景観ではないように感じますが、現在もわずかな高まりは残されているようです。


さいたま市西区「高木の庚申塔(無名塚)」2

 ちょっと角度を変えて、南西から見た塚の様子です。

 『さいたま市の塚調査報告』には、塚の規模は径4.9m6.3m、高さ0.8mと記されています。
 元々、それほど大きな塚ではなかったのかもしれませんね。。。


さいたま市西区「高木の庚申塔(無名塚)」3

 塚上には、庚申塔が祀られています。
 寛政3年(1791)のもので、地元では「高木の庚申塔」として知られています。


さいたま市西区「高木の庚申塔(無名塚)」4
 

さいたま市西区高木の庚申塔
 庚申塔は、六十日に一度くる更新の日に、人の体の中にいる三尸の虫が天に昇り、人の悪行を報告するという中国の道教の教えからその夜は集まって、飲食をしたり話し合ったりして、寝ずにすごし、健康や長寿を願うという江戸時代に全国的な庚申信仰に基づき五穀豊穣などの願いも合わせ建てられました。
 この庚申塔は、寛政三年(西暦一七九一年)に指扇領木下村の和久津政右衛門と関根惣右衛門によって建てられたもの。邪鬼を踏む青面金剛と三猿が彫られ、全体的に当時の姿をよく残しています。
 道しるべもかねており、正面に 東 大宮 原市 西 川越 平方 右側面には 北 上尾 南 阿きは 道 と刻まれています。また「西国坂東秩父百番供養諸願成就建」とあり。。。。。



さいたま市西区「高木の庚申塔(無名塚)」5

 高木の庚申塔に向かう途中。
 清河寺867番地付近で見かけた道祖神の石碑。
 分かれ道の間のY字路に石碑があると、いつもながら絵になるなあと思うのですが、昔はここも塚だったのかな。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』
現地説明板


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  1. 2021/12/25(土) 23:48:27|
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さいたま市西区「宝来の稲荷神社と無名塚」

さいたま市西区「無名塚」1

 画像は、さいたま市西区宝来324番地に所在する「稲荷神社」です。
 前回取り上げた宝来の浅間塚から南東に100メートルほどと、かなり近い位置にある神社です。

 この地点は、さいたま市教育委員会より発行された『さいたま市の塚調査報告』に「塚」として掲載されています。

 Googleマップではこの稲荷社の所在地は「宝来322番地」で、道路の東側にあることになっているのですが、『さいたま市の塚調査報告』には所在地「宝来324番地」と記されており、実際の神社の位置は道路の西側となっています。。。


さいたま市西区「無名塚」2

 稲荷社の祠の土台部分ではなく、東側の木の根の部分が塚であると思われますが、何らかの事情で削平されてしまったのか、道路側の塚の半分ははざっくりと切られているようです。

 いずれ、道路が拡張される予定なのかもしれませんが、調査は行われたのかな。。。


さいたま市西区「無名塚」3

 削られた断面の様子です。

 ちなみにGoogleマップでは、削られる以前の稲荷社の画像を見ることができます。
 かつては木の根元のあたり、つまり塚の頂部に祠が祀られていたようなのですが、おそらくは塚が削られた際に祠の位置地も移されたようです。

 『さいたま市の塚調査報告』には、塚の規模が、径8.4m×9.6m、高さ0.8mと記されています。
 残存する規模からして、現在の塚は半分ほどに削られてしまっているようです。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2021/12/22(水) 23:04:59|
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さいたま市西区「宝来・西山家浅間塚」

さいたま市西区「西山家浅間塚」

 画像は、さいたま市西区宝来に所在する「浅間塚」です。

 この塚は、一応、所有者のお宅をお尋ねはしたのですが残念ながらご不在。
 遠方からのみの見学となりました。

 この浅間塚は明治15年(1882)の築造で、規模は東西6m、南北5.5m、高さ0.7mです。
 すり鉢を伏せたような形状を呈しており、塚には石段が設けられ、頂部には「木花咲耶姫命」の石碑が建てられているそうです。

 塚の存在は確認できるのですが、塚の周囲に植栽されていることから、塚の全貌を写真に収めることは少々難しい状況でした。

 ちゃんと参拝できなかったのは残念ですが、それは次回の宿題ですね。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2021/12/19(日) 23:18:49|
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さいたま市北区「 本郷町・武内家の富士塚」

さいたま市北区 本郷町・竹内家富士塚1

 さて。
 ここまで、さいたま市北区の塚に焦点を当てて取り上げてきましたが、北区内には残存する古墳は存在しないということで、北区の塚に関しては今回が最終回です。
 今回は、本郷町に所在したという、すでに消滅してしまった富士塚のお話です。

 わたしは、古墳巡りにあたっては、前もって図書館や郷土資料館などで下調べをして、所在地を把握してから向かいます。
 Googleマップの「マイマップ」を使って古墳や塚の位置をマーキングして、当日はスマホを片手に、折りたたみチャリで現地を巡るわけですが、さいたま市内は都会だし、山の中のどこにあるかわからない、みたいな古墳はなさそうだから迷うことはなさそうだぜ、とちょっと油断していたかも。。。

 さいたま市教育委員会発行の『さいたま市の塚調査報告』には、この富士塚がすでに削平されて存在しないことが書かれているし、Googleマップにマーキングする際には同書を読んでいたわけで、塚が消滅した事実は理解していたはずなのに、実際に巡った際にはすっかり忘れて、「あ、あれ?塚がない。。。」みたいな感じで、30分近くも馬鹿面をして周辺をウロウロした挙句、地元の人に「ふ、富士塚知りませんか」とか聞いてみる始末。

 ここで時間を費やしてしまって、不覚にも計画した最後の塚まで巡ることができませんでした(マーキングしてから3〜4年経ってしまっていたんですね〜)。


さいたま市北区 12 本郷神社1

 というわけで、ここは同じ本郷町内の「本郷神社」です。

 後日調べてみて、『富士塚・浅間神社を巡る』というHPに、小さな写真ではありますがまだ残存する往時の富士塚の写真が掲載されているのを見つけました。
 さらには、塚の上にあった石碑がこの本郷神社に移設されていることも知りました。

 ちなみに往時の富士塚は、東西7m、南北7.5m、高さ1.5mの規模で、平成13年7月に取り壊されたそうです。
 その後も、塚の頂部にあった3基の石碑が跡地に祀られて参道が設けられ、道路から参拝できるようになっていたそうですが、現在は宅地化が進み、この本郷神社に移設された、ということであるようです。


さいたま市北区 12 本郷神社3

 これが、富士塚から移設された3基の石碑です。

 中央が、明治20年(1887)建立の「浅間神社」の石碑で、正面に「丸宝」の講印が陽刻されています。
 右側は「小御嶽神社」、左側は文政10年(1827)建立の「浅間大菩薩」です。
 これは、塚上に建てられていた当時と同じ並びで移されているそうです。

 昭和20年代の初山行事の際には、塚前には赤い幟が立てられ、近隣の人々の出店も立って参拝者も多かったそうです。
 平成の時代に入るまでは新生児を連れた参拝者もあり、また、女性の病気に効くというので若い女性が来ることもあったそうですが、現在では塚もなく、3基の石碑が神社の境内にひっそりと残されるのみです。。。



 ちょっとの間お休みしてしまいましたが、これからしばらくはゆっくりと更新しようと思っています。
 今後ともよろしくお願いいたします。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2021/12/17(金) 21:31:33|
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ちょっとお休み。

すみません。
都合により2〜3週間ほど休止します。
再開後は引き続き、さいたま市内の塚を掲載予定です!

  1. 2021/12/04(土) 04:09:21|
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さいたま市北区「吉野町の浅間神社」

さいたま市北区 吉野町・浅間神社1

 今回は、さいたま市北区吉野町に所在する浅間神社の探訪の記録です。

 東には産業道路、南に東大宮バイパス、西に中山道(新大宮バイパス)と幹線道路に囲まれた場所で、住宅街というよりは工場や倉庫も多く存在する地域の中に、大きな浅間神社の塚が残されています。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社2

 この看板からすると、浅間神社は吉野神社の摂社ということなのかな?
 このあたりの真相はよくわからずです。。。


さいたま市北区 09 吉野町・浅間神社3

 塚の規模は東西16.3m、南北17.5m、高さ5.5mで、すり鉢を伏せた形状を呈する、大きな富士塚です。

 昭和50年には大規模な修復が行われているそうですが、現在でも塚上の樹木は剪定が施されるなど手入れが行き届いていて、とても富士塚らしい立派な富士塚です。

 さっそく参拝しましょう!


さいたま市北区 吉野町・浅間神社4

 石段を登り始めると、すぐ右手に1合目の「合目石(ごうめいし)」が見えてきます。

 1合目から9合目までの合目石が立てられている大きな富士塚も存在しますが、省略されている富士塚もあり、この吉野町の富士塚では1合目、5合目、9合目が立てられているようです。



さいたま市北区 吉野町・浅間神社5

 石段を登っていくと、塚の中腹で平坦な参道と交差しています。
 この平坦な参道を右手に向かうと…


さいたま市北区 09 吉野町・浅間神社6

 塚の東面に建てられている「小御嶽 磐長姫命」の石碑に至ります。
 明治13年(1880)の建立で、台座正面には「月三」の講印が陰刻されています。


さいたま市北区 09 吉野町・浅間神社7

 再び、中央の石段に戻ります。
 石段右手には5合目の合目石が。。。


さいたま市北区 09 吉野町・浅間神社9

 頂上直前、9合目の合目石です。


さいたま市北区 09 吉野町・浅間神社8

 塚の頂部には径4.2mの円形の平坦部が設けられており、周囲には金属製の柵が設置されています。
 足腰が弱ってきたおっさんにとっては、この柵は安心できますねえ。笑。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社10

 頂部に建てられた、明治13年(1880)建立の「浅間神社」の石碑です。

 毎年7月1日には初山行事として塚の頂部に祭壇が設けられ、御神酒や御餅、山の幸、海の幸などの供物を並べ、地元の神主によりお祓いがおこなれているそうです。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社11

 塚の頂上から見下ろしてみたところ。
 かなり高さがあるのがわかるでしょうか。。。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社12

 再び、石段を中腹まで戻ります。
 平坦な参道の西側に向かってみましょう。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社13

 富士塚の南西側中腹には「大六天」と刻まれた2基の石碑が建てられています。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社14

 最後に塚の周囲をぐるりと一周してみました。
 画像は、南西から見た富士塚の様子です。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社15

 北西から見た富士塚の様子です。


さいたま市北区 吉野町・浅間神社16

 東から見たところ。

 この吉野町の浅間神社の富士塚は、個人的にとても好きな富士塚でした。

 埼玉県内にはまだまだたくさんの富士塚があります。
 少しずつ紹介しようと思います。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2021/12/01(水) 21:53:46|
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