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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「生田根岸古墳群」

「生田根岸古墳群」

 今回は、川崎市多摩区枡形2丁目に所在する、「生田根岸古墳群」の見学の記録です。
 この古墳群は、小田急線向ケ丘遊園駅の西方約700m、多摩川の沖積低地に臨む東西に延びる細長い丘陵の先端部にあり、南麓近くには五反田川が東西の方向に流れています。標高約56mほどの丘陵上には、1号墳から5号墳まで5基の古墳が残存しています。
 画像は、この根岸古墳群が所在する丘陵を、古墳群から200mほど東方にあたる、府中街道の「多摩警察署前」の交差点から見たところです。


「生田根岸古墳群」

 早速、根岸古墳群を見学してみましょう。
 古墳の所在地である丘陵は現在も個人の所有地であるようですが、竹林の中には遊歩道が設けられており、古墳を見学することができます。ちょっとわかりにくいですが、開発の進んだ住宅街の一角に遊歩道の入口があり、ここから山を登ります。竹林は、生田根岸古墳の杜保全会により定期的に整備されており、私が訪れた日にも遊歩道柵の補修と竹林間伐が行われていました。


「生田根岸古墳群」

 この古墳群は、昭和26年(1951)に一度、発掘調査が行われています。
 県道の敷設工事により、古墳群の所在する舌状台地の東端部を切取作業中に、古墳の礫槨が露出。当時専修大学の助教授であった森幸一氏により発掘調査が行われたもので、当時この古墳は「根岸古墳」と呼称されています。当時の記録が書かれている『川崎史話』には
 「昭和26年8月、生田の県道を広げるため多摩丘陵の先端をけずり取っているうちに、思いがけず古墳の一つがほりくずされました。それにつづく円墳は地元の専修大学によって発掘されて、根岸古墳と称され祝部土器や直刀の断片がでました。もとはここのすぐ下を多摩川が流れていたので、きれいな玉石をつんで槨をこしらえているのが特徴です。」
 とあり、この文献からすると、古墳は2基存在したのではないかとも考えられます。

 また、『川崎市文化財調査集録 第38集』に収録の「根岸古墳出土遺物について」によると、
 「調査を行なった古墳の数は露出礫槨墳と接続する小円墳を別々の古墳ととらえれば2基、露出礫槨を小円墳の羨道部ととらえれば1基となる。」
 としているようですが、『川崎市文化財調査集録 第24集』に収録の「川崎市内の高塚古墳についてー現状確認調査を踏えて」には
 「地主の金子一雄氏によれば、昭和26年に県道拡張工事のための土取り作業中、丘陵斜面から副葬品こそ発見されなかったが、古墳の内部構造と思われる礫床が検出された。これがきっかけとなって、破壊の可能性があった現在の1号墳の発掘調査が、専修大学の森教授によって行われた。」
 と書かれています。
 おそらく、土取りにより消滅した1基が「根岸古墳」、さらに調査が行われた古墳は現在の1号墳ということになるのではないかと思われますが、ちょっとややこしいですね。。。
 この発掘により、大刀4振や鍔、須恵器程瓶が出土しており、この遺物から古墳は6世紀後半頃の築造と推定されているようです。


「生田根岸古墳群」

 画像が、「根岸古墳」の跡地と思われる周辺のようすです。おそらくは、この平坦になったあたりまで丘陵の東端部が伸びていて、その台地上に根岸古墳が存在したものと思われますが、すでに台地ごと削り取られており、古墳の痕跡は見られません。。。


「生田根岸古墳群」

 削り取られて急な崖となった様子です。
 崖の斜面にまで竹が茂っているあたりは、時間の流れを感じますね。


「生田根岸古墳群」

 さらに、竹林の中の道を進みます。
 丘の上に、5基の古墳が残存するはずです。


「生田根岸古墳群」

 画像は、残存する「1号墳」と思われる古墳です。
 残念ながら遊歩道の内側は立ち入り禁止なので確認することができないのですが、この墳丘のさらに東にもう1基存在するようであれば、画像の墳丘は2号墳ということになりますが、ここまで歩いてきた距離感と、この古墳の西側にもう1基、古墳らしき高まりが見られることから、画像の高まりが1号墳ではないかと思われます。径11.5m、高さ1.6mの小円墳です。


「生田根岸古墳群」

 伐採された竹が積まれていてわかりにくいのですが、画像が2号墳ではないかと思われるマウンドです(多分)。1号墳の西側に隣接して築造された古墳で、径11.3m、高さ1.6mの小円墳です。


「生田根岸古墳群」

 画像が3号墳です。この古墳も1号墳と同様に遊歩道から距離があるために見学し難いのですが、4号墳と5号墳の間にひょっこりと顔を出す、3号墳の墳丘の一部を垣間見ることができます。東西径14m、南北径14.8m、高さ1.8mの円墳で、丘陵南斜面に築造されています。墳丘の傾斜と地山の傾斜が一致していることから、南側から見上げると古墳はより壮大に見えるのではないかと思われます。


「生田根岸古墳群」

 画像が4号墳です。3号墳のすぐ北側に位置しており、東西径18.5m、南北径19m、高さ2.2mと残存する古墳群中最大の古墳です。遊歩道沿いに存在するため、間近で見学することができます。


「生田根岸古墳群」

 画像が5号墳です。4号墳の北に位置する古墳で、径10m、高さ1.1mの小円墳です。


「生田根岸古墳群」

 生田根岸古墳群で残存する古墳は、ここまで紹介した5基ということになりますが、5号墳からさらに西に少々歩いた遊歩道沿いにもう一箇所、古墳ではないかとも思われる高まりが存在するようです。画像は、その高まりを北西から見たところです。
 竹垣がマウンドを貫いているためにわかりにくいのですが、とても怪しい高まりです。


「生田根岸古墳群」

 古墳らしき高まりを東からみたところです。こちらからみると、右奥が後円部、左手前が前方部という前方後円墳ではないかとも思えるのですが、これはちょっと考え過ぎかもしれませんね。笑。
 未確認の古墳が発見される可能性も考えると、今後の調査の進展が楽しみな古墳群です。。。


「生田根岸古墳群」

 最後に「三峯神社」で参拝。
 この場所も、わずかに小高くなっているようにも見えて、ひょっとしたら古墳の後なのではないかとも妄想してしまいますが、可能性はないのかな?

 生田根岸古墳群の所在する丘陵は、「東京都道・神奈川県道3号世田谷町田線」という主要地方道によって東西に分断されていますが、この道路の西側にも2基の古墳が発見されています。

 次回、その「東生田緑地内新発見古墳」に続く。。。
 
<参考文献>
伊東秀吉「川崎市の古墳(二)」『川崎市文化財調査集録 第4集』
佐藤善一・伊藤秀吉「川崎市内の高塚古墳についてー現状確認調査を踏えて」『川崎市文化財調査集録 第24集』
土生田純之・浜田晋介・小林孝秀「根岸古墳出土遺物について」『川崎市文化財調査集録 第38集』


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  1. 2019/04/04(木) 03:53:37|
  2. 川崎市の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4
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コメント

ひでりんさん、相模原に続き川崎市の古墳のご紹介ありがとうございます。
生田地域にはこんなすごい古墳群があったのですね。竹林が幻想的で悠久の時の流れを感じますね。本当に怪しい高まりについては、自治体がもっと調査してほしいなと私もいつも感じます。
ついこの前登戸と向ヶ丘遊園の間位にある、浅間神社古墳に行ってきました。可愛らしく地元の方に大事にされているようでしたが、そちらはもういらっしゃいましたか?
このあと、非公開コメントお送りしますね。
  1. 2019/04/04(木) 18:21:23 |
  2. URL |
  3. ruru #-
  4. [ 編集 ]

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  1. 2019/04/04(木) 18:38:03 |
  2. |
  3. #
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  1. 2019/04/05(金) 09:59:14 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

ruruさま、こんばんは。

登戸と向ヶ丘遊園の間の浅間神社古墳、もちろん行きました。笑。
着陸したUFOみたいに、綺麗に円形に残された古墳ですよね。
近々アップすべく文章を書き始めましたので、お待ちくださいませ。
  1. 2019/04/08(月) 17:50:06 |
  2. URL |
  3. ご〜ご〜ひでりん #OsZoF7Es
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