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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「業平塚」

「業平塚」

 都営浅草線本所吾妻橋駅を地上に出て東に100mほどの、墨田区吾妻橋3丁目6番地付近にはかつて南蔵院という天台宗の寺院がありました。東京スカイツリーのたもとの街として観光客で賑わうこの地に所在したという南蔵院の寺域には、かつて「業平塚」と呼ばれる塚が存在したといわれています。

 画像は、南蔵院跡地周辺のようすです。江戸時代から「しばられ地蔵」で知られるこの寺院は関東大震災後に葛飾区水元に移転しており、その境内に存在したという業平塚とともにすでに痕跡は残されていないようですが、跡地前の浅草通り沿いの路上には、墨田区教育委員会による「南蔵院跡」の案内板が設置されています。


「業平塚」

南蔵院跡(しばられ地蔵と業平伝説)
                    所在地 墨田区吾妻橋三丁目六番

 この一画には、しばられ地蔵でよく知られる南蔵院という寺院がありまし
た。しばられ地蔵とは、大岡政談で一役買ったお地蔵様のことです。
 ある時、日本橋木綿問屋の手代が業平橋の近くで商品の反物を盗まれてしま
います。商いの疲れからお地蔵様のそばで居眠りをしていた間のことなので、
手がかりがまるでありません。そこで町奉行大岡越前守は一計を案じ、このお
地蔵様を犯人として縛り上げ奉行所に運びました。その上、お白州で地蔵の裁
きをする旨のお触れまで出したのです。この噂はたちまち広まり、お裁き当日
の奉行所は詰めかけた野次馬でごったがえし大混乱となりました。越前守は騒
ぎを起こした罰と称して、見物に集まった人々に一反ずつ反物を納めさせまし
た。すると、集まった反物の中には予想どおり盗品が混じっていました。越前
守は納め主を割り出して真犯人を捕らえ、事件は無事解決したのでした。
 この話から、南蔵院のお地蔵様を縛ってお願いすると、失くしたものが戻っ
てくるとか、泥棒よけのご利益があると信じられるようになり、しばられ地蔵
と呼ばれ、人々の信仰を集めるようになりました。
 一方、南蔵院の境内にはかつて業平天神社がありました。平安時代の歌人・
在原業平をまつったものといわれます。業平は、隅田川を舟で渡ったときに
「名にし負はば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと」と詠み
ました(『伊勢物語』)。現在も地名や橋の名前などに業平の名前を残している
のは、このことに由来しています。
 南蔵院は、昭和元年(一九二五)に葛飾区水元に移転しましたが、現在でも
しばられ地蔵の信仰と風習で知られています。
 平成二十一年三月
                           墨田区教育委員会


 案内板には業平塚についての記述は見られないようですが、江戸時代の地誌類には多くの記録が残されているようです。人類学・民族学者である鳥居龍蔵氏は、著書『武蔵野及其周囲』の中で『江戸名所記』に所載されている塚の記述を取り上げており、この記事と同書に掲載されている業平塚の図を根拠に、この塚の古墳説を唱えているようです。
 『江戸名所記』の「牛島業平塚」の項には
 そのかみ在原の業平朝臣は、二条の后の事によりて、東のかたにくだり給ひしとや、京やすみうかりけん、あづまのかたにゆきてすみ、ところもとむるとて、友とする人ひとりふたりしてゆきけりと、伊勢物語にかきたり、ある説に業平は東國に流され賜ひしといへり、しかるに業平すでに都にのぼらんとて、舟にのり賜ひしが、此ほとりの浦にて舟損じて、死給ひしを塚につきたりといへり、伊勢物語に東にくだりしとはありて、のぼられしとはかき侍らず、又ついにゆくの歌はありて、いづかたにて死なれしといふ事もみえず、さりながらかやうの事は、しいて吟味するに及ばずといへり、三代實錄には、元慶四年廿八日辛己、従四位上右近衛中將兼美濃守在原朝臣業平卒時年五十六としるせり、しかるに牛島の古老の傳に、此所にして舟損じて死なれしを塚につきこめたり、その在所の名も今に業平村といふ、塚の形ち、すなはち舟のごとくにて殘れりと也。(『武蔵野及其周囲』142ページ)
 と書かれています。


「業平塚」

 画像は、江戸名所記に掲載されている業平塚の図です。
 鳥居龍蔵氏は、この江戸時代に描かれた、一方が丸く突起し、また一方が低く描かれている業平塚の形状と、『江戸名所記』の中で「塚の形ち、すなはち舟のごとくにて殘れり」と記されていることからこれを「舟形式古墳」と命名、静岡県磐田郡に所在する「船塚」と呼ばれる古墳を参考として取り上げたうえで、業平塚は古墳であり、浅草寺境内の古墳や陶棺の出た駿馬塚、眞土山の古墳等と同一時代か、それよりも後の時代のものであるとしています。
 これに対して、昭和34年(1959)に発行された『墨田区史』では「古墳を形式的に分類するばあい、基準となるのは封土の形式であつて、そこにオリジナルな意味で舟形を呈する封土は存在していない。全国的に舟塚と呼ばれている古墳を調べると退化形式の前方後円墳の名称として用いられることが最も多く、その他舟にまつわる伝説を有するために名づけられたか、あるいは後世における変形のために偶然舟に似た形に見えるにすぎないばあいなどである。(中略)そこで業平塚がかりに古墳であつたとしても、おそらく後世における変形のため舟塚となつたか、舟に関する伝説から導かれて「舟のごとくにて」の表現を用いたものと考えなければならないであろうが、博士が「横から見ると瓢を長く真二つに割つた、其一つを地上に置いた様な形」と説明したことばを素直に受けとれば、むしろ前方後円墳とした方が適切であるとすべきである。にもかかわらず「舟のごとくにて残れり」とした記事にこだわり、あえて舟形式なる名称を用いたのは、前方後円墳がこの牛島のような中州に存在したとすることの無理を知つての結果であつたに違いない」と、鳥居氏の主張をバッサリと切り捨てています。

 私のような素人からすると、武蔵野台地と下総台地の間の沖積低地は古代にはすでに陸化されており、墨田区内にも前方後円墳が存在したのではないか、というロマンを追い求めたくなってしまうところですが、塚が消滅してしまった今、真相を知ることは出来ないようです。。。

<参考文献>
鳥居龍蔵『武蔵野及其周囲』
東京都墨田区役所『墨田区史』
墨田区教育委員会『墨田区の民間伝承・民間信仰』
現地説明版


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  1. 2017/10/13(金) 19:23:03|
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