
前回に引き続き「狛江百塚コンプリート2020」、今回は「その4」です。
最初の古墳は、「狛江古墳群地名表」13番に掲載されている「兜塚古墳」です。
現存する古墳で、『東京都遺跡地図』には狛江市の遺跡番号55番に登録されています。
この古墳は昨年の9月9日の回で一度取り上げていますので、詳しくはそちらを参照していただきたいところですが、東京都の史跡として指定されている古墳で、おそらく狛江市内では最もいい状態で残されている古墳です。
古墳公園として整備、公開されていていつでも見学できる環境にありますので、古墳が好きな人には是非とも訪れて欲しい古墳です。
【このブログの過去の関連記事】
http://gogohiderin.blog.fc2.com/blog-entry-1020.html(「兜塚古墳」ー東京都指定史跡ー)

兜塚古墳の墳丘の様子です。
私は、こうした古墳公園はとても好きな場所で、どうしてなのか心が落ち着くのですが(都内では他に、世田谷の野毛大塚古墳が保存されている玉川野毛町公園なんて最高ですよね。。。)、平らな敷地ではなく、公園内の小山のように盛り上がった墳丘の存在が心を落ち着かせるのかなあと感じていますが、ではなぜ小山があると心が落ち着くのか理由はわかりません。。。

画像は、「狛江古墳群地名表」14番に掲載されている「無名古墳」の跡地の様子です。
地名表には所在地について旧番地で「和泉787」と記されており、伊豆美神社の前から歩いてくると、分かれ道になった間の三角地となっている場所です。
今も道しるべをかねた馬頭観音の石塔が建てられており、かつての古墳の存在を思わせるような場所ですが、残念ながら古墳らしき痕跡は全く残されていないようです。。。
ちなみに画像は、一昨年の東京文化財ウィークの関連事業にて、学芸員の先生の解説を聞きながら狛江市内の古墳を歩いたときのものです。
残念ながら今年の文化財ウィークはほとんど行われませんでしたが、来年は復活するといいですね。。。

文政十年(1827)の道標を兼ねた馬頭観音です。
現地ではゆっくり見る時間がなかったのですが、「西府中道、右当村地蔵尊・玉川渡し場道、左江戸青山・六ごう道」との刻銘があるそうです。

こちらは現代に建てられた丸石の道しるべ。
「西 府中道 右 地蔵尊、渡し場道 左 江戸青山、六郷道」と記されています。
右へ向かうと泉龍寺へと続く地蔵道。左へ向かうと品川道に合流する分かれ道です。。。

画像は、「狛江古墳群地名表」15番に掲載されている「無名古墳」の跡地周辺の様子です。
所在地は、旧番地で「和泉791番地」とされている古墳ですが、すでに痕跡はなく、正確な所在地まではわかりませんでした。

画像は、狛江市中和泉3丁目に現存する「白井塚古墳」です。
「狛江古墳群地名表」には16番に記載されている古墳で、『東京都遺跡地図』には狛江市の遺跡番号58番に登録されています。
この古墳は2018年5月15日の回で一度取り上げていますので、詳しくはそちらを参照していただきたいところですが、今後この古墳の整備も行われていくのではないかと思われますので、調査の進展が楽しみな古墳です。
【このブログの過去の関連記事】
http://gogohiderin.blog.fc2.com/blog-entry-118.html
画像は狛江市中和泉3丁目に現存する「飯田塚古墳」です。
「狛江古墳群地名表」には17番に記載されている古墳で、『東京都遺跡地図』には狛江市の遺跡番号57番に登録されています。
この古墳は昨年の9月5日の回で一度取り上げていますので、詳しくはそちらを参照していただきたいところですが、近年、古墳の周辺地域の宅地化が急速に進む中、この飯田塚古墳は破壊されずに残されました。
宅地と宅地の間の細い参道を抜けると、削られて小さくなった墳丘を見ることができます。
【このブログの過去の関連記事】
http://gogohiderin.blog.fc2.com/blog-entry-1017.html(「飯田塚古墳」)

墳丘上には「飯田稲荷」が鎮座します。

画像は、狛江古墳群地名表の18番に掲載されている「松原塚」の跡地周辺の様子です。旧番地で「和泉890〜888番地」に存在したとされる古墳で、古墳の痕跡はすでになく、正確な所在地はわかりませんでした。

画像は、狛江古墳群地名表の19番に掲載されている「長者塚」の跡地周辺の様子です。旧番地で「和泉902番地」に存在したとされる古墳で、この古墳も痕跡はすでになく、正確な所在地はわかりません。

画像は、狛江古墳群地名表の20番に掲載されている「原塚」の跡地周辺の様子です。旧番地で「和泉930番地」に存在したとされる古墳で、この古墳も痕跡はなく、正確な所在地は不明です。

原塚の跡地近辺で見かけた、個人の邸宅内の築山。
まさか、破壊された古墳の残骸ではあるまいなと考えましたが、真相はわかりません。
というわけで今日はここまで。さらに次回に続きます。。。
<参考文献>
塩澤栄八郎『東京府北多摩郡狛江村土地宝典』
狛江市教育委員会『狛江市の古墳(Ⅰ)』
狛江市農業協同組合史編纂委員会『狛江市農業協同組合史』
狛江市『新狛江市史民俗調査報告書6 和泉の民俗』
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- 2020/11/27(金) 21:34:40|
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