古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「港区№61遺跡」

「港区№61遺跡」

 「港区№61遺跡」は、港区三田3丁目に所在したとされる古墳です。『東京都遺跡地図』には、港区の遺跡番号61番の古墳として登録されています。

 この古墳について記述の見られる文献は限られており、詳細のわからない古墳です。昭和57~59年(1982~1984)に東京都教育委員会により実施された、東京都心部遺跡分布調査団による調査の際にこの古墳は把握されており、昭和60年(1985)に発行された『都心部の遺跡』では「湮滅」とあるものの、「1965年頃、工事中に石棺が出土したとの話がある。」との伝承が記されています。おそらくは、この伝承が確認されたことにより、『東京都遺跡地図』に登録されたものと思われます。そして、この古墳についての記述は『都心部の遺跡』以外には見つけることが出来ず、これ以上の詳細はわかりませんでした。
 『都心部の遺跡』では古墳の所在地を「港区三田3-7」としており、同書と、その後に発行された『東京都遺跡地図』の分布図でもこの古墳の所在地は三田3丁目7番地内に記されています。画像は、この古墳の跡地とされる周辺を南から見たところです。この場所は「亀塚」の所在する段丘から一段下がった崖下にあたり、古墳築造の場所としてはいかにも不適当な印象ですが、本当にこの場所に古墳が存在したのでしょうか。。。


「港区№61遺跡」

 画像は、南東から見た港区№61遺跡の跡地周辺です。右上の階段を上ったところが、前期古墳ではないかとされる「亀塚」が所在する亀塚公園で、港区№61遺跡の跡地として登録されている地点は左下のマンションのあたりとなります。
 この一帯は、江戸時代には複数回の崖崩れが起こっているようですので、かつては段丘は海のある東側に張り出しており、その縁辺部に古墳が築造された、ということかもしれませんが、このあたりの真相は不明です。


「港区№61遺跡」

 古墳の跡地とされる地点の崖の上のようすです。更地のままおかれている感じが気になるところですが、発掘調査等は行われているのでしょうか。
 亀塚の所在地の北側の聖坂をややくだった道路の反対側の現在の普連土学園フレンド学園の校舎が建っているあたり、もとの松平氏邸内にも小規模な円墳と考えられる墳丘が存在したという伝承が残されているようです。この小円墳と港区№61遺跡、さらには前回紹介した「豊後森藩久留島家・丹波亀山藩松平家屋敷跡遺跡」から埴輪片が出土していることを考えると、亀塚を中心にその周辺には複数の古墳が存在しており、古墳群を形成していた可能性も考えられるかもしれません。港区内では、芝の丸山古墳群が、幕府の庇護を受けた増上寺の境内に所在したことにより比較的よく保存されたのに対して、亀塚周辺は東海道の街道筋にあたることから旧態を留めていないという状況もあるようですが、真相は今後の発掘調査の進展を待つよりほかはなさそうです。。。


「三田台公園」

 この近辺での見どころはやはり「三田台公園」でしょうか。港区内で唯一の遺跡公園です。
 亀塚古墳が保存されている亀塚公園と同様に、華頂宮邸の旧庭園だったところで、この公園の東側崖下に隣接する「伊皿子貝塚遺跡」では、昭和53年から1年半余りをかけて大規模な遺跡発掘調査が行われており、350平方メートルの貝層のほかに、縄文時代後期の竪穴式住居跡1軒や弥生時代の方形周溝墓2基、古墳時代後期の竪穴式住居跡2軒、平安時代の竪穴式住居跡1軒、江戸時代の土杭8基などが折り重なるように発見されています。
 三田台公園内には、復元された竪穴式住居跡や貝塚から直接剥ぎ取られて剥離保存された貝層断面などが展示されており、いつでも見学できるようになっています。


「三田台公園」

「三田台公園」

 人物埴輪や土偶が説明板を持ってお出迎え。


「三田台公園」

 敷地内に再現された竪穴式住居跡のレプリカです。


「三田台公園」

 園内に復元された竪穴式住居のようすです。コンクリート造りなのが残念なところですが、萱で葺いた復元住居は多くが火事になっているようですし、仕方がないところかもしれませんね。施設に取り付けられたボタンを押すと伊皿子貝塚遺跡の説明が流れてくる仕組みになっています。


「三田台公園」

 竪穴式住居の内部のようす。こういう、レプリカ内部に当時の暮らしが再現されているのはよく見かける気がしますが、暗くなってから来るとちょっと怖かったりします。。。


「三田台公園」

 伊皿子貝塚遺跡の貝層断面が剥離保存されています。
 この伊皿子貝塚遺跡からの出土品は、田町駅近くの港郷土資料館でも見ることが出来ます。亀塚や三田台公園を訪れるならばチェックしておきたいところです。。。

<参考文献>
東京都港区教育委員会・東京都港区文化財調査委員会『港区の文化財 第7集 三田と芝 その1』
俵元昭『港区史跡散歩』
東京都教育委員会『都心部の遺跡』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』
港区教育委員会『港区埋蔵文化財調査年報 4』


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  1. 2018/01/11(木) 23:51:26|
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