飛田給古墳群は、調布市の最西端に位置しており、府中崖線上の立川段丘面縁辺部に所在する古墳群です。東には下石原古墳群が、西には府中市の白糸台古墳群が隣接しており、飛田給古墳群と府中市白糸台古墳群は主体部や墳丘の規模、構造等がほぼ共通しており、行政区分は異なるものの一連の古墳群であると考えられています。

画像は、調布市飛田給2丁目の「飛田給3号墳」の跡地を北西から見たところです。『東京都遺跡地図』には51-3番の古墳として登録されています。この古墳は、昭和56年(1981)に行われた調布市遺跡調査会による調査において周溝が検出され、北西部に陸橋部が存在する外径19mの円墳であることが確認されています。
以前、桜塚1号墳を見学させていただいた際に土地の所有者の方が「子供のころは他にもいくつか古墳が残されていたが、品川道の下敷きになって消滅してしまった…」というようなことをおっしゃっていました。恐らくこれは飛田給1号墳から4号墳あたりの古墳を指しているのではないかと思うのですが、残念ながら痕跡が残されている古墳は存在しないようです。。。
<参考文献>
調布市教育委員会・調布市遺跡調査会『調布市飛田給遺跡』1983
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
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- 2015/12/27(日) 01:35:10|
- 調布市/飛田給古墳群
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こんにちわ。
調布にも狛江と同じようにたくさんの古墳が築かれていたようですね。
でもそのほとんどが削平されてしまっているのが残念です。
- 2015/12/27(日) 07:29:35 |
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- kame-naoki #-
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kame-naokiさま、こんばんは。
そうですね。狛江から調布、府中、国立、立川と、多摩川沿岸には想像以上にたくさんの古墳が造られていたようですが、残されている古墳はわずかなようです。
- 2015/12/30(水) 21:54:03 |
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- ご〜ご〜ひでりん #OsZoF7Es
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