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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「猿楽塚(北塚+南塚)」ー渋谷区指定史跡ー

渋谷区 猿楽塚01(北塚)

 画像は、渋谷区猿楽町に所在する「猿楽塚(北塚)」を東から見たところです。
 旧山手通り南側の代官山ヒルサイドテラスの敷地内に保存されている、2基の古墳のうちの1基で、『東京都遺跡地図』には渋谷区の遺跡番号50番の古墳として登録されており、№51番の猿楽塚(南塚)を含む遺跡範囲のすべてが、渋谷区指定史跡となっています。
 現状の規模は径約20m、高さ約5mで、発掘調査が行われていないことから詳細はわからないものの、6~7世紀の円墳であると推定されているようです。


渋谷区 猿楽塚02(北塚)

 南から見た猿楽塚です。
 この古墳には多くの伝説が残されています。その昔、鎌倉時代の将軍、源頼朝がここで猿楽を催して、そのときの道具を埋めたと伝えられており、この伝説が、塚の名称や周辺地域の地名の起源となっています。
 ただし、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』には、『高さ一丈許の塚なり、土人の説に往古鎌倉将軍頼朝此の地にて猿楽を催し、畢つて其具を埋めし印なりと伝ふ、受け難き説なり。』と記されており、江戸時代には疑わしい伝承であると考えられていたようです。
 また、『江戸名所図会』には「去我苦塚別所臺と言ふ地にあり、塚の高さ一丈あまりあり、相傳ふ、昔渋谷長者某、此邉の人民を語らひ、時として此塚の邉にて酒宴を催し歓楽せしにより、苦を去の所謂なりと言ふ」とも記されています。


渋谷区 猿楽塚03(北塚)

 猿楽塚の墳丘上には「猿楽神社」が鎮座しています。
 現在の2基の古墳を含むヒルサイドテラスの敷地は、古くは朝倉家の敷地であったそうですが、この敷地内にはかつては4基の塚が存在したようです。大正9年に本宅を建設して庭も造園した際に、4基の塚のうちの1基が邪魔になるということで取り壊されたそうですが、間もなく当主の虎治郎と工事を請け負った棟梁とが奇病にかかってしまったそうです。二人とも同じ容態で、医者にかかっても何の病気か全くわからない。そこで、塚から出土した人骨らしきものや武具をきれいに取り出して前の塚(猿楽塚)に丁寧に納め、供養をしてお宮を建ててお祀りしたそうです。
 「残った3つの塚は以後、絶対に手をつけてはいけない」ということになり、お社は「猿楽様」として祀られることとなりました。これが、現在の猿楽神社の由来です。

 「残った3つの塚」ということは、北塚と南塚の他にどこかにもう1基、古墳が残存している?
 これが一番気になるところですが。。。。。


渋谷区 猿楽塚04(北塚)

 墳丘上の猿楽神社です。
 高さ5mですからね。結構な高さが残っています。


渋谷区 猿楽塚05(北塚)

 猿楽神社の鳥居。
 渋谷区教育委員会により設置された説明板には次のように書かれています。

  猿楽塚(さるがくづか)
    猿楽町29番 ヒルサイドテラス内
    区指定史跡 昭和五十一年三月二十六日指定

 ここにあるこんもりした築山は、六~七世
紀の古墳時代末期の円墳で、死者を埋葬した
古代の墳墓の一種です。
 ここにはその円墳が二基あって、その二つ
のうち高さ五メートルほどの大型の方を、む
かしから猿楽塚と呼んできました。
 この塚があることから、このあたりを猿楽
といい、現在の町名の起源となっております。
 ここにある二基の古墳の間を初期の鎌倉道
が通っていて目黒川にくだっていました。
 渋谷区のように開発が早くからはげしく行
なわれた地域に、このような古墳が残されて
いることは非常に珍しいことです。
            渋谷区教育委員会



渋谷区 猿楽塚06(北塚)

 墳丘上には石段が造られていて、この石段を登った墳頂部が猿楽神社です。
 早速お詣りしましょう!


渋谷区 猿楽塚07(北塚)

 石段の途中左側には「猿楽神社縁起」が建てられています。

 猿楽神社縁起
 古よりこの地に南北に並ぶ二基の円墳があり。北側に
位置する大型墳を猿楽塚と呼称している。この名称は、
江戸時代の文献「江戸砂子」「江戸名所図会」等にも見ら
れ、我苦を去るという意味から、別名を去我苦塚と称し
たとも言われている。六~七世紀の古墳時代末期の円墳
と推定され、都市化その他の理由により渋谷区内の高塚
古墳がほとんど隠滅したなかで、唯一現存する大変貴重
な存在であり、昭和五十一年三月十六日に、渋谷区指定
文化財第五号に指定された。
 この地に移住する朝倉家は戦国時代からの旧家であり、
遠祖は甲州の武田家に臣属し、後に武蔵に移り、中代よ
り渋谷に住み、代々、無比の敬神家として、渋谷金王八
幡宮と氷川神社の両鎮守への参拝を常とし、また氷川神
社改建の折にも尽力している。
 朝倉家では、大正年間に塚上に社を建立し、現在、
天照皇大神、素盞嗚尊、猿楽大明神、水神、笠森稲荷を
祀り、二月十八日、十一月十八日を祭礼日と定めて、
建立以来、一族をはじめ、近隣在郷の信仰を集めている。
    平成十四年十一月十八日    朝倉徳道 撰



渋谷区 猿楽塚08(北塚)

 さらに登ります。


渋谷区 猿楽塚09(北塚)

 墳頂部の様子。猿楽神社の社殿です。
 この猿楽塚、2基ともに学術的な調査は行われていないようなので、いずれはきちんと発掘調査が行われたら、見学会も開催してほしいですよね。


渋谷区 猿楽塚10(南塚)

 画像は、もう1基の「南塚」です。
 旧山手通り南側の代官山ヒルサイドテラスの敷地内に保存されている、2基の古墳のうちの1基で、『東京都遺跡地図』には渋谷区の遺跡番号51番の古墳として登録されており、№50番の猿楽塚(北塚)を含む遺跡範囲のすべてが、渋谷区指定史跡となっています。
 現状の規模は径約12m、高さ約4mほどで、発掘調査が行われていないことから詳細はわからないものの、古墳時代後期の円墳であると推定されているようです。

 10年近く前、最初に南塚を訪れた時だけはなぜか立入禁止の看板がなく、塚の目の前まで行くことができました。ただし、その時は天気がうす曇りでポツポツと小雨も降っていて、しかもカメラのレンズが汚れているのに気が付かずに、撮影した写真が汚いという最悪の事態。
 私、実は一昨年くらいまで、仕事の都合で年に何度かは定期的にこの代官山を訪れていましたので、いつでもまた撮り直しに来ればいいやと思っていたのですが、その後は何度来ても立ち入り禁止の看板が立てられていて、二度とこの場所に立ち入ることはできませんでした。。。
 北塚はいつでも参拝できるのですけどね。ま、良き思い出ということで。。。

 画像は、旧朝倉家住宅のほうから撮影したものです。


渋谷区 猿楽塚11(南塚)

 北塚の側から見た南塚です。
 建物の隙間から『東京都遺跡地図』からすると、2基の古墳の総称が「猿楽塚」で、北側のが「北塚」、南側のが「南塚」ということのようですが、書籍によっては主墳である猿楽神社を祀るほうの古墳のみが「猿楽塚」である、とする記述も見られるようです。


渋谷区 猿楽塚12(南塚)

 猿楽塚のあるヒルサイドテラスの入り口のあたりの歩道には、「目黒区みどりの散歩道」という案内板が建てられています。「ん?目黒区?」と不思議に思ってよく読んでみると、そこには猿楽塚の解説文が。
 「古墳時代の円墳 猿楽塚 主墳と副墳から成る。昔、源頼朝がここで猿楽を催し、それが名前の由来との説もあるが実は二つとも古墳時代の円墳。区境をはさんで主墳は渋谷区、副墳は目黒区にある。」と書かれています。
 つまり、北塚は渋谷区、南塚は目黒区にあるということのようです。
 グーグルマップで確認すると、北塚も南塚も渋谷区内に入っているように感じるのですが、これホント?
 『東京都遺跡地図』でも2基ともに渋谷区の遺跡に登録されているようですが。。。


渋谷区 猿楽塚13(南塚)

 画像は「旧朝倉家住宅」の敷地内の築山です。
 職員にお尋ねしたところでは、丁寧なご返答ながらも「古墳のわけないじゃん」という感じで、「ですよねー。。。」と引き下がってきたのですが、他に古墳らしき形状の地形は見当たらないし、「残った3つの塚」のうちの残る1基がどこにあるのか(どこにあったのか)は、最後までわかりませんでした。
 これは宿題ということで。。。


渋谷区 猿楽塚14(渋谷区立猿楽古代住居跡公園)

 猿楽町の周辺もブラブラと散策。

 画像は、同じ猿楽町内にある「渋谷区立猿楽古代住居跡公園」です。
 どこの区にもこうした史跡公園が存在するのはいいことですよね。

 公園内に設置された渋谷区教育委員会による説明板には次のように書かれています。

 猿楽古代住居跡
           渋谷区指定史跡   猿楽町12
 このあたり一帯は古代人が居住していたところであろう
と推定されていました。
 昭和五十二年一月、渋谷区教育委員会ではその調査を国
学院大学考古学第一資料研究室に委託して発掘しました。
 発掘作業を行っているうちに出土して来た土器は壺、甕
高坏などの破片ばかりでしたが、この土器に付けられた模
様からみると、久ヶ原式、弥生町式、前野町式に属し、そ
れらが作られた時期は今から約二千年前の弥生時代で、こ
れらの文化は南関東一帯にひろがっていました。
 弥生時代というのは、生活の方法はその前の縄文時代と
同じですが、現代人のように米を栽培して食べる習慣がは
じまり、文化が進んだ時代といえます。
 発掘を進めて行くと、いくつかの住居跡が発見されまし
たが、中には他の地域でみられる住居跡よりも大型で珍し
いものが発掘されました。
 区は昭和五十三年、樋口清之博士の指導により古代住居
を復元しましたが、その後焼失したので、現在は住居跡の
上を被覆し保存に努めています。
               東京都渋谷区教育委員会



渋谷区 猿楽塚15(渋谷区立猿楽古代住居跡公園)

 コレ、かつて公園内に復元された、当時の古代住居の写真です。
 残念ながら不審火により消失。現在見ることはできません。

 復元された古代住居が不審火で消失したパターンはよく聞く気がしますが、せっかく復元するのであれば、もちろんリアルなものが見たいところですが、最近はコンクリートで造られたものが主流ですよね。消防法とか色々あるのだとは思いますが、茅葺き屋根の古民家はOKなんだし、忠実に再現したものが見たいなあと切に思います。。。(本町田の復元住居がリアルだった!)


渋谷区 猿楽塚16(渋谷区立猿楽古代住居跡公園)

 コレが現在の住居跡の様子。
 雨の後に水が溜まってしまうと池みたいです。。。


渋谷区 猿楽塚17(渋谷区立猿楽古代住居跡公園)

 公園内には3基の庚申塔と廿三夜塔、道しるべが建てられています。
 元々は猿楽町周辺にあったものが、道路の拡張工事、や宅地開発によりこの公園に移設されたそうです。
 どれもいい状態で残されているようです。


渋谷区 猿楽塚18(渋谷区立猿楽古代住居跡公園)

 このあたりに、渋谷区の遺跡番号47番の横穴墓群が登録されているようですが、痕跡なし。
 すでに遺跡は消滅しているようです。

<参考文献>
朝倉徳道『代官山考察「猿楽雑記」ー江戸近郊農家の百年ー』
野村敬子『渋谷むかし語り 区民が紡ぐ昭和』
東京都渋谷区『新修 渋谷区史』
東京都教育委員会『都心部の遺跡』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


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  1. 2020/03/02(月) 23:55:52|
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