古墳なう

ご〜ご〜ひでりんの古墳探訪記

「あきる野市№105遺跡」

「あきる野市№105遺跡」

 画像は、あきる野市二宮にある「二宮神社」を東から見たところです。「二宮神社並びに城跡」として、大正15年(1926)には東京都旧跡に指定されているこの神社は、『東京都遺跡地図』にはあきる野市の遺跡番号105番の「古墳」として登録されており、主な出土品として須恵器や鉄製品、鍔などが記されています。
 二宮考古館で配られていた東京都教育庁によるポストカードにはこの神社について次のように書かれています。

~都指定旧跡~ 二宮神社並びに城跡(指定:大15.5)
 二宮神社は武蔵六社宮の一つとして、国常立尊(くにとこたちのみこと)を祭神としています。古代にはこの地が多摩郡小川郷に属していたことから、小川大明神と呼ばれていました。
 建立年代は不明ですが、社伝によれば藤原秀郷(ひでさと)が天慶(てんぎょう)の乱に際して戦勝を祈願したとされ、その後、源頼朝、北条氏政の崇敬を受け、天正19年(1591)、徳川家康の時代から代々15石の朱印状を与えられていました。現在の本殿は、江戸時代初期の形態をつたえており、宮殿は、少なくとも室町時代後期以前の建築と考えられ、共に市の有形文化財に指定されています。
 一方、鎌倉時代には当地付近に大石氏中興の祖とされる信重が城館を構え、5代にわたって居城としたとの記録があります。この二宮城の所在を探るため、昭和47年(1972)に二宮神社境内の一角が発掘調査されましたが、関係する資料を得ることができませんでした。この発掘調査では、小型懸仏の金銅製薬師如来像や中世の瓦が発見され、新たな謎を呼んでいます。



「あきる野市№105遺跡」

 画像は二宮神社境内を南東から見たところです。一見すると、敷地内に古墳らしきマウンドは見られないようですが、1995年に発行された『多摩地区所在古墳確認調査報告書』の81~82ページには、この神社の古墳について次のような記述が見られます。

占地状況:台地縁辺
墳  丘:消滅
主体部 :消滅。二宮神社本殿南側の玉垣に沿って発掘したところ、河原石が多数出土した。
出土遺物:河原石の直上から多数の須恵器瓶類のほか、杯、蓋、甕、広口壷、鉄製の鍔、柄頭、
     鞘尻等が出土した。また河原石の直上ではないが土師器の坩、杯が出土している。
備  考:昭和45年1~8月塩野半十郎氏他により調査。出土した石室床面の敷石と推定される
     河原石と須恵器、鉄製品から古墳の存在が判明した。文献84では昭和42年にやはり
     境内を発掘したところ4基の古墳が発見されたと記録されているが、この4基に関し
     ては詳細が不明となっている。
(『多摩地区所在古墳確認調査報告書』81~82ページ)


「あきる野市№105遺跡」

 画像は、『多摩地区所在古墳確認調査報告書』にある、二宮神社本殿南側の玉垣に沿ったあたりのようすです。現在も多数の河原石を見ることができるようです。4基の古墳が存在するというのは驚きですが、この河原石が古墳の石室を構築した石材の残骸なのでしょうか。
 『多摩地区所在古墳確認調査報告書』の備考欄にある「文献84」とは、昭和50年(1975)に秋川市教育委員会社会教育課より発行された『秋川市二宮神社境内周辺の遺跡』を指しているようです。同書は、昭和45年(1970)1月から8月にかけて行われた第二次発掘調査の報告書ですが、昭和42年に行われたという発掘調査に関する興味深い記述が見られます。3ページの「序文」の項には次のように書かれていました。

 1966年9月24日、台風26号によって神社の大木がことごとくたおれた。その木の根に縄文の遺物が各所に発見され、これを契機に、埋没した文化財を調査しようという事が神社の氏子有志町内会できまった。そして翌年昭和42年5月20日より塩野半十郎先生指導のもとに調査がはじめられ、郷土史研究会も発足し、精力的な調査が翌年8月30日まで実施された。そして縄文時代の住居跡が11ヶ所、古墳4、経塚2を発見、調査し、数多くの貴重な遺物を発掘した。その折(42年10月15日)ロームでたたきかためた円墳の中心(表土より1m60cmばかりの下)に不思議な異物を発見した。遺物はこぶし大の石を上下にはさんで、あたかも目印の如く埋められていた。。又これが不思議なことに、偶然神官が大正期に表面より発見して倉庫に保管していたものと合致した。又その用途も種別も年代とともに不明であったために国立博物館に鑑定を依頼したが不明であった。その事によって第2次発掘調査の許可を申請ここに又調査が開始された。まず新編武蔵風土記による整地の折とある、整地されたる遺物埋没個所南面の位置より調査を始めた所 神社の伝説記録等に見合う遺物が次々と発見され又郷土史研究会を中心に氏子会等も協力し発掘も信仰下が、発掘期日終了のため 昭和45年8月30日をもって発掘を終了した。尚この南面の位置には驚くほどの神社の資料となる遺物が埋没しており、再度の発掘調査を待たなければ完全な結果が得られない。」(『秋川市二宮神社境内周辺の遺跡』3ページ)

 「たたきかためた円墳」という記述からすると、墳丘が構築されている版築のようすが確認されていると推測されます。おそらく古墳は間違いなく存在したのではないかと考えられますが、第二次発掘調査の報告書には古墳の位置に関する記述は無く、残念ながら古墳の正確な位置はわからなくなっているようです。


「あきる野市№105遺跡」

 この画像のあたりには2基の経塚も存在したようなのですが、痕跡は残されていないようです。この経塚が、古墳を流用して築造された可能性もあるのではないかとも考えましたが、これも真相はわかりません。。。

 その昔、この二宮神社の境内の裏側に大きな穴が開いていて、この穴は八王子の高月まで続いていると云われていたそうです。『二宮神社明細帳』には「境外地なる新開墾畑中に、突然陥落したる古墳らしき穴あり。未だ何たるを知り得ず。」と記されています。これは「地下式横穴」と呼ばれている穴で、この周辺からは四ヶ所に横穴が発見されているそうです。この横穴の用途については、墳墓説、貯蔵庫説などがあり、また築造時期についても古墳時代から中世までと意見はわかれていて、詳細はわからないようです。


「あきる野市№105遺跡」

 社殿の背後(西側)の林の中にはロープが張られていて、保護されているかのような場所が数ヶ所見られます。報告書によると、古墳が検出されたのは表土より1m60cmばかりの下ということですから、発掘が行われた場所を推測するとこの林の中のどこかではないかと考えたいところですが、古墳はおろか経塚や地下式横穴等、地上には痕跡は何も残されていないようです。
 ちなみに、江戸時代の地誌類も調べてみたのですが、『新編武蔵風土記稿』の二宮神社の項には「古ハ社モ荘厳ナリシニヤ 社地ヨリ布目ノ紋アル古瓦ヲ掘出ス事マゝアリト云リ先年社再興ノ時 土中ヨリ甕一ツヲ掘出セリ 甕中ニ銅ノ筒二ツアリテ其中ニ綿ノ如クナル紙アリ 縁起ナド書タル者ニヤ甕ハ今モ神主所持スレド銅筒ハ紛失シタリト云」と、経塚についてらしき記述は見られるものの、古墳についての記述は存在しないようです。。。


「あきる野市№105遺跡」

 画像の、境内社の鳥居の左側あたりに地下式横穴が存在するはずなのですが、これも埋め戻されており、痕跡は見られません。


「あきる野市№105遺跡」

 画像の階段のあたりにも、未調査の穴が存在するはずなのですが、これも埋め戻されているようです。。。


「あきる野市№105遺跡」

 二宮神社に隣接して、あきる野市の郷土資料館である「二宮考古館」があり、市内で発掘された縄文時代の土器、石器のほか、経塚から出土した経文石なども展示されています。あきる野市内にはかなり多くの古墳が確認されているのですが、古墳に関する展示品はあまり多くはないようです。
 東京都埋蔵文化財センターの倉庫に眠っているものと思われる「瀬戸岡30号墳」の石室のレプリカなどは、この二宮考古館に展示して見学できれば良いのになあと思うのですが、管轄が違うと無理なのでしょうね。金銭トレードが無理でもレンタル移籍とかあればいいのに。。。

<参考文献>
秋川市教育委員会社会教育課『秋川市二宮神社境内周辺の遺跡』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』
秋川市教育委員会『秋川昔物語 秋川市ところどころ』
秋川市教育委員会『秋川市遺跡散歩 秋川市ところどころ(二)』


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