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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「瀬戸岡古墳群」(東京都指定史跡) その5

 さて、前回に続いて、今回も「瀬戸岡古墳群」D群を取り上げようと思います。今回紹介する古墳は、東京都の「歴史環境保全区域」に指定されている岸野氏の宅地内に保存されている古墳です。

「瀬戸岡古墳群31号墳」

 画像は「瀬戸岡古墳群31号墳」の所在地を南西から見たところです。画像中央の民家と畑地を仕切る塀際の鉄の棒が立てられているあたりが31号墳の所在地です。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』によると、大正15年(1926)に瀬戸岡青年団有志により発掘が行われた多西村の「カスミノ古墳」はこの31号墳であるとしており、少なくとも大正時代末期から昭和2年の間に一度は発掘が行われている古墳であるようです。土師器甕や木炭、火葬骨片が出土しており、この古墳の天井石は瀬戸岡会館の前庭に保存されており、「亀の子石」と呼ばれています。


「瀬戸岡古墳群31号墳」

 「瀬戸岡古墳群」は積石塚古墳といわれています。積石塚古墳は日本全国に分布しているようですが、特に長野県では、有名な「大室古墳群」を中心に多くの積石塚が発見されています。(2015年5月から6月にかけての『古墳なう』で「大室古墳群」や「八丁鎧塚古墳群」を取り上げました。大室古墳群と違って、瀬戸岡古墳群の石室には土盛りの墳丘があったと考えられているようです。)この墓制が朝鮮半島の一部で行われていたことや日本の古墳としては特殊な形式であることから、古代朝鮮からの渡来人により築造されたのではないかといわれています。
 あきる野市の瀬戸岡地区周辺では、この積石塚の積石は「神籠石(かあごいし)」と呼ばれ、たたりがあると恐れられていました。「神籠石」とは、神域を囲む護石であるとか、神が降り立つ場所であると考えられたため、名付けられたのだそうです。あきる野市瀬戸岡488番地所在の瀬戸岡会館の前庭には「亀の子石」と呼ばれる大石が保存されています。この亀の子石は「瀬戸岡31号墳」の石室の天井として使われていたとされる石材で、明治時代の一時期に用水路の橋として使われていた後、昭和40年代にこの場所に移されたそうです。
 画像は、この「亀の子石」を南東から見たところです。敷地内にはあきる野市教育委員会による説明板が設置されており、次のように書かれています。

あきる野市の文化財
亀 の 子 石
             所在地 あきる野市瀬戸岡四八九番地

 この場所の西方約四百メートルには、古墳時代終末期に築かれた
瀬戸岡古墳群(都指定文化財)があります。これまでに約五〇基が確
認されていますが、そのうちの数基は、大正末から昭和初めに地域
の青年たちによって発掘が行われ、石室の中から直刀や玉などが発
見されました。石室は、地下に掘った長方形の穴の壁面に五〇セン
チ前後の自然の川原石を積み上げ、その上に大きめの川原石をふい
て築かれていたものと考えられます。また、かつてはその上に石や
土を積み上げて小さな墳丘が築かれていたものと考えられますが、
いまは失われています。
 この大きな石は、当初神明社の北約一五〇メートル(瀬戸岡七九
二番地五)にあったもので、古墳(三一号墳)の石室の天井として使
われていたと考えられます。
 明治の一時期、菅瀬橋近くの用水路の橋として使用されていたこ
とがあり、形が亀に似ていることから「亀の子橋」と呼ばれていま
した。その後、昭和四〇年代にこの場所に移され、今は「亀の子
石」の名で親しまれています。
 平成一七年一一月一五日設置
                    あきる野市教育委員会


 この大石もかつては人々に祟りを恐れられていたのかもしれませんが、今はこうして地元の人々に大切に祀られています。時の流れとは面白いものかもしれませんね。。。


「瀬戸岡古墳群32号墳」

 「瀬戸岡古墳群32号墳」の所在地は個人の宅地内にあたります。画像の塀の奥が32号墳の跡地となるようです。この古墳は昭和25年(1950)に「第1号墳」の名称で発掘調査が行われています。(この時期には後藤守一により5基、塩野半十朗氏により1基の計6基の発掘調査が行われており、この1~6号墳を現在の古墳番号に当てはめると、1号墳が32号墳、2号墳が22号墳、3号墳が16号墳、4号墳が17号墳、5号墳が23号墳、6号墳が14号墳ということになるようです。)発掘当時の記録によるとこの古墳は古墳群中最も高い位置にあり、直径は約二十尺余(6.1m)の円墳で、石室内からは人骨らしい僅かな粉末が検出されており、刀子の残片と太刀の残片、銅環が出土しています。


「瀬戸岡古墳群32号墳」

 この32号墳(旧1号墳)の石室は、現在の江戸東京たてもの園(東京都小金井市桜町)に移設保存されており、公開されています。現地の説明板では「瀬戸岡1号墳」として紹介されているので、注意が必要ですね。現地説明板には次のように書かれています。

瀬戸岡1号墳
Stone Chamber at Seto-oka no.1
あきる野市の秋留台地北縁に点在する瀬戸岡古墳群のなかのひとつ。
瀬戸岡古墳群の特徴は、墳丘がほとんどみられないことで、石室
は河原石を用いた地下式横穴である。1号墳からは、刀類や鉄族、
土師器の甕などが出土しているものの、副葬品は概して少ない。
蔵骨器として用いられた須恵器の壺も出土しているが、これは平
安時代になってから古墳が再利用されて納められたものとみられ
ている。
               年代:奈良時代(7世紀後半)
               旧所在地:あきる野市瀬戸岡


「瀬戸岡古墳群32号墳」

 同じく、江戸東京たてもの園内に移設保存された「瀬戸岡古墳群32号墳」のようすです。ちなみにこの隣には、同じく野外展示している「多摩川台古墳群第8号墳(旧第9号墳」の石室のレプリカも見ることができます。


「瀬戸岡古墳群33号墳」

 「瀬戸岡古墳群33号墳」は、画像の台地縁辺部に所在したと思われます。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされているようですが、所在地は個人の宅地内となっており、その存在はよくわかりません。


「瀬戸岡古墳群20号墳」

 画像は「瀬戸岡古墳群20号墳」と思われる地点です。右側に立てられている鉄の棒と左側の石が置かれてやはり鉄の棒が立つ間に石室が保存されているそうです。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』でも「残存」とされている古墳です。敷地内を案内していただいた岸野氏によると、この古墳を含めたほとんどの石室は南北に向いているとのことでした。。。


「瀬戸岡古墳群23号墳」

 画像は「瀬戸岡古墳群23号墳」と思われる地点です。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされている古墳で、「歴史環境保全区域」に指定されている区域内に所在するので恐らく地中に石室が残存するものと思われますが、痕跡がなく正確な場所がよくわかりません。この古墳は昭和25年(1950)に「第5号墳」の名称で発掘調査が行われており、長さ5.4mの石室が調査されています。石室内からは長さ8cmほどの釘が多数出土しており、また北壁に立てかけられた完形の直刀が出土しています。


「瀬戸岡古墳群22号墳」

 画像は「瀬戸岡古墳群22号墳」の所在地です。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされている古墳で、画像の円形に石が置かれている場所が古墳の所在地です。昭和25年(1950)に「第2号墳」の名称で発掘調査が行われており、長さ4.5m、幅58cm、深さ1.3mの石室が調査されています。刀身1振が出土しており、骨片や鉄鏃が採集されています。
 当日、敷地内を案内していただいた岸野氏によると、大正時代頃までは墳丘らしき積石が残されていたらしいのですが、次第に大きな石が持ち去られて墳丘は消失してしまったのだそうです。秋川市教育委員会より発行された『秋川市・多西郷土精史』にはこの22号墳(旧2号墳)の形状について「地平線下の竪穴式石槨、その上部の封土は、初めのころ相当に多かったのだと思いますが、年月を経るに従い雨水のため土が流され石塊だけ残ったものと思われます。石塊が多数乱雑に露出しています。これは地表面から稍々高く見えるだけで、人目をひかない、特に小規模な古墳であります。」と書かれており、発掘が行われた昭和25年頃までは積石が残されているようすが記されています。


「瀬戸岡古墳群45号墳」

 画像は「瀬戸岡古墳群45号墳」と思われる周辺です。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされている古墳で、「歴史環境保全区域」に指定されている区域内に所在するので恐らく地中に石室が残存するものと思われます。地上に痕跡がなく、正確な場所はよくわかりません。


「瀬戸岡古墳群10号墳」

 画像は「瀬戸岡古墳群10号墳」と思われる周辺です。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされている古墳で、「歴史環境保全区域」に指定されている区域内に所在するので恐らく地中に石室が残存するものと思われますが、地上に痕跡がなく、正確な場所はよくわかりません。


「瀬戸岡古墳群11号墳」

 画像は「瀬戸岡古墳群11号墳」と思われる周辺です。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされている古墳で、「歴史環境保全区域」に指定されている区域内に所在するので恐らく地中に石室が残存するものと思われます。画像中央に見える、鉄の棒が立てられているあたりが古墳の所在地と思われますが、地上に痕跡を見ることは出来ません。


「瀬戸岡古墳群44号墳」

 画像は、案内していただいた岸野氏によると2本の鉄の棒の間に石室が埋蔵しているとのことで、おそらく「瀬戸岡古墳群44号墳」と思われる地点ですが、あまり自信はありません。『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされており、「歴史環境保全区域」に指定されている区域内に所在するので高い確率で残存する古墳であると思われます。


「瀬戸岡古墳群24号墳」

 「瀬戸岡古墳群24号墳」も歴史環境保全区域内に所在する古墳で、『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされています。高い確率で地中に石室が残されていると思われます。残念ながら画像がないので、かわりに「瀬戸岡歴史環境保全地域案内図」の説明板です。。。


「瀬戸岡古墳群21号墳」

 「瀬戸岡古墳群21号墳」も残念ながら画像がないので、かわりに「瀬戸岡古墳群」の説明板です。歴史環境保全区域内に所在する古墳で、『多摩地区所在古墳確認調査報告書』では「残存」とされています。高い確率で地中に石室が残されていると思われます。。。

 次回、瀬戸岡古墳群その6(D群)に続く…

<参考文献>
秋川市史編纂委員会『秋川市史』
秋川市教育委員会『秋川市・多西郷土精史』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
瀬戸岡古墳群市道地区調査会『瀬戸岡古墳群』
東京都埋蔵文化財センター『天神前遺跡 瀬戸岡古墳群 上賀多遺跡 新道通遺跡 南小宮遺跡』
池上 悟 広瀬 和雄『武蔵と相模の古墳 (季刊考古学別冊 15)』
現地説明版


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  1. 2017/02/21(火) 00:01:22|
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