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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「目黒新富士」

「目黒新富士」

 目黒区内にはかつて2基の富士塚が存在していました。このうちの1基は文化9年(1812)に築造されたもので、東急東横線代官山駅近く、上目黒1丁目の目切坂を登った上にあり、「元富士」あるいは「西富士」と呼ばれていました。そしてもう1基が、元富士に遅れること7年後の文政2年(1819)に築造された富士塚で、別所坂を登りきった右手の台地縁辺部に所在しており、「新富士」あるいは「東富士」と呼ばれていました。蝦夷地探検で名高い幕臣・近藤重蔵が自身の別邸に作った富士塚で、眺望が良く、多くの参拝人を集めたといわれています。

 画像は、目黒区中目黒の「別所坂」です。1丁目と2丁目の境を北東へジグザグに折れ曲がって登るこの坂はこの周辺の地名であった「別所」が由来といわれており、古くより麻布方面から目黒へ入る道として賑わったといわれています。ちなみに別所とは『新しく開かれた土地」あるいは「行き止まりの場所」を示すといわれているそうです。
 この坂を登り切った場所が、かつての新富士の所在地です。坂の入口には「別所坂」の碑が立てられており、「かつて坂の上にあった築山「新富士」は浮世絵にも描かれた江戸の名所であった。」と新富士についてもふれられています。


「目黒新富士」

「目黒新富士」

 別所坂を登り切った階段の右手に目黒区教育委員会による「新富士」についての説明板が設置されています。画像の右手のマンションの奥のあたりが新富士の跡地で、昭和34年(1959)までは残されていたそうですが、残念ながら現在は取り壊されています。


「目黒新富士」

 別所坂を下った新富士跡地の南側にある「目黒区立別所坂児童遊園」には、新富士にあった石碑が移設されています。ここにも目黒区教育委員会による説明板が設置されており、次のように書かれています。

新富士 中目黒2–1
 江戸時代、富士山を対象とした民間信仰が広まり、各地に講がつく
られ、富士山をかたどった富士塚が築かれた。
 この場所の北側、別所坂をのぼりきった右手の高台に、新富士と呼
ばれた富士塚があり、江戸名所の一つになっていた。この新富士は文
政2(1819)年、幕府の役人であり、蝦夷地での探検調査で知られた
近藤重蔵が自分の別邸内に築いたもので、高台にあるため見晴らしが
良く、江戸時代の地誌に「是武州第一の新富士と称すべし」(『遊歴
雑記』)と書かれるほどであった。
 新富士は昭和34年に取り壊され、山腹にあったとされる「南無妙
法蓮華経」(「文政二己卯年六月健之」とある)・「小御嶽」・「吉日戊
辰」などの銘のある3つの石碑が、現在この公園に移されている。
                         平成18年10月
                       目黒区教育委員会



「目黒新富士」

 石碑が保存されている目黒区立別所坂児童遊園で振り返ってみるとこんな風景が。この周辺は昔から富士の眺めが素晴らしい景勝地として知られており、新富士は大勢の見物人で賑わったといわれていますが、眺めの良さは健在ではあるものの、残念ながらこの日は富士山は確認出来ませんでした。。。


「目黒新富士」

 富士山には、過去の噴火で出来た「風穴」と呼ばれる溶岩洞窟が多数存在しています。この内部に助骨の形や臓器の形を示すものがあり、人間の胎内を連想させることから富士講の人々はこれを胎内洞穴と呼んでいます。この胎内洞穴をくぐりぬけると安産の御利益があるということで、講徒は白木綿の布を襷に掛けて胎内くぐりをして、白木綿を持ち帰って産婦の腹帯にして安産を願うという事が行われていたそうです。
 江戸の各地に築造された富士塚の多くにはこの胎内洞穴が造られているようですが、目黒新富士跡地の隣接地からは、平成3年の発掘調査により胎内洞穴と考えられる地下式遺溝が発見されています。現在は埋め戻されて見ることは出来ないようですが、めぐろ歴史資料館では復元された胎内洞穴が公開されています。


「目黒新富士」

 この胎内洞穴は目黒新富士が所在した南の方向に延びており、壁面に富士講の笠(講)印や文字が線刻されていました。奥行き6mの横穴の奥には祠が造られており、祠の直下からは御神体と思われる「大日如来」像が発見されたそうです。
 画像は、めぐろ歴史資料館で公開されている壁面の線刻のレプリカのようすです。


「目黒新富士」

 文政9年、この富士塚にまつわるある事件が起こりました。
 あるとき、山正廣構という富士講の講中の集まりの中で、下渋谷村の百姓である半九郎の屋敷地が眺めの良い場所であることから、ここに富士塚を築造すると参拝人が多く集まり、講員も増えるのではないかという意見が出ました。しかし、百姓の身分での富士塚の築造は難しいと考えた半九郎は、自身の所有地の一部を近藤重蔵氏の抱屋敷(別邸)としてこの邸内に富士塚を築くという意向を、近藤宅に出入りしている者を通じて打診したところ両者の考えは一致、早速邸内の残土を集めて富士塚が築造されます。この塚は高台にあったため後に広重の『名所江戸百景』に描かれるほど見晴らしが良く、江戸の人びとの行楽の名所として大変な人気を集めます。これに合わせて半九郎は自宅で手打ち蕎麦の店を始めますが、こちらも大繁盛となったようです。
 その後、近藤は別邸に招待した客に半九郎の店から出前した蕎麦や酒でもてなしますが、代金の支払いはいっさいしませんでした。これに対して半九郎は、採算が取れなくなっては困ると考え、近藤からの注文には応じない事にします。近藤は腹を立て、半九郎の店との間に大木を植えて生垣を造り、半九郎の店から富士塚が見えないようにしてしまいます。半九郎は、話が違うと代官中村八太夫に提訴しますが、代官は相手が旗本であることから取り合いません。半九郎は仕方なく仲裁者を立て、生垣の撤去を申し入れたところ、近藤は生垣を撤去する人手がないので半九郎方で生垣を刈り取ってよいという返事をしたようです。半九郎はその翌日、すぐに生垣を刈り取ってしまいますが、これを見て腹を立てた近藤の忰の富蔵は家来を連れて半九郎宅に乗り込み、半九郎と半九郎の倅、半九郎の妻と抱えていた子供、日雇いの5人を斬り殺してしまいます。
 半九郎にしてみれば、土地を提供して自力で塚を築いたにも拘らず土地も塚もとられ、店の売りである富士塚の見物も出来ず、見物人が塚に入ることも出来ない状況は理不尽に感じたでしょうし、近藤にしてみれば話に乗ってやったのだから酒と蕎麦くらい振る舞え、といったところだと思いますが、感情のもつれから起こってしまった事件なのかも知れません。。。

<参考文献>
目黒区教育委員会『めぐろの文化財』
目黒区守屋教育会館郷土資料室『新富士遺跡と富士講』
現地説明板


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