FC2ブログ

古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

「大川富士」

「大川富士」

 画像は、足立区千住大川町にある「氷川神社」を東から見たところです。永仁年間の創建といわれるこの大川町氷川神社は千住七福神の布袋尊で、境内には「大川富士」と呼ばれる富士塚が所在します。


「大川富士」

 画像は、神社境内に所在する「大川富士」を東から見たところです。
 この塚は旧名「川田富士」で、築造当時は二階屋ほどの高さがあったといわれていますが荒川放水路工事により破却されて移築、その後水道幹線工事のために一時撤去された後、現在地に築かれています。現在の富士塚は高さ約3メートルほどです。


「大川富士」

 敷地内には足立区教育委員会による説明板が設置されており、次のように書かれていました。

 千住川田浅間神社富士塚
 富士塚は文政七年(1824)築造。祭神木花開耶姫命
(このはなさくやひめのみこと)。現在地に移築される
以前は、町の西北(元宿)川田耕地に、氷川社、稲荷社、
浅間社が同じ境内に鎮座していた。
 明治四十四年荒川放水路開削工事開始に伴い、大正
五年五月、現在地よりやや西側に移築された。その後、
東京都の水道幹線工事のため、昭和四十三年六月現在
地に移築復元され、今日に至っている。
 塚は、富士山の溶岩を積み上げ、固めて築造され、
高さ約三メートルである。
 山頂に、天保二年(1831)銘の石祠が安置されている。
塔碑が多く、最古の碑は、文政七年(1824)のもので丸
藤惣同行富士三十三度大願成就とある。
 この講社は、高田(早稲田)の身禄同行の枝講で、講
名を、丸藤千住十三夜同行と呼ぶ。講中は、千住五丁
目と、千住大川町全域に及び、かっては、対岸の埼玉
県を含む広範囲な地域の農民中心の講社であった。
 毎年七月一日祭礼が行われる。
   平成六年三月
             東京都足立区教育委員会

<参考文献>
日本常民文化研究所『富士講と富士塚』
現地説明版


人気ブログランキングへ

  1. 2017/11/10(金) 23:52:01|
  2. 足立区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「千住柳原富士」―足立区有形民俗文化財―

「千住柳原富士」―足立区有形民俗文化財―

 画像は、足立区柳原2丁目にある「柳原稲荷神社」を北東から見たところです。
 この神社の創建は詳らかではないものの、『葛西誌』によると慶長4年(1599)の創祀といわれています。祭神は宇迦之御魂神で、明治12年の『東京府神社明細簿』には、境内社として高木神社(産霊神)と日枝神社(大山咋神・東照宮)の2社があり、氏子は35戸と記されています。
 この境内には「千住柳原富士」と呼ばれる富士塚が現存します。


「千住柳原富士」―足立区有形民俗文化財―

 画像は、富士塚「千住柳原富士」を北東から見たところです。昭和59年(1984)には、足立区の有形民俗文化財に登録されている富士塚です。鳥居の奥の扉の向う側が富士塚ですが、残念ながら入り口は閉じられており、立ち入ることは出来ません。
 扉の上から覗いてみると。。。


「千住柳原富士」―足立区有形民俗文化財―

 扉越しに覗いてみた千住柳原富士のようすです。昭和8年(1933)に浅間神社が勧誘され、柳原町の講社が四百六十五円五十銭の寄付を集めて築いたとされる富士塚です。塚の正面に造られている、直線的に頂上に登る石段は珍しい形状ではないでしょうか。現在も講中により七富士巡りなどが行われているようです。
 この富士塚も、古墳とは無関係かもしれないなぁ。。。

<参考文献>
日本常民文化研究所『富士講と富士塚』
現地説明版


人気ブログランキングへ

  1. 2017/11/09(木) 23:44:43|
  2. 足立区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「千住宮元富士」

「千住宮元富士」

 画像は、足立区千住宮元町にある「千住神社」を東から見たところです。
 かつてのこの地は千崎と呼ばれる丘陵で、原始的森林地帯であったといわれています。その後開拓民がここに住みつき、千住に集落が形成された延長4年(926)に、土地鎮護と五穀豊穣を祈願して伏見稲荷より御分霊を勧請し、稲荷神社を創立しました。永承6年(1051)、源義家は奥州征伐の際に荒川(現在の千住大橋付近)を渡り、二ツ森(千住神社)に陣営して神前に戦勝を祈願したことが、古記録に記載されています。弘安2年(1279)には氷川神社を勧請したことから2つの神社が原始林の中に並び、このためにここは「二ツ森」とも呼ばれて、住民の信仰を集めました。
 江戸時代の初期に日光街道が開通すると、千住は日光街道の第一宿となり、千住神社は宿場の西方にあるゆえ、西の森と唱えられています。明治6年(1873)に千崎稲荷神社と氷川神社を合祀して西森神社と号し、大正4年(1915)には千住神社と改称されました。
 この神社の祭神は、須佐之男命と宇迦之御魂命の二神を祀っています。
 社殿は昭和20年(1945)4月13日の空襲で焼失しましたが、氏子の厚い信仰と熱誠により、昭和33年(1958)以降に現在の社殿、社務所、会館、等が再建されています。
 この千住神社の境内には、「千住宮元富士」と呼ばれる富士塚が現存します。


「千住宮元富士」

 画像が、千住神社境内の社殿右側に所在する「千住宮元富士」です。
 この富士塚は、大正12年(1923)6月に丸参講社により築造されますが、直後の9月に発生した関東大地震により崩壊。昭和11年(1936)に、前位置より境内奥へ十数間移動して再築したものの、戦時中の爆風を受けて石がゆるみ、登山禁止となっていました。現在も、足元が悪く滑りやすいことから、登拝は7月1日の山開きの日のみとなっているようです。
 登山道は、北口、須走口、御殿場口、大宮口の4本がつけられているようです。


「千住宮元富士」

 画像は、西から見た「千住宮元富士」です。
 富士塚には、元々存在した古墳を転用して築かれたという富士塚が数多く存在しており、足立区内では、花畑5丁目の浅間神社に所在する「野良浅間」と呼ばれる富士塚が古墳であるといわれているようです。足立区は、東京都内でもかなり多くの富士塚が残されている地域ですので、野良浅間以外にも古墳である富士塚が存在するのかどうか、とても気になるところでしたが、この千住宮元富士は古墳とは無関係なのかもしれませんね。。。

<参考文献>
日本常民文化研究所『富士講と富士塚』
足立区教育委員会『ブックレット足立風土記① 千住地区 足立の交通誌』
現地説明版


人気ブログランキングへ

  1. 2017/11/08(水) 23:25:22|
  2. 足立区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「大谷田古墳」

「大谷田古墳」

 「大谷田古墳」は、足立区大谷田1丁目に所在したといわれる古墳で、『東京都遺跡地図』には足立区の遺跡番号24番に登録されている古墳です。

 昭和30年(1955)に発行された『足立区史』によると、この古墳は中川堤の下あたりにあったといわれ、戦前の頃までは円墳の形状をとどめていたようですが、日立工場の建設や、數度の水害防止の作業により掘り取られて戦後には消滅してしまったようです。
 その後、昭和57~59年度にかけて実施された東京都心部遺跡分布調査において、古地図を検討することにより当時すでに消滅していた古墳の位置の復元が行われており、昭和12年の1万分の1地形図に墳丘が確認されています。

 画像が、「大谷田古墳」の跡地周辺のようすです。現在のこの一帯はUR都市機構大谷田一丁目団地として開発が進んでおり、古墳の痕跡はまったく残されていません。
 『東京都遺跡地図』に登録されている大谷田古墳の位置と、東京都心部遺跡分布調査で確認された場所とが大きく離れているのが気になるところです。『都心部の遺跡』ではこの古墳の所在地について「日立製作所内」となっているので、おそらくこの周辺で間違いないと思われるのですが、古墳が消滅してしまった今、真相は不明です。。。

<参考文献>
東京都足立区役所『足立区史』
東京都足立区役所『新修 足立区史』
東京都教育委員会『都心部の遺跡』
東京都教育委員会『東京都遺跡地図』


人気ブログランキングへ

  1. 2017/11/07(火) 22:44:45|
  2. 足立区/その他の古墳・塚
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
前のページ

