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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

さいたま市緑区「寺山の庚申塚」

さいたま市緑区「寺山の庚申塚」1

 今回は、さいたま市緑区寺山に所在する「寺山の庚申塔」の探訪の記録です。

 南北に走る農道に西面して鳥居が建てられており、塚に向かう石段が造られています。(周囲はかなりの草ボウボウで鳥居も樹木に覆われていて、ぼんやりしていると気がつかずに通り過ぎてしまいそうなので、要注意ですね。。。)

 さいたま市教育委員会より発行された『さいたま市の塚調査報告』によると、規模は直径7m、高さ2mの塚ということですが、とにかく篠竹が生い茂っていて、塚の形状を捉えることはできません。。。


さいたま市緑区「寺山の庚申塚」2

 鳥居の奥が一段高くなっている様子が伺えます。

 さっそくまずは参拝しましょう!


さいたま市緑区「寺山の庚申塚」3

 頂部には祠が建てられていて、祠の中には元禄十六年(1703)建立という庚申塔が祀られています。
 庚申塔は安山岩製で、本体は1個の石で、背は荒削りのままの舟形光背型です。

 『さいたま市緑区お宝100選ガイドブック』には、「江戸時代の記録などを見ると、庚申塔そのものを庚申塚と言っていることが多いのです。塚を築くのが本来の姿だったのかもしれません。」と書かれているのですが、わたしもそうかもしれないなと感じています。

 塚のない庚申塚も存在したとは思いますが、優先順位一位はやっぱし塚でしょ(^-^)/。


さいたま市緑区「寺山の庚申塚」4

 ここでは神社形式をとっていますが、庚申塔の本尊、青面金剛は神道では猿田彦大神となり、神仏どちらでも通用するそうです。

 お参りするときにパンパン!と2回手を叩いてしまいましたが、OKだったよね。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』
さいたま市緑区『さいたま市緑区お宝100選ガイドブック』


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  1. 2022/01/31(月) 22:35:31|
  2. 埼玉県の古墳・塚
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さいたま市見沼区「中山神社(氷川簸王子神社)と御火塚」

さいたま市見沼区 中山神社と御火塚1

 画像は、さいたま市見沼区中川に所在する「中山神社」の一の鳥居です。

 この神社はかつて中氷川神社と呼ばれた中川の鎮守で、創建を人皇十代崇神天皇の御代二年と伝えられています。明治40年7月、神社合祀の際に社名を現在の中山神社に改められましたが、今でも通称は「中氷川神社」で通っています。

 「中氷川」の由来は一説には、見沼に面した高鼻・三室(浦和)・中川の地に氷川社があり、各々、男体宮、女体宮、簸王子宮を祀り、当社が高鼻(男体)、三室(女体)の中間に位置したところから付けられたといわれています。

 天正19年(1591)11月には、徳川家康から社領十五石の御朱印を賜ったという格式のある神社です。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚2

 二の鳥居です。

 一の鳥居と二の鳥居の間の参道の途中を第二産業道路がぶった切っているので、一の鳥居を初めて見ると「どうしてここに鳥居があるんだろう?」という感じです。それが、途中の信号のところから人が増えました。
 訪れたのが初詣の時期だったのでかなり賑わっていましたが、一の鳥居から歩いてくる人はあまりいませんね。。。笑。

 実は、塚巡りの最中にGoogleマップで道を調べていて、偶然にもこの中山神社の境内の「御火塚」という名称が目に飛び込んできました。
 ぼんやりとですが、へいへいさんの『へいへいのスタジオ2010』というブログで記事を読んだ記憶があって、それでその場で調べてみたら、やっぱり記事が載っている!というわけで、コース変更して急遽、この神社を参拝したのです。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚3

 この神社の祭礼の中でも、毎年12月8日に行われる鎮火祭は特に有名で、焚き終った炭火の上を素足で渡り、無病息災及び火難がないよう祈願するものであるそうです。

  鎮火祭を行ってきた講の跡継ぎがいなくなったことや、薪にする赤松の入手が周辺で困難になったことなどから、1981年を最後に中断していましたが、2007年より再開されているそうです。

