FC2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「西岡4号墳」

「西岡4号墳」

 「西岡3号墳」は、世田谷区等々力3丁目に所在したとされる古墳です。『東京都遺跡地図』には『東京都遺跡地図』には世田谷区の遺跡番号132番の古墳(円墳)として登録されています。

 1930年代には、後に大田区立郷土博物館の館長を努めることになる西岡秀雄氏による荏原台古墳群の分布調査が行われており、この調査により「西岡4号墳」と命名されています。『考古学雑誌 第26巻 第5号』には当時の調査結果が記されており、次のように書かれていました。

第四號古墳
(所在位置)舊地名 東京都荏原郡玉川村大字等々力字上原
      新地名 東京市世田谷區玉川等々力町三丁目杉田吉之助氏所有地
(型式)  圓型墳
(現況其の他) 畑中にあるが、生垣を以つて圍ひ、封土上部には稲荷祠があり、未發掘と聞くも詳細不明である。高さ約二•五米。
(『考古学雑誌 第26巻 第5号』309ページ)


 昭和60年(1985)に発行された『都心部の遺跡』には、この塚の高さは1.5mと記載されていることから、昭和に入って塚はさらに小さくなっていたものの、何らかの痕跡(または伝承)が残されていたのかもしれません。同書には「塚の可能性も推定される」と書かれていましたが、『東京都遺跡地図情報』ではこの塚は「古墳(円墳)」とされています。
 実は、私が初めて「古墳群」を詳細に巡ってみたのが大田区田園調布から世田谷区野毛にかけて存在する荏原台古墳群で、この4号墳周辺も散策しました。最初に歩いてみた8~9年程前(?)には、古墳の跡地とされる画像の道路の右側あたりに祠が祀られているのを見た記憶があるのですが、再度訪れた時(といっても3年程前)にはすでに見当らなくなっていました。『考古学雑誌』には、墳丘上部に稲荷祠が祀られていたことが記載されていることから、この祠の所在が気になるところなのですが、当時の記憶が朧げなうえに当時の写真も消失してしまっており、今となっては確認することは出来ません。
 見学して廻ったときにすぐに記事を書いて更新しておけばよかったのですが、探検して歩くことのほうが楽しくなってしまっていたので仕方がないですね。。。

<参考文献>
西岡秀雄「荏原台地に於ける先史及び原始時代の遺跡遺物」『考古学雑誌 第26巻 第5号』
世田谷区史編さん室『世田谷区史料 第8集 考古編』
東京都教育委員会『都心部の遺跡』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2017/12/17(日) 23:58:16|
  2. 世田谷区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「西岡3号墳」

「西岡3号墳」

 「西岡3号墳」は、世田谷区等々力3丁目に所在したとされる塚です。
 古くは1930年代に、後に大田区立郷土博物館の館長を努めることになる西岡秀雄氏による荏原台古墳群の分布調査が行われており、当時古墳ではないかと考えられていたこの塚は「西岡3号墳」と命名されています。『考古学雑誌 第26巻 第5号』には当時の調査結果が記されており、次のように書かれていました。

第三號古墳
(所在位置)舊地名 東京都荏原郡玉川村大字等々力字上原
      新地名 東京市世田谷區玉川等々力町三丁目杉田吉之助氏所有地
(型式) 圓型墳
(現況其の他) 畑中にあり、現在殆ど消失せんとしつつあるが、封土上部に石祠及び植込みあり。以前直刀其の他を出したと聞いたが詳細不明である。高さ約一米。
(『考古学雑誌 第26巻 第5号』309ページ)

 同書の記録では、直刀その他を出土したという伝承があるようなのですが、『東京都遺跡地図』ではこの西岡3号墳は、世田谷区の遺跡番号131番の「中世の塚」として登録されているようです。


「西岡3号墳」

 画像は、塚の跡地ではないかと想定した地点に、石碑が建てられているそれらしき植込みが存在したことから取り上げてみました。わずかな地膨れ程度の高まりが見られることから、怪しい!と思える場所ですが、実は真相はわかりません。昭和60年(1985)に発行された『都心部の遺跡』には、この塚の「副葬品」の項に「鉄鏃、仏像」と書かれており、この仏像の存在が、3号墳が塚ではないかという根拠となっているのではないかと思われますが、学術的な調査の記録は見つけることは出来ませんでした。『東京都遺跡地図情報インターネット提供サービス』で以前公開されていた「遺跡一覧」の「遺跡の概要」の項には、この塚の高さは1mと記載されています。

<参考文献>
西岡秀雄「荏原台地に於ける先史及び原始時代の遺跡遺物」『考古学雑誌 第26巻 第5号』
世田谷区史編さん室『世田谷区史料 第8集 考古編』
東京都教育委員会『都心部の遺跡』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2017/12/16(土) 23:53:33|
  2. 世田谷区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「千部塚」

「千部塚」

 画像は、世田谷区深沢5丁目にある「千部塚」を南東から見たところです。『東京都遺跡地図』には、世田谷区の遺跡番号212番の”中世から近世の塚”として登録されています。

 『東京都遺跡地図』にはこの塚の規模について径3m、高さ1mと掲載されていますが、塚は東側を道路等に、また北側も宅地により削平されており、原型は大きく損なわれているようです。
 「千部塚」という名称からして何か伝承や由来が残されているのではないかと調べてみたのですが、情報は非常に少なく、詳細は分かりませんでした。ちなみに神奈川県相模原市には同名の「千部塚」があり、大塔宮護良親王の三十三回忌に法華経千部を修し、供養塔を建立した場所であると伝えられているようですので、この深沢の「千部塚」にも何か宗教的ないわれがあるのかもしれません。


「千部塚」

 もう少し近くで見るとこんな感じです。近所のご主人との立ち話によるとこの周辺は昭和の初め頃までは一面に田園が広がっていたそうで、その中にぽつりとこの塚が所在したそうです。周辺には「鎧塚」、「侍塚(侍の首塚)」といった複数の塚が周辺に存在したようですが、所在はわからず、また現在の日体大の校庭あたりにも無名の塚があったといわれているようですが、こちらも所在がわからなくなっているようです。さらにこの周辺の「将軍塚」という塚は現存しているようなのですが、これも残念ながらどこにあるのかわかりませんでした。。。

「千部塚」

<参考文献>
世田谷区教育委員会・世田谷区民俗調査団『深沢 世田谷区民俗調査第11次報告』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2015/12/07(月) 03:23:52|
  2. 世田谷区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「栗原塚」

栗原塚

 「栗原塚」は、世田谷区代田3丁目に所在する塚です。『東京都遺跡地図』には世田谷区の遺跡番号204番の塚として登録されています。

 この栗原塚は、「代田広場」という世田谷区立の公園内に残されています。かつてマウンドが存在したのかどうか不明ですが、現在は公園内の築山のような中に石碑が立てられており、碑には「狐塚之霊?」と刻まれています。
 かつてのこの敷地は「栗原稲荷神社」という広い境内の神社が祀られていました。180坪余りの社有地と墓地があり、150mもある参道が鳥居の前から東に向って延びていたそうです。この神社にはある言い伝えが残されており、世田谷区生活文化部文化課より発行されている『ふるさと世田谷を語る』には次のように書かれています。

(前略)今ではその大半の土地には住宅が建っていて、神社は公園の片隅に祀られているのです。
 この公園の中央には高さ一メートルほどの「狐塚の碑」と書かれた碑が建てられています。これは、昔この辺りが雑木林やスギ、マツ、ヒノキ、キリ、ウメなどの林、竹やぶなどの多かった所で、キツネ、タヌキ、イタチ、ノウサギなどが住みついていた場所であることと関係あるのです。
 これら小動物の中で、キツネは稲荷信仰の神使として稲荷神社では大切に祀られていましたが、その一方で悪さをしたりする動物でもありました。
 明治五年頃、この栗原では、病気になったり、不慮の事故にあったりする人が続出しました。行者にみてもらったところ、これはキツネに取りつかれたためだということになりました。そして行者の祈祷によって、人間に取りついたキツネの魂を引き離して、稲荷神社の境内に封じ込めたのです。狐塚の霊碑は、キツネの霊魂を祀った石碑なのでした。
 今でも地域の有志の人々によって、建碑の明治三十二年三月六日に因んだ毎年三月六日には、交代で供物を捧げ、お参りしているということです。(『ふるさと世田谷を語る』54~55ページ)



栗原塚

 実は私は20年以上も昔、狐に憑かれた人を見たという話を母から聞いたことがあります。それはかなり恐ろしい話で、鳥肌を立てながらその話を聞くとともに、そんなことが実際にあるんだなあと思っていました。「狐憑き」の話は全国各地に見られるようですが、母の話では、狐に憑かれた人は後ろから強く顔を引っ張られたように異様に吊り上がった目で、膝から下を折り曲げて膝で歩きながら「コーンコーン」を鳴きながら室内を徘徊したそうです。これが欧米であれば人に取り憑くのは悪魔(サタン?)となるのでしょうが、日本ではなぜ狐なのでしょうか。

 画像は、塚上に立てられている石碑です。一部が欠損しており判読し難い状況ですが、「狐塚の霊碑」と刻まれています。『東京都遺跡地図』には栗原塚は近世の塚であるとされていますのでどうやら古墳ではないようです。。。

<参考文献>
世田谷区生活文化部文化課『ふるさと世田谷を語る』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』

  1. 2015/04/30(木) 00:25:42|
  2. 世田谷区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

「あたご山横穴墓」

「あたご山横穴墓」

 「あたご山横穴墓」は、世田谷区奥沢1・7丁目に所在したとされる横穴墓です。『東京都遺跡地図』には世田谷区の遺跡番号120番に登録されている横穴墓です。

 この横穴墓について、『世田谷ふるさとめぐり てくたくぶっく 九品仏コース』に次のように書かれています。


⑧横穴墳(よこあなふん)奥沢1-27
 奥沢台地から吞川に下るあたりは湿地でした。昭和3年(1928)ごろ、この湿地や田や畑を埋立てるため、奥沢台地の東の斜面を切りくずしていました。その時、その斜面に50cm位の穴があきました。工事をする人と地主の和田さんが穴の中に入ったところ中には石をしきつめてあり、二体の人骨が発見されました。それがいつの時代のものかはっきりとはわかりません。現在は元の場所より5m離れたあたりに瓶に人骨をおさめて埋めてあります。(『世田谷ふるさとめぐり てくたくぶっく 九品仏コース』7ページ)


 画像が「横穴墳」の石柱です。ゴミ収集の場所になってしまっているのは残念なところですが、今生きている人の生活を考えるとこれも仕方のないところなのでしょうか。。。

<参考文献>
玉川石標を守る会『世田谷ふるさとめぐり てくたくぶっく 九品仏コース』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』

  1. 2015/04/28(火) 01:01:22|
  2. 世田谷区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
前のページ 次のページ

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (4)
足立区/その他の古墳・塚 (9)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (10)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (2)
北区/飛鳥山古墳群 (8)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (14)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (5)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (16)
豊島区の古墳・塚 (3)
文京区の古墳・塚 (8)
杉並区の古墳・塚 (18)
中野区の古墳・塚 (17)
新宿区の古墳・塚 (19)
千代田区の古墳・塚 (7)
目黒区の古墳・塚 (9)
渋谷区の古墳・塚 (19)
港区の古墳・塚 (8)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (15)
大田区/田園調布古墳群 (34)
大田区/鵜の木・久が原古墳群 (8)
大田区/その他の古墳・塚 (52)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (9)
世田谷区/大蔵古墳群 (0)
世田谷区/砧中学校古墳群 (2)
世田谷区/喜多見古墳群 (13)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (18)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (7)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (34)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (13)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (29)
狛江市/その他の古墳・塚 (1)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (14)
府中市/高倉古墳群 (32)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (15)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (9)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (8)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (12)
町田市/能ケ谷香山古墳群 (0)
町田市/その他の古墳・塚 (21)
八王子市の古墳・塚 (33)
昭島市の古墳・塚 (12)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (5)
小金井市•国分寺市の塚 (4)
東村山市•東大和市の塚 (9)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (47)
横浜市の古墳・塚 (0)
相模原市の古墳・塚 (7)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
壬生町•上三川町 (5)
長野県の古墳 (6)
群馬県の古墳 (8)
茨城県の古墳 (5)
埼玉県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
未分類 (9)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR