
「車塚古墳」の周辺では、国の史跡として指定されている「車塚古墳」と「牛塚古墳」の他には円墳3基と小さな石室のみからなる小規模な古墳群と考えられていたようですが、近年の「車塚古墳群」の発掘調査により、円墳 9 基、方墳 1 基(?)、小規模な石室のみの古墳 3 基が新たに確認されています。これらの古墳は、川原石積石室の特徴から車塚古墳や牛塚古墳よりも古い時代に築造された古墳であることが明らかになっています。「車塚古墳群」は、6世紀後半に、埴輪を墳丘上に並べた「車塚3号墳」を中心に円墳約20基からなる古墳群が築造され、その後、6世紀末から7世紀前半に「牛塚古墳」、「車塚古墳」が相次いで築造されたとされています。
画像は「車塚3号墳」を東からみたところです。首長墓である牛塚古墳と車塚古墳の2基以外では、おそらくは唯一墳丘の残る古墳ではないかと思われます。篠竹が生い茂っていて墳丘のようすがよくわからないのが残念ですが、この古墳からは埴輪が出土しているようです。
墳丘裾に祠が祀られているのですが、この存在により古墳は破壊されずに残されたのかもしれません。。。
- 2017/02/03(金) 01:42:24|
- 壬生町の古墳・塚
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