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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「諏訪塚」

足立区「諏訪神社」1

 画像は、足立区六木3丁目にある「六木諏訪神社」を南東から見たところです。

 祭神は建御名方神であるというこの六木諏訪神社は創建年代は不詳とされているようですが、旧六ツ木村の鎮守社であったといわれています。

 足立区教育委員会より発行されている『ブックレット足立風土記⑧花畑地区』によると、江戸時代後期に幕府が編纂した地誌『新編武蔵風土記稿』には、

「村ノ鎮守ナリ、此社ヨリ二丁許北ニ当リテ諏訪塚ト云少シノ塚アリ、当社昔ハ彼所ニアリシト云、末社稲荷社」

 と書かれていおり、つまり、当時この場所から2丁ほど北方に諏訪塚という小さな塚があり、元々の諏訪神社はそこにあったことが記されています。足立区教育委員会より発行された『足立風土記稿ー地区編8・花畑』によると、この諏訪塚は古墳であったと考えられているようです。

 その後、明治12年(1879)に作成された『神社明細帳』によると、六木村内にあった高木神社がこの諏訪神社に合祀されているようです。さらには『東京都神社名鑑』に「千葉氏亡びてのち六ツ木村が成立した。のち星野梅三名主となるや、境内地として四百坪を寄進し、諏訪塚より奉還する」とあり、江戸時代に境内と社殿ができたようですが、江戸時代に諏訪神社があったという諏訪塚と呼ばれる古墳らしき塚の正確な所在地は、判明していないようです。

 まずは、現在の六木諏訪神社を訪れてみました。。。


足立区「諏訪神社」2

 画像が、現在の諏訪神社の境内のようすです。
 驚いたことに、社殿は塚状に小高くなった上に建てられています。

 もともとあった「諏訪塚」は古墳ではないかと想定されているようですが、現在地にも古墳らしき塚が元々あり、そこに移転された、つまり諏訪神社は古墳から古墳へと移された神社であるということなのでしょうか。
 それとも、元々の諏訪神社の所在地が実はこの場所で、この高まりは古墳の残存部分であるとも考えられるかもしれません。

 足立区内には、社殿の場所がこうして塚状に一段高くなっているという神社がかなり多く存在するように思いますし、もちろんその全てが古墳に関係するマウンドであるとは言い切れませんが、とりあえずこの諏訪神社はとても気になる存在です。。。


足立区「諏訪神社」3

 画像は、六木諏訪神社社殿の土台となっている塚状地形全景を南から見たところです。
 これが古墳跡だとすれば、意外と大きな古墳だったのかもしれません。


足立区「諏訪塚」1

 さて、『新編武蔵風土記稿』によると、現在の諏訪神社の場所から2丁ほど北方(約218m)に「諏訪塚」が存在したことが記されています。
 Googleマップでこの地域を確認すると、埼玉県八潮市大字垳102番地にあたる場所に「垳稲荷神社」という名称の神社が祀られているのを発見しました。
 早速、この垳稲荷神社も尋ねてみました。。。


足立区「諏訪塚」2

 画像は、「垳稲荷神社」を南東から見たところです。
 なんと!驚いたことに、この神社の境内も、六木諏訪神社と同様に塚状に一段高くなった場所に社殿が建てられています。ひょっとしたらこの高まりが諏訪塚と呼ばれる塚の名残で、古墳の残存部分である可能性も考えられるのではないか、というとても興味深い状況です。。。

 というわけで今回はここまで。
 この続きはまたいずれ。
 八潮市の調査が進展した際にあらためて取り上げようと思います。。。

<参考文献>
東京都神社庁『東京都神社名鑑』
足立区教育委員会『足立風土記稿ー地区編8・花畑』
足立区教育委員会『ブックレット足立風土記⑧花畑地区』





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  1. 2020/07/20(月) 23:55:20|
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「一本松古墳」

足立区「一本松古墳」

 「一本松古墳」は足立区花畑7丁目に所在したとされる古墳です。
 『東京都遺跡地図』には足立区の遺跡番号22番の古墳(円墳)として登録されています。

 この一本松古墳については『足立区史』には、「現在の毛長堀改修工事により取り壊され姿を失った。」と書かれています。『足立区史』は昭和30年に発行されていますので、この記述からすると、おそらく昭和20年代後半頃までは痕跡が残されていたということになります。
  道路脇の畑中に存在していたという一本松古墳は、この当時の郷土誌類にモノクロの写真が残されており、わずかに残る塚上にその名の通りの大きな松の大木がそびえ立つという古墳の姿を見ることが出来ます。また、昭和20年代の地形図や戦後の空中写真にもそれらしき跡を見ることができます。

 古墳はその後、毛長掘改修工事のために取り崩されて消滅していますが、この工事の際に円筒埴輪片1片と土師器が出土したといわれています。これらの遺物は残念ながら現存しないようですが、少なくともこの地に古墳が存在したことはまちがいないようです。。。

 多くの地形図に位置が記されているこの一本松古墳は、隣接した白山塚古墳とともに、だいたいこのあたり!という程度には所在地を特定することが出来るのですが、跡地と睨んで訪れた場所にはなんと!都営花畑アパートの給水塔がありました。
 『足立区史』に掲載されていた、昭和20年代の一本松古墳の姿とあまりにも被って見えてしまって、給水塔を一本松に見立てて撮影しました。(土台も塚状に盛り上がっているし。笑)

 古墳の所在地がぴったりこの地点かどうかは不明です。。。

<参考文献>
東京都足立区役所『足立区史』
東京都足立区役所『新修 足立区史』


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  1. 2020/07/18(土) 01:17:50|
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「白山塚古墳」

