
今回は、狛江市猪方に所在する「猪方稲荷塚」です。実は、最近たまたまこの塚の横を通りがかったときに、墳丘の敷地内に建てられていたはずの火の見櫓が無くなっていることに気がついて、「あれ?なくなってる!」とびっくりしました。しかも、南側にあった、確かアパートらしき2階建ての建物も無くなっている!
この猪方稲荷塚は、以前一度、この『古墳なう』で取り上げているのですが、火の見櫓のない古墳の残存部分(?)の写真を撮り直してきたので、続編ということであらためて紹介しようと思います。
画像は、南西から見た現在の猪方稲荷塚のようすです。この古墳は、学術的な調査は行われていないようなので、詳細はわかりません。現在も『東京都遺跡地図』には未登録のままです。
昭和35年(1960)に、当時の狛江町全域で行われた古墳の分布調査において把握されており、『狛江市の古墳(Ⅰ)』に掲載されている「狛江古墳群地名表」には99番に、「稲荷塚」という名称で掲載されています。「現在火の見櫓 稲荷祠あり 径10~15mという 台地中央」と記されており、この時期にはすでに稲荷祠とともに火の見櫓が建てられていたことがわかります。そして、その後の昭和51年(1976)の調査の際にはすでに墳丘は削平されており、「1960年調査では削平されているものの径10~15mを推定された。今回の調査でも、宅地化されてほとんど原状をとどめていなかったが、わずかに30cmの微高を示し、稲荷祠を祀っていた。」と書かれています。現在の古墳の状況を見たところでは、この時期から大きな変化はみられないようです。

北西から見た猪方稲荷塚です。現在もかわらず、30cm程の微高は保たれているようです。
かつてのこの場所は、高く盛り上がった小山に鬱蒼と木が茂っていて、誰も近づかないような場所であったそうです。きれいに整備された現在の塚の姿からは、想像ができません。
出典:国土地理院ウェブサイト(http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=194248&isDetail=true) 画像は、国土地理院ウェブサイトより公開されている、昭和23年に米軍により撮影された猪方稲荷塚の空中写真です。わかりやすいように塚の周辺を切り取っています。まだ戦後のこの時期には塚状のマウンドが残されていたと考えられ、さらには東西に走る道路にまたがるように元々の塚の形状を思わせる円形の影が見えるのですが、これが周溝の跡であるとするならばとても興味深いですね。
削平の際に遺物が出土したようなことはなかったのでしょうか。。。
【このブログの過去の関連記事】
http://gogohiderin.blog.fc2.com/blog-entry-273.html
<参考文献>
狛江市史編さん委員会『狛江市史』
狛江市教育委員会『狛江市の古墳(Ⅰ)』
狛江市中央公民館『平成14年度 郷土のむかし講座』
狛江市『猪方の民俗』
人気ブログランキングへ
- 2018/02/01(木) 23:24:25|
- 狛江市/狛江古墳群(猪方)
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0