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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「末長久保台古墳群」

「末長久保台古墳群」

 多摩丘陵の北東縁の一角、現在の川崎市高津区末長2丁目周辺には、「久保台」と呼ばれる台地が存在します。この台地上は「久保台遺跡」と呼称され、縄文・弥生・土師・須恵」の散布地として知られています。
 久保台遺跡と呼ばれる一帯は長く畑地として利用されていたようですが、昭和60年(1985)頃に地元在住の住民が埴輪の存在に気付き、以後採集された埴輪の破片は、昭和63年(1988)10月までに、40×30×20cmの箱にして7箱分にも及ぶそうです。埴輪片は径50メートルの範囲から採集されており、台地の中央部からまとまって出土していることから、埴輪窯とは考えられず、この場所に高塚古墳が存在したのは間違い無いと考えられていたようです。

 画像は、久保台遺跡内に所在する「江戸見桜」です。川崎市の『まちの木50選』にも選ばれている桜で、品種はオオシマサクラです。
 現地に設置された説明板には
 江戸見桜 「江戸が見える」「江戸からも見える」として地元はもとより、大山詣での人の目印にもなったので。この名が付けられたと言われ、平安時代後期の武将八幡太郎義家も馬を休めたとも伝えられている。この地は鎌倉時代から明治初期にかけて熊野権現の境内で、桜は依代の樹で浄土を現す象徴として複数植えられたらしい。
 と、この桜にまつわる多くの伝承が記されています。


「末長久保台古墳群」

 埴輪片が採集された場所は、この江戸見桜の西方40メートルほどの地点で、画像の左側にあたります。
 埴輪は、円筒埴輪、朝顔形埴輪、人物埴輪、馬形埴輪が出土しており、埴輪の出土は2箇所に大別されています。これを甲群、乙群とすると、甲群の古墳は6世紀を前後する時期、乙群の古墳は6世紀の第一四半期~第二四半期に築造されたと推定されているようです。
 埴輪が採集された当時、すでに古墳としての表徴は見られなかったようですが、『川崎市文化財調査収録』に収録の「川崎市高津区末長久保台出土の埴輪」には、「採集地点から東方40mの遺跡最高所には、塚状の高まりが存在し、古墳である可能性を有するものといえる。」と書かれています。同書に掲載されている布図と照らし合わせると、「遺跡最高所の塚状の高まり」とはどうやらこの「江戸見桜」の場所であるようです。

 その後、平成12年(2000)から翌13年(2001)にかけて、宅地造成に伴う発掘調査が行われ、5世紀前半から6世紀中葉に築造されたと推定される古墳4基の古墳の周溝が検出されたようです。この調査の詳細は、報告書を見つけることができなかった(未刊行かもしれない)ので、よくわからないのですが、周溝の一部が確認されたという1号墳の周溝からは、5世紀末から6世紀初頭、6世紀前半という異なる2種類の埴輪が出土しているそうです。
 想像するに、江戸見桜の西方40mほどの地点が1号墳。そしてこの江戸見桜の地点も古墳であり、2基の古墳の埴輪片が1号墳の周溝に混在していた、という状況が考えられそうですが、真相はわかりません。


「末長久保台古墳群」

 『川崎の遺跡』からすると、画像の畑地の奥にも古墳が1基登録されているようです。江戸見桜の西側の古墳が1号墳であれば、この場所が2号墳となるのかも知れませんが、現状は古墳の痕跡らしき高まりは見られないようです。


「末長久保台古墳群」

 『川崎の遺跡』によると、「江戸見桜」の東方20~30メートルほどの地点にも、高津区No.122遺跡として2基の古墳が登録されているようです。おそらくは、この2基が3号墳と4号墳ということになるのでしょうか。
 3号墳は、平成20年(2008)に刊行された『末長向台遺跡第3地点・末長向台古墳群』に「上面を削平されているが、比較的に遺存状況は良好である。」とあるようですが、現地で散策したところでは、正確な古墳の位置はわかりませんでした。外径16m、内径14mの円墳で、出土した遺物により6世紀中葉の築造と推定されています。
 4号墳は、外径で南北16.8m、東西22.25mの円墳で、出土した遺物が5世紀第1〜第2四半期の所産と考えられているようです。


「末長久保台古墳群」

 周辺をよーく観察してみると、円形を呈するわずかな高まりを見つけることができました。これが古墳に関係するものなのかどうかは不明ですが、かなり気になる形状です。
 少なくとも古墳群として複数の古墳が存在したことは間違いないようですので、これからの調査の進展が楽しみですね。。。
 
<参考文献>
高津図書館友の会郷土史研究部『鎗ヶ崎遺跡発掘調査報告書』
鈴木重信「川崎市高津区末長久保台出土の埴輪」『川崎市文化財調査収録 第25集』
有限会社 吾妻考古学研究所『末長向台遺跡第3地点・末長向台古墳群』


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  1. 2019/07/02(火) 23:16:46|
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