FC2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「比丘尼塚」

「比丘尼塚」

 画像は、青梅市富岡に所在する「比丘尼塚」を西から見たところです。『東京都遺跡地図』には未登録であるものの多くの言い伝えの残る伝説の塚で、今も「万貴山常福寺」の敷地内に残されています。

 この塚については江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』には「墳墓 塚 村の南にありて道の傍にあり、五六間四方、高三間松杉桧四五本有、土人呼比丘尼塚と云、来由詳ならず」と記されています。ただし、現在の比丘尼塚は小高い山の頂部に存在しているのに対して「道の傍にあり」と書かれていることや、「村の南」とされる塚の位置についても微妙で、この当時には違う塚を比丘尼塚と呼んでいた可能性も感じるところですが、少なくとも江戸時代には知られた存在であったことは間違いないようです。
 常福寺の縁起には「当山の開基は鎌倉末期の万貴姫なり、姫は高貴の御方にして、当時関東権勢のため下向を余儀なくされしも、にはかに大勢一変せるため危く戦禍を逃れて当地に侍女五名を具して潜入、尼となり草庵を結びて忍ぶ。かくては姫は潜行隠伏中の飢餓に鑑み、ひたすら人天に供養する祈願を以て日々托鉢の余糧を物相飯(人ごとに分けて与えるめし)となし、旅行者および四辺の飢荒に施す。このあたりの字名を木狐入と称する起源にして、また当寺を施餓飢寺と称する由因なり。姫の本意なき帰真にあふや侍女等はその遺骸、遺品等を沢池に埋葬するに忍びずとなし、当寺西方三丁の山上に壙埋し、なほその上に托鉢の帰途必ず塩船観音霊域の清浄土を応量器(鉢)に一杯づつ持帰り堆積し 、つひに一聖塚を築けりと、これ現に存する比丘尼塚なり。」と、この塚の由来について記されており、また明治16年(1883)に地元の人が塚を掘り起こしたところ、金銀造りの小刀一口、べっこうの櫛、こうがい、ようらく、首かざり等が出土したといわれていますので、この常福寺の縁起に書かれている由来はかなり史実に近いものがあるかもしれません。ちなみにこの出土品は、村の戸長である富岡家で保管していた後、祟りを恐れて奥庭に埋め、その上に鎮石を据えて祀られているそうです。


「比丘尼塚」

「比丘尼塚」

 画像は「万貴山常福寺」に向かう小曽木街道からの入口の様子です。この山門脇には「旧蹟 比丘尼塚」の石碑が建てられています。

「比丘尼塚」

 比丘尼塚はわかりにくい場所にあり、また山の頂部に存在するため見学は大変です。行き方はこの石碑のある山門をくぐって進み、常福寺の本堂や墓地を右に見ながら通り過ぎて、道路が舗装されていないあたりまで進むと左側に一軒の民家が見えます。この右側に山の中に入っていく1本のけもの道があり、このけもの道をまっすぐ進んだところが比丘尼塚の所在地であるわけですが、粘土質の地面は踏み固められて滑りやすくなっていますし、急な山道を4~500メートルほど登っていかなければなりませんのでちょっとした登山という感じです。この場所にこれだけ大きな塚を築くのは大変な労力が必要だったのではないでしょうか。。。


「比丘尼塚」

 山の頂上まで登り切るとようやく塚が見えてきます。
 見学の時期に冬を選んだのは正解で、夏に訪れると雑草やクモの巣が行く手を阻み、スズメバチや蛇の恐怖とも戦わなければならなかったかもしれません。冬でも息が切れてバテバテになりました。。。


「比丘尼塚」

 塚の前には石段が設けられており、この石段を登ると石碑とともに石の祠が祀られています。


「比丘尼塚」

 明治16年に掘り起こされたとされる場所には卵塔が立てられています。墳丘はこの卵塔の背後が大きくえぐられたような形状となっていますので、この場所が発掘場所で間違いなさそうです。
 削られて変形した塚を離れたところから見ると、まるで前方後円墳のような形状にも見えますが、やはりこの塚は古墳ではないようです。高さ2メートル、直径約15メートルという規模の塚ですが、山頂部に存在する塚を見上げることにより更に大きく感じられます。


「比丘尼塚」

 比丘尼塚は現在も常福寺により大切に祀られており、毎年11月23日には供養が行われているそうです。。。

<参考文献>
青梅市教育委員会『文化財コラム集』
青梅市史編さん実行委員会『定本市史 青梅』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
青梅市教育委員会『青梅を歩く本』


人気ブログランキングへ

  1. 2016/04/22(金) 02:57:46|
  2. 青梅市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「丸山の塚」 | ホーム | 「日野市№19遺跡(吹上古墳)」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gogohiderin.blog.fc2.com/tb.php/555-72adf8bc
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (4)
足立区/その他の古墳・塚 (9)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (10)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (2)
北区/飛鳥山古墳群 (8)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (14)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (5)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (16)
豊島区の古墳・塚 (3)
文京区の古墳・塚 (8)
杉並区の古墳・塚 (18)
中野区の古墳・塚 (17)
新宿区の古墳・塚 (19)
千代田区の古墳・塚 (7)
目黒区の古墳・塚 (9)
渋谷区の古墳・塚 (19)
港区の古墳・塚 (8)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (15)
大田区/田園調布古墳群 (34)
大田区/鵜の木・久が原古墳群 (8)
大田区/その他の古墳・塚 (52)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (9)
世田谷区/大蔵古墳群 (0)
世田谷区/砧中学校古墳群 (2)
世田谷区/喜多見古墳群 (13)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (18)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (7)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (34)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (13)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (29)
狛江市/その他の古墳・塚 (1)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (14)
府中市/高倉古墳群 (32)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (15)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (9)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (8)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (12)
町田市/能ケ谷香山古墳群 (0)
町田市/その他の古墳・塚 (21)
八王子市の古墳・塚 (33)
昭島市の古墳・塚 (12)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (5)
小金井市•国分寺市の塚 (4)
東村山市•東大和市の塚 (9)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (47)
横浜市の古墳・塚 (0)
相模原市の古墳・塚 (7)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
壬生町•上三川町 (5)
長野県の古墳 (6)
群馬県の古墳 (8)
茨城県の古墳 (5)
埼玉県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
未分類 (9)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR