古墳なう

ご〜ご〜ひでりんの古墳探訪記

「国立市内の消滅した塚」

 国立市内では、立川段丘上の「下谷保古墳群」と一段下がった青柳段丘上の「青柳古墳群」から合わせて30基程度の古墳が確認されていますが、他に、現在は開発により消滅してしまった多くの塚の言い伝えが残されているようです。この中には、位置的に古墳だった可能性が考えられる塚も存在するようです。これらの消滅した塚についてはどれも正確な所在地を突き止めることができず、また遺物等の言い伝えもないことから、本当に古墳であったかどうかはわからなかったのですが(あまり深追いしませんでしたが)、探訪記録を書き留めておこうと思います。

「御経塚」&「日経塚」

① 御経塚

 画像は、国立市谷保にある谷保天満宮の参道を出た、甲州街道の「谷保天満宮前」交差点から北側を見たところです。この画像中央の道路の東側(右側)には「御経塚」という小字を持つ土地がありました。現在の南武線谷保駅の周辺で、かつては谷保天満宮の近くに塚があり、空海上人が諸国巡錫のみぎり、一万陀羅の経巻を埋めた塚だともいわれ、正治元年(1199)1月13日に源頼朝が入寂した際、天満宮別当寺安楽寺開山活円僧正が手向けの読経をしたところだとも伝えられているようです。原田重久氏氏の著書『わが町国立』には、「それらしい塚もあるにはあったのだが、経書らしいものも、また、同時に埋めたであろう経筒などもいまのところ発掘されていない」とあり、昭和の頃までは塚の痕跡 くらいは残されていたのかもしれないのですが、現在は、塚の正確な所在地はわからなくなっているようです。
 この御経塚という地域は下谷保古墳群として古墳が展開する地域に隣接しており、塚が古墳、もしくは古墳を流用した経塚だった可能性も考えられるところですが、真相をわかりません。。。

② 日経塚

 さらに、谷保天満宮北方の丘陵上にあったといわれているのが「日経塚」です。江戸時代に行われた土地改正の際に、この塚を中心にして谷保の三四五帳を記帳したところであるといわれているようです。日経塚も、谷保天満宮前交差点北側の立川段丘縁辺部に所在したものと思われますが、すでに痕跡はなく、正確な所在地はわかりませんでした。。。


「阿弥陀塚」

③ 阿弥陀塚

 画像は、国立市谷保の「滝の院」を南から見たところです。現在は無住職寺で、「国立ふれあい霊園」と呼称されています。この滝の院の西隣は、梅香山松寿院安楽寺と称する天台宗深大寺の末寺(天満宮の別当寺)があったところで、滝の院はこの安楽寺の中六坊の一つで、元は「滝ノ本坊」と称されていました。この由来について、滝の院内の石碑には次のように刻まれています。

  滝之院の由緒
 滝之院は、今はなき天台宗安楽寺という寺院の子院六坊の中の一
つ滝ノ本坊(滝本坊とも云う)に由来します。
 梅香山安楽寺は、谷保天満宮の別当寺として平安時代の天暦元
年(九四七)に方圓阿闍梨により天神島(府中市日新町)に建立さ
れました。安楽寺はその後鎌倉時代初期の養和元年(一一八一)、
菅原道真公の子孫津戸為守により天満宮と共に此の谷保の地に遷座
され、あわせてその子院六坊が建立されました。
 六坊とは、梅本坊、松本坊、桜本坊、尊住坊、邑盛坊、そして滝
之坊の六つで、いずれも安楽寺に属していましたが、次第に衰微し、
江戸時代中頃には僅かに滝之坊だけが滝之院として残りました。
 安楽寺はもと本院の西隣にあり、調布市の深大寺の末寺で、谷保
天満宮の別当寺つまり付属寺院として、長い歴史を有してきました
が、明治維新の際、神仏分離により廃寺となってしまいました。
 滝之院は、明治以降は地域の共同墓地となり、現在では宗派を越
えた二〇〇を超える墓域を擁しています。
 滝之院の持仏堂に安置されている仏像仏具はいずれも旧安楽寺の
什物であり、その信仰は今日まで守られています。
平成二十年三月八日            滝之院墓地管理組合


 この滝の院(滝ノ本坊)に所在したとされる塚が「阿弥陀塚」です。江戸時代の地誌『武蔵名勝図会』には「健保七年正月石府薨去のとき二品禅尼の御計らいとしてかの御遺骸をここに渡し奉られければ、偏えにその御菩提を弔い申しける。以上伝文也。翼賛美遺事伝御骨を納めた即士墳壟を築いて、その上に小堂を建て、この本尊を安置し不断念仏を勤行し拾う。村民この塚を呼びて阿弥陀塚という。今、安楽寺の傍にありと云々。寺の縁起には開山の墳墓なりといいて、いまも信心の輩は弥陀の尊容を拝せしことありなどいいて、実朝公の御骨を埋めしことは伝えず。如何なることにや。」と書かれています。同書からすると、この塚は古墳ではなく遺骨を埋納した墳墓で、本尊を安置したという小 堂の場所が塚の所在地となるようですが、正確な位置はわからず。消滅した塚ということであまり深追いをしなかったのですが、位置的に古墳を流用した塚である可能性を感じさせます。。。
 立川段丘縁辺部に点在する下谷保古墳群西端の「谷保古墳」や、古墳であるとされる「第六天神社」のさらに西に「日経塚」や「阿弥陀塚」があり、さらに西に「石塚古墳」が残存するあたりは、下谷保古墳群の広がりを考えるうえでかなり興味深いところです。


「血文阿弥陀如来石塔」

 滝の院内を見渡しても阿弥陀塚らしき痕跡は残されていないようですが、敷地内には「血文阿弥陀如来石塔」が残されています。「『武蔵名所図会』によると、谷保天満宮中興の津戸三郎為守が割腹した際に、自らの血でしたためた妻子宛書簡を木造阿弥陀如来の胎内に入れたことから、その仏像は血文の阿弥陀如来と呼ばれているようです。この血文の阿弥陀如来は法然上人が作ったといわれるもので、この仏像を祈念して建てられたとされるのが、画像の「血文阿弥陀如来石塔」です。上部に小さく阿弥陀如来座像が浮き彫りされており、「津戸三郎為守血文之阿弥陀如来法然上人作」と刻まれています。ちなみに木造の「血文の阿弥陀」は現在谷保天満宮に保管されており、通常は非公開となっている ようです。。。
 

「山王塚」

④ 山王塚

 現存しないものの、江戸時代末期まで存在したと言われる塚が「山王塚」です。農家の人が交代でこの塚の上に立ち、畑を荒らす鳥や鷺を追い払ったものであると伝えられています。現在の富士見台第三団地のあたりに存在したと考えられるのですが、この塚も正確な所在地はわからなくなっているようです。富士見台団地自体が下谷保古墳群に並ぶ立川段丘縁辺部にあることからとても気になる存在ですが、古墳だった可能性はないのでしょうか。。。


「お鷹塚」

⑤ お鷹塚

 国立市谷保周辺には、尾張徳川家のお鷹場があったといわれています。「お鷹場」とは、徳川将軍やその下の大名が鷹を野に放ち、狩猟を催した場所のことで、富士見台団地街ができる以前、この周辺が一面の畑地帯だった頃に「お鷹塚」と呼ばれる塚が所在したといわれています。大正時代の初め頃までは塚は残されており、『わがまち国立』によると、東西に走る旧江戸街道と千丑道が交叉するあたりが所在地で、現在の国立市中央図書館の北側あたりにあたると書かれています。
 画像は、国立中央図書館の北方200mほどの、江戸街道が不自然に二股に分かれたあたりの地点です。この塚も完全に消滅しており、正確な所在地を突き止めるために深追いはしなかったのですが、古墳が群集する立川段丘縁辺部からはかなり距離がありますので、古墳ではなかったのかもしれません。。。

<参考文献>
原田重久『わが町国立』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
くにたち中央図書館『くにたちしらべ NO.15』            


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