 私が訪れたのは1月でしたので、残念ながらこの祭礼を見ることはできませんでしたが、へいへいさんのブログの中ではこの祭礼の様子が映像で取り上げられています。

 一般の参拝者も祭礼に参加して、炭火の上を素足で渡っている様子が映像に収められています。(熱くないのかな。。。)


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚4

 ここが「御火塚」です。
 鎮火祭は、ここで行われ、無病息災と火防を祈願します。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚5

 「御火塚」の石碑です。
 「塚」とはいえ、マウンドがあるわけではないのですね。。。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚6

 現社殿の裏側の覆屋の中に旧社殿が保存されています。
 これは桃山様式をもつ市内最古の建造物として大宮市指定文化財となっています。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚7

 二の鳥居の横にある境内社です。。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚8

 お稲荷さんであるようですね。
 「正一位稲荷大明神」と書かれています。
 この背後には、、、


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚9

 溶岩で固められた小さな塚が祀られていました。
 こちらの石碑にも「正一位稲荷大明神」と刻まれています。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚13

 こちらにも「正一位稲荷大明神」の祠。。。
 境内には稲荷社が2社祀られています。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚10

 境内社の「荒脛神社」の社殿。


さいたま市見沼区 中山神社と御火塚12

 御朱印をいただきました〜.゚+.(・∀・)゚+.

 境内にはものすごい数の御朱印が掲示されていました。
 コンプリートを目指してみるのもまた一興かもしれませんね。。。

<参考文献>
埼玉県神社庁『埼玉の神社 北足立 児玉 南埼玉』
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』
現地説明板


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  1. 2022/01/30(日) 22:23:49|
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さいたま市見沼区「蓮沼大塚 (A-172号遺跡)」

さいたま市見沼区「蓮沼大塚 (A-172号遺跡)」1

 画像は、さいたま市見沼区蓮沼に所在する正福寺です。

 『さいたま市の塚調査報告』の「富士塚以外の塚」の一覧表の25番には、名称のない塚が記載されており、所在地は「蓮沼770」と記載されています。
 Googleマップで検索した「蓮沼770」はこの正福寺の境内となっており、お寺の境内なら塚の所在地として納得できるし、塚が残存する可能性は高いだろうなと感じて、見学に訪れました。


さいたま市見沼区「蓮沼大塚 (A-172号遺跡)」2

 ところが、境内のどこを探しても、塚らしき高まりはまったく確認できません。
 また、お寺の周辺にもやはり塚らしき高まりは見当たりません。

 消滅してしまったかな?と感じて、この日は諦めて帰宅してしまいました。。。


 ところが後日、あらためてこの周辺を散策した際に、地元の方らしき男性に塚のことを訪ねてみると、偶然にも古くからこの地に暮らす、地元の歴史に詳しい方で、貴重なお話をお聞きすることができました。

 なんと、「お寺にもその周辺にも塚は存在しないが、正福寺持ちの飛び地に「大塚」があって、その塚は何年か前に壊されたよ」というお返事。これでぴ〜んときました。笑。


 さいたま市見沼区大和田町にはかつて、「蓮沼大塚」と呼ばれた大きな塚が存在しました。

 かつては古墳ではないかとも考えられていた塚で、古墳探訪の諸先輩方がネットで公開されていますので私も存在は知ってはいましたが、残念ながら平成26年(2014)2014年に開発により消滅しており、現在では見ることはできません。(ちなみにこの宅地建設に伴う発掘調査により、古墳ではなく近世の塚であることが判明しています。)


 その後、私がさいたま市内の塚巡りを行うにあたって参考にした、さいたま市教育委員会より平成14年(2002)発行の『さいたま市の塚調査報告』には、なぜか蓮沼大塚は掲載されていないようでした。
 同書の発刊は平成14年、塚の削平は平成26年以降ですので、蓮沼大塚は掲載されていて然るべきなのですが、少なくともこの名称では記載されていないようです。

 しかし、実際にさいたま市の塚巡りを始めるまでは、そのことを忘れてしまっていたのです。。。



 つまり、所在地「蓮沼770」は現在の正福寺の境内ではなく、飛び地に所在した蓮沼大塚の跡地を指すわけなのですね。

 実は、『さいたま市の塚調査報告』には「昔のノロシ台との伝承あり」と記載されていて、「ノロシ台の伝承のある塚」とはなんか聞いたことがあるな?」と感じつつも思い出せなかったのですが、これも蓮沼大塚の伝承であったわけですね。。。


さいたま市見沼区「蓮沼大塚 (A-172号遺跡)」3

 「場所は、セブンイレブン大和田前原店の裏手だよ」とお聞きして、さらに後日、あらためて蓮沼大塚の跡地を見学しました。
 調査報告書はまだ未見なので、正確な跡地かどうかは微妙ですが、だいたいこのあたりだと思います。
 すでにこの一帯は宅地化が進んでおり、塚の面影はまったく残されていません。


 以前は、塚の北側が駐車場だったそうですが、駐車している車に落ち葉があたって傷がつく、といったクレームがあったり、また落ち葉を集めて焚き火をしていて火事になったりもしたそうで、色々手に負えない、みたいな感じで最終的に削平されて宅地となったらしいです。

 う〜ん。もっと早く見に来ればよかったな〜。。。


さいたま市見沼区「蓮沼大塚 (A-172号遺跡)」6

 とっても気になったのが、住宅街の一角に残されているこの祠。

 開発が進む地域にあってここだけ手付かず、といった状態で土のまま残されています。


 蓮沼大塚の塚上には特に祠や石碑等は存在しなかったようなので、この祠が直接関係があるかどうかは不明ですが、蓮沼大塚にほぼ隣接するような場所ですし、ちょっと気になる存在です。

 地元のおばあさまにお聞きできたのですが、ここもいわくのある場所であるようです。
 

さいたま市見沼区「蓮沼大塚 (A-172号遺跡)」4

 この祠は地元では「さくらさま」と呼ばれており、地元の方が所有している土地であるそうです。

 古くから祟りの言い伝えが残されていて、以前よりこの近隣に住んで祠を管理していた土地の所有者にも不幸な出来事が続き、今は住居を移転して離れた場所に暮らしているそうです。


さいたま市見沼区「蓮沼大塚 (A-172号遺跡)」5

 祠にある石祠です。
 左の石祠には「櫻木社」と刻まれていますので、これが「さくらさま」の名称の由来でしょうか。

 以上が、蓮沼大塚の探訪記となります。

 さいたま市では色々な方に色々なお話をお聞きできて、とても楽しかったのです。
 まだしばらく、さいたま市の塚を続けます。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』
現地説明板


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  1. 2022/01/28(金) 23:52:49|
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さいたま市見沼区「八雲神社」

さいたま市見沼区 八雲神社1

 画像は、さいたま市見沼区蓮沼に所在する「八雲神社」です。


 神社の祠が塚の上に祀られています。

 『さいたま市の塚調査報告』には記載されていませんのでまったくノーマークだったのですが、偶然にも通りがかって「おっと!塚だぜ!」と急ブレーキをかけました。笑。


さいたま市見沼区 八雲神社2

 塚自体は方形を呈しており、周囲を石垣に囲まれています。

 神社(塚)の前には説明板が設置されており、八雲神社の由緒が書かれています。

八雲神社 御由緒
                    さいたま市見沼区蓮沼五〇一
□ 歴 史 
 当地は往古、南部を猿ヶ谷戸村、北部を蓮沼村と称していた。当社の
鎮座する地は、この南部の猿ヶ谷戸村で「風土記稿」蓮沼村の小名猿ヶ谷戸
の項には「猿ヶ谷戸村など唱へて、おのづから別村の如くに呼ぶ、此地の
内にも内谷戸・外谷戸・中郷耕地などいへる字あり」と載せる。
 鎮座地は「岩槻道」の側にあり、境内の「文政二年己卯(一八一九)十月
吉日 蓮沼村内猿ヶ谷戸講中」が建立した馬頭観世音菩薩には、「この方
ふかさく はらいちミち」「右いわつき 左をふミや 大山道」とある。

 古くから境内に樹木はなく、昭和四十五年に八雲会館ができる前は、
山茅の茂る地であったという。
 創建については、口伝に、昔岩槻道を通って村に侵入する疫病を防ぐ
ため、その守護として街道側に社を勧請したと伝える。以来、天王祭や
獅子回しを行い、村人の無病息災を祈願している。
 祭神は、『明細帳』に素盞嗚尊とある。
 社殿は、一間社流造りの小祠で、小塚の上に祀られている。これは昭和
二十四年十月、猿ヶ谷戸鎮守の神明神社末社の厳島神社を参考にして造営
されたもので、氏子の大島徳太郎棟梁の作である、なお、旧本殿の造営は、
弘化二年(一八四五)であったと伝える。
□ 御 祭 神 と 御 神 徳
 ・素盞嗚尊・・・武運長久、厄除け、商売繁盛
□ 御 祭 日
 ・天王祭(七月十四日) ・お獅子様(七月十五日)



さいたま市見沼区 八雲神社3

 塚上の祠の様子。

 この八雲神社では毎年7月1日に天王講が開かれ、14日には花やボンボリを作り神輿を神社前に据えて祭礼が行われます。そして、翌15日には約30人で「獅子廻し」と称し、無病息災を祈って地区内を巡行するそうです。


さいたま市見沼区 八雲神社4

 境内(塚上)には力石らしき大きな石が。
 こんなにデカイ石を持ち上げるなんて絶対無理だよな〜。。。


さいたま市見沼区 八雲神社5

 塚を背後から見たところ。

 ちなみに塚の前を東西に走る現在の「大谷中通り」は、大宮と岩槻を結ぶ江戸時代からの古道なのだそうです。
 この道の幅約3.6mは、昔の道の標準的な幅であるそうですが、車社会となった現代の感覚からすると、少々狭い道となってしまうかもしれませんね。。。


さいたま市見沼区 八雲神社6

 八雲会館を挟んだ北西側にも多くの石塔が建てられています。
 古道らしき良き風景ですね。


さいたま市見沼区 八雲神社7

 左は文政二年(1819)建立の馬頭観音で、右側面には「この方 ふかさく はらいちミち」、左側面には「右いわつき 左をふミや 大山道」と刻まれており、市内のみならず上尾市原市や岩槻市、さらには庶民信仰の一つとして江戸時代中頃から流行した大山詣で知られる神奈川県の大山阿夫利神社への方角が刻まれています。

 右の庚申塔は、正徳六年(1716)に蓮沼の内の猿ヶ谷戸地区の人々により建てられたもので、明和四年(1767)に色を塗って供養したことが記されています。

<参考文献>
埼玉県神社庁『埼玉の神社 北足立 児玉 南埼玉』
現地説明板



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  1. 2022/01/26(水) 20:59:00|
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さいたま市見沼区「A-209号遺跡」

さいたま市見沼区 17「無名塚」1

 今回は、さいたま市見沼区大和田町1丁目に所在する、名称不明の塚です。

 この塚は当初、さいたま市教育委員会より発行された『さいたま市の塚調査報告』に記載された情報のみを頼りに現地を訪れました。

 同書には「さいたま市内の富士塚以外の塚」という一覧表の17番に記載されており、所在地は「大和田1丁目××××番地」と番地まで正確に記されており、「塚上に愛宕大権現の石造の祠」とも記されています。
 旧番地の住所表示なので、正確な場所を特定するには少々苦労はしたのですが、散策中に偶然にもそのお宅の親類の方に道を尋ねることになり、「あ、それ、そこだよ。うちの実家だから。」みたいな感じで運良くたどり着きました。

 ただし、その親類の方曰く、「敷地内にはそんな塚は存在しないよ?」。
 さらには「愛宕大権現の祠もないんじゃないか?」ということで、この日はあきらめてそれ以上深追いはせず、次の目的地へと向かいました。。。


 その後、しばらくしてさいたま市内の図書館にて『大宮市遺跡地名表』という書籍を閲覧する機会があり、この地名表の付図に17番の塚の位置が記されていることに気がつきました。

 この付図には、以前に訪れた「××××番地」よりも若干南西にずれた地点が所在地とされています。

 『さいたま市の塚調査報告』に記載されていた住所が間違っていたのか、それとも全く別の2基の塚が存在したということなのかはわかりませんが、知ってしまうと、もう一度訪れて確認したくなってしまうのが、面倒臭くも私の性分です。。。



 というわけで、今年に入ってようやく訪れることができた、塚の所在地です。
 『大宮市遺跡地名表』の付図では「大和田駅(南)」交差点の南東角を所在地としており、宅地化が進む地域の中にあり、ここだけが竹林となっています。

 うむむ。。。いわくのありそうな場所。。。笑。


さいたま市見沼区 17「無名塚」2

 塚、ありました。

 『さいたま市の塚調査報告』記載の17番の塚がこの塚であるならば、「愛宕大権現」の石造の祠が祀られているはずなのですが、塚上は竹がびっしりと密集して繁殖していてよくわかりません。

 掻き分けて塚に登ってみるのもままならず、塚上の祠の存在は不明。

 記されている規模、「東西17m×南北12.8m、高さ2.2m」からすると、17番の塚と同一のものなのではないかとも思えます。


さいたま市見沼区 17「無名塚」3

 よくぞ残されていたなあとちょっと感動しましたが、立地的に(交差点の角地です)、いずれはコンビニか何かになって塚は消滅してしまうのかな?などと妄想してしまいます。

 何らかの形で残されるといいですね。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』
現地説明板


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  1. 2022/01/25(火) 23:59:36|
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さいたま市見沼区「東大宮の御嶽神社」

さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社1

 さいたま市見沼区東大宮1丁目に所在するのが「御嶽神社」です。

 八雲神社の境内に所在しており、東西15.3m、南北12.0m、高さ2.5mの塚の上に「御嶽山神社」と「阿夫利神社」の石碑が建立されています。

 画像の右側が天満宮で、左側が御嶽神社の塚です。
 命名するなら「御嶽塚」ということになるのでしょうか。。。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社2

 道路に面した南西側から見たところ。
 塚の形状は、東部のみ弧を描く方形を呈しています。

 塚の正面は南側で、頂上へ登る石段が築かれています。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社3

 南から見たところ。

 塚の表面には多くの石碑や石塔が見られます。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社4

 塚の西側の中腹に建てられている「鬼鎮三柱大神」の石碑。

 高さ135cmの大きな石碑で、明治18年(1885)の建立です。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社5

 塚の西裾に立つ「八角柱」。

 文化8年(1811)の建立です。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社6

 明治35年(1902)建立の「御嶽大神」の石碑。

 塚の南東裾に建てられています。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社7

 秋葉山神社の石碑。

 塚の南中腹、石段の左に建てられています。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社8

 松尾神社の石碑。

 石段の右手中腹に建てられています。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社9

 塚の頂部の様子です。

 右が御嶽山神社の石碑で、高さ146cmの大きな石碑です。
 明治10年(1877)の建立です。
 正面には「八海山神社 御嶽山神社 三笠山神社」と刻まれています。

 左は明治12年(1879)の建立で、「阿夫利神社」の石碑です。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社10

 境内は道路により分断されており、八雲神社の本殿は道路の南東側にあります。


さいたま市見沼区 16 東大宮・御嶽神社11

 画像が、さいたま市の文化財として指定されている「砂の大ケヤキ」です。

 古くから八雲神社の御神木として崇められており、毎年6月30日には注連縄(しめなわ)が張り替えられます。
 樹高は30メートルもあり、樹齢は600年と推定されています。

 大木の根元には庚申塔が祀られています。
 塚自体もさることながら、この大木と庚申塔のコントラストもこれがなかなか。。。
 ていうか、木の根がまるで塚みたいだぜ。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2022/01/24(月) 20:47:54|
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さいたま市見沼区「御嶽塚 (A-238号遺跡) 」

さいたま市見沼区 30 御嶽塚((-238号遺跡)1

 画像は、さいたま市見沼区大​字​丸​ヶ​崎に所在する「御嶽塚」です。
 『さいたま市遺跡地図』には「A-238遺跡」として登録されていますが、古墳ではなく「時期不明の塚」として掲載されています。
 さいたま市教育委員会より発行された『さいたま市の塚調査報告』に掲載されている「さいたま市内の富士塚以外の塚」という一覧表にも「塚」として記載されています。

 入手できる情報からすると、古墳ではないのかもしれないな、という印象ですが、実際に現地を訪れてみると、まさか二段築成の古墳が崩れたものでは?深読みしたくなる形状です。笑。


さいたま市見沼区 30 御嶽塚((-238号遺跡)2

 西側の少し離れた位置から見たところ。
 『さいたま市の塚調査報告』に記載されている規模は径32.8m×31.6m、高さ6mで、それほど起伏のない地域の中でかなり目立ちます。
 少なくとも自然地形ではなく、人の手によって盛られた塚なのではないかと感じられますが、地元では見沼代用水を掘った際の残土を盛ったものであるという説もあるようです。


さいたま市見沼区 30 御嶽塚((-238号遺跡)3

 塚の西側と北側は裾部が削られて土留めに塀が築かれています。


さいたま市見沼区 30 御嶽塚((-238号遺跡)4

 北東から見たところ。
 二段築成の円墳のようにも見えますが、急勾配でかなり高さがあるあたりは、富士塚として造られたのかな?とも感じられます。。。


さいたま市見沼区 30 御嶽塚((-238号遺跡)5

 東から見たところ。
 ここも、ピンポンせずに帰ってきてしまいましたが、ちょっと後悔。。。


さいたま市見沼区 30 御嶽塚((-238号遺跡)6

 塚の一部に、建物によって削られた様子が伺えます。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2022/01/22(土) 22:21:54|
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さいたま市見沼区「膝子塚」

さいたま市見沼区 27 膝子塚1

 画像は、さいたま市見沼区膝子に所在する「膝子塚」です。
 徳川将軍の日光社参専用街道である「日光御成道」沿いにある塚で、ここから400~500メートルほど南東には「膝子一里塚」も所在します。

 塚は、デイサービスの建物と貸コンテナのコンテナに囲まれているという状況ですが、塚自体は良好に残されています。

 ちなみに、北方に数百メートルのあたりには、墳丘が残存する古墳は存在しないものの、「A-116号遺跡」や「A-117号遺跡」といったかつての古墳の痕跡が確認されている地点もあるのですよ。
 したがって、比較的近い距離にあるこの膝子塚が古墳である可能性はないものか?などと深読みしたくなってしまうのですが、少なくとも膝子塚の学術的な調査の記録は見つかりませんでした。

 この塚の性格は今のところわからないようです。。。


さいたま市見沼区 27 膝子塚3

 この塚には、この地域の地名の由来ともなった伝説が残されています。

 江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』にはこの伝説について、「膝子村 膝子村は江戸より行程八里余、村名の起りを尋るに、往昔農夫某が妻懐妊して異形ものを生めり、その体を見るに人の膝の如くなればとて、当所をさして膝子と異名に呼しより、終に村名となれりと云、覚束なきことにて取べき説にもあらざれど、土人の伝る儘を暫く記せり」とあり、また膝子塚について、「塚 膝子塚 村の西北にあり、はばり三間余、高一丈許、これ村名の條に弁ぜし農夫が妻の生し、異形のものを爰に埋めしと云」と記されています。

 現代的に言うと、昔農家の妻に、まるで人の膝を思わせるような奇形児が生まれて、その後に亡骸を塚に埋めて祀った、ということになると思われます。

 その後に村の名称とされるほどだし、当時はかなり村中に知れ渡ることとなって、大騒ぎになったんだろうなあと感じます。電波もネットもない時代にね。口コミで広まったわけですよね。。。


さいたま市見沼区 27 膝子塚2

 『さいたま市の塚調査報告』によると、塚は方形を呈していて、規模は径12.5m×11.5m、高さは2mを測ります。

 画像は、塚の中腹に祀られている祠ですが、『さいたま市の塚調査報告』では、塚の所在地が「膝子783番地」で「愛宕神社境内」とされていますので、塚の頂部に祀られているのが愛宕神社で、この中腹に祀られている祠はお稲荷さんということになるのかな???

