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古墳なう

「大都市、東京の失われた古墳を探せ!」をテーマに、 ご〜ご〜ひでりんが実際に現地に足を運んで確認した古墳や塚の探訪記録。

真岡市「小林大塚古墳」

真岡市341「小林大塚古墳」1

 画像は、真岡市小林に所在する「小林大塚古墳」を東から見たところです。

 五行川と小貝川に挟まれた沖積地の微高地にある円墳で、北東約1.5kmの地点には「森ノ木古墳群」が所在します。

 個人の敷地内にある古墳なのですが、遠巻きに写真を撮っているときに偶然にも土地の所有者の方が帰って来られたので、声をかけて古墳に登らせていただくことができました。(((o(*゚▽゚*)o)))




真岡市341「小林大塚古墳」2

 北西から見たところ。

 周囲を耕作により削られて方形を呈しています。
 現状の規模は東西23m、高さ3mほどですが、築造時は径30m、高さ4mほどであったと想定されています。

 埋葬施設は不明で、葺石も伴わないようですが、周囲の畑や墳丘から埴輪編が採集されているようです。




真岡市341「小林大塚古墳」3

 墳丘上の様子。
 平坦に削られているようですが、これはかつて墳丘上も畑になっていたことによるそうです。




真岡市341「小林大塚古墳」4

 墳丘上には祠が祀られており、石碑が建てられていました。




真岡市341「小林大塚古墳」5

 墳丘南西側にベッコリと凹みがあるのが視界に入り、土地の所有者の方にお聞きしてみましたが、なんとこれは盗掘跡ではなく、かつてここにあった大きな松の木をどかした跡なのだそうです。

 松の木は現在は別の場所に移設されているそうですが、その際に松の根っこから土器片が出てきたのだそうです。
 これを土地の所有者の方に見せていただくことができました!




真岡市341「小林大塚古墳」6

 これが出土した土器片です。
 これ、後日になって、実物ではありませんが写真を埋蔵文化財センターで見ていただいたのですが、
須恵器である可能性は高そうよねーという感じ。
 やはり古墳にまつわる遺物なのかもしれません。

 しかし、ちゃんと保管してある土地の所有者の方はさすがです。。。




真岡市341「小林大塚古墳」7

 たぶん、須恵器の底の部分なんですよね。たぶんね。。。




真岡市341「小林大塚古墳」11

 最初の訪問時に余地の所有者の方から、「墳丘上の木は桜だから、春になるとキレイに咲くよ?」とお教えいただいていました。
 今年の桜の時期まで覚えていたので、再訪しました。v(o゚∀゚o)v




真岡市341「小林大塚古墳」12

 北東から見た桜と古墳。

 益子町の小宅古墳群の見学のあと、この小林大塚に立ち寄りましたが、小宅古墳群の簾桜は六部咲きぐらいだったのに対して、この小林大塚の桜は満開でした。
 桜の開花は場所や標高によっても変わるし、桜の種類によっても変わるし、見事なものですよね。。。




真岡市341「小林大塚古墳」13

 お仕事中にお尋ねしてしまいましたが、古墳のみならず遺物まで見せていただき、感謝しております。
 遺物は須恵器である可能性が高そうです。。。
 ありがとうございました!

<参考文献>
真岡市『真岡市史 第一巻 考古資料編』
真岡市教育委員会『真岡市遺跡分布調査報告書』


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  1. 2024/05/04(土) 19:44:27|
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益子町「西坪古墳群4号墳」

益子町「西坪古墳群4号墳」

 今回は、益子町小宅に所在する「西坪古墳群」の最終回。
 画像は「西坪古墳群4号墳」です。

 この古墳も、これまで紹介した3基同様に民家の敷地内に残存しますが、ここはピンポンせず、遠方からの見学のみとなりました。(私は夕方疲れてくると一気に執着心がなくなります。。。)


 径7m、高さ1m前後の円墳と推定されるものの変形が著しく、主体部等も不明であるそうです。

 この西坪古墳群は、4基すべてが個人宅内にあるにも関わらず、運よくすべて見学することができました。
 見学させていただいた土地の所有者の方々には感謝いたします。
 ありがとうございました。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/05/03(金) 19:14:39|
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益子町「西坪古墳群3号墳(石塚古墳・長塚古墳)」

益子町「西坪古墳群3号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「西坪古墳群3号墳」を紹介します。

 西坪古墳群は、亀岡八幡宮の東方約400mほどの南に張り出す舌状台地に立地する古墳群で、前方後円墳1基、円墳3基の合計4基が現存します。

 この西坪3号群は、古墳群中唯一の前方後円墳で、画像は南西から見たところです。

 画像の左手前が前方部、右奥が後円部となるようですが、残念ながら前方部は削平されて残存するのは後円部のみであり、また墳丘南側が道路により大きく削平されているため、前方後円墳らしき形状は捉えることはできません。




益子町「西坪古墳群3号墳」2

 
 3号墳を南東から見たところ。

 この古墳は、石室が道路沿いに開口しており、いつで見学することができます。




益子町「西坪古墳群3号墳」4

 これが開口する石室の現状。

 1号墳のお宅のおばあちゃんにもお聞きしていましたが、1号墳同様に地震の影響で天井石が崩落していて、内部に入ることはできません。
 ってか、入ったとしても、いつ崩れ落ちるかわからない状況でかなり危険ですしね。。。




益子町「西坪古墳群3号墳」6

 カメラを差し込んで撮影を試みましたが、石室内への侵入は困難な様子。
 侵入時に地震が来たらもちろん怖いけど、無理して腰がボキっといっちゃうのもあり得ますからね。。。。゚(゚´Д`゚)゚。




益子町「西坪古墳群3号墳」3

 この3号墳の前に、「西坪古墳群」の説明板が設置されていました。。。

                   西坪古墳群
 西坪古墳群は、亀岡八幡宮の東方約 400m、南向き緩斜面に立地する総数4基、前方後円墳1基(前方部は削平)、円墳3基からなる古墳群です。
 近くから採れる芦沼石(凝灰岩)を用いた横穴式石室の埋葬施設を持ち、勾玉11、切子玉9、管玉5、小玉16、耳環7の出土遺物が小宅自治会に伝わっています。小宅古墳群と同じく6世紀後半頃の古墳とされています。





益子町「西坪古墳群3号墳」5

 説明板横に建てられていた供養塔。

 思えば、後円部は民家の敷地内に残存しているので、ピンポンすれば見学させていただけたかもしれないのですが、石室や説明板を見学したらそれで満足してしまって、そのまま帰ってきてしまいました。笑。

 次に行くチャンスがあったら、その時までの宿題ですね。。。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/05/02(木) 19:05:41|
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益子町「西坪古墳群2号墳」

益子町「西坪古墳群2号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「西坪古墳群2号墳」の探訪の記録です。

 西坪古墳群は、亀岡八幡宮の東方約400mほどの、南に張り出す舌状台地に立地する古墳群で、前方後円墳1基、円墳3基の合計4基が現存します。

 この2号墳も、前回紹介した1号墳と同様に個人の民家の敷地内に所在します。
 土地の所有者の許可を得て見学させていただきました。


 画僧が、残存する2号墳の墳丘と思われます。
 『益子町史 第一巻 考古資料編』にも書かれていますが、墳丘南側が宅地により削られている様子がわかります。

 径20m、高さは3mという円墳です。




益子町「西坪古墳群2号墳」2

 墳丘西側に鳥居が建てられており、祠が祀られていました。
 墳頂部ではなく、裾部に祀られているのが珍しいかも。。。




益子町「西坪古墳群2号墳」3

 散財している河原石が古墳に由来するものなのかは不明。

 西坪古墳群、まだまだ次回に続きます。。。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/05/01(水) 18:34:34|
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益子町「西坪古墳群1号墳(古塚古墳)」

益子町「西坪古墳群1号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「西坪古墳群1号墳」の探訪の記録です。

 西坪古墳群は、亀岡八幡宮の東方約400mほどの、南に張り出す舌状台地に立地する古墳群で、前方後円墳1基、円墳3基の合計4基が現存します。

 この1号墳は古墳群中最北端にあり、また最高所に所在する古墳ということになります。




益子町「西坪古墳群1号墳」2

 南南西から見たところ。

 周囲は耕作により削平されているものの、直径約20m、高さ約2.5mほどの円墳であると推定されています。
 墳丘の改変は受けているものの、よく残されているようです。。。




益子町「西坪古墳群1号墳」3

 西北西から見たところ。



益子町「西坪古墳群1号墳」4

 当日は、土地の所有者のおばあちゃんに声をかけて見学させていただきました。

 この古墳群は、1号墳と3号墳という2基の石室が開口しているのですが、おばあちゃん曰く、かつては2基ともNI若い頃に石室内部に入ってみることができたのだとおっしゃっていました。
 現在は、残念ながら近年の大地震の影響により石室内部は崩落しており、入ることはできなくなってしまったそうです。


 画像は、1号墳の開口する石室ですが、確かに石材が崩落して入り口を塞いでしまっており、内部を観察することはできません。。。

 地震により石室が崩落した古墳は数多く存在していますし、仕方がないことなのかもしれませんが、残念ですね。。。




益子町「西坪古墳群1号墳」5

 こんな状況。。。




益子町「西坪古墳群1号墳」6

 カメラを差し込んで内部の撮影を試みましたが失敗でした。。。

 見学させていただき、ありがとうございました!

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/30(火) 18:21:23|
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益子町「舟塚古墳」


益子町み登録「舟塚古墳」1

 画像は、益子町に所在する「舟塚古墳」と呼ばれる塚状地形です。

 この高まり。
 前回紹介した「舟橋古墳」の見学の際に、土地の所有者の方にお教えいただいて訪れました。

 会話の中で、「向こうには舟塚古墳もあるし」みたいな感じでサラッと出てきて、「え、え、ななんすか?ふなづか?こふん?」という感じでびっくりしたわけですが、なぜなら舟塚古墳という名前の古墳は?より発行された『』にも記載されていないし、当然ながら私もそんな古墳の存在はまったく把握していませんでした。

 「向こうに何百メートルか行くと田んぼの中にボコっと高まりがあるからすぐにわかるよ。地元では、古墳は大切に守らないとね、と話しているんだよ」とお聞きして、さらには「舟塚というと前方後円墳を連想するんですが、、、」という私の問いに、「前方後円墳だよ」とサラリ。
 私はもう「まままままじでずが〜」と多少崩壊しながら、頭から湯気を出しながらお教えいただいた方向に車を飛ばしました。

 というわけで、画像が地元で舟塚古墳と呼ばれているという謎の高まりです。




益子町み登録「舟塚古墳」2

 近寄ってみました。

 田んぼの真ん中に、想像したよりもずっと大きな塚状の高まりがボコッと存在してびっくり。

 ただ、正直、私個人的にこれが古墳であるか?また前方後円墳であるかどうかは少々疑問に感じます。
 塚を崩して平らに均してしまえば、当然ながら収穫が増えるはずなのに、破壊せずに残されているあたりは興味深いところではありますが、盛り土の状況や形状からして、なんらかの理由で積まれた塚がいつの間にか古墳であると誤認されているのでは?という印象も受けます。

 いや、あくまで素人考えで、ひょっとしたら古墳なのかもしれませんが。。。。。




益子町み登録「舟塚古墳」3

 南西から見たところ。
 前方後円墳だとしたらかなり改変されている感じ。




益子町み登録「舟塚古墳」4

 墳頂部の様子。
 実際に墳丘上を歩いてみて、あまり締まりのある印象でもなかったのですが、思い違いかもしれないしね。。。




益子町み登録「舟塚古墳」5

 盛り土にはかなり小石が混ざったような状況。
 いや、葺石かもしれないしね。。。

 ここ、見学して写真には収めたものの、あまり深追いしてはいないです。
 真相が判明した際にはこっそりと追記するかもしれません。。。


  1. 2024/04/29(月) 04:24:03|
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益子町「舟橋古墳」

益子町「船橋古墳」1

 「舟橋古墳」は、益子町小宅に所在する古墳です。
 北西約600mの位置には小宅川が南西流しており、古墳は丘陵町部の尾根筋北端の緩斜面に立地します。

 周辺には「小宅古墳群」や「西坪古墳群」、「向北原古墳群」といった古墳群が広く展開されているのですが、この古墳はそこから少々離れた場所に単独で存在するのですが、どんな被葬者が埋葬されているのか興味深いところです。。。



 実はこの古墳、最初に訪れたときはどこにあるのか正確な場所がよくわからず、わりとあっさりと退散しました。笑。
 正確な場所がわかっていれば、そのオタクをピンポンして「見せてください!」と尋ねて行けますが、場所がわからなければピンポンのしようがないですよね。

 今回は、地元の方々にお尋ねして、場所を特定したうえでそのお宅を訪れました。



 
益子町「船橋古墳」2

 舟橋古墳を東から見たところです。
 雑草が多い状況ではありましたが、大きな盗掘痕はなく良好に残されている印象です。

 益子町より発行された『益子町史 第一巻 考古資料編』によると、規模は径10m、高さ1.5mほどの円墳とされています。




益子町「船橋古墳」3

 墳頂部の様子です。
 古墳は、土地の所有者の方の建物に隣接して存在します。

 その所有者の方に、墳頂部に石が露出した場所があるとお聞きした。
 下で見ていていただいて、「もうちょい奥!」とか「もうちょい右」みたいな感じでお教えいただいたのですが、かなり雑草が生い茂っていて、残念ながら確認することはできませんでした。




益子町「船橋古墳」4

 土地の所有者の方はなんと!発掘調査に参加した経験もあるそうです。
 畑から出土した遺物を集めておられるということで見せていただきました。

 写真を撮らなかったのですが、ケースに保管した鏃などもたくさん見せていただいて、そういう収集癖、とてもいいな〜と思います。

 快く見学させていただいて感謝しております。
 ありがとうございました!

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/28(日) 19:57:45|
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益子町「小宅古墳群27号墳」〜「小宅古墳群29号墳」

益子町「小宅古墳群27号墳」

 今回はいよいよ、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の最終回!
 「小宅古墳群27号墳」から「小宅古墳群29号墳」までの3基を取り上げようと思います。


 最初の画像は29号墳を東から見たところ。

 『益子町史 第一巻 考古資料編』に掲載の規模は、径約14m、高さ2mです。
 墳丘の西側を民家により削平されていて、残存するのは東側半分という状況です。




益子町「小宅古墳群28号墳」1

 こちらは「小宅古墳群28号墳」。
 民家の北側に隣接していて、土地の方に許可を得て撮影させていただきました。(^-^)/

 径約21m、高さ3mと、小宅古墳群の中では比較的大きな円墳です。。。




益子町「小宅古墳群28号墳」2

 同じく28号墳を北東から見たところ。
 墳丘北側は良好に残存しているようなのですが、実は南側は盗掘により大きく削られています。



益子町「小宅古墳群28号墳」3

 墳頂部から南側を見下ろしたところ。
 盗掘抗が大きくて、残存する墳丘は三日月の如き形状になっていました。。。




益子町「小宅古墳群29号墳」1

 こちらは「小宅古墳群29号墳」を北西から見たところ。

 高龗神社の鳥居の、道路を挟んで南側に残存する古墳です。




益子町「小宅古墳群29号墳」2

 29号墳の、ヤブを掻き分けて登ってみましたが墳頂部には特に何もなし。

 ほかに、30号墳から35号墳という6基の消滅した古墳があるようですが、古墳の痕跡らしき光景は見られずでした。。。

 この小宅古墳群、なかなかに見どころ満載だし、古墳初心者の方も含めてお勧めです。
 古墳を見るなら冬!桜を見るなら春でしょうかねー。。。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
益子町教育委員会『益子町遺跡地図』


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  1. 2024/04/27(土) 20:08:47|
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益子町「小宅古墳群24号墳」〜「小宅古墳群26号墳」

高龗神社(芦沼2)1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第8回目。
 「小宅古墳群24号墳」から「小宅古墳群26号墳」までの3基を取り上げようと思います。


 21号墳から南側の旧青田古墳群と呼ばれるブロックは、旧小宅古墳群のブロックと比べてまだ未整備であることもあり、私が最初に訪れた真夏にはあまり深追いせず、見学しませんでした。

 二度目の再訪となった、下草が枯れた冬にじっくりと見学することができましたが、この一帯は芦沼の高龗神社を取り巻くように分布していることから、古墳の見学の前にまずこの神社を参拝しました。

 古墳群にある神社はやっぱり気になりますからねー。。。笑。


 というわけで、画像は高龗神社の鳥居です。
 ちなみにこの写真を撮っている背後には、29号墳があったりします。゚(゚^∀^゚)σ。゚




高龗神社(芦沼2)2

 高龗神社境内の様子。
 境内には特に古墳らしき高まりは見られないようでした。。。


 この神社の主祭神は高龗神(たかおかみ)で、境内社は籠守神社、稲荷神社、神明宮、馬王大神社です。

 社伝によると、康平年間(1058〜65)源義家の創建といわれており、弘化4年(1847)9月に、正一位高龗神社の神号が送られています。

 明治19年9月に社伝を焼失しますが、大正2年8月に再建。
 翌、大正3年4月には旧領主である元茂木藩主細川興治筆の記念碑が建立されています。




益子町「小宅古墳群24号墳」1

 「小宅古墳群24号墳」を南東から見たところ。
 『益子町史 第一巻 考古資料編』に掲載の規模は、径約9m、高さ0.8mという小円墳です。




益子町「小宅古墳群24号墳」2

 24号墳」を東から見た、という感じかな。多分。。。

 この旧青田古墳群にあたるゾーンは未整備ではありますが、一応遊歩道らしき道はあるしそれほど深い藪ではないし、十分に見学できる感じ。

 でもやっぱりお勧めの時期は冬かな、とは思います。。。



 
益子町「小宅古墳群25号墳」1

 「小宅古墳群25号墳」を北東から見たところ。
 『益子町史 第一巻 考古資料編』に掲載の規模は、径約14m、高さ0.8mの円墳です。

 24号墳と25号墳はかなり良好に残されている感じです。。。




益子町「小宅古墳群25号墳」2

 25号墳を南東から見た感じかな。多分。




益子町「小宅古墳群26号墳」1

 こちらは「小宅古墳群26号墳」です。
 『益子町史 第一巻 考古資料編』に掲載の規模は、径約14m、高さ1.5mの円墳です。
 盗掘抗が存在しますが、比較的良好に残存します。
 ちょっと楕円形っぽい印象だったけど、自信なし。。。




益子町「小宅古墳群26号墳」2
 
 同じく26号墳。

 小宅古墳群、まだまだ次回に続きます。。。

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  1. 2024/04/26(金) 18:30:54|
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益子町「小宅古墳群21号墳」〜「小宅古墳群23号墳」

益子町「小宅古墳群21号墳」1

 今回は、益子町小宅に所在する「小宅古墳群」の第9回目。
 「小宅古墳群21号墳」から「小宅古墳群23号墳」までの3基の古墳を取り上げようと思います。

 この21号墳から南側の青田地区の古墳はかつては「青田古墳群」と呼ばれる、「小宅古墳群」とは別の古墳群でしたが、古墳の分布は連続しており、二つに分かれているのは不適当であると判断され、昭和62年の益子町史編纂を機に小宅古墳群と総称されました。



 最初の画像は、「小宅古墳群21号墳」の後円部を東から見たところです。
 規模は、全長約22m、後円部径は約12m、高さ2.2m、前方部幅約7.5m、高さ1mという、小形の前方後円墳です。




益子町「小宅古墳群21号墳」2

 衝撃的なのがこの盗掘抗で、後円部の南側の裾野あたりにバカでかい穴が2つ空いているのですが、わりと最近掘られたものではないか?とも思える盗掘抗です。

 ただ、昭和62年に発行された『益子町史 第一巻 考古資料編』に、「後円部南側に盗掘抗」と書かれていますので、少なくとも昭和以前に掘られたものかとは思いますが、掘られた穴が新しいとちょっと嫌な気持ちになりますね。。。




益子町「小宅古墳群22号墳」1

 こちらは「小宅古墳群22号墳」を南から見たところです。
 径約10m、高さ約2mという円墳で、やはり墳丘南側に盗掘抗が見られます。

 この小宅古墳群に限らず、盗掘された古墳はどこも墳頂部から南側の墳丘裾に向かって窪みができているパターンが多く、ちゃんと主体部の位置を予測して掘っているわけですよね。

 成熟した現代で、盗掘が起こらないことを願いたいです。。。




益子町「小宅古墳群22号墳」2

 同じく22号墳を東から見たところ。




益子町「小宅古墳群23号墳」

 こちらは「小宅古墳群23号墳」です。

 径約17m、高さ約2mの円墳です。
 かなり雑草が生い茂っているので、ここが古墳であるとすぐにはわかりませんでした。笑。
 半壊という状況であるようですが、表面観察もままならなかったです。。。
 
 小宅古墳群、まだまだ次回に続きます。。。

<参考文献>
益子町『益子町史 第一巻 考古資料編』
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  1. 2024/04/25(木) 20:28:19|
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