
画像は、板橋区富士見町の「狐塚」が所在したとされる推定地を西から見たところです。『東京都遺跡地図』には未登録の塚です。塚は昭和の初め頃までは残されていたそうですが、その後崩されて現在は言い伝えとしてのみ残されている伝説の塚です。
千年ほども前のある秋の暮れ頃、諸国を巡っていた偉いお坊さんが、この周辺で日が暮れてしまったために野宿をすることになったそうです。ところが、野狐たちの鳴き声で眠る事も出来ません。そこで、狐の声をしずめるお経を唱えたところ、鳴き声はピタリと止んでしまいました。そして翌朝目を覚ますと、驚いた事に何匹もの狐がまわりに死んでいたそうです。かわいそうに思ったお坊さんは、狐の亡がらを埋めて葬ってあげたのだそうです。これが今も残る「狐塚」の言い伝えです。
板橋区教育委員会から発行されている『いたばしの昔ばなし』によると、板橋区内には他に、赤塚の「二塚」や「荒れ塚」、中台の「一夜塚」、大和町の「狐塚」、小豆沢の「魚藍塚」や「首塚」、南常盤台の「ねこ塚」や「馬塚」、東新町の「狐塚」、桜川の「地蔵塚」、熊野町の「高塚」、向原の「馬塚」、南町の「法眼塚」、小茂根の「ねこ塚」、志村の「熊野塚」、桜川の「安弘塚」など、数多くの塚の言い伝えが残されているようです。
<参考文献>
板橋区教育委員会『文化財シリーズ第25集 いたばしの昔ばなし』
板橋区教育委員会『いたばしの地名』
- 2013/11/23(土) 23:43:27|
- 板橋区/その他の古墳・塚
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こんにちわ。
板橋区というとあまり古墳がないイメージがあるのですが、古墳の可能性がある塚がかなりあったのですね。参考になります。
- 2013/11/24(日) 08:55:32 |
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- kame-naoki #-
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kame-naokiさま。いつもコメントありがとうございます。
実際に歩いてみた印象では、赤塚から志村、小豆沢あたりにかけての台地上には多くの古墳があったのではないかと思います。(勿論、素人考えではありますが)
- 2013/11/26(火) 03:30:17 |
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- ご〜ご〜ひでりん #hzwp2T5Q
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