古墳なう

ご〜ご〜ひでりんの古墳探訪記

「大宮町高千穂商業内の古墳」

「大宮町高千穂商業内の古墳」

 前回は、杉並区大宮2丁目の高千穂大学構内から発掘調査により確認された「高千穂大学大宮遺跡1号墳」を紹介しましたが、敷地内にはもう1基、古くから古墳ではないかと考えられてきたマウンドが存在します。

 昭和30年(1955)に東京都杉並区役所より発行された『杉並区史』の「区内発見古墳地名表」には「大宮町高千穂商業内、約30基と伝ういま湮滅してなし」とあり、かつての古墳群の存在を連想させる記述を見ることが出来ます。30基もの古墳が存在したのであれば、高千穂大学の敷地だけでなく隣接する大宮八幡宮や宅地化されている周辺も含めて広い範囲に古墳群が形成されていたのではないかと考えられますが、この約30基といわれる古墳がいつ頃まで残存していたのか、また出土品等の詳細についてはわかりません。その後、昭和50年(1975)に杉並郷土史会により発行された『杉並歴史探訪』にその後の古墳についての記述があり、「高千穂学園は明治四十三年頃、大宮八幡から一万七千坪買って、大正三年に開校したのですが、校地内に塚(円墳)が三個あったので、川田校長が標柱を建てられたそうだ。(中略)三個の円墳のうち二箇所は校地整備の際発掘したが、深く掘らなかったためか、何も出土しなかった。一箇所は、昔の面影は少しもないが、現存している」と書かれています。

 画像は、残存する最後の1基と考えられるマウンドを南から見たところです。


「大宮町高千穂商業内の古墳」

 このマウンドの北側には善福寺川が大きく蛇行する状況で流れ、長い間の河川の蛇行により舌状台地が形成されています。この台地上に旧石器時代から縄文、弥生、古墳、奈良、平安、鎌倉、そして江戸時代へと続く複合遺跡が残されており、さらにこの古墳ではないかと考えられるマウンドも、同じ舌状台地上に存在します。

 画像は現在の墳頂部のようすです。墳丘は四方を削られて方形に改変されており、中央には「浦門川田先生像」と刻まれた像が建てられています。とても古墳には見えない状況で、この大学の卒業生であるという知人に尋ねてみたところ、敷地内に古墳が残されていることなど全く知りませんでした。。。


「大宮町高千穂商業内の古墳」

 墳丘を南西から見たところです。実は意外と高さが残されていることがわかります。


「大宮町高千穂商業内の古墳」

 隣接する「和田堀公園大宮遺跡」からは、弥生時代後期の方形周溝墓3基が調査されており、ここから出土した19点の遺物は杉並区の有形文化財に指定されています。大宮八幡宮の敷地内には杉並区教育委員会による説明板が設置されており、この方形周溝墓についての記述もみられるようです。

 大 宮 八 幡 宮
 当宮は古く、江戸八箇所八幡のうちに数えられた大社です。大宮と
よばれるのは、往古から広大な境内をもつ社であったことから、社名
とも、また鎮座地の地名にもなったといわれています。
 祭神は応神天皇(誉田別尊)、仲哀天皇(帯仲彦尊)、神功皇后(息長
足比売尊)の三神で、創立については、当宮の縁起(天正十九年奥付)
に「平安時代末、源頼義が奥州へ出陣の際、当地で白雲が八つ幡のよ
うにたなびく瑞祥をみて、八幡大神の霊威を感じ勝利を得ることがで
きた。この報賽のため康平六年(一〇六三)、この地に源氏の氏神であ
る八幡神を祀ったのが、当宮の起源である。」と記されています。
 南北朝時代の貞治元年(一三六二)十二月、大宮の社僧が紀伊国(和
歌山県)熊野那智大社に納めた願文の写し(米良文書)があり、これ
によると、その頃から当宮に奉仕する社僧のいたことがわかります。
徳川時代には代々朱印地三十石を与えられて、大名や武士たちからも
武勇の神として崇敬されてきました。
 昭和四十四年には、善福寺川に面する旧境内地から、首長の墓とみ
られる方形周溝墓三基が発掘されました。また対岸の松ノ木台地から
も竪穴住居あと群や、縄文・弥生・古墳時代の各期にわたる遺物が数
多く出土しているので、当宮の周辺は、古くから集落がいとなまれ、
その中心地として重要な地域であったことがうかがわれます。
 社宝には、豊臣秀吉の制札・由比正雪の絵額・山岡鉄舟筆の幟・武
術練達祈願の額などがあります。

  昭和55年2月20日
                       杉並区教育委員会


 高千穂大学構内のマウンドは、学術的な調査が行われていないことから古墳であると断定はされておらず、『東京都遺跡地図』にも未登録となっています。
 もしこの塚が古墳であるならば、杉並区内で唯一墳丘の残る古墳ということになります。いずれ行われるであろう調査の日を楽しみに待ちたいと思います。。。

<参考文献>
東京都杉並区役所『杉並区史』
森泰樹『杉並風土記 下巻』
森泰樹『杉並歴史探訪』
高千穂大学大宮遺跡発掘調査委員会『高千穂大学大宮遺跡』


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  1. 2017/09/08(金) 02:05:19|
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