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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「新作古墳」

「新作古墳」

 今回は、川崎市高津区新作に所在したとされる「新作古墳」の探訪の記録です。

 この古墳について書かれた文献はあまり多くはないのですが、平成元年に発行された『川崎市文化財調査集録 第24集』には、「現在高さ50cm余りの盛土があって、わずかに古墳の痕跡をとどめている。(中略)もとは2基あったが、戦時中の食糧難時代に、2基とも掘り崩して畑にしてしまったとのこと。その際出土した遺物も今は無く、当時の状況を知る手がかりは何も得られなかった。」と書かれています。
 同書には、古墳の所在地を記した分布図が掲載されており、これを参考にすると、画像の左奥の林になっているあたりか、その右手の宅地となったあたりが古墳の所在地ではないかと思われるのですが、正確な場所は突き止めることができず、果たして「高さ50cm余りの盛土」が現在も残されているのか、確認することはできませんでした。

 この古墳を含む、かつての「新作村」にはかなり多くの古墳が存在したと伝えられており、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』にはとても興味深い記述を見ることができます。

 「古塚 四か所あり、一は村の南字田畑の上にあり、此塚六七年前農人誤て鋤を入しに、土崩れて坑開け、中より古陶器二つ徳利の如き形のものを出せり、其の穴をのぞむに、土の方左右へ青石を建てるさま櫃の形なり、土人その石の内三枚を出して、今四間の橋とせり、一は村の南野川村境にあり、弁天塚と呼ぶ、上に弁天の社ある故なり、塚の廻り二十八九間もあるべし、近きころ土人掘穿ちしに子蛇出て足に噛付しゆへ、恐れて闇にしなど奇怪の語あり、是も内より徳利の状にて硝子の如くすき透り、其色いとうるはしきもの出しとぞ、一は同塚の東の方にあり、今は七八坪許にてわづかにその状を遺せり、これも農耕の妨げなりとて先年堀崩せしに、崇寧通宝の古銭あまた及び矢の根三寸ばかりなるもの出たり、その数をひたたしきことなりと云、又大刀四振長刀二柄、鎧のさねをよひ金具まはりの朽たるもの、冑の天空の金物の如きもの出たり、これらをあつめ俵にして埋みしと云、一は字田畑の上にあり、これも甲冑の朽しものなどありしと云、この外仏手台と云所に二つほどありしが、これは皆掘崩して今は平地となれり、何れも故ある人を葬りし所とみえたり」


 「土の方左右へ青石を建てるさま櫃の形なり」とはおそらく埋葬施設について書かれたものであり、その内の三枚、おそらくは天井石が石橋の材料として流用したことが書かれています。また、ほかの古墳から、「大刀四振長刀二柄」や「甲冑の朽しもの」等の遺物が出土したことも書かれています。
 かつてのこの一帯には、かなり多くの古墳が築造され、古墳群が形成されていたものと考えられますが、果たして痕跡は何も残されていないのでしょうか。
 また、「仏手台と云所に二つほどありし」と、ほかに2基の古墳の伝承も記されているようですが、これは新作八幡台遺跡の所在する台地上のことではないかと思われますが、これは江戸時代にはすでに消滅していたようです。


「新作古墳」

 よくわからなかったのが、川崎市教育委員会より発行されている、最新の『川崎の遺跡 2012』や、ネットで公開されている『ガイドマップかわさき 川崎市地図情報システム』には、この場所に古墳の登録が見られないのですが、南東200mほどの地点に「高津区No.78遺跡」として2基の古墳が登録されており、近年発行されている発掘調査報告書等に記載されている分布図では、この2基を新作古墳としているようです。
 この場所も訪れてみました。

 画像は、民家の庭先で築山となっているマウンドです。ガイドマップかわさきの位置情報とは多少のズレはみられるのですが、これが古墳ではないかと思われます。
 実は、このお宅の御主人にお話を聞くことができたのですが、これはあくまで庭の築山で古墳ではないとのこと。かつて所有していて、現在は手放したという土地に古墳があったが、調査が行われたのちに削平され、いまは一軒家の下敷きになっているョ、とのことでした。この削平された古墳とは、おそらくは野川2号墳のことではないかと思われるのですが、新作古墳についての真相は残念ながらわかりませんでした。。。


「新作古墳」

 ちょっと画像では見難いのですが、敷地のさらに奥にも、わずかながらの高まりが垣間見られました。
 実際に古墳が残存するのかどうか不明ではありますが、『川崎の遺跡』や『ガイドマップかわさき 川崎市地図情報システム』に掲載されているもう1基も、なんらかの痕跡が残されているのかもしれませんが、こちらも詳細はわかりませんでした。
 うーん。今回は、痒いところに手が届かない感じになってしまいましたね。。。
 
<参考文献>
伊東秀吉「川崎市の古墳(一)」『川崎市文化財調査集録 第3集』
佐藤善一・伊東秀吉「川崎市内の高塚古墳についてー現状確認調査を踏えて」『川崎市文化財調査集録 第24集』
村田文夫『川崎・たちばなの古代史』


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  1. 2019/05/23(木) 23:45:05|
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