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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「散田の富士塚」

「散田の富士塚」

 八王子市並木町の横山事務所内には、オオツクバネガシの巨木が植えられた塚が1基、保存されています。実はこの塚は、以前に武蔵陵墓地を参拝した帰り道、自転車で甲州街道をぶらぶらと走っていた時に初めて出会いました。素人目にも、自然地形などではなく人工的に盛られたマウンドであるように見えるのですが、『東京都遺跡地図』にも登録されていないこの塚は、私に取っては正体不明の塚でした。
 現地に設置されている説明板には、塚の性格や由来等については全くふれることはなく、なぜか塚上に植えられている大衝羽根樫(オオツクバネガシ)についてのみ書かれています。

市指定天然記念物
横山出張所のオオツクバネガシ
所 在 地 八王子市並木町四二〇番地
指定年月日 昭和五十年二月二十七日

 オオツクバネガシは、アカガシとツクバネガシとの間種で高尾山中のものが標識樹(原産地)として発表されたものです。
 この木は、どちらかといえばアカガシの方に近い性質をもっているオオツクバネガシの一型であり種類の研究上から標本的に保存すべきだとして研究者等から指摘を受けている巨木です。
 目通りは三・一〇m、樹高は十八m以上です。

○カシ
 カシは、カタギのことで堅木を合わせて和字の「樫」を作りカシと読ませています。ブナ科の双子葉植物で、アカガシ、シロカシ、アラカシ等数種があります。果実は卵形で「カシの実」とか「どんぐり」と呼ばれます。
○アカガシ
 「赤樫」は材の色に基ずいた名で、別名にオオガシ、オオバガシがあります。樹形が粗大なこと、葉が大形であることから名ずけられたと思われます。
○ツクバネガシ
 「衝羽根樫」は、正月遊戯の「追羽根」に使用する羽根(つくばね)に似て、葉が小枝の先に四枚出ていることから名ずけられたといわれます。

 昭和五十六年三月三十一日  八王子市教育委員会


 ちなみに、この一帯は第二次世界大戦の空襲の際に全焼したとされる区域で、樹齢は200年以上とされるこのオオツクバネガシは奇跡的にも戦災をも生き抜いた御神木であるといわれています。
 そして、この説明板の下に取り付けられた周辺地域の地図の中では、「浅間様と呼ばれた小さなお宮の御神木であったが、お宮は甲州街道の拡張、横山事務所(当時)改築のため、南浅川ぞいの稲荷神社(稲荷森神社)に移され、この木だけが残された。」とのみ、小さく書かれています。まさか、この塚は富士塚なのでしょうか?


「散田の富士塚」

 この地域には、かつて一里塚が存在したという記録もあるようです。『八王子市郷土資料館だより』に掲載されている中村明美著「八王子の一里塚」には次のように書かれています。
 八王子を通る甲州道中は江戸から下諏訪まで道程53里(208.5km)で、市内に4箇所の一里塚が築かれました。日野宿から多摩川を渡り西に進むと横山(八王子)宿の東側の入り口に江戸から12里にあたる新町の一里塚がありました。『甲州道中分間延絵図』(文化3年完成の街道図)には「稲荷」として描かれており一里塚の記載はありませんが、以前は塚の上に稲荷祠を祀っていました。一里塚の榎があった場所を市指定文化財(史跡)としており、現在は新町の竹の鼻児童公園内に石碑(写真)が建てられています。
 残り3つの一里塚については、『甲州道中分間延絵図』に場所が描かれています。2つ目は散田村に入り長安寺(現・並木町)を通過し、地蔵堂と閻魔堂が並ぶ手前に散田村新地の一里塚が道の両側に2つ向かい合っており、現在の横山事務所のあたりになると思われます。3つ目は駒木野の関所を越え、念珠坂を下った荒井(現・裏高尾町)のものです。昭和 59 年に区画整理が行なわれるまでは小仏川と 街道の間の竹やぶの脇に小さな塚があったそうですが、現在は住宅となっています。最後の一つは保蔦土橋の一里塚で、宝珠寺を越えて小仏峠に登る手前、小仏川とヤゴ沢(北側から小仏川に合流する沢)の合流付近(裏高尾町小仏)がこの場所と思われ、これが市内最後の一里塚となり小仏峠を越え小原宿(神奈川県相模原市)へと続きます。(『八王子市郷土資料館だより vol.92』8ページ)

 この記事からすると、一里塚が存在したのはあくまで「現在の横山事務所のあたり」であり、横山事務所内に残存するマウンドが一里塚であるとは断定せず、やはり塚の存在については何も記述が見当りません。


「散田の富士塚」

 その後、今年に入ってようやく見つけたのが、竹谷靱負著作『富士塚考』です。同書では
 この古塚が富士浅間社を祀っていた富士塚と言われても俄かに信じがたく、古は散田の富士塚と呼ばれていたものの、今では一里塚と誤認されることが多い。この古塚は過去に全く知られていない富士塚であり、当然言及している書物も極めて少ない。
 と、この塚が富士塚であることをはっきりと記しています。
 確かに、日本常民文化研究所より発行された『富士講と富士塚』にもこの散田の富士塚については記されていなかったように思うし(多分。図書館で部分的にコピーしたものしか自宅にないので)、少なくともこれまで購入した富士塚の本には、散田の富士塚については何も書かれていませんでした。ボク石や石碑など、なにか富士塚の痕跡が残っていればともかく、現在の整備された塚の状況を考えると仕方がないかもしれませんね。

 江戸時代後期の散田村は灌漑用水がなかったことから雨水に頼って耕作しており、田よりも畑が多かったようです。田所には桑が植えられ、機を織る家並みが多かったという散田村の一角にこの富士塚が所在したようです。
 『八王子名勝志』によると、甲州街道筋の散田新地の左側に富士塚と浅間明神祠があり、祠の前の鳥居に掲げられた額には「富嶽廊」と刻されており、その頂上に富士浅間の宮が建てられていました。また、新義真言宗大幡宝性寺末の富士山正覚院という草庵があり、祭事を行っていたようです。江戸時代の地誌『武蔵名勝図会』多摩郡之部巻八「由井領横山庄之下」の「小比企村」の項に「いまも(散田村の新地の)富士塚に浅間の社ありけり」とあり、文政3年頃には富士塚が存在していたと考えられます。


「散田の富士塚」

 その後の昭和3年(1928)、浅間社は甲州街道の拡張工事の際に近くの稲荷神社(稲荷森神社、現在の八王子市並木町)に移転されています。画像が現在の稲荷森神社のようすです。
 応永5年(1398)法印弘山により出羽三山の羽黒山の稲荷社を奉祀したという伝承があり、明治9年(1876)火災により焼失、翌年一月に社殿が再建され、昭和42年(1967)に富士浅間社が及び長安寺境内の稲荷社を合祀した後、昭和52年(1977)に鉄筋コンクリート造りの社殿となっています。周辺は、現在こそ住宅地となっているものの、かつては鬱蒼とした森林で「稲荷森」と呼ばれたといわれています。


「散田の富士塚」

 この塚の北西を流れる南浅川左岸には「長房町中郷古墳」や「船田古墳」といった円墳が確認されているようです。南浅川右岸に古墳は存在しなかったのだろうかと考えていましたが、この塚は古墳ではなかったようです。。。

<参考文献>
中村明美「八王子の一里塚」『八王子市郷土資料館だより vol.92』
竹谷靱負『富士塚考 江戸高田富士築造の謎を解く』
現地説明版


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