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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「白旗塚」

「白旗塚」

 さて、これまで東京都内の多くの古墳や塚を取り上げてきましたが、狭山丘陵周辺地域である瑞穂町、武蔵村山市、東大和市、東村山市、小平市、東久留米市あたりは、どうやら古墳がまったく存在しない古墳空白地域となっているようです。これらの市域に本当に古墳が存在しないのか、実際に、足を運んで調べてみましたが、これまでに発掘調査により確認された古墳はおろか、古墳ではないかと推定されるような塚の存在もほとんど見当たらないようです。これらの地域には、古墳を築造するような豪族の存在はなかったのかもしれません。
 そんな中、狭山丘陵北側では、入間市域では古墳の存在は見当たらないものの、埼玉県側の所沢市は(かつては古墳の存在しない地域であると考えられていたようですが)、近年の開発に伴う発掘調査により「岩崎古墳群」や「海谷古墳群」等の複数の古墳の周溝が検出され、定説は覆されています。また、北秋津や滝の城といった地域では、横穴墓も発見されているようです。そして、所沢市内には、古墳である可能性が想定されている塚が何基か現存することを知り、これらの塚を見学するために所沢市まで足を伸ばしてみました。

 というわけで、画像は所沢市北野2丁目に所在する「白旗塚」を南から見たところです。こんもりとした森の中に塚が現存しており、一説には前方後円墳ではないかとする説もあるようです。


「白旗塚」

 現在の白旗塚を南東から見たところです。墳丘はかなり良好な状態で残されているようです。
 塚の所在地は、あまりわかりやすい場所ではないかもしれませんが、所沢市の埋蔵文化財調査センターの裏側、南側に隣接するように存在します。よりによって、埋蔵文化財調査センターの隣にありながら南発掘調査が行われず、塚の性格もわからないという状況はなんとも言えないもどかしさを感じますが(笑)、これは今後の調査の進展を待つしかなさそうです。


「白旗塚」

 北西から見た白旗塚です。 
 この白旗塚から埋蔵文化財センターにかけての一帯は、小手指ヶ原と呼ばれています。この地域の背後には狭山丘陵があり、また鎌倉街道の沿線にも位置していたことから古来戦場となることが多く、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけてはしばしば合戦が展開されたといわれています。当時は一面の原野で、現在の狭山市から入間市あたりまでがその範囲に含まれていたようです。
 元弘3年(1333)年の、上野国新田庄(現在の群馬県太田市)を本拠地とする新田義貞の鎌倉攻めは、特に歴史的な合戦のひとつとして知られています。同年5月8日に義貞は北条氏の支配する鎌倉幕府を倒すために新田庄で兵を挙げ、利根川を渡り、鎌倉街道を一路南下して、11日には新田軍は小手指の地に至ります。最初に150騎ほどだった新田軍は、進むにつれて沿道の武士を加えて行き、その数は最終的に20万騎にも及んだといわれています。この新田軍とそれを迎え撃つ鎌倉幕府軍は、緒戦となった小手指ヶ原で30余回も討ち合いますが勝敗はつかず、新田軍は入間川(現在の狭山市)に、幕府軍は久米川(現東村山市)にそれぞれ引きます。そして翌12日に新田軍は幕府軍に押し寄せ、幕府軍は分倍河原(現在の府中市)まで退きます。その後、幕府軍は援軍を得て一旦は立て直すものの、結局21日には鎌倉極楽寺坂への新田軍の進軍を許し、5月22日幕府軍の北条高時らが鎌倉東勝寺で自害し、鎌倉幕府は滅亡するに至りました。
 そして、この「白旗塚」は、源氏の末裔である新田義貞がここに陣を張り、源氏の旗印とされる白旗を立てた場所であるという伝承地です。


「白旗塚」

 塚の西側から北側あたりにかけて、古墳の周溝ではないかとも考えられる溝を見ることができます。素人目にもここは古墳なのではないかという印象を受けますが、真相やいかに!という感じですね。


「白旗塚」

 残存する墳丘からすると、前方後円墳というよりは帆立貝型という印象で、前方部か造り出しかと思しき形状を見ることができます。(もちろん古墳ではなく塚である可能性も考えられるわけですが。。。)


「白旗塚」

 白旗塚の墳頂部のようす。「白旗塚」と刻まれた石碑があり、浅間神社の石祠が祀られています。

 ちなみにネットでこの白旗塚について検索してみて知ったのですが、この場所は心霊スポットとしても知られているようです。鎧を身につけた武士の亡霊たちが白旗塚の周りを夜な夜な彷徨っているという目撃談や、武士が歩くような音が聞こえるなどの心霊現象、また心霊写真がよく撮れるという噂もあるようです。白旗塚の碑には「古武将の御魂祭れりこの塚を 護り通せと先祖より受 此の塚を壊せし者は忽ちに 霊魔を受けて死するやもあり 武蔵野の小手指ヶ原古戦場 月の光は変わらざりけり」と刻まれており、この碑文の内容も、この地の心霊スポット化に一役買っているのかもしれません。
 この地域は古くから知られる古戦場であり、祟りの言い伝えが存在することにより塚が崩されずに残された事例も少なからず存在するわけですが、霊感のまったくない私がよく晴れた日の午前中に訪れたという状況では、これらの噂の真偽を確かめることはできませんでした。。。


「白旗塚」

 墳頂部から下を見下ろして見るとこんな感じ。かなり高さが残されているようです。
 ただし、一時期はかなり塚は崩れていたようすで、修復が行われて現在の姿となっているようです。
 説明書きには次のように記されています。

 この白旗は太平記縁りの古戦場の一角にあり「説には古墳とも云い伝えられてきたが慶応四年村民の手により浅間神社(富士仙元)の石祠を建て浅間信仰の塚となった。以降百四十年余りに亘り風雨に晒され表土の流失が続きここにきて白旗塚碑石祠共土台が露出転倒する事態となった。
 さて白旗塚隣接地に農園を持つ北野中学校(校長都築政則)では強度の文化財を守ることは教育上の意義あることと考え体験活動の一環に取り入れ塚主の快諾を得平成十九年九月修復工事に着手した。
 盛土の土は地元の岩田清氏が提供教員生徒全員が一丸となってバケツに土を入れ山頂と周辺部に運び上げ五ヶ年の歳月をかけて修復し砂防に”著莪”を植え平成二十四年一月三十一日をもって本事業を完了した。
 盛土の総量約五十立方米生徒数(白旗塚の協力を含む)延三百五十名 この間文化財の奉仕活動に尽力された北野中学校生徒の功績を讃え茲に記し碑文とする。
平成二十四年三月吉日  建立  田中鳳仙書



「白旗塚」

 白旗塚の東方には、「小手指原古戦場」と刻まれた石碑が建てられており、所沢市教育委員会による説明板も設置されています。
 それにしても、この小高くなったマウンドが古墳跡であるなんてことは、ないですよね、多分。。。

<参考文献>
現地説明版


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  1. 2018/05/05(土) 00:06:18|
  2. 埼玉県の古墳
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

所沢編、興味深く拝見しました。「空白」だったのは人の目についていなかっただけだったのですね。
今度、所沢に行ったら、白旗塚、行って見たいと思います。(夕方は避けてできれば日中、明るいうちに・・・。)

栃木編(首都圏編?)立ち上げも心待ちにしております。
  1. 2018/05/07(月) 08:26:41 |
  2. URL |
  3. michikusa520 #-
  4. [ 編集 ]

michikusa520様、こんばんは。
いつもご訪問ありがとうございます。

白旗塚はオススメですが、夜に訪れると真っ暗で怖いかもしれません。笑。

私、生まれが栃木県でして、なんとか栃木編を実現したいと思っています。。。
  1. 2018/05/09(水) 01:19:10 |
  2. URL |
  3. ご〜ご〜ひでりん #OsZoF7Es
  4. [ 編集 ]

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