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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「桜塚7号墳」

「桜塚7号墳」

 飛田給古墳群は、調布市の最西端に位置しており、府中崖線上の立川段丘面縁辺部に所在する古墳群です。東には下石原古墳群が、西には府中市の白糸台古墳群が隣接しており、飛田給古墳群と府中市白糸台古墳群は主体部や墳丘の規模、構造等がほぼ共通しており、行政区分は異なるものの一連の古墳群であると考えられています。

 明治初年の地租改正の際に作成された『地籍図』をみると、現在削平されてしまった古墳ではないかと思われる地割りが残されています。この周辺の地割りは長方形か方形の整然とした区画が基本であるようですが、この中に不規則に小さな区画を見ることができます。このうち、上石原字桜塚601の地番にあたる地点が「桜塚7号古墳」にあたり、『東京都遺跡地図』には調布市の遺跡番号51-12番に登録されている古墳です。地籍図が作成された時点では古墳の墳丘の高まりが残されていたのではないかと考えられているようですが、現在は墳丘が削平されて消滅しており、地籍図によってのみ存在が推定されている古墳です。

 画像は「桜塚7号墳」の推定地を南から見たところです。残念ながら、地上に古墳の痕跡はにも残されていないようです。

<参考文献>
調布市市史編纂委員会『調布市史 上巻』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査団報告書』
調布市教育委員会・調布市遺跡調査会『桜塚古墳 -2号墳・3号墳・5号墳・6号墳-』2000


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  1. 2016/01/09(土) 00:27:27|
  2. 調布市/飛田給古墳群
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「桜塚6号墳」

「桜塚6号墳」

 飛田給古墳群は、調布市の最西端に位置しており、府中崖線上の立川段丘面縁辺部に所在する古墳群です。東には下石原古墳群が、西には府中市の白糸台古墳群が隣接しており、飛田給古墳群と府中市白糸台古墳群は主体部や墳丘の規模、構造等がほぼ共通しており、行政区分は異なるものの一連の古墳群であると考えられています。

 画像は、調布市飛田給2丁目の「桜塚6号墳」の跡地を南から見たところです。『東京都遺跡地図』には調布市の遺跡番号51-11番の古墳です。
 この古墳は主体部のみが確認されている古墳で、攪乱によりほとんどの石が抜き取られていましたが河原石積横穴式石室であると考えられており、鉄鏃6点が出土しています。周溝が検出されていないため規模は不明ですが、出土遺物から7世紀中頃に築造された古墳であると推定されています。

 この古墳の石室はすでに消滅しており、残念ながら地上に痕跡を見ることは出来ないようです。。。

<参考文献>
調布市教育委員会・調布市遺跡調査会『桜塚古墳 -2号墳・3号墳・5号墳・6号墳-』2000
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査団報告書』


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  1. 2016/01/08(金) 01:55:37|
  2. 調布市/飛田給古墳群
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「桜塚4号墳・桜塚12号墳~14号墳」

「桜塚4号墳・桜塚12号墳~14号墳」

 飛田給古墳群は、調布市の最西端に位置しており、府中崖線上の立川段丘面縁辺部に所在する古墳群です。東には下石原古墳群が、西には府中市の白糸台古墳群が隣接しており、飛田給古墳群と府中市白糸台古墳群は主体部や墳丘の規模、構造等がほぼ共通しており、行政区分は異なるものの一連の古墳群であると考えられています。

 明治初年の地租改正の際に作成された『地籍図』をみると、現在削平されてしまった古墳ではないかと思われる地割りが残されています。この周辺の地割りは長方形か方形の整然とした区画が基本であるようですが、この中に不規則に小さな区画を見ることができます。このうち、上石原字桜塚612の地番にあたる地点が「桜塚4号古墳」にあたり、この地籍図が作成された時点では古墳の墳丘の高まりが残されていたのではないかと考えられています。
 その後、平成8年(1996)の共同住宅建設のための調査により、この桜塚4号墳の主体部である河原石積横穴式石室が検出され、さらに新たに桜塚12号墳の河原石積横穴式石室も検出されています。4号墳の石室内からは人骨や刀子が出土しています。
 さらには、この調査と平行して行われた飛田給遺跡第49地点からは桜塚13号墳の石室1基と同14号墳の周溝も検出されています。

 画像右奥に見える集合住宅の西側が12号墳、中央あたりが4号墳、画像手前の駐車場の中央左寄りが14号墳、右寄りが13号墳の跡地となるようですが、4基ともに古墳の痕跡を地上に見ることは出来ません。。。

<参考文献>
調布市市史編纂委員会『調布市史 上巻』
調布市教育委員会『埋蔵文化財年報-平成9年度-』1997
調布市教育委員会・調布市遺跡調査会『桜塚古墳 -2号墳・3号墳・5号墳・6号墳-』2000
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査団報告書』


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  1. 2016/01/07(木) 02:31:10|
  2. 調布市/飛田給古墳群
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「桜塚3号墳+桜塚5号墳」

