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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「花畑浅間神社富士塚(花又富士・野良浅間)」ー足立区登録有形民俗文化財ー

花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)1

 今回紹介するのは、足立区花畑5丁目10番地に所在する「花畑浅間神社」です。この神社は「花又富士」と呼ばれる富士塚でもあり、また北側を流れる毛長川流域には数多くの古墳や遺跡が確認されていることから、この神社の塚状の地形は古墳ではないかとも考えられているようです。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)2

 鳥居をくぐると、周囲よりも一段高くなった境内の様子を見ることができます。
 いかにも神社古墳らしき光景です。

 この地域は、現在でこそ日本住宅都市整備公団の団地が整然と並ぶ町並みとなっていますが、1960年代から70年代半ば頃までは一面見渡す限りの田園地帯で、この水田の中にポツリと塚状に盛り上がった一角があり、そこに浅間神社の石祠が祀られていたそうです。このことからこの神社は地元の人には「野良浅間」とも呼ばれていました。

 この野良浅間には次のような言い伝えが残されています。

 神社は元々は綾瀬川と毛長川の合流地点、現在の大鷲神社の裏手あたりにあったそうです。康平年間(1058~1065)末頃に、村人が大鷲神社を祀る場所を、野良浅間の真南直前に決めましたが、大鷲神社の信仰が高まるにつれ、野良浅間を参拝する人の数は日に日に少なくなっていったそうです。
 それがある夜、一天にわかに曇り烈風人馬を巻き上げるように吹きまくり、百雷一時に落ちるごとき音と、滝のような豪雨が降りました。嵐が去り、村人たちが浅間神社が無事かどうか見に行くと、どうしたことか神社は忽然と消え失せていました。驚いた村人が探すと、南西の富士山の方向に点々と血の滴る跡が続いており、水田の中に浮かぶ小丘の上に浅間社の御神体が安置されていました。
 これを見た村人は、浅間神社の前に大鷲神社を建てたことから、木花咲耶姫命が浅間の本社である富士山に向かって逃げようとして、その無念の血痕を流したのかと語り合い、この地に御神体を奉祀して数日お参りをして、霊を慰めました。それ以降は、災難水渦がなくなったといわれています。

 元々の所在地とされる「大鷲神社の裏手」というのもとても気になるところです。大鷲神社の西側には「一本松古墳」と「白山塚古墳」という2基の古墳が登録されており、多くの古墳が存在したとされる地域です。
 綾瀬川と毛長川の合流地点に浅間神社が存在した、というとやはり古墳の墳丘上に祀られたのではないか、などと妄想してしまいますが、この野良浅間の旧地がどこになるのか正確な位置は特定することはできません。。。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)3

 『足立区歴史散歩』には、「日本住宅公団でここを区画整理する時、これを古墳跡と考えた考古学者によって調査も行われたが、さしたる収穫もなく、現状のような形となった」と書かれています。
 「さしたる収穫もない」という状況が、例えば墳丘に古墳に見られる版築が見られなかった、ということであれば、この塚は古墳ではなかったと断定できるかもしれませんが、この調査の内容が果たしてどのようなものだったのか、詳細はよくわかりませんでした。。。
 

花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)4

 さて、ここから冬の写真に変わります。
 墳丘上に築造された富士塚の様子です。

 下草が枯れる冬の方が色々と観察できますよね。笑。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)5

 墳丘上に築造された富士塚の様子です。

 最近お訪れた際には新しい令和元年の説明板が設置されていましたので、建て替えられたようです。説明板には次のように書かれていました。

 花畑浅間神社富士塚
 富士塚とは、富士山を信仰する人々の集団である富士講によ
って築造された塚である。
 富士山の溶岩石を使用して小山を築き、頂上には浅間神社の
祠を祀り、烏帽子岩、小御嶽社をはじめ、実物の富士山と同様
に各名所を配すのが一般的であり、登山して参拝できるように
なっている。
 富士信仰は、文化•文政年間(1804-1829)に江戸を中心とし
て爆発的に広まり多くの講中が結ばれ、講の発達に伴い富士塚
の築造も盛んに行われるようになった。
 この富士塚は、千住神社、保木間氷川神社の富士塚と同じく
伊藤参行を講祖とする丸参講による築造である。築造年代は明
らかではないが、石鳥居の年代や伝承より明治初年と考えられ
ている。また、花畑大鷲神社には、この講中により明治五年の
記年のある富士登山絵馬が奉納されている。
 花畑浅間神社は社殿を持たず、富士塚の頂上に祀る浅間社を
そのまま社名とし「野浅間」といわれている。
 神社の北側を流れる毛長川流域には、多くの古墳や遺跡の存
在が確認されており、この神社もその形態から古墳を利用した
ものと考えられており興味深い。
 昭和五十九年十一月、足立区有形民俗文化財に登録されてい
る。
 平成七年三月
                    足立区教育委員会


 ちなみに間違えて平成7年の説明板を書き写してしまいましたが、令和元年のものもほとんど変わらない内容だったので、このまま直さずに掲載します。。。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)6

 富士塚の頂上に祀られている祠です。

 江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』の「花又村」の項には「浅間社二字一ハ正覚院持、一ハ法泉寺ノ持ナリ」と記されています。つまり、元々はこの地域に二社存在した浅間神社が、明治四年(1871)に合併されています。
 明治六年(1873)には、大鷲神社に合祀されて境外摂社となり、その後昭和21年(1946)6月に宗教法人として独立し、浅間神社として現在に至っているそうです。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)7

 富士塚の頂上から振り返って見下ろしてみたところ。
 思っていたよりもずっと高さがあり、ちょっとびっくりしました。笑。
 最近私は足腰に自信がないので、気をつけなければ。。。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)9

 南西から浅間神社を見たところ。
 墳丘上は石垣により方形に成形されているのですが、ちょっと離れたところから見るとこの敷地全体が小高く盛り上がっている様子を見ることができます。
 やはりここは古墳の跡なのでしょうか。。。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)8

 地元の古老の伝承によると、戦前の頃には境内にあった池に作った竹の支えにわらの大蛇をかけ、稲わらを燃やして「おたきあげ」と称し、20人程の代表が「コノハナサクヤヒメ」の祝詞を唱えて雨乞いをしたといいます。

 小山市間々田の「じゃがまいた」にちょっと似ている気がしますが、こういったお祭りが都内で継続されるのはなかなか難しいかもしれませんね。。。


花畑浅間神社(花又富士・野良浅間)10

 最後は夏の写真に戻って、北西から見た花畑浅間神社の様子です。
 やっぱり、古墳ではないかと考えたくなってしまいますが、真相やいかに!という感じですね。

<参考文献>
学生社『足立区歴史散歩』
足立区郷土博物館『足立風土記高ー地区編8・花畑』
足立区教育委員会『ブックレット足立風土記8花畑地区』
現地説明版


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  1. 2020/08/13(木) 22:53:14|
  2. 足立区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<「花畑地区周辺の塚状地形」 | ホーム | 『多摩地区所在古墳 確認調査報告書』>>

コメント

花畑にも富士塚があるのですね。しかもなかなか立派!
今度行ってみよう(^^)/

ところで富士塚と古墳の関係もずいぶんあちこちで繋がっていますね。十条富士が現在、道路拡張の関係で移築されるという作業中のようです。周囲の木が切られて、かなり古墳の様相になっているとか。こちらも工事中に観に行こうかな(^^♪
  1. 2020/08/17(月) 23:02:06 |
  2. URL |
  3. torikera #frK3hhYY
  4. [ 編集 ]

torikeraさま、こんばんは。

なんと!十条富士は作業に入ったのですね!
年内に発掘調査が行われることは知っていましたので気になっていましたが、近々一度見に言ってみます!
情報ありがとうございます!
  1. 2020/08/19(水) 01:08:48 |
  2. URL |
  3. ご〜ご〜ひでりん #G67hs.TE
  4. [ 編集 ]

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