古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「虫塚・すくも塚・塵芥塚」

「虫塚・すくも塚・塵芥塚」

 前回に続き、今回も八王子市山田の広園寺に関係する塚の話題です。

 広園寺の周辺にはかつて虫塚やすくも塚、塵芥塚、蛇塚といった多くの塚が所在したといわれ、江戸時代の地誌類に記述を見ることが出来ます。そして、広園寺境内には今も「虫塚」の石碑が残されています。画像はその虫塚の石碑です。
 虫塚とは供養塚の一つで、駆除された農作物の外注を供養して、これから発生しないように祈るためのものが典型的であるようです。現在、塚は既に存在せず、金属製の柵に囲まれた中に石碑のみが建てられています。碑は途中から細くなった円柱状の石棒で、高さ90cm、上部の直径は13cm、基部の直径は17cmほどで、碑文はまったく判読することが出来ないようです。以前は周辺に案内板があり、そこには「往古相模国に虫多く出、耕作の害をなせしゆへ、廣園寺開山に願ひ、虫を此所にあつめて塚とせしゆへ、この名ありと云は、由て来ることも旧きことなるべし」と新編武蔵風土記稿の文の一部を変えて記されていたようですが、現在は「虫塚」と書かれた木製の立て札のみで、案内板は存在しないようです。
 ちなみに、この虫塚の碑は立ち入り禁止とされている区域にあり、立ち入りが許されている少々離れた位置からの撮影となってしまいましたが、4月6日の開山忌や、東京都文化財ウィーク期間中の公開日には境域を見学することができます。私は、今年の10月29日の東京都文化財ウィークの公開日に訪れて、この虫塚碑と古明神塚を近くで見学しようと考えていたのですが、当日はあいにく土砂降りの大雨のためあきらめてしまいました。。。

 この虫塚は、かつては塚が存在したと考えられ、『新編武蔵風土記稿』には「往古相模の国中に虫多く出耕作の害をなせしゆへ広円寺開山に願ひ虫をここに集めて塚とせしゆへ。」とあり、また『武蔵名勝図会』には「ここは開山のとき相州にて田畑の穂茎出るを虫多く附きて生熟することを得ず、民庶これを患う。依って開山に願い祈念し給いければ、その虫悉く死すゆえ、これを集めて塚とせしなり。」と書かれています。また、虫塚のほかに、『新編武蔵風土記稿』には「すくも塚」について「元禄年中広円寺焼失の時灰を集めし故とせり」とあり、また『武蔵名勝図会』には「塵芥塚」について「広園寺大門先の傍にあり。先年当山焼亡せしとき、灰燼を埋めて塚となす。」とも書かれています。


「虫塚・すくも塚・塵芥塚」

 虫塚、すくも塚、塵芥塚ともに、正確な塚の所在地はわからなくなっているようですが、村下要助氏により昭和59年(1984)に発行された『生きている八王子地方の歴史』にはなんと、虫塚、すくも塚の所在地についての記述が見られ、
 二つの中の北の一つはだいぶ先に高圧線の鉄塔工事で消滅してしまい、かんならした所に先に書いたように幅四十五センチ位の細長い薄べったい石がごろごろしていまでも残っている。上小比企の大沢勇さんの畑であって、あまり入らないほうがいい。また経文石であるから持ち去らないこと。いま一つの南方の百十メートルくらいはなれた所にあったのは、これはだいぶ大きな塚であった。いまは都道新設工事で完全にアスファルトの下になって消滅して終った。同じく上小比企の石井実さんの畑であった。ここにはおびただしい経文石があった。この塚に盗掘の跡があり、ちょうど古代の小円墳をあばかれた格好でもあった。
 と書かれています。
 この記事からは、どちらが虫塚でどちらがすくも塚かはわからないのですが、1基は「高圧線の鉄塔工事で消滅した塚」であり、もう1基はその110m南側の「都道新設工事で消滅した大きな塚」ということになるようです。
 塚を消滅させたという高圧線の鉄塔はここじゃないかなーという場所が画像です。


「虫塚・すくも塚・塵芥塚」

 昭和の終わり頃には「かんならした所に幅四十五センチ位の細長い薄べったい石がごろごろして」いたようですが、この経文石らしき石は周囲の宅地化によるためか、すでに存在しないようです。(いや、塚の所在地がここではない可能性もありますし、何ともいえませんが)


「虫塚・すくも塚・塵芥塚」

 さらに、「都道新設工事で完全にアスファルトの下になって消滅して終った」という、鉄塔から110m南方の塚の跡地はこのあたりではないか?というのがこの場所です。「広園寺大門先の傍にあり」と書かれている「塵芥塚」の跡地がこのあたりかなとも思いましたが、、真相はわかりません。また、「すくも塚」と「塵芥塚」が同一の塚なのか、それとも別々の塚なのかも真相不明ですね。。。
 塚の痕跡はまったく見られませんでした。。。

<参考文献>
村下要助『生きている八王子地方の歴史』
八王子市史編さん委員会『八王子市史 下巻』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
柏田雄三『虫塚紀行』


人気ブログランキングへ

  1. 2017/12/03(日) 00:09:56|
  2. 八王子市
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<「富士森の富士塚」 | ホーム | 「古明神塚(?)」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gogohiderin.blog.fc2.com/tb.php/814-bd57a49d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カテゴリ

足立区 (13)
伊興古墳群 (4)
その他の古墳・塚 (9)
葛飾区 (13)
立石古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (10)
江戸川区 (0)
板橋区 (46)
志村古墳群 (10)
その他の古墳・塚 (36)
北区 (26)
赤羽台古墳群 (2)
十条台古墳群 (2)
飛鳥山古墳群 (8)
田端西台通古墳群 (1)
その他の古墳・塚 (13)
荒川区 (28)
尾久の微高地 (4)
町屋-三河島の微高地 (19)
南千住の微高地 (3)
日暮里の台地上 (2)
台東区 (11)
上野台古墳群 (5)
その他の古墳・塚 (6)
墨田区 (3)
練馬区 (7)
豊島区 (2)
文京区 (8)
杉並区 (17)
中野区 (17)
新宿区 (18)
千代田区 (7)
目黒区 (8)
渋谷区 (18)
港区 (8)
品川区 (22)
品川大井古墳群 (7)
その他の塚 (15)
大田区 (94)
荏原台(田園調布)古墳群 (34)
鵜の木・久が原古墳群 (8)
その他の古墳・塚 (52)
世田谷区 (72)
荏原台(野毛)古墳群 (24)
砧古墳群-殿山古墳群 (9)
砧古墳群-大蔵古墳群 (0)
砧古墳群-砧中学校古墳群 (2)
砧古墳群-喜多見古墳群 (13)
砧古墳群-その他 (8)
その他の古墳・塚 (16)
三鷹市 (4)
狛江市 (62)
狛江古墳群-和泉支群 (26)
狛江古墳群-岩戸支群 (7)
狛江古墳群-猪方支群 (29)
その他の古墳・塚 (0)
調布市 (55)
国領南古墳群 (2)
下布田古墳群 (16)
上布田古墳群 (7)
下石原古墳群 (2)
飛田給古墳群 (17)
その他の古墳・塚 (11)
府中市 (77)
史跡 武蔵府中熊野神社古墳 (2)
白糸台古墳群 (14)
高倉古墳群 (32)
御嶽塚古墳群 (19)
府中市内の塚 (10)
国立市 (24)
下谷保古墳群 (12)
青柳古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (9)
立川市 (14)
稲城市 (8)
多摩市 (4)
和田古墳群 (4)
多摩市内の塚 (0)
日野市 (33)
平山古墳群 (7)
西平山古墳群 (5)
七ッ塚古墳群 (8)
万蔵院台古墳群 (4)
その他の古墳・塚 (9)
町田市 (5)
能ケ谷香山古墳群 (0)
その他の古墳・塚 (5)
八王子市 (30)
昭島市 (3)
浄土古墳群 (1)
その他の古墳・塚 (2)
あきる野市 (47)
森山古墳群 (3)
草花古墳群 (14)
御堂上古墳群 (4)
瀬戸岡古墳群 (7)
牛沼古墳群 (3)
その他の古墳・塚 (16)
日の出町 (2)
青梅市 (11)
古墳空白地域 (27)
西東京•清瀬•東久留米市 (3)
小金井•小平•国分寺市 (0)
東村山•東大和•武蔵村山市 (12)
福生市•羽村市•瑞穂町 (12)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
宇都宮市•鹿沼市 (0)
壬生町•上三川町 (5)
長野県の古墳 (6)
群馬県の古墳 (6)
茨城県の古墳 (5)
埼玉県の古墳 (0)
千葉県の古墳 (1)
神奈川県の古墳 (2)
未分類 (3)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR