古墳なう

ご〜ご〜ひでりんの古墳探訪記

「観音塚古墳(西岡第36号古墳)」と「田園調布赤坂古墳」

「観音塚古墳(西岡第36号古墳)」と「田園調布赤坂古墳」

 多摩川下流左岸にあたるこの地域はかつて「武蔵国荏原郡(むさしのくにえばらぐん)」と呼ばれていました。4世紀前半から7世紀後半に至るまでの数多くの古墳が分布しており、このうち、世田谷区尾山台から野毛にかけての古墳群が「野毛古墳群」、大田区田園調布一帯の古墳群が「田園調布古墳群」と呼ばれ、合わせて「荏原(台)古墳群」と総称されています。

 「観音塚古墳」は大田区田園調布4丁目に所在したとされる前方後円墳です。「西岡第36号古墳」とも呼ばれるこの古墳は、『東京都遺跡地図』には大田区の遺跡番号25番の古墳として登録されています。画像の道路の左側あたりが古墳の所在地で、昭和60年(1985)に発行された『都心部の遺跡』では「一部残存、道路、建物によって削平されているが墳丘の南側が、庭として残る」と書かれているようですが、現在は残存部分とされる庭も宅地化され、ほとんど消滅しているようです。


「観音塚古墳(西岡第36号古墳)」と「田園調布赤坂古墳」
出典:国土地理院ウェブサイト(http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1184751&isDetail=true)

 画像は、昭和22年(1947)7月9日に米軍により撮影された、観音塚古墳周辺の空中写真です。この当時はまだ前方後円の形状が残されていたことがわかります。この写真が撮られた昭和22年には、和島誠一、市原壽文両氏を中心に発掘調査が行われています。この際、この付近で採取された凝灰岩を加工した切石を積み重ねて造られたという両袖式の横穴式石室が調査され、玄室からは人骨の他、馬具や大刀、刀子、鉄鏃、金環、碧玉製管玉、水晶製切子玉、ガラス製小玉等、多くの副葬品が出土しています。また、盛土からは人物形埴輪、鈴形埴輪、大刀形埴輪、円筒形埴輪なども出土しており、埴輪列の存在が考えられています。
 この調査以降は、道路や宅地造成により墳丘は大きく削平され、更に宅地造成によりこの古墳は消滅したと思われていたようですが、平成13年以降の調査により周溝が確認され、復原推定全長48mの前方後円墳であることがわかっています。観音塚古墳の築造は6世紀後半と推定されており、この時期以降は多摩川流域左岸の古墳からは埴輪は消滅します。また、この観音塚古墳は多摩川流域における最後の前方後円墳であるとされています。


「観音塚古墳(西岡第36号古墳)」と「田園調布赤坂古墳」

 画像は、大田区田園調布5丁目の「照善寺」を南から見たところです。
 江戸時代にはこの古墳から人物形埴輪が出土しており、墳丘上にお堂を建てて観音様として祀ったことが観音塚という名称の由来となった、というのが定説となっており、「亀甲山古墳」や「浅間様古墳」などとともにこの観音塚古墳も『新編武蔵風土記稿』に存在が記載されています。このお堂内には聖観世音菩薩の木座像が安置され、その胸部を蓋のように取り外すと、内部に安置された埴輪が顔を見せるようになっていたようです。このお堂は明治の頃までは墳丘上にあったようですが、次第に荒廃するに至ったことから、木座像は近くの照善寺の境内に移され、埴輪は木座像の内部ではなく照善寺が保管しており、現在は非公開となっているようです。
 

「観音塚古墳(西岡第36号古墳)」と「田園調布赤坂古墳」

 画像が、胸部を蓋のように取り外すことが出来るという、かつて人物型埴輪が安置されていた聖観世音菩薩の木座像です。照善寺でお聞きしたところによると、実はこの古墳からは人物型埴輪だけではなく金の観音像が出土しており、かつては埴輪とともに祀られていたそうです。ただし、この観音像は戦後に散逸しており、残念ながら現存しないそうです。
 出土した人物形埴輪を観音様として祀ったことが観音塚の名称の由来であるという定説は実は誤りで、この散逸した金の観音像の存在が名称の由来だったではないかとも考えらます。これは残念ながら真相はわかりません。


「観音塚古墳(西岡第36号古墳)」と「田園調布赤坂古墳」
 
 多摩川台公園内に所在する古墳展示室には、この観音塚古墳から出土した遺物のレプリカとともに説明板が設置されており、照善寺所蔵の人物型埴輪の写真と解説が記されています。


「観音塚古墳(西岡第36号古墳)」と「田園調布赤坂古墳」

 観音塚古墳の墳丘下からは「田園調布赤坂古墳」が発見されています。この古墳の墳丘は観音塚古墳の築造により破壊されていたものの部分的に残されていた周溝が確認され、直径15m前後の円墳であることがわかっています。観音塚古墳の築造の際、この田園調布赤坂古墳の墳丘が削平されて周溝のみが残されたと考えられています。田園調布赤坂古墳の築造は、出土遺物により田園調布赤坂古墳が5世紀中頃と推定されているそうです。

<参考文献>
西岡秀雄「荏原台地に於ける先史及び原始時代の遺跡遺物」『考古学雑誌 第26巻 第5号』
西岡秀雄「東京大森照善寺所蔵の埴輪に就て」『考古学雑誌 第28巻 第2号』
東京都教育委員会『都心部の遺跡』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』
大田区立郷土博物館『大田区古墳ハンドブック―多摩川に流れる古代のロマン』
大田区立郷土博物館『大昔の大田区 原始・古代の遺跡ガイドブック』
大田区教育委員会『大田区の文化財第17集』


人気ブログランキングへ

  1. 2017/07/16(日) 00:11:26|
  2. 荏原台(田園調布)古墳群
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「宝莱山古墳(蓬莱塚・将軍塚・西岡第37号古墳・松平氏邸前方後円墳)」―東京都指定史跡― | ホーム | 「西岡35号墳」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gogohiderin.blog.fc2.com/tb.php/734-b9b0edb2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カテゴリ

足立区 (14)
伊興古墳群 (4)
その他の古墳・塚 (10)
葛飾区 (13)
立石古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (10)
板橋区 (46)
志村古墳群 (10)
その他の古墳・塚 (36)
北区 (26)
赤羽台古墳群 (2)
十条台古墳群 (2)
飛鳥山古墳群 (8)
田端西台通古墳群 (1)
その他の古墳・塚 (13)
荒川区 (28)
尾久の微高地 (4)
町屋-三河島の微高地 (19)
南千住の微高地 (3)
日暮里の台地上 (2)
台東区 (11)
上野台古墳群 (5)
その他の古墳・塚 (6)
墨田区 (3)
江戸川区 (0)
練馬区 (7)
豊島区 (2)
文京区 (8)
杉並区 (17)
中野区 (17)
新宿区 (17)
千代田区 (7)
目黒区 (8)
渋谷区 (18)
港区 (4)
品川区 (22)
品川大井古墳群 (7)
その他の塚 (15)
大田区 (94)
荏原台(田園調布)古墳群 (34)
鵜の木・久が原古墳群 (8)
その他の古墳・塚 (52)
世田谷区 (54)
都指定史跡 野毛大塚古墳 (0)
荏原台(野毛)古墳群 (13)
砧古墳群-殿山古墳群 (9)
砧古墳群-大蔵古墳群 (0)
砧古墳群-砧中学校古墳群 (2)
砧古墳群-喜多見古墳群 (13)
砧古墳群-その他 (6)
その他の古墳・塚 (11)
三鷹市 (4)
狛江市 (43)
狛江古墳群-和泉支群 (17)
狛江古墳群-岩戸支群 (3)
狛江古墳群-猪方支群 (23)
その他の古墳・塚 (0)
調布市 (55)
国領南古墳群 (2)
下布田古墳群 (16)
上布田古墳群 (7)
下石原古墳群 (2)
飛田給古墳群 (17)
その他の古墳・塚 (11)
府中市 (77)
史跡 武蔵府中熊野神社古墳 (2)
白糸台古墳群 (14)
高倉古墳群 (32)
御嶽塚古墳群 (19)
府中市内の塚 (10)
国立市 (24)
下谷保古墳群 (12)
青柳古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (9)
立川市 (14)
稲城市 (0)
多摩市 (4)
和田古墳群 (4)
多摩市内の塚 (0)
日野市 (33)
平山古墳群 (7)
西平山古墳群 (5)
七ッ塚古墳群 (8)
万蔵院台古墳群 (4)
その他の古墳・塚 (9)
町田市 (5)
能ケ谷香山古墳群 (0)
その他の古墳・塚 (5)
八王子市 (11)
昭島市 (3)
浄土古墳群 (1)
その他の古墳・塚 (2)
あきる野市 (47)
森山古墳群 (3)
草花古墳群 (14)
御堂上古墳群 (4)
瀬戸岡古墳群 (7)
牛沼古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (16)
日の出町 (2)
青梅市 (11)
古墳空白地域 (22)
西東京•清瀬•東久留米市 (3)
小金井•小平•国分寺市 (0)
東村山•東大和•武蔵村山市 (7)
福生市•羽村市•瑞穂町 (12)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
宇都宮市•鹿沼市 (0)
壬生町•上三川町 (5)
群馬県の古墳 (0)
茨城県の古墳 (5)
神奈川県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
長野県の古墳 (6)
未分類 (2)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR