
昭和35年(1960)当時、狛江町全域で行われた古墳の分布調査により作成された「狛江古墳群地名表」には、計137基の古墳が掲載されています。この中には、名称のない古墳や、所在地すら書かれていない無名古墳も存在しますので、すべての古墳を追い求めるのはナンセンスなのですが、おおよその跡地が特定できた古墳については、一応ぶらりと廻ってみたとこがあります。
(ちなみに、狛江までは私の脚で休みなく自転車で飛ばすとだいたい30~40分というところで、ぶらぶらして暗くなるまでに帰ってくるというのが本当に良い運動になるのですが、市内には古道がそのまま残されているような道路が比較的多いし、お地蔵様や庚申塔といった石造物が元々あった場所にそのまま残されていたり、古墳の跡地では?と妄想できるような場所も少なくないので、自転車で走るのが本当に楽しいのです。)
狛江市岩戸北3丁目の、掲載した画像の周辺にも古墳ではないかと考えられる塚が所在したようです。遺物の伝承も由来もわからない無名の古墳で、「狛江古墳群地名表」には126番に取り上げられている古墳です。
因みに、先日取り上げた「岩戸小川塚」の所在地は、『狛江市の古墳(Ⅰ)』に掲載の「狛江古墳群地名表」によると旧番地の「岩戸622番地」であり、ほかに122番の古墳が「岩戸593番地」、123番の古墳が「岩戸593〜4番地」、125番の古墳が「岩戸621番地」と、計4基の古墳が存在したようです。そして、この126番の無名の古墳も、岩戸小川塚古墳から北に100mほどの地点に近接しており、計5基の古墳が密集していたという状況です。
残念ながら、古墳の痕跡は残されていないように思いますが、とても気になる地域です。

画像は、狛江市岩戸南1丁目の、とある三叉路の辻となっている場所です。狛江市の指定史跡となっている「土屋塚古墳」から南に数十メートルほどの地点です。この画像の木立の中には2基の祠が祀られていて、その背後にはわずかな塚状の地形が見られることから、気になって調べてみたという場所です。

古地図で確認すると、この祠の場所はだいたい岩戸1010番台かなあ?という状況で、正確な番地まではわかりませんでした。『狛江市の古墳(Ⅰ)』掲載の「狛江古墳群地名表」と見比べると、岩戸1032番地の「第2明神塚」や、岩戸1043-2番地の「第3明神塚」あたりは、この祠にかなり近い位置にあったのではないかと思われますが、「第3明神塚」と「土屋塚古墳」が同じ「岩戸1043-2番地」と表記されているなど、この地名表の所在地が当てにならない部分もあり、真相を突き止めるには至りませんでした。果たしてこの祠のどちらかが明神様なのでしょうか???

祠の背後に残される微妙なマウンドです。
うーん、よくわからない。
この場所に古墳が所在したかどうかは不明ですが、祠は古墳と何らかの関係があるような気がする!。。。
<参考文献>
狛江市教育委員会『狛江市の古墳(Ⅰ)』
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- 2018/01/29(月) 23:41:53|
- 狛江市/狛江古墳群(岩戸)
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