 出産した異形の子を祀ったといわれるのが愛宕神社であるようです。。。


さいたま市見沼区 27 膝子塚4

 気になるのは塚の名称で、「膝子(ひざこ)塚」が「瓢(ひさご)塚」の訛ったものだと考えると、実はこの塚は古墳で、墳形は前方後円墳であったのではないか?などという妄想もできますが、実際に現地を訪れて見学したところでは、前方部らしき痕跡はまったくみられません。

 個人的には「膝子」と「瓢」の語感が近いのは単なる偶然で、この伝説はあんがい史実に近いのではないかと思ったりしていて、塚は古墳ではないのではないかと感じています。


さいたま市見沼区 27 膝子塚5

 塚の頂部に様子。
 愛宕神社の祠が祀られています。


さいたま市見沼区 27 膝子塚6

 塚の上から見下ろしてみたところ。
 かなり高さがあり、急勾配夏かである様子がわかります。


さいたま市見沼区 27 膝子塚7

 街道沿には庚申塔が建てられています。
 古道らしい、良き景観ですね。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2022/01/21(金) 23:16:44|
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さいたま市見沼区「阿夫利大明神」

IMGP1360.jpeg

 今回は、さいたま市教育委員会より発行された『さいたま市の塚調査報告』に掲載の、「さいたま市内の富士塚以外の塚」という一覧表の24番に記載されている「塚」の探訪記です。



 ここはですね。実はよくわからなかったのです。

 『さいたま市の塚調査報告』に掲載の住居表示は「さいたま市見沼区染谷3丁目×××番地」という3桁の旧番地で、もちろん調べればだいたいこのあたり、ぐらいはわかるのですが、農家のお家の敷地は広い場合が多いので、塚自体の正確な位置までは行ってみないとわかりません。

 あたりをつけた周辺をウロウロと散策しましたが塚は見当たらず、もう夕方で足がパンパンになってきたところで、個人の敷地内に一瞬、それらしき塚が見えました。
 「あれだ!」と思って何枚かの写真を撮り、「写真は撮れたのだし、もう帰りたくなっちゃったし、暗くなれば一気に冷えるし、もうピンポンはせずに帰ろう。。。」と現地を後にしました。


 『さいたま市の塚調査報告』には「塚を黒ボクで築いている」と書かれており、現地で見つけた塚がそれらしき色彩と形状だったことから、「きっとここで間違い無い」と思ったのですが、帰宅してから画像をアップにしてみると、黒ボクではないかと感じた塚上の物体はどうやら瓦であるようです。
 しかも、『さいたま市の塚調査報告』に記されている「阿夫利神社」の石碑も見えないし。。。


 というわけで、果たしてこの塚状地形が24番の塚であるか否かはわかりません。
 いつか再訪して確認する機会があれば差し替えようと思いますが、とりあえずは撮影した写真を掲載しておこうという体たらくです。。。

 私はね。趣味に関しては行動力のある方だとは思うのですが、疲れて帰りたくなっちゃうと、もう一気にダメなんですよね。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2022/01/20(木) 23:39:38|
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さいたま市見沼区「御蔵の観音堂」

さいたま市見沼区 18 観音堂1

 画像は、さいたま市見沼区御蔵1307に所在する「観音堂」です。

 この場所も、『さいたま市の塚調査報告』の「富士塚以外の塚」の項にある「第二表 さいたま市内の富士塚以外の塚」という一覧表に「塚」として記載されています。


さいたま市見沼区 18 観音堂2

 同署には、規模、径6.9m×5.6m、高さは1.0mと記されています。
 もはや高さは1mに満たない気がしますが、周辺の宅地化や道路の整備等により小さくなっているのかも。

 塚の周囲を削られて、土留めのためにコンクリートで囲まれています。。。


さいたま市見沼区 18 観音堂3

 ここの道路の形状は分かれ道のようになっていて、その間に塚があるのだけれど、思えば、そこにはあまり萌えなかったな?と。。。

 Y字路の塚に関しては、キュンとくる塚とそうでない塚があって、なにか自分なりに萌えるポイントがある気がするのだけれど、今のところ自分でもよくわからない。。。


さいたま市見沼区 18 観音堂4

 『さいたま市の塚調査報告』には「観音堂(市神様)内には石造馬頭観音(享保十八年 一七三三)とのみ書かれています。
 すき間からお堂の中を覗くとこんな感じ。


さいたま市見沼区 18 観音堂5

 塚の周囲に河原石が散らばっていると、「石室材かな?」と深読みしたくなってしまいます。笑。
 古墳とは無関係の塚ですね。たぶん。。。

<参考文献>
さいたま市教育委員会『さいたま市の塚調査報告』


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  1. 2022/01/19(水) 20:14:16|
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