FC2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「七ツ塚古墳群 4号墳」(日野市指定史跡)

「七ツ塚古墳群 4号墳」

 画像は、日野市新町5丁目に所在する「七ツ塚古墳群 4号墳」を南西から見たところです。
 「七ツ塚古墳群」からはかつて女性埴輪が出土しており、この埴輪について、鳥居龍蔵氏により明治27年(1894)に「島田髷に似たる古代の結髪」として報告され、これによって「七ツ塚古墳群」の名が知られるようになったといわれています。その後、昭和2年(1927)発行の『武蔵野』に掲載された鳥居龍蔵著「日野台発見島田髷の埴輪」では、八丈島で明治20年前後まで行われていた女性の結髪との比較により、この埴輪の結髪は島田髷であり、上代(原始時代)に島田髷が既に行なわれていたとの結論を報告しています。この女性埴輪が出土したとされているのが、画像の七ツ塚古墳群4号墳です。

 この4号墳は2003年度の確認調査で周溝の一部が検出されているようなので、古墳本来の規模が判明しているのかもしれませんが、地元の図書館では発掘調査報告書が見当たらず、詳細はわかりませんでした。
 画像の4号墳の奥に小さく見えるのが5号墳、左端に見えるのが6号墳です。狭い範囲に、群集する複数の古墳が残存する古墳群は、少なくとも東京都内ではかなり稀少名存在ですので、なんとかこのまま保存されることを期待したいところですが、いずれは宅地化により消滅してしまうのでしょうか。


「七ツ塚古墳群 4号墳」

 残存規模は、南北約11m、東西約5m、高さ約1.4mで、形状は4半球状となっています。


「七ツ塚古墳群 4号墳」

 画像は墳丘上のようすです。表面には約50cm大の礫が露出しています。恐らくは石室を構築する石材の一部ではないかと思われますが、この古墳はすでに発掘されている可能性が大きいとされているものの調査記録はなく、詳細はわかりません。

<参考文献>
鳥居龍蔵「日野台発見島田髷の埴輪」『武蔵野』第十巻 第五号
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
日野市遺跡調査会『七ツ塚遺跡14』


人気ブログランキングへ

  1. 2016/05/07(土) 00:25:08|
  2. 日野市/七ッ塚古墳群
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「七ツ塚古墳群 3号墳」(日野市指定史跡)

「七ツ塚古墳群 3号墳」(日野市指定史跡)

 「七ツ塚古墳群」は、日野台地の北端、北の多摩川と北西の谷地川に区切られた舌状台地に所在します。明治27年(1895)の時点で7基の古墳が存在しており、これが「七ツ塚」の地名の由来となっています。平成14年度(2002)の調査では8番目の古墳が検出されており、9基以上の古墳が包蔵されている可能性が高いと考えられています。この七ツ塚古墳群は日野市の遺跡番号2番の古墳として登録されており、昭和36年(1961)10月1日に日野市の史跡に指定されています。

 画像は、日野市日野に所在する「七ツ塚古墳群3号墳」を北西から見たところです。この古墳は、平成15年(2003)6月から11月にかけて行なわれた区画整理事業に伴う調査により確認されています。古墳の約3分の1が調査されており、外径約16m、内径約14mの円墳であることがわかっています。周溝と石室の閉塞部が検出されていますが、石室は調査することなく埋め戻されており、内部の調査は行なわれていないようです。ただし、残存する墳丘周囲のボーリング調査が行われていて、長軸5.6m、短軸2.6mの石室を構築する礫が残存すると考えられています。墳丘の大部分は耕作により削平されており、残存規模は東西5.2m、南北1.9m、高さ0.6mとなっているようです。


「七ツ塚古墳群 3号墳」(日野市指定史跡)

 以前訪れた時と比べてマウンドが大きくなった(高さではなく範囲が広がった)ような気がするのですが、草が生えたせいでしょうか。。。


「七ツ塚古墳群 3号墳」(日野市指定史跡)

 3号墳の周囲には、4・5・6号墳が存在します。この4基の古墳に囲まれた地点からかつて円筒埴輪が採集されているそうですが、3号墳の周溝からは埴輪や礫などの遺物が出土していないことから、埴輪が設置されていた古墳は4・5・6号墳のいずれかに絞られてきているようです。
 画像は「七ツ塚古墳群」を南から見たところです。画像のさらに左側の雑木林の中に2号墳が残存します。。。

<参考文献>
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
日野市遺跡調査会『七ツ塚遺跡14』


人気ブログランキングへ

  1. 2016/05/06(金) 00:25:00|
  2. 日野市/七ッ塚古墳群
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「七ツ塚古墳群 2号墳」(日野市指定史跡)

「七ツ塚古墳群 2号墳」

 「七ツ塚古墳群 2号墳」は、昭和29年(1954)に明治大学考古学研究室と日野史談会により発掘調査が行なわれています。昭和33年に発行された『日本考古学年報7』に掲載されている当時の記録によると、雑木林の中に存在したとされる「わずかな地膨れ程度」の墳丘からは調査の結果、砂岩による切り石積の横穴式石室が検出されており、玄室内より短刀身が、羨道部寄りから直刀一振が出土しています。石室は、側壁から奥壁にかけて緩いカーブを描くわずかな胴張りが認められ、石室の全長は4.8m、玄室の最大幅は1mであり、床には10cm大の河原石が敷かれていたそうです。周溝が未確認であるため古墳の規模については不明とされています。
 調査後の古墳の場所には日野市教育委員会による木製の立て札が立てられていたそうですが、この立て札は時間の経過とともに朽ち果て、また報告書に古墳の位置が記載されていなかったために古墳の正確な所在地はわからなくなっていました。
 その後、2号墳の所在地を再確認するため、ボーリング調査が行われています。この調査は、1995年発行の『多摩地区所在古墳確認調査報告書』に記載されている分布図と「現在は小さな窪地になっている」という情報を頼りに行われたようですが、石室は確認されませんでした。日野市遺跡調査会より発行された『七ツ塚遺跡14』ではこの調査の結果について、「石室の位置をはずしてしまった可能性もあるが、むしろ『多摩地区所在古墳確認調査報告書』などに記載されてきた2号墳石室の位置が異なっている、あるいは2号墳石室の上部もしくはすべてがすでに除去されている、の可能性が高い」としており、現在も2号墳の位置は不明のままです。

 さて、画像は日野市日野の「七ツ塚古墳群2号墳」の所在地を南東から見たところです。この古墳の位置については『単立鶴川キリスト教会』のHPに掲載されている「日野市七ツ塚古墳群と日奉氏の七星信仰」という記事を参考にしています。興味のある方はぜひ読んでいただきたいところですが、不明とされている2号墳の所在地を、朽ち果てかけた木製の立て札の写真と共に紹介しており、また七ツ塚古墳群の未確認古墳についても地元の人の証言と共に紹介しています。

『単立鶴川キリスト教会』HP
http://www.geocities.jp/kyokai_tsurukawa/

 この七ツ塚古墳群については、七ツ塚絵図(立川民蔵『西党事蹟考』)等、何点かの古いスケッチが残されています。もちろんこれらはすべて手書きの絵図ですので正確な古墳の跡地を特定することは出来ないのですが、おおよその位置関係を推測することは出来ます。これらの絵図を参考に3~6号墳と2号墳の位置関係を考えると、実は2号墳の所在地は、ボーリング調査が行われたとされる地点よりももっと北西側の雑木林の中なのではないかと考えていました。うまくすれば、日野市教育委員会により立てられていたという木製の立て札の残骸くらいは発見できるかも知れないとの期待もあり、今年に入ってからあらためて訪れてみたのですが、この場所は以前と同様に草ボウボウの薮で、更には朽ち果てた木々が倒れていたりとかなり危険で、突入するのはあきらめていたところでした。。。


「七ツ塚古墳群 2号墳」

 画像は、ボーリング調査が行われたとされる地点を南東から見たところです。
 結果的にこの場所は2号墳の跡地ではなかったようですが、これだけ古墳が密集している場所ですので、発掘調査を行えば未発見の古墳が検出される可能性もあるように思います。ちなみにこの南側からは近年の調査で8号墳の周溝が検出されています。

<参考文献>
日本考古学協会『日本考古学年報7』
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
日野市遺跡調査会『七ツ塚遺跡14』
井上誠「日野市七ツ塚古墳群と日奉氏の七星信仰」『単立鶴川キリスト教会』HP


人気ブログランキングへ

  1. 2016/05/05(木) 01:22:27|
  2. 日野市/七ッ塚古墳群
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「七ツ塚古墳群 1号墳」(日野市指定史跡)

「七ツ塚古墳群 1号墳」

 「七ツ塚古墳群」は、日野台地の北端、北の多摩川と北西の谷地川に区切られた舌状台地に所在します。明治27年(1895)の時点で7基の古墳が存在しており、これが「七ツ塚」の地名の由来となっています。平成14年度(2002)の調査では8番目の古墳が検出されており、9基以上の古墳が包蔵されている可能性が高いと考えられています。この七ツ塚古墳群は日野市の遺跡番号2番の古墳として登録されており、昭和36年(1961)10月1日に日野市の史跡に指定されています。

 画像は、日野市新町5丁目に所在する「七ツ塚古墳群 1号墳」を東から見たところです。この1号墳は、明治27年(1895)に発掘されたとされる7号墳の残土を残存する1号墳に盛土したものであるといわれており、その際に墳頂部に金刀比羅神社が祀られています。ただし、日野市の関係者にお聞きしたところによると、近年の調査によりこの1号墳は古墳ではなかったことがわかっているそうですが、私はまだ発掘調査報告書を確認していませんので詳細はわかりません。また、7号墳の発掘の際に出土した直刀5本がこの金刀比羅神社に収められたとされていますが、この直刀は所在がわからなくなっているようです。


「七ツ塚古墳群 1号墳」

 画像は、南東から見た1号墳です。最近行なわれていた七ツ塚公園の整備の際に盛土されており、大きく改変されています。今月初めに訪れたときはちょうど桜が満開で、また植えられたばかりの芝生も青々としており、きれいな写真が撮れました。
 日野市教育委員会により立てられた説明板には次のように書かれています。

日野市指定史跡
  七ツ塚古墳群
 古墳群は、日野台地の北西部、西に谷地川を望む
七ツ塚遺跡に所在する。現在、五基ほど墳丘が削ら
れて残っているが、当時は七基にとどまらなかった
と考えられる。
 昭和二九年(一九五四年)に行なわれた発掘調査
では、横穴式石室を主体部とした古墳が発見され、
直刀一口、刀子二本、鉄鏃四本の副葬品が出土した。
また、古墳の周辺からは、戦前に女性埴輪・円筒埴
輪・管玉・勾玉等が発見された。
 古墳群の造営年代は六~七世紀頃と推定されてい
る。
          昭和三六年(一九六一)十月一日指定
               日野市教育委員会


「七ツ塚古墳群 1号墳」(日野市指定史跡)

「七ツ塚古墳群 1号墳」(日野市指定史跡)

 画像は冬の七ツ塚古墳群1号墳です。以前は細長い形状のマウンドでしたが、かなり印象が変わったようです。


「七ツ塚古墳群 1号墳」(日野市指定史跡)

 画像は、最初に訪れた際に撮影した、秋の七ツ塚古墳群1号墳です。夕焼けに赤く染まった落ち葉が墳丘を覆っています。季節によって色々な表情を見せてくれるのも古墳探訪の醍醐味かもしれません。

「七ツ塚古墳群 1号墳」

 七ツ塚公園に立てられていた説明板です。公園が整備されたことにより撤去されてしまったのか、現在は見られなくなっているようです。

<参考文献>
日野市史編さん委員会『日野市史 史料集 考古資料編』
多摩地区所在古墳確認調査団『多摩地区所在古墳確認調査報告書』
日野市東光寺上第一土地区画整理組合整理組合『七ツ塚遺跡14』
現地説明版


人気ブログランキングへ

  1. 2016/04/27(水) 00:43:44|
  2. 日野市/七ッ塚古墳群
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
前のページ

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (4)
足立区/その他の古墳・塚 (9)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (10)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (2)
北区/飛鳥山古墳群 (8)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (14)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (5)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (16)
豊島区の古墳・塚 (3)
文京区の古墳・塚 (8)
杉並区の古墳・塚 (18)
中野区の古墳・塚 (17)
新宿区の古墳・塚 (19)
千代田区の古墳・塚 (7)
目黒区の古墳・塚 (9)
渋谷区の古墳・塚 (19)
港区の古墳・塚 (8)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (15)
大田区/田園調布古墳群 (34)
大田区/鵜の木・久が原古墳群 (8)
大田区/その他の古墳・塚 (52)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (9)
世田谷区/大蔵古墳群 (0)
世田谷区/砧中学校古墳群 (2)
世田谷区/喜多見古墳群 (13)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (18)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (7)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (34)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (13)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (29)
狛江市/その他の古墳・塚 (1)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (14)
府中市/高倉古墳群 (32)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (15)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (9)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (8)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (12)
町田市/能ケ谷香山古墳群 (0)
町田市/その他の古墳・塚 (21)
八王子市の古墳・塚 (33)
昭島市の古墳・塚 (12)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (5)
小金井市•国分寺市の塚 (4)
東村山市•東大和市の塚 (9)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (47)
横浜市の古墳・塚 (0)
相模原市の古墳・塚 (7)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
壬生町•上三川町 (5)
長野県の古墳 (6)
群馬県の古墳 (8)
茨城県の古墳 (5)
埼玉県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
未分類 (9)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR