
画像は、あきる野市草花に所在したとされる「草花古墳群6号墳」跡地周辺を南東から見たところです。『東京都遺跡地図』にはあきる野市の遺跡番号59-6番の古墳として登録されています。
この古墳については故塩野半十郎氏による記述が残されており、『多摩のあゆみ』には次のように書かれています。
高瀬上の古墳は、渡辺儀平家の畑にあったのを、江戸時代に慈勝寺の境内の石垣にしたという事だが、その後畑中に一個、細長い石が立ててあったのを、耕作に不便なので渡辺儀平氏の祖父の代に取除いたところ、地下の粘土で固めた下から直刀が出土したことがあったが、戦時中、刀剣の取締りが厳しくなって、渡辺儀平氏が私の家に持って来たのをそのまま保管している。長さ約1メートル、広幅物で鍔には八個の穴が空いている。外に鉄鏃が数個ある。(『多摩のあゆみ 第20号』51ページ)
周辺は開発が進み、宅地化されている場所も多いのですが、この6号墳の推定地とされる箇所はまだ畑地として残されています。古墳は削平されているということで痕跡は何も見当たりませんでしたが、周溝が地下に残されている可能性は高そうです。
『多摩地区所在古墳確認調査報告書』には「畑の中に1個の細長い石が立っていたが耕作に邪魔なので取り除いたところ、粘土で固めた下から直刀が出てきたという伝承がある。古墳が存在していたといわれる場所は現在も畑であるが、石室等の痕跡は確認できなかった。」とあり、また出土遺物について「畑の石を取り除いた際に直刀と鉄鏃が出土。」と書かれています。いつの日か古墳が再発見される日も来るのかもしれませんね。。。

画像は「慈勝寺」の境内のようすです。『多摩のあゆみ』の記述にあるように境内には石垣を見ることが出来ます。いったいどの部分に石材が使用されているのでしょうか。。。
<参考文献>
塩野半十郎「秋川市の古墳覚書き」『多摩のあゆみ 第20号』
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
- 2015/05/13(水) 10:14:41|
- あきる野市/草花古墳群
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あきる野市の古墳沢山あっぷして下さりありがとうございます。
ひでりんさんは文献をもとに知られていないような古墳を探し歩いて居るんですね…
私は博物館や資料館が併設されて整備された古墳しか見てないのでびっくりです。
特にあきる野は近いので興味深いです。
今日はチラッとしか見てないので又後日読ませて頂きます。
- 2015/05/14(木) 08:17:02 |
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- 面白がり #-
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面白がりさま
コメントありがとうございます。
コツコツ探し歩いていると、消滅したといわれている古墳でも思わぬ発見をすることもあります。
あきる野市は好きです。自然が多く残されていて景色が良いですし、古墳以外にも炉端に残されている石造物もたくさん見ることが出来て楽しいです。
まだまだ、あきる野の古墳はアップする予定です!
- 2015/05/15(金) 01:07:47 |
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- ご〜ご〜ひでりん #hzwp2T5Q
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