
画像は、西多摩郡瑞穂町石畑に所在する火の見櫓を北東から見たところです。この場所に、古墳ではないかとも考えられていた塚が存在したといわれています。
「どうせん塚」と呼ばれるこの塚はこの付近一帯の地名ともなっていた塚で、古くから知られていたようです。瑞穂町教育委員会より発行された『瑞穂の地名』にはこの塚について「上道仙塚とも記す。塚のあった附近一帯の地名。塚の位置については、上の火の見櫓にあったが、残堀川の改修や、青梅街道の普請の際の埋立用に使用され姿を消した。」と書かれています。跡地には何の痕跡もなく、残念ながらすでに削平されて消滅してしまったようです。

この塚の南側は「塚越」と呼ばれており、このどうせん塚を越した向う側の土地という意味であったのだろうと考えられているようです。
開発が進むずっと以前には塚が人々の目印になっており、道標のほかに庚申塔や馬頭観音等、石造物が立てられている塚も多かったのではないかと思いますが、スマホやカーナビが道案内をしてくれる現代において塚はすでに必要のない存在なのかもしれませんね。。。

瑞穂町内ではいくつかの火の見櫓を見ることができます。画像はお隣の、「殿ヶ谷地区火の見櫓」です。どちらも青梅街道沿いに建てられています。昭和28年に建造されたというこの火の見櫓の説明板には「殿ヶ谷地区火の見櫓は、殿ヶ谷地区住民によって建造され、瑞穂町消防団第4分団の消化防災活動の拠点として運用されてきました。現在では、青梅街道に沿って形成された狭山丘陵の景観の一部として、貴重な地域的遺産となっています。」と書かれています。もちろん今でも現役で活躍しているものと思いますが、石畑のが3本脚なのに対して殿ヶ谷のは4本脚だったりして、しかも殿ヶ谷のは鐘がついているのがノスタルジックで良いです。。。
<参考文献>
瑞穂町教育委員会『瑞穂の地名』
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- 2016/06/07(火) 01:37:41|
- 武蔵村山市•瑞穂町の塚
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