古墳なう

ご〜ご〜ひでりんの古墳探訪記

百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

 新宿区上落合2丁目には「大塚古墳」と呼ばれる古墳が存在したといわれています。画像はこの、大塚古墳の跡地とされる周辺を南西から見たところです。

 大塚古墳が所在したとされる場所は、山手通りと早稲田通りという幹線道路が交わる「上落合二丁目」交差点の北東側の一角で、早稲田通りの南側は中野区、北側が新宿区となっている区境の新宿区側にあたります。山手通りの直下には近年開通した首都高速中央環状線と都営大江戸線が通り、早稲田通り直下には東京メトロ東西線が交わるという密集地帯です。この場所には、「大塚」と呼ばれる古墳ではないかと考えられている塚が所在した場所で、この元々存在した古墳を流用して富士塚が築造されており、古墳の南側には区内最古とされる宝篋印塔型の庚申塔が建てられていたといわれています。
 『東京都遺跡地図』にはこの場所に、「新宿区No.7遺跡」の名称で新宿区の遺跡番号7番の「近世の塚」として登録されています。おそらくはこの大塚は発掘調査が行われることなく消滅しており、学術的に古墳であると証明されていないことから、近世(寛政2年)に築造された富士塚が登録されている、という状況ではないかと推測されます。「大塚」は果して古墳だったのでしょうか。。。

 江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』には「冨士浅間社 高さ二丈余の丘上にあり小名大塚と云」とあり、東京府豊多摩郡より大正5年(1916)に発行された『東京府豐多摩郡史』の「富士淺間神社」の項には「無格社、上落合六百七番地小字大塚にあり、小社にて前方に石の鳥居を建つ傍に富士の築山あり、高さ二丈餘、頂上より遠く西方を展望すべし、此邊を大塚と唱ふるは、中野にて言い傳ふる彼の百八塚の一ならむか、而して、此富士は其塚に就て築き上げしものにはあらざるかといふ。境内一反四畝二歩。」と書かれています。当時の大塚は高さ6メートルほどの小山で、『東京府豐多摩郡史』では、言い伝えに残る百八塚の1基ではないかと推測しています。また、この地域のかつての小字名「大塚」も、この大塚古墳の存在が地名の由来としているようです。


百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

 その後、古墳は昭和4年頃の道路工事の際に崩されて消滅。富士塚と庚申塔は、当時上落合1丁目7番地に鎮座していた「月見岡八幡神社」に移されたものの、この八幡神社が区画整理のために移転することとなり、富士塚と庚申塔も再び移転されています。
 画像は、新宿区上落合1丁目の「新宿区立八幡公園」を東から見たところです。この場所が月見岡八幡神社の旧地であり、富士塚と庚申塔が最初に移された場所です。かつてはさらに広い境内であり、道路を挟んだ東方にまで広がっていたようですが、東京都下水道局落合処理場の建設により近隣の公園と社地を交換する形で昭和37年に移転したようです。公園内には、神社の面影は残されていません。


百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

 画像が、新宿区上落合1丁目に所在する、現在の月見岡八幡神社です。旧上落合村の鎮守社で、祭神は応神天皇、神功皇后、仁徳天皇です。
 富士塚と浅間神社はこの神社の社殿西南隅に移築されており、また、大塚古墳前に立てられていたという庚申塔も境内に移されています。


百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

 月見岡八幡神社拝殿のようす。
 境内は手入れが行き届いていてとてもきれいな神社です。敷地内には保育園が併設されています。
 右奥に天祖神社、北野神社、浅間神社、道祖神社が、左側に笑福稲荷神社、足王神社とともに浅間神社と富士塚、さらに庚申塔が祀られています。


百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

 画像が、大塚古墳から移されたという浅間神社です。背後にわずかに見えるのが、「上落合富士」と呼ばれる富士塚です。


百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

 富士塚のようすです。境内の南西角に所在します。
 昭和2年(1927)の最初の移転の際には、富士吉田市よりボク石一万余円を購入して、旧富士塚のボク石と合わせて講員36名の労力提供により塚を築いたといわれています。その後、昭和37年(1962)に現在地に移されています。
 富士講に関係する石碑がかなり多く残されているようですが、古墳に関係する石碑は、庚申塔以外には残されていないようです。


百八塚 その4「新宿区No.7遺跡・大塚古墳・浅間塚」

 画像が、かつて大塚古墳前に所在したという庚申塔です。
 敷地内には、新宿区教育委員会による説明板が設置されており、この庚申塔について記載されています。

新宿区指定有形民俗文化財
月見岡八幡神社の庚申塔
所 在 地 新宿区上落合一丁目二十六番十九号
指定年月日 昭和六十年八月二日

 正保四年(一六四七)に造立された区内最古の庚申塔であ
る。宝篋印塔形で、高さ一八四・五センチ、石質は安山岩で
ある。
 塔身部の四面にはそれぞれ金剛界四仏の種子が、また基礎
部の四面には造塔銘が刻まれている。


<参考文献>
東京府豊多摩郡『東京府豐多摩郡史』
羽賀善次郎『新宿の散歩道 その歴史を訪ねて』
新宿区教育委員会『新宿区町名誌 ―地名の由来と変還ー』
(財)日本常民文化研究所『富士講と富士塚 ―東京・神奈川―』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2017/09/16(土) 22:24:43|
  2. 新宿区
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「成子天神社の富士塚(鳴子富士)」―新宿区登録文化財 史跡ー | ホーム | 百八塚 その3「無名塚」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gogohiderin.blog.fc2.com/tb.php/763-5ec5e7d2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カテゴリ

足立区 (14)
伊興古墳群 (4)
その他の古墳・塚 (10)
葛飾区 (13)
立石古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (10)
板橋区 (46)
志村古墳群 (10)
その他の古墳・塚 (36)
北区 (26)
赤羽台古墳群 (2)
十条台古墳群 (2)
飛鳥山古墳群 (8)
田端西台通古墳群 (1)
その他の古墳・塚 (13)
荒川区 (28)
尾久の微高地 (4)
町屋-三河島の微高地 (19)
南千住の微高地 (3)
日暮里の台地上 (2)
台東区 (11)
上野台古墳群 (5)
その他の古墳・塚 (6)
墨田区 (3)
江戸川区 (0)
練馬区 (7)
豊島区 (2)
文京区 (8)
杉並区 (17)
中野区 (17)
新宿区 (17)
千代田区 (7)
目黒区 (8)
渋谷区 (18)
港区 (4)
品川区 (22)
品川大井古墳群 (7)
その他の塚 (15)
大田区 (94)
荏原台(田園調布)古墳群 (34)
鵜の木・久が原古墳群 (8)
その他の古墳・塚 (52)
世田谷区 (54)
都指定史跡 野毛大塚古墳 (0)
荏原台(野毛)古墳群 (13)
砧古墳群-殿山古墳群 (9)
砧古墳群-大蔵古墳群 (0)
砧古墳群-砧中学校古墳群 (2)
砧古墳群-喜多見古墳群 (13)
砧古墳群-その他 (6)
その他の古墳・塚 (11)
三鷹市 (4)
狛江市 (43)
狛江古墳群-和泉支群 (17)
狛江古墳群-岩戸支群 (3)
狛江古墳群-猪方支群 (23)
その他の古墳・塚 (0)
調布市 (55)
国領南古墳群 (2)
下布田古墳群 (16)
上布田古墳群 (7)
下石原古墳群 (2)
飛田給古墳群 (17)
その他の古墳・塚 (11)
府中市 (77)
史跡 武蔵府中熊野神社古墳 (2)
白糸台古墳群 (14)
高倉古墳群 (32)
御嶽塚古墳群 (19)
府中市内の塚 (10)
国立市 (24)
下谷保古墳群 (12)
青柳古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (9)
立川市 (14)
稲城市 (0)
多摩市 (4)
和田古墳群 (4)
多摩市内の塚 (0)
日野市 (33)
平山古墳群 (7)
西平山古墳群 (5)
七ッ塚古墳群 (8)
万蔵院台古墳群 (4)
その他の古墳・塚 (9)
町田市 (5)
能ケ谷香山古墳群 (0)
その他の古墳・塚 (5)
八王子市 (11)
昭島市 (3)
浄土古墳群 (1)
その他の古墳・塚 (2)
あきる野市 (47)
森山古墳群 (3)
草花古墳群 (14)
御堂上古墳群 (4)
瀬戸岡古墳群 (7)
牛沼古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (16)
日の出町 (2)
青梅市 (11)
古墳空白地域 (22)
西東京•清瀬•東久留米市 (3)
小金井•小平•国分寺市 (0)
東村山•東大和•武蔵村山市 (7)
福生市•羽村市•瑞穂町 (12)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
宇都宮市•鹿沼市 (0)
壬生町•上三川町 (5)
群馬県の古墳 (0)
茨城県の古墳 (5)
神奈川県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
長野県の古墳 (6)
未分類 (2)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR