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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「大塚古墳群とその周辺」1

 前回は、志木市内に残存する「塚の山古墳」を取り上げました。

 開発が進んだ今となっては想像もできませんが、かつてはこの地区には多くの古墳や塚が存在したといわれています。志木地区の小字名には「大塚」や「二塚」などがあり、実際に塚があったこともわかっています。ちなみに大塚地区では大小の塚がたくさんあったことから多塚(おおつか)とも呼ばれていたようです。

 この中で、破壊を免れて残されている塚もわずかながら存在するようなのですが、学術的な調査により古墳であると断定されたものは皆無であるようです。

 残存する塚の山古墳の東側一帯が塚が群集していたとされる地域で、かつてはこの塚群は古墳であると考えられ、「大塚古墳群」と呼ばれていました。



 今回はこの、大塚古墳群とその周辺の探訪の記録です。

 基本的には『志木市史 原始・古代資料編』253ページに掲載されている「志木地区の古墳・塚分布図」を参考に巡りました。もはやほとんどの塚は存在せず、ピンポイントに塚の所在地を特定するのは困難な状況ではありますが、ある程度は所在地が推定できる場所と、巡っていて塚と何か関係がないものか気になった場所なども含めて取り上げていこうと思います。


志木市 2番塚

 「塚の山古墳」の東方、字大塚周辺にはかなり多くの塚が存在したようです。
 現在の志木市幸町周辺にあたる地域です。


 画像は、旧番地で大塚3047番地にあたる地点です。

 昭和34年発刊の『志木の沿革と舟運』に記されていた塚(古墳?)で、「志木地区の古墳・塚分布図」の2番に該当するのがこの周辺です。

 道路が曲線的に曲がっているのがひょっとしたら塚の痕跡なのかもしれませんが、真相はわかりません。。。


志木市「大塚延命地蔵尊」

 画像は塚の山古墳の東方、現在の大塚交差点角に所在する「大塚延命地蔵尊」です。多くの塚が密集していたとされる地区に所在する地蔵尊ということで、ちょっと気になる存在です。

 この地蔵尊には、由来が刻まれた石碑が建てられています。

 この由来碑によると、この延命地蔵尊は正徳5年(1715)9月に、三十四人の施主により大塚3069番地の角地、通称大塚の辻に造立された露仏であったようです。
 その後、昭和42年(1967)に志木市立第二小学校建設とその通学路の改修により大塚3078番地に移築。その後、平成18年(2006)に堂宇の改築が行われ、由来碑が建てられているようです。


志木市「大塚延命地蔵」3

 お地蔵様の様子。
 ひょっとしたら、かつての鎮座地が塚上ではなかったかと妄想してしまいます。
 周辺は開発が進み、塚の痕跡はまったく見ることはできません。。。


志木市「大山石尊大権現」

 もう一箇所、塚後ではないかと気になったのが画像の「大山石尊大権現」です。

 「大塚延命地蔵尊」、「大山石尊大権現」ともに、「志木地区の古墳・塚分布図」に記された3番の範囲に含まれています。


志木市 5番「双頭塚、双塚」

 この辺りにも古墳らしき塚が存在したといわれています。

 『志木風土記第一集』では二つ並んで「双塚」、『志木風土記第二集』では「双頭塚」などと紹介されていた塚で、もともとは一つの塚であったともいわれ、頂上が二つあった塚であるともいわれています。「志木地区の古墳・塚分布図」では5番にあたります。

 明治年間に破壊されてしまったようですが、塚の存在は確実であるとされています。


志木市 6番「二子塚」1

 画像は、現在の「幸町1丁目」交差点の東側を見たところです。

 かつて、この交差点の東西にかなり大きな塚が2基並んで存在したといわれている場所の一箇所で、なんと!塚状の高まりの上に祠が祀られている様子が確認できます。


志木市 6番「二子塚」2

 祠の様子です。

 2基の塚は2~30メートルほど離れており、それぞれの塚上に稲荷社が祀られていたそうですが、県道川越新座線(志木大通り)の建設の際に2基ともに崩されてしまったということです。

 したがって、この高まりが塚の残存部分であるかどうかは不明ですが、塚の痕跡であるとはいえるのかもしれません。

 境内の形状は三角形となっているのですが、周囲を取り巻く道路の形状が円形となっているため、やはり塚の痕跡なのでは?と妄想させます。


志木市 6番「二子塚」3

 塚上の様子。

 『志木市史 原始・古代資料編』には、この稲荷社に志木市教育委員会が建てた「大塚(二子塚)」と刻まれた標柱が残っているということなのですが、この標柱は見落としてしまいました。(境内にはなかったような気がするのですが。。。)

 「双子塚」と表記している文献も見られ、また2基の塚の総称としての「二子塚」なのか、どちらか1基を呼んでいたのかなどなど、詳細はわかりません。
 ちなみに2基の塚は離れて存在したようなので、少なくとも前方後円墳ではなかったのではないかと考えられますが、ひょっとしたら削平された結果、後円部のみが残されたというような事例も考えられるかもしれませんし、このあたりの真相も謎です。古墳であったかどうかも、今後のハックt調査が進まないとなんともいえない状況です。

 この地域の字名「二塚」はこの塚が由来なのかもしれません。。。


志木市 6番「稲荷塚」

 幸町1丁目」交差点の西側を見たところ。集合住宅の奥あたりが塚の跡地となるようです。

 こちらの塚は「稲荷塚」という名称があったとされ、規模も直径約25メートルとかなり大きかったようですが、まったく痕跡はなく、お稲荷さんの行方も不明です。

 ちなみにこちらの塚は字稲荷山に属していたようです。


 昭和55年発行の『志木風土記 第一集』に、当時を知る地元の人の座談会が掲載されていて、「浦和所沢バイパスへ出る所に、大きな高さ五メートル位で、周囲が二〇メートルぐらいの塚が二つ、道路ができるまであったんです。あの道路ができるんで、工事請負人がね。こういう塚はなんだかんだうるさくなるから早くぼっ壊しちゃえっていうんで、大至急にかたずけちゃったんです。残念なわけなんですけどね。」と記されています。

 うん。確かにこんな時代だったんだと思います。

 こんな感じだから万が一遺物が出土したとしても、「まずい!」って感じでね。
 捨てられちゃうだろうし。

 高度経済成長の時代ですからね。
 志木市に限らず日本中で古墳や塚が消滅していった時代ですよね。。。


志木市 6番7番「二子塚と稲荷塚」
出典:国土地理院ウェブサイト(https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=222634&isDetail=true)

 画像は、国土地理院ウェブサイトより公開されている、昭和23年(1948)1月8日に米軍により撮影された、志木市幸町1丁目交差点周辺の空中写真です。わかりやすいように周辺を切り取っています。
 画像中央のやや東寄りとやや西寄りに、当時まだ残存する2基の塚の影を見ることができます。
 少なくとも、存在は間違いないようです。

 お隣の朝霞市内では多くの古墳が確認されていますし、特に浄水場周辺では近年、多くの古墳の痕跡が検出されているようです。隣接する志木市内の同じ台地上にまったく古墳が存在しなかったとは少々考えにくいようにも感じます。
 この2基の塚も、古墳であるのか塚であるのかとても興味深い存在なのですが、真相は今後の調査の進展を待たなければなりません。。。

 以下、次回に続く。。。

<参考文献>
志木市『志木市史 原始・古代資料編』


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  1. 2020/11/08(日) 19:32:12|
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