FC2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「荒幡富士」ー所沢市有形民俗文化財ー

「荒幡冨士」1

 画像は、所沢市荒幡に所在する「浅間神社」です。
 旧荒幡村の総鎮守であったというこの神社の祭神は木花咲耶姫命です。
 この神社の境内には、「荒幡富士」と呼ばれるとても大きな富士塚が所在します。


「荒幡冨士」2

 北から見た「荒幡富士」です。
 地元では通称「どろっぷじ」と呼ばれている富士塚です。
 説明板によると、旧荒幡村には昔から浅間神社のほかに、三島神社、氷川神社、神明神社、松尾神社の各社がまつられていましたが、明治5年の社格制定で浅間神社が村社に列せられ、三島神社以下は無格社となり、そこで村内の統一と民心の安定をはかるため、明治14年9月村内浅間久保にあった浅間神社を西ヶ谷松尾神社の地に移し、それと共に三島神社以下を浅間神社に合祀することになりました。そのため、浅間神社の傍にあったという信仰のシンボルである「荒幡富士」も移転構築することとなったそうです。
 その後、以前の塚の幾十倍も大きい富士塚が明治17年に起工し、同32年に竣工しました。これは村内の氏子・信者はもとより、近隣の村々の有志も加わって営々として築きあげたもので、かくて荒幡富士は村民の心の大きな拠り所となり、かつ近郷近在に誇る最大級の人工の富士となりました。


「荒幡冨士」3

 まずは塚の周りをぐるりと一周してみましょう。
 画像は、東から見た荒幡富士です。

 富士塚というと、富士講によって築造された塚、というイメージが強いのですが、この荒幡富士は少々趣が異なるようです。
 旧荒幡村には御嶽講や榛名講のような山岳信仰はいくつもあったようですが、富士講は存在しなかったようです。ただし、集落の中には小高い小山があり、そこには浅間様が祀られていたそうです。「元富士」と呼ばれ、字名も「浅間富士」がついた土地で、この小山が荒幡富士の原型なのだそうです。
 この「元富士」は、隣接するゴルフ場となりましたが、富士塚の移築の際には、当時の旧荒幡村民がバケツリレーで盛り土をして、大変な苦労の末に築造された富士塚であるてそうです。

 現在も、地元の人たちが年に2回草刈りをしていて、毎年7月1日の山開きの神事の際には、近所の幼稚園から園児たちも参加するそうです。地元の人に愛されている富士塚ですね。


「荒幡冨士」4

 画像は南から見た荒幡富士です。

 この時期、どういうわけか大きな富士塚が見たい!という気持ちが強くて、この荒幡富士や、横浜の「川和富士」、「池辺富士」なんかを見に行ったりしていました。
 「おおお〜、すげえ」って感動したい、みたいな。笑。
 とにかくデカいって素晴らしい。。。


「荒幡冨士」5

 南西から見た荒幡富士です。
 富士塚の手前にもう1基、小さな塚があるのがわかるでしょうか?
 ろくに調べもしないで行ってしまったのですが、いったいどんな意味の塚なんだろう?


「荒幡冨士」6

 小さな塚の様子。


「荒幡冨士」7

 小さな塚を西から。
 手前には明和6年の日待供養塔が。。。


「荒幡冨士」8

 画像は「猿田彦大神」の石碑と祠。

 この荒幡富士は、いつでも登拝が可能です。
 早速、富士塚に登ってみましょう。


「荒幡冨士」9

 登山道は「猿田彦大神」の祠の右側からジグザグにつけられています。
 画像は「一合目」と刻まれた合目石。ここから参道を登ると、二合目、三合目という具合に九合目まで存在します。


「荒幡冨士」10

 富士塚の頂上に祀られた奥宮。


「荒幡冨士」11

 画像は、荒幡富士保存会により設置された「展望図」です。
 これによると、実物の富士山が見られるようなのですが。。。


「荒幡冨士」12

 塚の頂上から見た風景。
 この日は、晴天にも関わらず富士山の方角に雲が多く、実際の富士山は見られませんでした。残念!
 標高にすると120メートル近くあるそうですが、周囲を360度見渡せる頂上での眺望は素晴らしいの一言に尽きます。


「荒幡冨士」13

 頂上から見下ろしてみたところ。
 高いですね〜。笑。


「荒幡冨士」14

 逆に、麓から見上げてみたところ。
 むしろ見上げたほうが、高さを実感できるかもしれませんね。。。


「荒幡冨士」15

 荒幡富士に向かう道すがら見かけた塚状地形。
 「おっ!」とびっくりして足を止めました。笑。


「荒幡冨士」16

 設置された説明板を見ると、ここは山口城というお城の跡で、土塁と堀跡残されているようです。
 昭和37年10月に埼玉県の文化財(旧跡)に指定されています。


「荒幡冨士」17

 南西から見た土塁の様子。
 第4号土塁から第2号土塁にかけてが最もよく残っているようです。
 

<参考文献>
有坂蓉子『ご近所富士山の「謎」』
埼玉県神社庁神社調査団『埼玉の神社』
現地説明版


人気ブログランキングへ

  1. 2020/04/21(火) 19:57:05|
  2. 埼玉県の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「二つ塚」 | ホーム | 「千住の一里塚」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gogohiderin.blog.fc2.com/tb.php/1118-0e145fa5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (10)
足立区/その他の古墳・塚 (19)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (9)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (8)
北区/飛鳥山古墳群 (9)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (28)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (6)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (21)
豊島区の古墳・塚 (4)
文京区の古墳・塚 (10)
杉並区の古墳・塚 (17)
中野区の古墳・塚 (19)
新宿区の古墳・塚 (18)
千代田区の古墳・塚 (8)
目黒区の古墳・塚 (11)
渋谷区の古墳・塚 (22)
港区の古墳・塚 (10)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (16)
大田区/田園調布古墳群 (40)
大田区/鵜の木久が原古墳群 (12)
大田区/その他の古墳・塚 (54)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (10)
世田谷区/大蔵古墳群 (1)
世田谷区/砧中学校古墳群 (3)
世田谷区/喜多見古墳群 (16)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (17)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (8)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (34)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (13)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (29)
狛江市/その他の古墳・塚 (24)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (15)
府中市/高倉古墳群 (33)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (17)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (10)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (7)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (11)
町田市の古墳・塚 (25)
八王子市の古墳・塚 (37)
昭島市の古墳・塚 (12)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (7)
小金井市•国分寺市の塚 (7)
東村山市•東大和市の塚 (10)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (52)
横浜市の古墳・塚 (11)
相模原市の古墳・塚 (15)
宇都宮市の古墳・塚 (43)
鹿沼市の古墳・塚 (2)
壬生町の古墳・塚 (5)
上三川町の古墳・塚 (17)
下野市の古墳・塚 (0)
小山市の古墳・塚 (0)
栃木市の古墳・塚 (0)
真岡市の古墳・塚 (0)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
埼玉県の古墳・塚 (13)
千葉県の古墳・塚 (1)
群馬県の古墳・塚 (22)
ぐんま古墳カード (12)
茨城県の古墳・塚 (5)
長野県の古墳・塚 (6)
福島県の古墳・塚 (3)
東京の一里塚 (23)
東京の庚申塔 (5)
未分類 (12)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR