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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「渋谷区№17遺跡」

渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)1

 前回に引き続き、今回も明治神宮内の古墳ということで「渋谷区№17遺跡」の探訪の記録です。

 画像は「明治神宮宝物殿」の入場口で、この宝物殿の敷地の周辺に古墳の伝承が残されています。
 『東京都遺跡地図』には渋谷区の遺跡番号17番の古墳として登録されており、所在地として「代々木神園町明治神宮宝物殿裏」、遺跡の概要には「台地 古墳群(円墳)」と書かれているようです。

 昭和41年(1966)に東京都渋谷区より発行された『新修 渋谷区史 上巻』には、この古墳についての記述があり、
 「代々木外輪町の明治神宮宝物殿附近に存在した三基の小円墳は、いずれも丘陵上に営まれ、坩・坏・提瓶等の須恵器および鉄製直刀身が出土した由であるが、内部構造など詳細は全くわからない。出土品の行方も不明である」
 と書かれています。
 これだけでは詳細はよくわからず、現在古墳が残存するのかさえ不明ですが、3基もの古墳が存在したという記述はとても興味をそそります。
 古墳の所在地はどこなのか、果たして古墳は残されているのでしょうか。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)2

 古墳の位置が分布図に記されている、東京都教育委員会より発行されている『東京都遺跡地図』と『都心部の遺跡』ではともに宝物殿の背後、北側の丘陵縁辺部に古墳の位置が記されています。『東京都遺跡地図』の分布図では青い消滅のマークで記されているようです。
 宝物殿の背後に向かうらしき道は一応存在はするのですが、やはり関係者以外は立ち入り禁止でした。
 想定内ではありますが、場所柄あまり無茶もできません。
 とりあえずは正攻法で、宝物殿に入場して北側の森の様子を見てみることにします。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)7

 入場口を入って宝物殿を正面から見たところ。大正10年(1921)に開館したという校倉風大床造の宝物殿で、平成23年(2011)に重要文化財として指定されています。
 私が見学に訪れた時期は入場料を払って中を見学できたのですが、東日本大震災で罹災した屋根の修復、また重要文化財としての保存に必要な耐震工事施工ということで、平成29年以降は閉館となっているようです。
 いずれは整備されて建物が公開されるのかもしれませんが、私のお目当てはそこではないので…。笑。
 

渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)8

  建物の内部は撮影禁止(だったはず。写真が一枚も残っていないし)でしたが、建物の外から北側の森の様子は見られます。画像は、宝物殿東側の、撮影OKの場所から撮った宝物殿背後のようすです。
 残念ながら、この位置では建物に遮られてしまって背後の森の中の様子がわかりません。
 移動して別の位置から見てみましょう。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)9

 宝物殿西側の撮影OKの場所から撮った宝物殿背後のようすです。
 訪れたのが秋の初め頃だったせいか、まだ木々が茂っていてやはり古墳の所在はよくわかりません。
 ただし、敷地内の北西隅に大きな石が立てられているのが見えます。距離があるため肉眼ではよくわからないのですが、石室の天井石のようにも見えます。
 かつて、止むを得ず破壊された古墳から出土した石室の天井石をこの場所に祀っている、なんてことはないのでしょうか。とても気になります。。。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)10

 拡大してみた石のようすです。
 実は後日、この石がやはり気になって明治神宮の社務所を訪ねてお聞きしてみました。
 明治神宮内には全国各地から様々な石が奉納されているということで、宝物殿北西隅の石がなんの石なのかは、一つ一つの石の記録を全て調べてみないとわからない、ということで、残念ながら古墳の石材なのかどうかはわかりませんでした。(明治神宮を取り上げたテレビでよくお見かけする”H”さんが直々に出てきてくださって、お話を聞かせていただいて、参考になるならと資料のコピーまでいただきました。心の底から感謝しております。。。)


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)11

 確かに、敷地内を隅々まで歩くと、様々な石に遭遇します。
 画像は、国歌にもよまれているという「さざれ石」です。
 国家発祥の地といわれる岐阜県揖斐郡春日町から奉納されたものだそうです。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)12

 これは「亀石」。なんだかちょっとパワーを感じる石です。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)3

 さて、最初に古墳を目指して散策した日は古墳の所在を確認することはできなかったのですが、その後、宝物殿が建設される以前のこの地域の古地図を見つけることができました。
 宝物殿の北側、北西側、西側の3ヶ所に、古墳かもしれない楕円形の高まりを見ることができます。『新修 渋谷区史』にも「3基の小円墳が存在した」と書かれているようですし、この3ヶ所が古墳である可能性は十分に考えられます。
 とりあえず、北側の楕円形の高まりを1号墳、北西のを2号墳、西側のを3号墳と仮称して、もう一度散策してみようと思います。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)4

 宝物殿北側の、三角に尖った道路の形状は、現在も割とそのままに近い状態で残っているようなのですが、現在は丘陵縁辺部に沿うように首都高速4号線が開通しており、また運の悪いことに、仮称1号墳の所在地に重なる位置にちょうど代々木のパーキングエリアが造られています。この場所に古墳が存在したとすれば、もはや高い確率で削平されています。
 首都高速4号線の三宅坂から初台までが開通したのは昭和39年(1964)で、『新修 渋谷区史 上巻』の発刊は昭和41年(1966)ですから、ひょっとしたら同書にある「坩・坏・提瓶等の須恵器および鉄製直刀身が出土した」というのは、首都高速の敷設工事の際のものではないか?とも考えられます。

 画像が、代々木パーキングエリアの現在のようすです。画像左側の木立が宝物殿の裏手の森です。
 

渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)5

 仮称2号墳はこのあたり。
 古地図と現在のグーグルマップを見比べると、おそらく運よく削り残されたとしても半分ほどは首都高速4号線に削平されていると考えられます。首都高速4号線を運転中に、このあたりが若干高くなっているかようにも見えたことがあるのですが、見間違いかもしれません。最近は年齢のせいか運転にも自信がなくなってきたので、運転しながら撮影する等の無茶は控えました。
 ひょっとしたら古墳の残骸くらいは残されているのかもしれませんが、真相は不明です。


渋谷区 №17遺跡(明治神宮宝物殿裏)6

 仮称3号墳は、現在の弓道場(至誠館)の奥あたりではないかと思われるのですが、ここもやはりザクザク入っていくわけにもいかず、古墳が残されているのかどうか確認できません。

 結論として、仮称1号墳は高い確率で消滅。仮称2号墳は一部残存の可能性はあるかもしれない。仮称3号墳はひょっとしたら痕跡が残されているかもしれない。というところかなと想像しますが、所在地をこの目で確認することはできませんでした。
 将来の発掘調査、そして現地説明会に期待ですね。。。

<参考文献>
東京都渋谷区『新修 渋谷区史 上巻』
東京都教育委員会『都心部の遺跡』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


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  1. 2020/03/01(日) 19:47:43|
  2. 渋谷区の古墳・塚
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