足立区「白山塚古墳」

 「白山塚古墳」は足立区花畑7丁目に所在したとされる古墳です。
 『東京都遺跡地図』には、足立区の遺跡番号21番の古墳(円墳)として登録されています。

 この白山塚古墳について『足立区史』には、「此の塚は農耕のため、四周けずられ昔の状態を留めないが、もとは円墳と推定される。」と書かれています。
 『足立区史』は昭和30年に発行されていますので、この記述からすると、おそらく昭和20年代後半頃までは痕跡が残されていたということになります。
 古墳は残念ながら、その後の花畑団地の建設工事により消滅してしまったようです。

 画像は、大雑把に古墳の跡地はこのあたりかなあ?という感じです。
 何も痕跡は残されていないようです。。。
 
<参考文献>
東京都足立区役所『足立区史』
東京都足立区役所『新修 足立区史』


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  1. 2020/07/16(木) 21:26:50|
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「六万部経塚」

「六万部経塚」

 画像は、足立区伊興3丁目に所在する「六万部経塚(題目塚)」を北から見たところです。

 『東京都遺跡地図』には、足立区の遺跡番号16番の「経塚」として登録されています。

 この経塚は、今も住宅街の一角に残されており、平成3年(1991)にこの塚が整備された時に建てられたという「南無妙法蓮華経」と刻まれた宝塔の横には、宝永2年(1705)の塚碑が残されています。
 敷地内に建てられた説明板には次のように書かれていました。

 六万部経塚(題目塚)
 六万部とは法華経二十八部を繰り返し六万回に亘って唱える意味で「六万部経塚」の名の由来もここにある。寿福山長勝寺の第一世智性院日座聖人は千七百五年(宝永二年)国土の平和と、皇室の行く末の平安とこの土地の住民並びに檀信徒の末長き幸せを祈願し、小石に題目を書写してこの土地に埋めたとされる。日座聖人と聖人が始めた題目講の信者は、昼夜の別なく法華経を読誦しその法聲は周囲に響きわたって、多くのものの信仰を集めるに至ったという。以来土地の者は、この地を六万部と称し、諸願の達成を願うところとなった。
 古くからある塚碑には、「宝永二年霜月十三日立」とある。平成三年長勝寺第四十二世・慈海院日和上人の時代にこの経塚を整備再建し、「南無妙法蓮華経」の題目を書写した法塔が建立されることになり、改めて世界平和、国土安穏、法華経弘通、参詣者の諸縁吉祥心願満足が祈念された。「南無妙法蓮華経」とは、天地一切を貫く「真理」であり、万物の母なるものである。この前に一切の宗派なく、われも他人もともに絶対平等の命を現すことができる。この法塔功徳が万人に至ることを祈るものである。
この一大事業が成し得たことは母なる妙法と父なる釈尊の加護と感謝し、またこの再建に助力を寄せた多くの方々に厚く御礼の意を表し、その名を法塔の基盤に永く記すものである。
平成3年10月13日
壽福寺長勝寺第四十二世
飯島玄明 記 


<参考文献>
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』
現地説明版


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  1. 2020/07/14(火) 23:07:37|
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「猿仏塚」

「猿仏塚」1

 画像は、足立区栗原1丁目に所在する「猿仏塚」を東から見たところです。

 『東京都遺跡地図』には未登録となっているようですが、かつては畑の中に、笹に覆われた小高い塚が存在したといわれています。
 足立区の古墳は毛長川流域に集中していますし、そこから遠く離れたこの猿仏塚が古墳であったかどうかは不明ですが、残念ながら周辺は開発が進み、塚自体は削平されて消滅してしまったようです。

 敷地内には現在も念仏供養塔と2基の庚申塔が祀られています。


「猿仏塚」2

 私が写真を撮っている傍ら、お参りする人がいたりして、地元の人に大切にされている、いい感じ。






「猿仏塚」3

 この猿仏塚の学術的な調査の記録は見つからなかったのでおそらくは未発掘であると思われるのですが、真相はわかりません。
 敷地内には足立区教育委員会による説明板が設置されており、この塚のまつわる言い伝えについて書かれています。

 猿 仏 塚(さるぼとけづか)
 こあたりは、昔、笹に覆われた小高い塚で榎
の古木が一本植わっていた。土地の人はこれを猿
仏塚と呼んで、それにまつわる美しい民話を今に
伝えている。
 話は、今から三百数十年前にさかのぼる。
 辺りの農家に、一匹の賢い猿がいた。
 ある日、猿が、留守番をしていると、赤ん坊が
むすかるので、湯をわかし行水をさせたが、湯が
熱すぎて、赤ん坊は死んでしまう。それからとい
うもの、猿は、食事もとらず、赤ん坊のお墓を守
り続け、ついに死んでしまったという。
 村の人々は、この猿の心を哀れみ「仏になって
子どもたちを守っておくれ」と、手厚くここに猿
を葬ったのである。
 後に、この塚は、子どもたちの厄除け塚となり、
子どもが病気になると泥団子をあげ、病気が治る
と米団子を供える風習となった。
 平成二年十月
           東京都足立区教育委員会



「猿仏塚」4

 どの地域でも開発が進む中で、土盛りである塚がたやすく削平されて消滅してしまうのは仕方がないのかもしれませんけどね。
 でも、庚申塔やお地蔵様、道しるべといった石像物を、可能な限り元の位置に残すことは、なんとか頑張ってほしいですよね。

 そしてできれば塚も残す!
 古墳や塚は建造物なのです!

<参考文献>
東京都足立区役所『足立の今昔』
現地説明版


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  1. 2020/07/13(月) 22:06:02|
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