「桜塚3号墳+桜塚5号墳」

 飛田給古墳群は、調布市の最西端に位置しており、府中崖線上の立川段丘面縁辺部に所在する古墳群です。東には下石原古墳群が、西には府中市の白糸台古墳群が隣接しており、飛田給古墳群と府中市白糸台古墳群は主体部や墳丘の規模、構造等がほぼ共通しており、行政区分は異なるものの一連の古墳群であると考えられています。

 明治初年の地租改正の際に作成された『地籍図』をみると、現在削平されてしまった古墳ではないかと思われる地割りが残されています。この周辺の地割りは長方形か方形の整然とした区画が基本であるようですが、この中に不規則に小さな区画を見ることができます。このうち、上石原字柳谷戸416の地番にあたる地点が「桜塚3号古墳」にあたり、この地籍図が作成された時点では古墳の墳丘の高まりが残されていたことがわかります。その後も、墳丘ではないかとされる高まりは残されていたようですが、平成元年(1989)の宅地造成により削平され、この際に主体部である河原石積横穴式石室の調査が行われています。
 この古墳には、古墳を崩した際に刀剣が出土したという地元の人の話があるものの、その行方はわからなくなっているようです。

 桜塚5号墳は、古墳の墳丘は完全に削平されてマウンドは存在しなかったものの、上石原字柳谷戸418の地番にあたる3号墳の北西27mの地点に古墳と推定される区画が描かれていたことにより、平成元年(1989)の水道管埋設工事の際に試掘調査が行われ、周溝と石室の基底部が検出されています。墳丘の規模は推定径24m、外径は30mの円墳で、埋葬施設は河原石積横穴式石室が確認されています。周溝から土師器坏、石室内からは須恵器片と金属製品が出土しており、出土品から7世紀前半に築造され古墳ではないかと推定されています。また、その後の平成12年(2000)に行われた調査で周溝が検出され、内径24m、外径30mの円墳であることもわかっています。

 画像の右奥あたりが3号墳の、左奥あたりが5号墳の跡地でにあたりますが、すでに宅地として開発が進んでおり、古墳の痕跡を見ることは出来ません。。。

<参考文献>
調布市市史編纂委員会『調布市史 上巻』
調布市教育委員会・調布市遺跡調査会『桜塚古墳 -2号墳・3号墳・5号墳・6号墳-』2000
調布市遺跡調査会『飛田給遺跡 -第67地点(宅地造成工事)の調査-』2001
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査団報告書』


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  1. 2016/01/06(水) 09:31:30|
  2. 調布市/飛田給古墳群
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「桜塚2号墳」

「桜塚2号墳」

 飛田給古墳群は、調布市の最西端に位置しており、府中崖線上の立川段丘面縁辺部に所在する古墳群です。東には下石原古墳群が、西には府中市の白糸台古墳群が隣接しており、飛田給古墳群と府中市白糸台古墳群は主体部や墳丘の規模、構造等がほぼ共通しており、行政区分は異なるものの一連の古墳群であると考えられています。

 明治初年の地租改正の際に作成された『地籍図』をみると、現在削平されてしまった古墳ではないかと思われる地割りが残されています。この周辺の地割りは長方形か方形の整然とした区画が基本であるようですが、この中に不規則に小さな区画を見ることができます。このうち、上石原字桜塚587の地番にあたる地点が「桜塚2号古墳」で、『東京都遺跡地図』には調布市の遺跡番号51-7番に登録されている古墳です。
 古墳はその後、昭和58年(1983)の発掘調査により確認されています。調査当時のこの古墳は、南北約5m、東西約4mの範囲で高さ0.8mほどの低い盛り土状の小山が残されており、埋葬施設が検出されています。主体部は南側に開口する横穴式石室であると想定されており、石室内からは金環、銀環、鉄鏃、刀子、ガラス玉が出土しています。そしてさらに平成7年(1995)に行われ調査では周溝の一部が検出され、河原石積横穴式石室の古墳に周溝が巡っていたことが明らかになっています。出土遺物から7世紀中頃に築造された古墳であると考えられています。
 
 画像は、調布市飛田給2丁目の「桜塚2号古墳」の跡地を東から見たところです。古墳はすでに消滅しており、残念ながら痕跡を見ることは出来ません。


「桜塚2号墳」

 画像は、調布市郷土博物館に展示されている、桜塚2号墳の石室内から出土した「金環・ガラス小玉」です。金環とは、イヤリングのように耳たぶにつける装身具であるそうですが、私はイヤリングをつけたことはありませんが、これを耳につけるのはなかなか重たそうですね。。。

<参考文献>
調布市市史編纂委員会『調布市史 上巻』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
調布市教育委員会・調布市遺跡調査会『桜塚古墳』2000


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  1. 2016/01/05(火) 01:48:27|
  2. 調布市/飛田給古墳群
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