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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

稲荷山古墳群 その1「白石稲荷山古墳」-国指定史跡-

「白石稲荷山古墳」

 さてさて、今回から麗しの群馬特集!ということで、群馬県藤岡市白石に所在する「白石稲荷山古墳」の探訪の記録です。

 国指定史跡であるこの白石稲荷山古墳は、藤岡市を一望できる台地の縁辺部に築造されており、後円部の墳頂部には大きな2本の桜の木が植えられています。地元ではお花見スポットとしても知られており、満開になる4月上旬頃には多くの人が観光に訪れています。
 私が訪れたのは4月6日の土曜日でしたが、なんと!八分咲きだった桜がちょうどこの日に満開になったということで、多くの人がスマホを片手に桜を楽しんでいました。

 画像は「白石稲荷山古墳」を、台地から一段下がった南東側から見上げたところです。
 左が前方部、右が後円部という状況です。
 やはり古墳の雄大さを感じるには、台地の下から見上げなければ!


「白石稲荷山古墳」

 なんと美しき、後円部とさくら。
 この角度から見ると、壮大な一本桜に見えるのです!

 実は、私が最初にこの古墳を訪れたのは8年前の9月、つまり桜とは全く無縁な時期だったのです。当時はこの古墳が桜のお花見スポットだとは露知らず、よく調べてから訪れるべきだったと激しく後悔しましたが、以来ずっと再訪できるチャンスを狙っていました。
 なんとかギリギリ、平成最後の年にようやく満開の桜を拝むことができました。

 今回の画像、実は周囲には、多くの桜の写真を撮影している人がいるのです。
 私だけ、人の波が途切れるまでじーっと待っているわけなのですが、変な人だと思われたでしょうね、きっと。笑。


「白石稲荷山古墳」

 墳頂部の様子です。
 もう少し遅い時期を狙ってきて、舞い散る桜吹雪を撮影できたら、それもキレイだったかもしれません。

 石碑とともに、藤岡市教育委員会による説明板が設置されており、次のように書かれていました。

 国指定史跡
  白石稲荷山古墳
       所在地:藤岡市白石一三六五ほか
       所有者:飯玉神社ほか
 古墳は、鮎川左岸の上位段丘面東端に占地する前方後円墳である。大きさは
全長一七五m、後円部径九二m、くびれ部幅五〇m、前方部幅約一四八m、後
円部高一三・五m、前方部高六mである。昭和8年の調査で、墳頂部から東槨
(全長八・二m、幅九〇cm)、西槨(全長五・三m、幅四〇cm)の二つの竪穴式礫
槨が確認されている。出土遺物は鏡、直刀、装飾品類、石製模造品(石枕・刀
子・案・杵・坩・箕・釧・勾玉・屐など)などのほか家、短甲などの埴輪があ
る。
 本墳は十二天塚古墳や十二天塚北古墳を陪塚とし、五世紀前半に造られた東
日本を代表する古墳の一つで、豊富な副葬品から当時の生活文化を考える上で
極めて重要である。
                           藤岡市教育委員会




「白石稲荷山古墳」

 後円部から前方部を見たところです。
 後円部に比べて、前方部が低い形状が特徴的ですね。
 長年農地として利用されたからか、墳丘の表面がなめらかになっていて墳形がはっきりしません。


「白石稲荷山古墳]

 南西から見た白石稲荷山古墳です。
 左が後円部、右が前方部です。

 この古墳は、昨年の「七輿山古墳」同様に、早稲田大や県立歴史博物館と合同で今年2月26日~3月25日にかけて、デジタル三次元測量や地中レーダー探査による調査が行われています。昭和8年の調査は深さ数十センチまでしかできなかったものの、GPRはなんと地下6メートルまで測定できるそうです。
 この古墳は、昭和8年(1933年)に大規模な発掘調査が行われています。この際、後円部の墳頂部の東西二箇所に竪穴式の埋葬施設が確認されており、直刀や銅鏡、勾玉、家形埴輪や多数の石製模造品が出土しているそうです。
 この二箇所の埋葬施設は、墳頂部中心から外れていることから、さらに下層の中心部に、より古い年代の埋葬施設が存在するのではないかとも想定されているそうです。地中レーダー探査等の非破壊調査により、墳丘の詳細な規模や構造、未確認の埋葬施設などの解明が期待されているそうです。
 現在はまだ、詳細な調査結果は公表されていないようですが、古墳の形状や別の埋葬施設の存在により、古墳の築造時期がさかのぼる可能性もあるようです。
 昨年、「七輿山古墳」で行われた非破壊調査では、国内最大規模ともいわれる横穴式石室の存在が確認されているようですし、調査の結果が楽しみですね。。。

 この写真、実は撮影しているときは古墳の全貌をおさめているつもりだったのですが、帰宅してから空中写真で確認すると、私が撮影している場所も前方部の西角にあたっていました。。。

「白石稲荷山古墳」

 西から見た白石稲荷山古墳。
 墳丘上を歩く人影が、古墳の雄大さを物語ります。


「白石稲荷山古墳」

 北側から後円部を見たところ。
 デカイってのは良いことです!


「十二天塚古墳」と「十二天塚北古墳」

 白石稲荷山古墳の北側には、隣接して「十二天塚古墳」、「十二天塚北古墳」という2基の古墳が存在します。かつては1基の前方後円墳ではないかとも考えられていたようですが、昭和62年(1987)からの3度にわたる範囲確認調査で、別々の2基の古墳であることが判明しています。
 藤岡市のHPによると、「十二天塚古墳」は長軸36.8m、短軸26.8m、高さ2.6mの長方形墳で葺石や埴輪列が巡っています。「十二天塚北古墳」は、長軸23m、短軸22m、高さ2.2mの方墳で、竪穴式の礫槨が確認されています。十二天塚北古墳からは白石稲荷山古墳と同じ竪穴式礫槨が確認され、紡錘車、勾玉、坩などが棺外埋葬で出土しています。
 画像の右手前が十二天塚古墳、中央奥が十二天塚北古墳の所在地となるようですが、墳丘が明瞭な形で残されていないため、よくわかりません。


「白石稲荷山古墳」、「十二天塚古墳」と「十二天塚北古墳」
出典:国土地理院ウェブサイト(https://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=738742&isDetail=true)

 画像は、国土地理院ウェブサイトより公開されている、昭和35年(1960)に国土地理院により撮影された、白石稲荷山古墳、十二天塚古墳、十二天塚北古墳の所在地周辺の空中写真です。この時代にはまだ方形の十二天塚古墳と、うっすらと円形にも見える十二天塚北古墳の形状を捉えることができます。さらには、白石稲荷山古墳の前方部の形状も確認することができます。
 やはり、かなり広い前方部だったようですね。


「白石稲荷山古墳の埴輪」

 この白石稲荷山古墳と、皇子塚古墳、平井地区1号古墳が所在する毛野国白石丘陵公園のちょうど中間地点に「藤岡歴史館」があり、常設展示にて白石稲荷山の出土品が公開されています。
 画像が円筒埴輪と朝顔型円筒埴輪です。

次回、「稲荷山古墳群 その2」に続く。。。

<参考文献>
群馬県『ぐんま古墳探訪』
東京新聞『TOKYO Web』
現地説明板


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  1. 2019/04/23(火) 02:06:02|
  2. 群馬県の古墳
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  4. | コメント:3
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コメント

ひでりんさん、お忙しい中記事のアップをありがとうございます。連休はいかがお過ごしでしょうか?
壮麗という言葉が浮かんでくる、本当に美しい古墳ですね!
それにしても、こんなに大きい古墳が関東にあるのですね。
かつてかなりの勢力の一大王国があったのでしょうか。
ひでりんさんのご出身地とこの群馬のエリアは「野毛王国」にあたるのでしょうか?
あの、野毛大塚古墳と縁のある被葬者が眠っているとしたら、どきどきします。今後の調査が本当に待たれますね。
こちらの古墳群を見て、私は行ったことがないのですが「さきたま古墳群」を思い出しました。あちらは軍事的性格が強いと聞いたことがありますが、この古墳群も副葬品からしてそうなのでしょうか。。

今年は大切な身内を喪い、桜をゆっくり観られませんでした。
こうして美しい写真で桜を見せてくださって、いつもお忙しいのに本当にありがとうございます。
いつもながら、お写真が素晴らしいです!
  1. 2019/05/02(木) 11:03:27 |
  2. URL |
  3. ruru #-
  4. [ 編集 ]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2019/05/02(木) 11:11:00 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

ruruさま、こんばんは。

この白石稲荷山古墳から七輿山古墳までの周辺は、現在も史跡公園として整備を進めているようです。整備が終われば、さきたま古墳群に負けない素晴らしい公園になると期待しています。

世田谷の「野毛」と群馬県の「毛野」は何か関係があったのではないかと聞いたことがありますが、これから色々と解明されるなら興味深いですよね。

実は、写真を褒めていただけるの、とても嬉しいです。笑。
私はカメラについては別にプロでもなんでもなく、無知な素人なのですが、いつもダラダラと写真を撮るのに時間がかかってしまうし、地元の人と話し込んでしまったりして、予定した通りに巡れた試しがないのです。笑。
  1. 2019/05/08(水) 00:32:10 |
  2. URL |
  3. ご〜ご〜ひでりん #OsZoF7Es
  4. [ 編集 ]

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