カテゴリ

足立区/伊興古墳群 (4)
足立区/その他の古墳・塚 (9)
葛飾区/立石古墳群 (3)
葛飾区/その他の古墳・塚 (10)
江戸川区の古墳・塚 (0)
板橋区/志村古墳群 (10)
板橋区/その他の古墳・塚 (36)
北区/赤羽台古墳群 (2)
北区/十条台古墳群 (2)
北区/飛鳥山古墳群 (8)
北区/田端西台通古墳群 (1)
北区/その他の古墳・塚 (14)
荒川区/尾久 微高地 (4)
荒川区/町屋-三河島 微高地 (19)
荒川区/南千住 微高地 (3)
荒川区/日暮里 台地上 (2)
台東区/上野台古墳群 (5)
台東区/その他の古墳・塚 (7)
墨田区の古墳・塚 (4)
練馬区の古墳・塚 (16)
豊島区の古墳・塚 (3)
文京区の古墳・塚 (8)
杉並区の古墳・塚 (18)
中野区の古墳・塚 (17)
新宿区の古墳・塚 (19)
千代田区の古墳・塚 (7)
目黒区の古墳・塚 (9)
渋谷区の古墳・塚 (19)
港区の古墳・塚 (8)
品川区/品川大井古墳群 (7)
品川区/その他の塚 (15)
大田区/田園調布古墳群 (34)
大田区/鵜の木・久が原古墳群 (8)
大田区/その他の古墳・塚 (52)
世田谷区/野毛古墳群 (24)
世田谷区/殿山古墳群 (9)
世田谷区/大蔵古墳群 (0)
世田谷区/砧中学校古墳群 (2)
世田谷区/喜多見古墳群 (13)
世田谷区/砧古墳群その他 (8)
世田谷区/その他の古墳・塚 (18)
武蔵野市の古墳・塚 (3)
三鷹市の古墳・塚 (7)
狛江市/狛江古墳群(和泉) (34)
狛江市/狛江古墳群(岩戸) (13)
狛江市/狛江古墳群(猪方) (29)
狛江市/その他の古墳・塚 (1)
調布市/国領南古墳群 (2)
調布市/下布田古墳群 (16)
調布市/上布田古墳群 (7)
調布市/下石原古墳群 (2)
調布市/飛田給古墳群 (17)
調布市/その他の古墳・塚 (13)
府中市/武蔵府中熊野神社古墳 (2)
府中市/白糸台古墳群 (14)
府中市/高倉古墳群 (32)
府中市/御嶽塚古墳群 (19)
府中市/その他の古墳・塚 (15)
国立市/下谷保古墳群 (12)
国立市/青柳古墳群 (3)
国立市/その他の古墳・塚 (9)
立川市の古墳・塚 (14)
稲城市の古墳・塚 (12)
多摩市/和田古墳群 (15)
多摩市/その他の古墳・塚 (8)
日野市/平山古墳群 (7)
日野市/西平山古墳群 (5)
日野市/七ッ塚古墳群 (9)
日野市/万蔵院台古墳群 (4)
日野市/その他の古墳・塚 (12)
町田市/能ケ谷香山古墳群 (0)
町田市/その他の古墳・塚 (21)
八王子市の古墳・塚 (33)
昭島市の古墳・塚 (12)
あきる野市/森山古墳群 (3)
あきる野市/草花古墳群 (14)
あきる野市/御堂上古墳群 (4)
あきる野市/瀬戸岡古墳群 (7)
あきる野市/牛沼古墳群 (3)
あきる野市/その他の古墳・塚 (16)
日の出町の古墳・塚 (2)
青梅市の古墳・塚 (16)
西東京市•東久留米市の塚 (5)
小金井市•国分寺市の塚 (4)
東村山市•東大和市の塚 (9)
武蔵村山市•瑞穂町の塚 (17)
川崎市の古墳・塚 (47)
横浜市の古墳・塚 (0)
相模原市の古墳・塚 (7)
栃木県の古墳 (13)
那須町•大田原市•那珂川町 (8)
壬生町•上三川町 (5)
長野県の古墳 (6)
群馬県の古墳 (8)
茨城県の古墳 (5)
埼玉県の古墳 (2)
千葉県の古墳 (1)
未分類 (9)

最新記事

最新コメント

検索フォーム

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR